Lesson2
わたし、水原伽耶と皆戸翔は家が隣同士の幼馴染だ。親同士の仲が良くて、両親が共働きの翔はよくわたしの家に来ていた。
けれどわたしと翔の仲がよかったかと聞かれれば答えはノーだ。仲が悪かったかと聞かれるとそれも違う。翔は昔から外で遊ぶのが大好きなアウトドア男子だったし、わたしのほうは家の中で遊ぶのが好きなインドア女子。単に好んだ環境が違って、だから一緒に遊ぶということがなかっただけ。会えば普通に話はしていた。
そんなわたしと翔の間柄はただのお隣さん。
中学に入ると余計にわたしと翔の関わりは減った。クラスの中心的な男子のグループにいた翔は今ほどではないけれど人気があって、対するわたしは将来のために勉強に勤しむガリ勉グループの輪の中にいた。
正反対のグループに属してはいたけれど、それでもお互いに仲が悪くなることもなく、良好な『お隣さん』の関係を続けていた。
あの日、中2の冬、翔にわたしの乙女ゲーム趣味がばれてしまうまでは――。
◇◆◇
午後10時。学校の宿題を終え、参考書の問題をキリがいいところまで解いたわたしは気分転換も兼ねて充電を終えた相棒(ポータブルゲーム機)へと手を伸ばす。
電源を入れて聴き慣れたときマスのOP【Let's dancing again】をノリノリで歌いながら隼人様に会う準備をしていると、部屋の扉が勢いよく開いた。
「伽耶、宿題写させろ」
どこから突っ込めばいいのか分からないけど、とりあえず蹴破る勢いで開いた扉の向こう側で、皆戸翔がニタァとうざったい笑みを浮かべた。それもそうで、わたしはポータブルゲーム機を片手にもう片方の手を振り上げてノリノリで歌っていたのだから。
「何やってんのお前。マジキモ」
「……キモいと思うならさっさと帰れ。ターンバック! ネバーシーユー!」
「あー俺英語わっかんねー。とりあえずお前がキモいことしかわかんねー」
「女の子の部屋にノックもせずに入るあんたのほうがキモいよ。帰れよほんとに」
「ノート渡してくれるなら帰……ぶっふぉ!」
翔の顔面めがけてノートを投げつけた。どうだざまぁみろ。これで用はなくなって帰るだろうと、わたしは再び「レッツゴーイェー!」とポータブル機の音楽に合わせて歌い始める。ここは私のテリトリー。けれどよくよく言い換えるならここは本丸。翔という魔人を部屋に招き入れたのがまず一番の間違いだった。いや、招き入れたわけでもないのだけど。勝手に入ってきたのだけども。
「謝れよ、伽耶! 俺の顔に傷ついたらどうすんだよ!」
「イェーイェー! ダンシーン、フォーエバーゲイン、ウォーーー、ゲッチューゲッチュー!」
翔の声など無視して歌っていると、翔も怒るだけ無駄だと察したみたいで踵を返す。勝利の喜びで歌うテンションが上がるわたしだが、次の翔の行動で一気に凍りついた。
「お前のコレクションぶっ壊してやるからな!」
「イェー……は? え、ちょっと、え、待って! 待ってぇええええ待てこらぁああああ!」
わたしの本棚の引き出しに隠している隼人様コレクションを漁り始めた。無礼者め! わたしの隼人様に、隼人様のフィギュアに触……え、頭もごうとしてない?
「嘘! やめてやめてやめてください、お願いします、翔様、イケメン、超かっこいい!」
翔の足にしがみついてわたしは翔の愚行を懸命に止める。とにかく思いつく限り翔を褒めちぎってみるのだが、どうしても顔を褒めることしかできない。わたしのボキャブラリーをかき集めてイケメンの類語を言い散らかした。
「最初から素直に動けよ。お前頭いいくせにそういうとこバカだよな」
こいつにバカと言われることほど屈辱的なことはない。けれども大切な隼人様を人質に取られている今、わたしにプライドも何もない。土下座をするわたしを見下ろして、翔は笑っている。
ちくしょう、戦国系乙女ゲーム【戦国愛の陣】で上杉謙信が人質にとられたヒロインを助けようと宿敵武田信玄に土下座したときの感情はまさにこんな感じか! わかるぞわかるぞ! あぁぁあぁ、やばい、戦国愛の陣がやりたい。やりたいけど今は隼人様が危ない。隼人様の命がぁぁあ!
「翔くーん、お菓子焼いたから食べましょう。伽耶もせっかく翔くんがきてるんだから勉強切り上げて降りてきなさーい」
お母さんの優しい声が階下から聞こえる。猫かぶりの翔は「はーい」と明るい声音で階下のお母さんに応えているが、ほんと誰だこいつ。
「あ、俺明日カラオケ行くからさ。ときマスのカラオケイベント見たいから、貸せよ」
「は?! また隼人様の真似するの! やめてやめて、全然似てないし! 隼人様のカラオケ真似なんてもうほんとふざけんな! 声すら似てねーよ! 翔の声なんか隼人様の声に及ばないんだから! 声優舐めんな!」
「何か言いましたかー?」
「うわぁぁああああ、もうやめてやめてやめてやめて、ほらもう渡すからぁぁあああ!」
泣き叫ぶ勢いで叫んでるわたしを見て、翔はケラケラ笑っている。ああ、本当に誰か助けてください。