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乙女ゲームの模範生!  作者: 穂兎ここあ
乙女ゲームの模範生
7/30

Lesson7

 あれから翔とは口をきいていない。

 翔は相変わらず家にご飯を食べに来るけど、わたしは部屋で勉強をしていて実質顔を合わせてはいなかった。


「伽耶、夜食にどうぞ」


 お母さんがおやつを持って部屋にやってきたとき少しがっかりしてしまった自分がいる。中学2年のあの日からずっと無遠慮に部屋にやってくるのは翔だった。


「翔くんと喧嘩したの?」


 お母さんに心配されるのも嫌だった。そんなのまるで、わたしが翔のことを気にしてるみたいで、翔がわたしの部屋に来るのが当たり前みたいで。

 モヤモヤして、勉強に集中できない。わたしは気分転換のためにゲーム機に手を伸ばす。伸ばして、そしてわたしはまた泣きそうな気持ちになった。

 ゲーム機の中にソフトはない。ときマスのソフトは翔に貸したままだ。


「う、…ううっ、隼人様までとらないでよ」


 何が楽しくて、翔のためにこんな思いをしなきゃいけないんだろう。なんで、なんで……。

 あの日翔に乙女ゲームを教えなかったら、こんなことにはならなかったのに。バカケル、馬鹿野郎。


◇◆◇


 教室に行けば後ろの席に翔がいる。でも前後の距離はいつもの10倍くらい遠く感じた。翔に近づきたいなんて思ったこともないし、今だって思ってない。

 けどこんな、あからさまな距離感は居心地が悪くて嫌い。


「ねえ、水原さん。席変わってよ? わたし、カケルの近くがいい」


 翔親衛隊がわたしの机に手をついて、威圧感たっぷりに言ってくる。次の授業は自習で、たぶん彼女は翔と話したいのだと思う。それを邪魔する気はないし、勝手にすればいい。

 わたしのほうも居心地の悪い席に座っていたくもなかった。

 わたしは頷くことはしないけれど、徐に荷物を片付けて席を立ち上がる。


 わたしの席から3列右にずれて2つ後ろに下がったところにある別の席に座って、わたしは自習道具を広げた。もともとのわたしの席からは翔親衛隊の楽しげな声が聞こえる。きゃっきゃっきゃっきゃっと楽しそうに。

 勉強しろよ、なんて心の中で思うのは別にひがんでるからでも怒ってるからでもない。ただ胃がムカムカして、翔の作った笑い声とか作った台詞も、隼人様の真似も全部にイラついた。


「やっぱカケルもそう思うー? わたしもー!」

「そうなんだ? 俺たち結構趣味が合うのかもね」


 他の子たちの前でどうして隼人様の真似をするの。何の意味があるの。モテるから? 中学の時だってモテなかったわけでもないくせに。モテなくていいなんて言ってたくせに。どうして、あの日いきなり――。


「あれぇ……カケルってゲームとかするの?」


 わたしには関係のないことなのに、心臓を掴まれたみたいにドキッとした。わたしは反射的に翔の席に視線を向ける。

 おそらく自習道具を出そうとしたのであろう翔のリュックの中をその女子が覗きこむようにして見ている。

 昔から翔自身はあまりゲームをしない。だから今翔がゲームを持ってるとして、それは――。


「え……お、おい!」

「何のソフト?」


 その女子は翔の制止の声も聞かずに翔のリュックから【ときめき☆マスカレード】のパッケージを取り出した。

 数人のかっこいい男の子の絵が描かれている外観を見て、それが恋愛ゲームのパッケージだということは分かる人にはすぐ分かる。


「え……カケル。何これ……恋愛ゲーム?」


 その女子の声にみんなが反応した。翔の顔は今までに見たことないくらい引きつっている。クラスのみんなの思考は翔のリュックから出てきた恋愛ゲームに向かっていて、翔に向けられる視線は好奇と不審の両方。


「何? カケルくんが……?」

「恋愛ゲームってあれだろ? 二次元のキャラクターに恋して攻略する……」


 クラス中が動揺してる。

 皆戸翔は女子にも男子にも人気のある爽やかな好青年。バスケットボールが似合う体育会系男子。

 そんな彼から恋愛ゲーム、それも乙女ゲームが出てくるなんてすぐには状況を理解できないだろう。


 困惑しきった翔は何の言い訳もできないでいる。


「うそ、カケル。もしかして……これやってるの?」


 パッケージを手にした女子が「冗談やめてよ」と口にして翔の机の上に投げるようにしてパッケージを放る。わたしのソフトに、隼人様になんてことをするんだとわたしの心がざわついた。


「えっと、これは……その、そうじゃなくて」


 翔の顔が困惑の色を濃くする。

 一生懸命否定しようとしているのに、翔は頭の中で上手い言い訳を見つけられていないみたいだった。


「えぇ……やだ、カケルくん。そういう趣味あったの」

「嘘ー……ありえない」

「カケルのやつ、案外あのゲームから台詞考えてんじゃねーの」


 クラスのみんながいらない詮索を始める。彼らの推測は全部本当。でも今さら何を言っているのってわたしは言いたい。

 翔が乙女ゲームをしてそのキャラクターに成り切って、そんなのもう3年前からずっとそう。みんな騙されてたくせに。なんでそんなにあからさまに引いてるの。

 なんで誰も翔のことをかばおうとしないの。「意外な趣味だね!」って笑い飛ばしてあげないの。翔親衛隊、あんたたちは翔のこと好きなんじゃなかったの。


 誰かがかばわないと、本当に「翔は作ってなきゃ誰も好きになってくれない」みたいじゃない。


「カケルってば、こんなオタク趣味あったの……?」


 翔はいまだに言い訳を考えて、何も言いださない。

 本当バカ。何とでも言えばいいのに。なんでうろたえてるの。さっさとわたしのせいにでもすればいいじゃない。

 隼人様はそうしなくても、皆戸翔はそうする。わたしのせいにしたら、あんたは軽蔑の視線から免れられるんだから。


「いくらかっこよくてもああいうのって本当にむ……」

「勝手に盛り上がってるところ悪いんだけど」


 気づいたら口を開いてた。

 気づいたら立ち上がってた。


「水原さん? 何、今それどころじゃ……」


 わたしの席まで行って、わたしは翔の机の上に投げ捨てられたときマスのパッケージを取り上げる。


「か……水原、さん」


 翔がわたしのことを見上げてる。写真に撮ってバカにしてやりたいくらい情けない顔。顔だけのくせに、その顔まで情けなくしてどうすんのよ。バカケル、バカ、全部あんたのせい。

 わたしまでバカになったみたい。


「このゲーム、わたしのだから」


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