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乙女ゲームの模範生!  作者: 穂兎ここあ
乙女ゲームの模範生
12/30

最終Lesson

 え、嘘でしょ。これってファーストキスにカウントされるの? いや、カウントしない。わたしはカウントしないんだから。隼人様、隼人様ぁぁ。ごめんなさいごめんなさい。翔が、翔のバカが、バカケルが、離せ、離せぇぇえええ!

 振り絞って翔の腕を振り払う。あんなに敵わなかった力に敵ってしまった。人間危機的状況だと本気が出るんだなって実感した。

 いや、こんなこと実感してる場合じゃない。わたしはガムテープをビッと勢いよく剥いだ。


「いったぁっ!」


 頰から唇にかけてヒリヒリする。痛い、痛い。


「バカだろ、そんな勢いよく剥いで……っ」

「バカはあんたのほうでしょ! 最低、最低……っ! 翔なんか、翔なんか……」


 嫌いって言おうと思った。思ったのに、言えなかった。だって翔はわたしのこと好きって言ってくれた。あの翔が、わたしのこと好きって。全然信じられないけど、でもたしかにそう言ったんだ。キスだってされて、ガムテープ越しだけど、キス……。

 考えて、思い出して、翔の顔が目の前にあったって思うと体がぶぁぁぁって熱くなった。


「伽耶……」

「く、来るな、変態!」


 わたしはベッドに飛び込んで布団をかぶる。殻に閉じこもるみたいにして布団の中にうずくまった。やだ、何これ。すごく恥ずかしい。何よ、なんなのよ。


「伽耶、……ごめん。そんな、怒んなよ」


 相手は隼人様じゃない。翔なのに。翔なのに、なんでこんなにドキドキしてるの。なんで時計の針が音を立てるごとに、こんな、こんな……。


「俺だって、言うつもりなかったんだ。……こんなふうに意地張り続けて、今さら言えないって思ってたんだ」


 じゃあなんで言うの。いつもいつも、翔はなんでわたしがしてほしくないことするの。なんでなんで、わたしの頭の中をぐちゃぐちゃにするの。翔は隼人様じゃないんだから。やめてよ、やめてやめて。


「でもお前……昨日俺のこと助けてくれたじゃん。お前が俺のこと嫌いなの分かってるけど、でも……そんなのやっぱ嬉しいって思うじゃん」


 翔の声が少しだけ震えてる気がする。翔ならこれくらいの演技、簡単にできるって分かってるのに。なんで演技だって思えないんだろう。わたしが思いたくないから……?


「昨日、やっぱりお前が好きだって思った。言おうって思ったんだ」


 こんなに胸が高鳴って、キラキラのトーンが見えてきそうで。込み上げてくる何かを押さえつけようとして、思いきり歯を食いしばった。そしたら涙が出てきて。なんで、悲しくないのに、なんで。目にゴミが入ったんだ。きっとそう。


「幼馴染だってことも本当はずっとみんなに言いたくて、馴れ馴れしく話しかけたくて……でもお前そうしたらまた中学の時みたいに泣くのかなって、だから我慢してたんだ」


 もう泣いてるよ、バカ。


「高校だって、わざわざバスケの強いとこじゃなくて……お前と一緒のところにしたんだ」


 もう、それ以上言わないでよ。


「お前とクラス一緒になって、前後の席になるの毎回嬉しいって思ってんだよ。イニシャル同じだってそれが運命だなんて、バカみたいに思うんだよ」


 布団越しに翔が抱きしめてる。

 全部わたしのためだった。それって本当? ねぇ、信じるよ。信じて、実は嘘でした、なんて無しだよ。そんなの、絶対許さない。


「それでも、隼人様じゃなきゃダメなのかよ」


 ライバルが乙女ゲームのヒーローで、そんなの敵うわけない。でも隼人様だって翔には敵わない。だって翔は生身の人間で、わたしが唯一抱きしめられる隼人様はカーペットに転がることしかできない。中身は綿だらけ。抱き心地は最高でも、何の匂いもしないんだ。

 現実にいる誰かに、恋なんてできるの? わたしは翔を好きになれるの? 隼人様は一目惚れだった。翔は違うし、これから好きになるのかも分からない。

 でも、でもごめんねなんて言えない。だって言ったら、翔と一緒にときマスができなくなる。翔とゲームして文句言い合って……。ああ、そうだ。わたしは翔と一緒にいるのが……好きなんだ。


「今すぐに……決めきゃダメなの?」

「……え?」


 わたしは頭にかぶせた布団を取り去る。首をひねって、後ろから抱きしめてる翔のことを見上げた。

 翔の顔は今もまだ真っ赤だ。怒って真っ赤だったんじゃないんだね。わたしと一緒なんだ。きっと恥ずかしくて、隠れたいくらい逃げ出したいくらい。それでも翔は言ってくれたんだ。


「翔のこと、そんなふうに見たことないから……今すぐに決めるとか、無理。……翔のこと嫌いだけど、嫌いじゃなくて……翔と一緒にいるのはすごくストレスだけど嫌じゃなくて……」


 何言ってるんだろう。こんなの全然伝わらない。わたしの国語力どこいった。ああもう、考えちゃダメだ。どうにでもなれ!


「隼人様が好き! でも翔とは一緒にいたいの!」


 喧嘩腰に叫んだ。そうだ。どんなに罵倒されてもどんなにひどいこと言われても、翔と一緒にいるのは楽しくて。翔はわたしのことオタクオタクってバカにしながら、一緒に乙女ゲームしてくれて。わたしのためにここまでしてくれるのって、たぶん翔だけだと思う。

 告白されたのが初めてだから浮かれてるだけ? やっぱりわたしは乙女ゲームに夢見るオタク女? でも、それでも翔は好きだって言ってくれたんだ。


「いればいいじゃん。いてよ、俺のそばに」


 告白ってこんなに嬉しいんだ。涙が出るほど嬉しいんだ。

 隼人様がヒロインに告白するシーンだってすごくすごく感動した。でも所詮わたしはヒロインじゃなくて、うらやましいなぁって感情がいっぱいで。

 本当は、本物は、こんなにも嬉しいんだ。嬉しい、嬉しいよ。


「一緒にいれば、絶対俺のこと好きになるから」


 翔はそう言って、わたしの頬に手をかけて……。


「へ」

「……バカケルが」


 わたしは翔の頬を引っ張った。

 少女漫画で言えば最終回のいいシーン。乙女ゲームで言えばエンディングのイントロが流れ始めるシーン。我ながら雰囲気壊して何してんだって感じだけど。止めるよ、当たり前だ。

 わたしは怒ってる。告白は嬉しいよ。思わず泣いちゃったよ。でも、でもでもでも!


「なんで最後の最後で、自分の言葉じゃなくて隼人様のセリフ使うのよ! 卑怯者!」


 そう、最後のセリフ「一緒にいれば、絶対俺のこと好きになるから」は隼人様がエンディング前にヒロインに告げる最高のセリフだ。隼人様ファンが飛び上がった名シーン。

 それをよくも、よくもぉぉ。


「はぁ?! なんでそうなるんだよ! お前が喜ぶと思ったんだよ!」

「告白くらい自分で考えたものにしてよ! 隼人様の真似なんかしないで! 翔は隼人様に及ばないんだから!」

「お前、なんなの! あぁ、くっそ! またかよ……またか! 何回恥ずかしい思いさせんだよ! 虚しすぎるだろ! サイテー女!」

「最低はそっちでしょ! それに何どさくさに紛れてキスしようとしてんの! 気持ち悪い!」

「ふざけんな! そっちだって乗り気だったくせに!」

「何言ってんのよ! ありえない!」

「半目だったんだよ! ブッサイクな顔して!」


 あぁぁ、違う。こんなはずじゃなかったのに。なんでもめてるんだ。翔もバカだけど、わたしもバカ。いいムードどこいった。

 乙女ゲームはやっぱり夢物語だ。現実はこんなにも、こんなにもぐちゃぐちゃだ。


「模範にしすぎて個性なし! 魅力ゼロ!」

「あーそんなこと言うんだー? お前の隼人様、引きちぎってやる!」

「え、えぇぇぇぇええええ、やめてやめて! いやぁぁあああ、待てこらぁぁぁぁあ!」


 ドタン、バタンと音がする。

 隼人様を人質にとろうとした翔を引っ張って、そしたら見事に足が滑ってわたしは転んでしまう。踏ん張ってくれることを期待して、翔の腕を掴んだままでいたら翔も一緒になって転んでしまって。


 転んだ拍子に口と口がぶつかるって、こんなアクシデント、本当にあるの。


「もうお前……ほんと最悪」

「ちょっとやめて。本当に今はそっとしておいて。……わたしの夢が壊れた瞬間だから」


 こんなことならガムテープ貼っておけばよかった。いや、忘れよう。これはキスじゃない。アクシデントだ。ノープロブレム。


「このまま終わるの嫌だから、伽耶、やっぱちゃんとキスさせて」


 ディスイズプロブレム! 何言ってんだこいつ。え、ほんと待って。翔が腕を掴んでくる。離せ、離せぇぇえええ! 口を塞がなきゃ、どうしようどうしよう。そうだ、いでよ、ガムテープ!


「ものすごい音とか声とか聞こえてるけど、大丈……あら、やだ」


 なんでお母さん出てきたよぉぉおお。どんな召喚ミス、嘘でしょ。

 まさかのお母さん登場で、翔も凍りついてる。お母さんのおかげで止まってくれたよ。そりゃあ止まるでしょうよ。だって今、翔がわたしにキスしようとしてたんだから。ていうかお母さん、見過ぎでしょ。いつまで見てるの。目をそらしてくれ母親よ。


「ごめんなさぁい」


 口に手を当ててうふふふふなんて笑いながらお母さんが消えた。


「もう嫌だ。なにこれ」


 それはこっちのセリフだよ、翔くん。恥ずかしすぎてわたしも翔も戦意喪失。カーペットにうなだれていた。


「あぁぁぁぁ、もう……お前が暴れるからだろ。バカ伽耶」


 こんなことなら乙女ゲームのシナリオに沿ったままでよかった。

 涙が出る。今は本当に悲しくて泣いてる。悲しいというか恥ずかしいというか。


 いや、もうこの際忘れよう。


「リセット、リセット」

「お前のゲーム脳もいい加減にしろよ」


 現実はシナリオ通りにはいかないってこと。

 でもだからシナリオみたいな展開に夢見ちゃって、一瞬でもそうなったら嬉しくて。

 だからってシナリオに沿ったセリフとかシチュエーションは嫌で、本物の恋愛はすごくすごく贅沢の塊なんだ。


「翔」

「……なんだよ」


 乙女ゲームみたいな恋愛がしたい。でもそれ通りじゃ嫌なんだ。そんな贅沢な願いを翔は叶えてくれるのかな。


「……なんでもなぁい」


 なんて、ちょっと期待して笑ってみた。

 



◆◆◆


 乙女ゲームの模範生!【END】

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