Passion2
クリスマスツリーの下で大好きな人に告白されたらどんなに幸せだろう。
「じゃあ今の内容ふまえて教科書198ページの問題を解けー」
クリスマスソングが流れるキラキラの街で、好きだって言われて……そんなことを考えてると好きな人の姿が頭に浮かぶ。思い浮かぶっていうかまあ、手元にいるんですけどね。わたしは机の引き出しに隠していたときマスの予約特典クリアファイルを見つめていた。
妄想でも十分だけど充電を満タンにしてツリーの下でゲームをプレイするという手もありだ。いや、むしろそうしたい! そうしよう! だってだってそしたらクリスマスツリーの下で隼人様が『ツリーより君のことを見ていたい』なんて言ってくれるんだよ。想像しただけで鼻血もの。
とにかく当日は隼人様に見られておかしくない格好にしなくちゃ。下手くそだけどお化粧もして、クローゼットからときマスのヒロインが着そうな服を選んで……。あぁ、今すぐ行きたい。頭の中ではときマスのクリスマスイベント挿入歌【恋のベルベルツリー】が流れてる。やばい、口に出して歌いそう。堪えろわたし、今はだめだ、だめ、だめだめだめだぁアンダーザクリスマーーストゥリーーー、いまぁぁあきみぃにベルユーベルユーベルベルユー!
「じゃあ問1の答えを――水原」
「アーイキャーン―――change my life because people all over the world have the power to change their lives.」
「Excellent! 次、問2の答えを近藤」
危ない危ない。そのまま【恋のベルベルツリー】を歌いそうになってた。答えの出だしが「I can」で本当に良かった。危うく「アーイキャーンヒアザベール!」って叫んでしまうところだった。
今は英語の授業中。忘れていたわけではないけれど、引き出しの中に封印していたファイルを取り出して隼人様のことを見たら頭が授業から離れていっていた。でも質問には答えられたし、全く問題はない。予習しててよかった。
「授業中まで隼人様かよ」
後ろから不満げな翔の声が聞こえる。きっと「アーイキャーン」というテンション高めの入りとアクセントで、翔には【恋のベルベルツリー】を歌ってたってばれてるんだと思う。好きな人のことを考えて何が悪い。授業中どころか朝も昼も夜もいつだって隼人様のことを考えてる。
◇◆◇
「カーケールくん」
授業が終わってすぐ、教室に楽しげな可愛らしい声が響く。その声に反応してクラスの何人かの男子の顔が綻んだ。
「ああ、澤谷。クラスまで来るなんて珍しいな。どした?」
後ろを振り返らなくても分かる。翔は今、爽やかな笑顔を見せているはずだ。わたしは一応背後の会話を耳に入れはするけれど「聞いてます!」感が前面に出ないように文庫本を取り出した。
ちなみにこの文庫本は乙女ゲーム【夢見るアメロード】の小説版だ。ブックカバーは純文学の文庫カバーと差し替えている。これで誰も気づくまい。嘲笑という雑音に邪魔されないで済むのだ。
「クリスマスのこと。部活のメンバーでパーティーしようって言ってたじゃん? 返事してないの、カケルくんだけだから」
可愛らしい声。その子の顔はその声にぴったりな色白の小顔。佐山高校の五本指に入る美少女で、隣のクラスのバスケ部マネージャー、澤谷緋奈子だ。翔の彼女候補第1位という噂もある。……噂……この話はやめよう。
「うーん。クリスマスはなぁ……」
「予定あるの? 春樹先輩がカケルくんは絶対参加だーって言ってたけど」
「うわぁ、先輩言いそう。どうしようかな」
考える翔の前で、澤谷さんはあははっと軽やかに笑ってる。なんで笑い方まで可愛いんだ。意味わからない。
もっと意味の分からないのが翔だ。
わたしに全部白状した今でも翔は隼人様の真似をしている。きっともう翔の中で隼人様の真似は慢性的なものなんだと思う。じゃなきゃ、いまだに隼人様の真似をする意味が分からない。慢性的だからって許すわけでもないのだけど。
「澤谷が来るんだったら、きっと楽しいだろうし。俺も行きたいけど……難しいかな」
それは……っ、それは隼人様とのクリスマスルートで選択肢を失敗したときに言われる『君が来るんだったらきっと楽しいだろうし。俺も行きたいけど……難しいかな』の抜粋か! とうとうバッドエンドルートに向かう選択肢まで覚えたというのか!
翔のことをあまく見ていた。くそ……っ、まさかそんな……っ、じゃなくて!
とにもかくにも! 何が楽しくて翔が他人に隼人様の真似してるのを聞いてなきゃいけないんだ。
あぁぁぁ、もう無心になれ、心を鎮めて、ドンウォーリー、わたし! 目の前に読むべき文章があるよ、わたし! ああ、久々に読むといいなぁ。帰ったら夢アメをプレイしよう。
次回:8/1.19時更新