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乙女ゲームの模範生!  作者: 穂兎ここあ
乙女ゲームの模範生
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Lesson4

「水原さん。重そうだね。俺も半分持ってあげようか?」


 例のごとく隼人様を模した皆戸翔が話しかけてくる。ちなみにわたしはクラスの代表としてクラス全員から回収したノートを職員室に持って行こうとしているわけだ。

 これはおそらく隼人様が怪我をしたヒロインの荷物を持ってあげるシーンの抜粋だろうが、抜かったな翔。台詞の完答は「重そうだね。俺も半分持つよ」だ。口だけだからそんな上から目線に「あげようか」なんて言い方になるんだよざまぁ、と心の中で散々愚痴ってみせる。

 それでも周りから見たら「親切なカケルくん」なのだから癪だ。


「……1人で持っていける」


 わたしは翔と目を合わさないまま、全員分のノートを持ち上げてさっさと教室を出て行く。もちろん翔親衛隊の女子からは「水原さんサイテー」と揶揄する声が飛ぶのだが、私の耳は餃子になった。


◇◆◇


 職員室にノートを持って行って、またクラスへと戻る。面倒だなと思いながら階段を上がっていると、前方にとある男子生徒の姿が映って、わたしは疲れも忘れて階段を駆け上がった。

 ジタバタと駆け上がったから、途中でその男子生徒もわたしの存在に気づいてこちらを振り返る。わたしのことを見て、彼楠原圭くんは「水原先輩、こんにちはー」と爽やかに笑った。

 ああ、もう本当に爽やか。天然物の爽やか男子だよ、君は!


「こんにちは、楠原くん」


 頭の中ではときマスのOPが流れるほどの浮かれモードだが、ここは年上らしさを見せて冷静に挨拶を返す。少し息切れしたわたしのことを気遣ってか、楠原くんは自分の立つ階段の位置から動かない。わたしが楠原くんと同じ段に立ってもしばらくはそこにいてくれた。これだよ。これが、本物だ。翔に爪の垢を煎じて飲ませたいから爪の垢をください、と本気で頼みたくなる。


「今日元気ですね」


 楠原くんは少し驚いているみたいだ。実際さっきまで全然元気じゃなかったけれど、楠原くんの顔を見たら元気になった。本人を前に変態みたいだから言わないけれど、楠原くんの顔を凝視しているわたしの顔はきっと放送禁止レベルのキモ顔だろう。

 楠原くんがキョロキョロ辺りを気にし始め、本格的にわたしの顔がやばいのかと危惧していると、楠原くんが口の横に手を持っていった。


「……翔先輩に怒られてないですか?」


 小声でそんなことを聞いてくれる。心配顔の楠原くんに思わず「大好きです!」と叫びたくなる気持ちを堪えながら、わたしは困ったように眉を下げて見せた。


「毎日怒られない日はないよぉ。本当魔人だからあいつ」


 わたしの返事を聞いて楠原くんも眉を下げる。

 楠原くんは杏ちゃん以外でわたしと翔の関係を知る人物だ。加えて楠原くんは杏ちゃんさえ見たことのない翔の本性をその目で見た貴重人種。現在ではわたしの境遇を切実に理解してくれる良き後輩なのだ。


「でも本当、あのときはびっくりしましたよ」


 翔は知らないけど、1ヶ月前楠原くんは翔の本性を知ってしまったのだ。


◇◆◇


 1ヶ月前。


「はい……弁当。お母さんが」


 翔ラバーなお母さんが翔のためにお弁当を作ったらしく、わたしは翔に弁当を届けなければいけなかった。クラスで渡すにもクラスメートの視線があるため、わざわざ人目を忍んで授業の休み時間中に学校の外の誰にも見られないであろう場所を選んで翔を呼び出した。もちろん呼び出された翔は超絶不機嫌。


「なんで俺がお前に呼び出されなきゃいけないんだよ」

「わたしだって呼び出したくないよ。でもクラスで渡せないし、靴箱に置いてたら怒るじゃん!」


 以前靴箱に放置したために隼人様を人質に取られた。どうせ脅しだと思って無視していたら本当に隼人様の足をもがれて泣いた。ああ、思い出しただけでも泣ける。接着剤で治療した虚しさと恨みを私は忘れない。

 だから今回はちゃんと手渡しをしたのだが、やはり翔から文句を言われてしまった。隼人様の足と天秤にかけたら怒られるくらい屁でもないけど。


「伽耶のせいで、俺の貴重な時間が削られた。疲れたから次の授業のノートお前が取れよ」


 結局最後まで罵倒し続け、翔は校舎に帰った。わたしはその後ろ姿を見て心の中で悪口のオンパレードを繰り広げたわけだけど。

 翔と一緒に戻るわけにもいかないからわたしはそこで時間を潰さないといけなかった。面倒だな、と思いながらぼーっと前を見て、そしてわたしの全身から汗が噴き出した。


「「あ」」


 目の前に気まずそうな楠原くんがいた。


◇◆◇


 夏休みに全治1ヶ月の怪我をした楠原くんはその日最後の治療を受けてから学校へ来たらしく、ちょうどわたしと翔が弁当の受け渡しをしている現場に出くわしてしまったのだ。


「あのときはてっきり先輩と水原先輩が付き合ってるものだと思いましたよ」


 1ヶ月前のことを思い返して楠原くんはしみじみと呟く。翔と付き合ってるなんて誤解すらしてほしくない。


「やだやめてよ。気持ち悪い」

「そんなこと言うの水原先輩くらいっすよ」


 楠原くんは遠慮がちに笑う。運動部仲間で楠原くんもある程度翔とは仲が良くて、翔の演技に騙されていたらしい。


「あんな絵に描いた男子が、何人もいるわけないじゃん。本物は楠原くんだけだよ」

「本物って……俺なんてまだまだっすよ。芽榴姉……俺の姉ちゃんの知り合いなんかすごいっすからね」


 楠原くんで「まだまだ」の意味がわからない。楠原くんのお姉さんは乙女ゲームのヒロインかとつっこみたくなる。でも楠原くんのお姉さんは麗龍学園の生徒会役員……たしか、今の生徒会役員はかなりの美形って噂だ。それで性格もいいのだとしたら……。

 天は二物を与えずっていうのは本当に嘘っぱちだ。


「わたしは全然楠原くん推しだから!」


 そう、楠原くんに宣言したそのとき。


「あれ? 水原さん。遅いから心配してたけど、楠原と一緒にいたんだ?」


 私の顔を例えるならトマトから茄子だ。隣で楠原くんも顔を引きつらせて笑ってる。

 上から魔人が降りてきた。

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