始まりは
一体なぜ、こんなことになったのか。
青木裕はその時本当に理解できなかった。目の前の光景に吐き気を覚えながら彼は初めて後悔した。
なぜ、彼は勇者なんかになれると思ったのだろう。
なぜ、彼は異世界に夢を抱いていたのか。
なぜ、彼は容易く神の存在を信じたのか。
なぜ、彼は魔王は悪だと思い込んだのか。
なぜ、彼は........
答えは単純だ。彼は最初から最後までゲーム感覚でいたのだ。召喚されてからずっと、現実感が薄かった。それもまた、やつらの策略だったと知ったのはすべてを失ったあとだった。
彼はいわゆるオタクだった。現実でのコミュニケーションは苦手で、在宅でパソコンを使っての仕事が上手く行きだしてからは、引きこもり一直線。家族も恋人もいない。友人はネットの向こう側だけ。唯一の趣味は温泉めぐり。仕事が途切れ、ネットゲームに疲れると、一人で電車にのって日本各地の温泉に出向いた。
そんな彼も、ゲームの世界では英雄にも大商人にも国王にだってなれた。
だからなのだろうか。
ある日、彼はいつものようにネットゲームに勤しんでいたのだが、突然テレビの画面から光が溢れだし、気がつくと見知らぬ場所にいた。
だだっ広い草原の真ん中。一人ポツンと状況が理解できない彼のもとに、馬に乗った人が近づいてきた。
「あなた様が勇者様ですね」
一瞬、彼を見て訝しげな顔をしたが、すぐに笑顔になると馬上の人はそう聞いてきた。馬上の人が話していたのは、明らかに日本語ではなかったが、彼にはなぜかちゃんと意味が理解できた。
彼は、最近流行りの小説なんかでよくある、いわゆる異世界転移というやつをしたのだった。ただ、異世界転移をしたのは彼だけではなく、彼を含めこの百年で五十人もの勇者が召喚されていたうえに、その勇者たちのほとんどは悲惨な運命を辿っていたのだが、当時の彼にはその事は伏せられていた。
ちなみに、召喚されたどの勇者も、必ずひとつだけ特別な能力を持っていたのだが、彼には二つの特殊能力があった。
一つは魔王を倒すための旅において非常に有用な力であり、一つは全くの無用の長物であった。
そして彼は、言われるままに旅に出て、仲間を得て、魔王を打ち倒した。それは今までの勇者たちもなし得なかった偉業であり、そしてしてはならなかった間違いだった。
魔王は決して悪ではなく、滅ぼされるべきものではなかった。
魔王を打ち倒した彼が、その数日後、見たものは大災害に襲われる大陸の姿だったのだ。
いくつもの港町が津波に呑まれ壊滅していた。
いくつもの都市や村が経験したことのない大地震に見舞われ、瓦礫の町とかしていた。
彼に優しくしてくれた人々は亡くなり、あるいは重症をおい。彼の仲間たちは災害や魔王の死後大量に発生した魔物から人々を守り、傷付き、倒れていった。
彼は知らなかった。知ろうともしなかった。勇者召喚を推奨していたものたちが世界の崩壊を望んでいただなんて。
もちろん、彼のせいだけではない。世界の、大半の人々も知らなかった。みな、やつらに騙されて、言いくるめられていたのだ。
それでも、直接引き金を引いたのは彼であり、目の前の惨状に彼は絶望していた。
この世界は、彼に優しかった。故郷よりたくさんの大切なものが出来ていた。
だから、彼は迷うことなく力を使った。
彼だけに与えられた特別な能力。
『リセット』という、そのスキルを。