Passion7
ベッドに丸まって、わたしは隼人様を抱きしめてる。家に帰ってきてから約2時間。わたしは隼人様とラブラブ中だ。気持ちのいいモフモフな綿の感触を全身で感じてる。
「隼人様ぁぁ……わたしは隼人様がいればいいです」
プリントされた麗しい笑顔の隼人様に泣きついて、わたしは情けない声を出していた。なに落ち込んでるんだろ。わたしには隼人様さえいればそれでいいんだ。隼人様を抱きしめてる今は変なこと考えるな。考えるな考えるな考えるな。
『カケルくん!』
翔と澤谷さんがキスをしていた。
思い出したくないのに思い出してしまう。少女漫画では見慣れた光景だった。好きな人が別の子とキスをして。「何してんだ引っ込め!」って思ったり「いいぞもっとやれ」って思ったり。
あぁ、本当他人事だったんだなって実感する。
いや、違う。違うもん。翔は、好きな人じゃないもん。わたしの好きな人は隼人様だから。そうだそうだ。隼人様に比べたらあんなのどうってことない。隼人様は毎回毎回ヒロインとキスをしてて。ファンディスクの【恋のスノーマジック】でも3枚キスシーンのスチルがあるんだから!
「隼人様……隼人様」
隼人様に額を擦り付ける。うぅっ、痛い。わたしの額には3センチ四方の湿布が貼ってある。くっそぅ、痛くて嫌でも思い出してしまう。
あの後すぐに走って逃げたから翔と澤谷さんがどうなったかは知らない。翔が「伽……水原さん!」って叫んだことだけは知ってる。
午後の授業もわたしは翔を避けてた。翔は『誤解だ』とか『こっち向け』とかいうメッセージをスマホに寄越してきてたけど、全部ときマススタンプで返した。1回のメッセージにつき5個の『君は俺に勝てないよ(隼人様キメ顔)』スタンプで応答。送った後後ろで何かの紙がグシャアと音を立てたのを聞いた。ふっ、ざまぁ。所詮翔は隼人様に敵わない。おかげでその後消しカスを投げられたけど、全部練り集めて新たな消しゴムを精製してやった。あんな米粒みたいに小さい消しゴムじゃ使い物にならない。人目を気にして投げるから全然投げられないんだバカめ! ってそんなことが言いたいんじゃなくて。
「何が誤解だ、バカケル。……関係ないもん。知らないもん。……隼人様。わたしは隼人様だけです。隼人様が大好きです」
なんでこんな言い訳してるんだろう。隼人様への愛は言い訳みたいに言うものじゃないんだから。もう、最悪だ。隼人様、ごめんなさい。
「隼人様……」
「伽耶! ったく、お前いつまで無視する……気」
翔がバーンと扉を開けて入ってきた。翔は入ってくるや否や怒鳴り散らすけど、わたしの姿を見て固まってしまう。そりゃそうだろうけど嘘だろ、おい。わたしは、わたしは今――!
「お前、なに抱き枕にキスしてんだよ!」
熱烈なキスを隼人様に捧げているところだった。それを翔に邪魔されて、あぁぁもう、最悪!
「うわマジかよお前! いや、まさかとは思ったけど、嘘だろ、キッッッッモ!」
「うっるさい! 入ってくるなバカ! 帰れ帰れ! 今、隼人様とラブラブ中なんだ! 帰れーっ!」
「はぁ?! 何だよその言い方は! 人が慌てて来たってのにっぶっふぁ!」
話してる途中の翔めがけて枕を投げつける。翔が慌てて来たことくらい言われなくても分かる。だっていつもはシャワー浴びた後に部屋着で来るのに、今は部活帰りのジャージのままなんだから。それくらい分かる。分かるけど、今わたしの前にバスケ部をちらつかせるなぁぁぁああああ!
「伽耶ぁぁあ! お前、顔狙うのはやめろって言ってんだろーが!」
「狙ってやるわ! その顔がいっそブサイクになっちゃえばいいんだ! そしたら隼人様の真似も恥ずかしくてできないだろうさ! 無駄に顔がいいから、ぁぁあぁぁ、その顔見せるなぁぁあ!」
今度はベッドに置いているクッションを翔めがけて投げる。でもさすがに翔も二度同じ手には引っかからない。わたしの投げたクッションを余裕でかわして、ベッドに乗り込んできた。
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