1、百年前にやって来ました
青木裕が異世界に召喚されて授かっていた特殊な能力は二つ。
一つは、『構築』。裕が見知っているもので、条件を満たして「レシピ」を作製しさえすれば、あとは材料さえあればどんなものでも作り出せる。この能力で彼は野宿をするときの便利道具を作ったり、仲間たちの武具を作ったりしていたものだ。飢饉や災害などでつぶれそうな村などもこの能力で持ち直したりしたものである。直接な戦闘能力は低かったが、勇者ということもあり、基礎ステータスの高さもあり、仲間内では結構頼りにされていたと思う。
もう一つの力は、誰にも内緒にしていた。そもそも二つも特殊な能力を持っていること自体がおかしなことだったと今ならわかる。召喚された当初も何となくではあるが、言わない方がいい気がしていて黙っていたのだ。そしてそれは正解だった。
その、もう一つの力は『リセット』。時間を巻き戻す能力。ただしどれくらい巻き戻すのかは裕にすら指定できないし、わからない。その上使用すれば、裕には不老不死、子孫を残すこともできない。さらには謎生物がとりつくという謎の呪いが付加される。不老不死はわかる。一瞬憧れるかもしれないが、よく考えてほしい。大切な人は次々に年を取って亡くなっていき、自分は子孫を作ることもできず、ただ取り残されていくのだ。寂しく、悲しいだけの永い永い時を生きねばならないなぞ、拷問と言えるだろう。
さらに問題は、謎生物である。これは本当に意味がわからない。発動させるまで分からなかった。謎なだけに。まあ、どうでもよかったし。そもそも使いどころが全くわからない謎なスキルであったのだ。しかも一度きりしか使えないらしい。それってどうなんだろう。一時間しか戻らなかったら意味なくないか?
この世界では、頻繁に勇者が召喚されていた。一人の時もあれば、十人の時もあり、この百年で五十人は下らないらしい。
それもこれも魔王を打ち倒すため。そう、裕は教えられていたしあとから知ったが、悲惨な末路をたどった他の勇者たちももちろん同じことを教え込まれていたらしい。さらにはこの世界の住人たちもまたそう、信じ込まされていた。
だが、勇者は正義ではなく、魔王は悪ではなく、信じ込まされていた情報はほとんどが嘘だった。
世界は未曾有の危機にさらされていた。
裕はこの異世界に召喚されて十年目。三十五歳になったその日、すべてを取り戻すべく与えられたスキル『リセット』を使った。それが正しいかどうかなんてわからない。ただ、このままでは、大切なものは何一つ彼の手には残らないのは確かなことなのだ。だから、
『リセット』
最後の希望を込めて。散っていった多くの人々のために。崩壊寸前の世界のために。もう一度だけやり直すための機会を、彼は欲した。一分しか戻らないかもしれない。あるいはほんの数時間かも。それでも。
そして、願いは聞き届けられた。
※※※※※※
「......ここは」
周囲に充満していた光が消え、裕は目を開けてあたりを見回した。
一点の曇りもない見事な青い空。風が吹きわたる草原に暖かな日差しが降り注ぐ。ここ数日空は常に分厚く黒い雲で覆われていたから、こんなに爽やかな日は久しぶりだ。それになんだか体が軽い。気分も清々しく若返った気にすらなる。.......あとで気づいたことだが、実は本当に召喚当時の二十五歳にまで若返っていました。
「うーん....ん?」
チクリとした痛みが腕に走り、何気にそちらを見る。
「なんだ、こりゃ」
腕には黒いヤモリのようなアザがあった。アザはうねうねと蠢いている。うん、気持ち悪い。恐らくこれがスキル説明のところにあった謎生物というやつなのだろう。
「ステータスオープン」
この世界はゲームのように魔法やスキルといった特殊能力があり、身体能力や魔力値などは数値化して閲覧することが可能だ。とはいえ、他人のステータスは特殊なスキル持ちでない限り、見ることはできないのだが。
裕はステータスはレベルが一に戻っていた。
名前:青木裕
種族:人間
職業:勇者
HP:332(4,322)
MP:220(688)
SP:77(889)
STR 23(54)
VIT 30(62)
INT 34(85)
DEX 22(78)
MND 31(98)
RUK -132
スキル:構築(レベル1:レシピ154)
称号:時を越えしもの 呪われし勇者
※呪いの媒体を所持しています。外すには特殊魔法を使用してください。
となっていた。この世界で大人の平均レベルはだいたい25~30。ステータスは平均すると30前後だ。裕はもともとの数値がカッコ内の数字で、呪いの影響で、弱体化しているということなのだろう。とはいえ、一般人うおりちょっとひ弱、という程度だし、レベルを上げればステータスも上がるわけだからたいした問題ではない。ただ、裕はスキルも魔法も一般的なものが覚えられない。代わりにスキル(構築)を使って、「カード」を作製しそれを使って魔法などを使用する。構築に使うのはMP、カードを使用するのはSP。だが、現状少なすぎてすぐに枯渇してしまうだろう。どちらも十分な休息をとれば回復するが。
ともあれ、まずはここがどこなのかをしらなくてはならない。
少し離れたところに、大きな壁が見える。近くに町があるのかもしれない。裕は一先ず、壁の方へ向かってあるきだしたのだった。