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奴隷商人は嘘をつかない  作者: 狼子 由
第7章 I'll Remember
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11 あがなう

【前回までのあらすじ】今日の為にオレ達はこの仙桃の国まで来た。サクヤ、あんたの目的の為に――。狙う商品は希少性と美しさで『幻』と謳われるリドル族。この戦いだけは負けられない。だってあんたは同胞達を島へ返すことに、自分の人生と命をかけてるんだろ――?

「レディ・アリアと、最後に何の話をしてたんだ?」


 馬車は街の中、夜道をゆったりと駆ける。

 次の取引へと移動する途中、隣のサクヤが訝しげにオレを見上げてる。

 サクヤの正面にどっしりと座ったキリは黙っているけど、さっきの言葉からもその表情からも気付いているんだろうな、とはオレも思ってる。


 キリの隣でサラが大きなあくびをした。顔中くしゃくしゃにしてだらしのない顔を見ながら――やっぱりこのことはサクヤには教えないことにした。

 言うとしても、今じゃない。これが終わってからだ。

 だって今度こそ本番の取引だから、前の話を引きずって判断力が鈍るのは避けたい。


「……良いから。あんたは次のこと考えてろ。レディ・アリアのおかげで――いや、レディ・アリアのせいで、色んなことがはっきりしたじゃないか」


 少しだけ不審そうな表情をしたが、さしたる反論は返ってこなかった。

 サクヤが指折り数え始める。


「元々イワナを持っていたのはカナイで。そのカナイと取引して、シオがナチルを買い取った。俺を捕えたのはレディ・アリアだったが、その前に俺を撃ってきたのはカナイの手下か? だから、カエデに例の火薬兵器を与えたのは多分カナイ……なのか?」


 呟きながら考えこむように窓の外に視線を移したけど、その紺碧の瞳が光っているのが窓に反射してちらりと見えた。


「目的の商品はイワナじゃなくてナチルだった。ナチルの今の持ち主がシオだとしたら。今日はシオも来てるんだろうな」

「頼むからもう、身体を差し出して片付けようとしたりするなよ」

「そうしたいところだし気を付けはするが、実際のところ、ナチルが向こうの言うがままに動いている間は難しい。彼女にとっての俺がどうかは分からないが、俺にとっては彼女も同胞なんだ……」


 こちらに視線を戻したが、その表情は困惑を全面に掲げている。

 うーん、ナチルなぁ……。

 気の強そうなところは母親イワナ譲りだと思うけど。それにしたって。


「なあ、ナチルの実際の年齢は、人間で言えば10歳くらいって言ってたよな?」

「うん。でもそれは島から出た直後にイワナが妊娠したと仮定して、だから。はっきりとは分からないけど、それより下ということはあっても、上はあり得ない」


 じゃあ、人間で言うと子どもなのか。

 幼い子どもの純粋さみたいなものを、カナイやシオに良いように使われてる可能性はある。だとしたら――


「――あんた、ちゃんとナチルと話して、説得してみろよ」

「……俺が?」


 何でそこで意外そうな顔をするんだ。

 あんた、姫巫女なんだろ? 姫巫女ってのは、一族を取りまとめたりする立場なんじゃないのか?

 まあ、あんたの交渉力のなさを考えると……きっと島では、みんなあっさりあんたの言うこと聞いてくれてたんだろうな。姫巫女だからか、可愛がられてたからかは知らないけど。案外単純に後者の理由かも。


「同胞なんだろ? あんたが先輩として導かずに、誰があれを救うんだ」


 ぺし、と肩を叩いてやった。

 瞳を大きく見開いた後に頷き返してくる。


「……努力する」


 嘘をつけないサクヤにとっては、この辺りがぎりぎりの答えだ。

 不足だ無責任だと言うヤツもいるかも知れないが。その辺りの事情を知ってるオレには、サクヤの覚悟は良く分かる。しっかりとその瞳に笑顔を返してやってから、サラの方に視線を移した。


「サラは取引場所の調査、初日に終わってるんだろ? いつも通りこっそり忍び込んで、ナチルをあいつらから引き剥がせないか、やってみてくれないか?」


 いつものように即座に肯定されるかと思ってたけど。

 無言の内に何とも言えない逡巡の空気が伝わってきた。何だろう……何か、障りがあるらしいけど。最終的には肯定の空気に変わったので、やるだけはやってくれるってことみたいだ。


「うん。頼むよ」

「……では、私は君達の護衛を」


 さすがにキリはオレが口を出すまでもない。自らの役割を自分で考え、決めて、その役割を果たそうとしてる。

 オレは自分の剣をキリに鞘ごと差し出した。オレが持ってるよりキリが持ってる方が良い。その代わりにサクヤが自分のナイフを貸してくれた。

 サクヤはナイフの柄でこちらを指しながら、小首を傾げる。


「お前は……いや。もう言わなくてもいいよな?」

「分かってるよ。弱いから気を付けろ、何かあったら逃げろ、だろ?」

「分かってるなら良いんだが――」


 いつになったらこのやり取り、なくなるんだろ。

 まだまだあんたにも師匠にも追い付いてないのは、良く分かってるんだけど。

 思わずため息をつくと、隣からサクヤが低い声で囁きかけてきた。


「――お前、本当に分かってるか? さっきのこともそうだけど……」

「さっき? 何?」


 問い返すと、左手が静かに伸びて、オレのシャツの胸ぐらを掴んだ。

 突然引っ張られたからびっくりはするけど……この人、全然腕力ないから、服の襟元が伸びるだけだったりする。

 それでも一応はそちらを向かなければ、また拗ねられる気がしたので。サクヤの方へ身体を向けてやると、じりじりと距離を詰められた。

 真下から見上げてくる瞳が怒りを湛えていて――ようやく、さっきのこと(・・・・・・)を思い出した。レディ・アリアのところで、オレが話をさくさく進めちゃったときのことを言ってるに違いない。


「……お前さっき、全部1人でやろうとしただろ。気に入らないことがあったら、話し合おうって言ったのはお前なのに。あんな風に勝手に話を進められたら、気に入らなくても、妥協のしようもない」


 静かにオレを詰る声で思い出した。

 ――その言葉、言った。確かに。

 それも、記憶も新しい昨日の夜に。


「昨日もそうだ。逃げろって言ってるのに逃げなかった。確かに人質になっている状況からは自分で抜けたけど、そもそもそういう事態に陥るな、と俺は言いたい。お前、俺の言ってること、全然分かってないんじゃないか?」


 ぐいぐい引っ張ってくるけど、やっぱ力がないからオレ全然動かない。とりあえずシャツの襟が伸びるから止めて欲しい。


 微動だにしないオレを見て、サクヤは自分の方から更に身体を寄せて来た。後数cm縮めれば……キス出来ちゃうよ、これ。


「……おい。あんま近付くなって……」

「俺は努力してた。お前の努力はどうなった? 相互努力じゃないのか?」

「いや、そうだけど……」


 あまりに近いので無意識に後ろに身を反らせる。そんなオレを追ってサクヤがどんどん近付いてくるから――最終的には後頭部が馬車の窓について、それ以上逃げられなくなった。


「……悪かったよ。今度から気を付けるから」

「それは嘘だ。お前が今言ったのは口だけだ」


 ……良く分かったな。

 今までのこの人の素直っぷりからすると、オレを疑って真実を突いたところは、いっそ褒めてやりたいくらいだけど。

 いや、でも近いって……。


「お前、自分には誓約がないからって、時々好き勝手言ってるだろう」


 甘い吐息が鼻先をくすぐった。

 細い金髪がオレの頬に当たっている。

 一言でも喋る度に、その吐き出す息を感じてしまう。


「なあ……。――なあ! サクヤ、頼むから……」

「――だから。お前が約束を破るなら、誓約の代わりに俺が罰してやる」


 高らかに宣言した直後、身体を沈めたサクヤに。

 ぺろ、と。

 喉元を舐められた。


「――っうひぃ!?」


 叫ぶオレを見ながら。

 ぱ、とシャツを離して、楽しそうに笑う。


「……いつかのお返し」


 イツカノオカエシ!?

 何だ、何の話だ!?

 眼を白黒させているオレは、相変わらずの至近距離から、青い瞳に射抜かれて動けない。


「お前がくだんない嘘つく度に、こうしてお前の嫌がる肉体的接触を増やしてやる。さあ、どこまですれば学習するかなぁ――」


 気持ち良さそうに、あははは、と高笑いする声を聞きながら。

 もう、目眩だか頭痛だか……何だか頭のどっかがチカチカする気がする。


 あんた、それ――オレにとって何のバツにもなってねぇんだよ!

 バカ! このバカ!

 ああ、もう! 良い気になってるその顔、すげぇ腹立つ――だめだ、可愛い……。


「……頼むから、もうゆるして……」


 両手で顔を覆いながら、息も絶え絶えにオレが囁いたところで、「ざまぁみろ」と低い声が答えた。


「分かったら、今度から俺との約束は最優先で守れ!」

「……分かった。分かったから……約束守るから」


 もういい加減にしてくれ。

 何でオレが顔を隠してるかって……赤くなってんのが自分で分かるからだよ!

 あんた今、男なのに! 屈辱的だ……。


 サクヤが黙って身体を離したので、オレは顔を覆ったまま、ため息をついた。


 落ち着いて考えれば。

 あの場はあんたが役に立たなかったとか。

 交渉の途中で隙を見せるワケにはいかないとか。

 色々言い訳はあるんだけど。


 ……まあ、オレも悪いのは確かだ。

 だって、オレが1人で決めちゃったことは事実だし。

 だから、サクヤが怒るのも無理はない。


「ごめん。本当に悪かった」

「分かれば良い」


 ワケの分かんないバツを加えられたり、そうやってあんたが偉そうにしてたりさえなきゃ、オレも素直に反省出来るんだけどな。


 そんなことを考えながら、ふと。

 同じ馬車、反対側の席に並んで座ってる獣人2人の視線に、ようやく気付いた。


 オレは、キリを見た。

 耳だけぴんとこちらに向けて、視線は気まずそうに逸らされた。


 オレは、サラを見た。

 いつもの無表情のまま、「ふひっ」と変な声が返ってきた。


 ……あんたら――

 ――いや、もう良い。もう知らん。

 悪いのは全部、オレの隣で調子づいてる奴隷商人サマだ……。


 嫌な疲労感を抱えたオレを乗せて。

 馬車は月光を浴びながら、待ち合わせの庭園へと入っていった――。


●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●


 広い庭園の中で、木の向こうに隠れるように小さな屋根が見えた。

 王宮の別室? 離れ? そういう建物に当たるのだろうか。

 この庭園が王宮の一部であることを考えると――やはり、カナイは有力な貴族らしい。庭園の内部の建物を、貸し切ることが出来るのだから。


 先程、馬車が庭園の入り口の門をくぐるところで、誰何された。

 カナイと約束をしてると言ったら、すぐに通してくれたということは、きちんと話が通っているということだろう。


 そして、ここで取引を行うということは。

 剣を抜いての交渉はしない、という意思表明でもある。

 まさか王宮の一部――王サマの目と鼻の先で、得体の知れない奴隷商人と争いを起こすなんてしないはずだ。そんなことすれば大問題になる。


 外から見た建物は随分と古い造りで、大昔に建てられた物を直しては使っているのだと思うけど。

 中に入ると意外に設備なんかは新しい。

 外から小さく見えたのは、建物の中に部屋が一室しかないからで――その一室に、今回の取引関係者はやっぱり全員そろっていた。

 木製の枠に紙を貼ったちゃちな扉は軽くて、目的の面々は草を編んで作った絨毯の上に直接座っている。


「来たね、巫女ちゃんに、少年」


 警備隊小隊長のカエデが手を振った。


「靴脱いで上がりなよ。慣れるとこれもなかなか快適だよ?」


 室内で靴を脱ぐという習慣がないので、少し戸惑った。

 サクヤに至ってはあの堅いブーツを武器の1つとして身につけてるので、手放すのには不安を覚えるらしい。

 古い典礼でそういう建物を使う時に靴を脱ぐこともあると――以前、師匠から聞いたことがあったけど。まさか自分がそれに従うことがあるとは思わなかった。


「ねぇサクヤ、こちらにいらして。私の隣が空いてるの」


 うふふ、と微笑むのは変態商人のシオ。その後ろで所在なさげに膝を抱えているのは白銀の髪、紅の瞳をして長い耳を垂らしている今日の商品――ナチルだ。


 サクヤはシオの言葉を完全に黙殺して靴紐を解き始めた。……でも相変わらず不器用だなぁ。いつまで見てても全然解けない。見つめているとイライラしてつい手を出したくなるので、黙って視線を逸らした。

 オレの方が先に革靴を脱ぎ捨て、サクヤを追い越してから室内を見回す。

 見覚えのある面々の中で――たった1人、見たことのない顔のおっさんの前に腰を下ろした。


 この場にいて。

 こいつの顔だけ記憶にないんだから――予想からすると、こいつが本来の取引相手カナイだろう。赤茶けた髪、オリーブ色の眼。何だか面白そうにオレ達を見ている。

 おっさんは――まあ、まだそんなに年がいってるワケでもなさそう。年上っていまいち年齢分かりづらいんだけど、30歳前後くらいなのかな? 親父が死んで家を継いだばかりだそうだから、そんなものなんだろうか。


 オレの斜め後ろに距離をおいたキリが、カエデと向き合うように座っている。サラはいつも通りどこかに潜んでいるけど……多分、天井裏だろうな。

 どうやら、さっきのサラの逡巡は、この建物の中で隠れる場所があまりに少ないせいらしい。何せ部屋が1つしかない建物だから、天井裏くらいしかいられない。はっきりとは分からなくても、それがバレてしまえば戦術の幅も狭まってしまう。そういうことを言いたかったのだと思う。

 仕方ない。それに関しては肚を括るしかない。


 ようやく追い付いてきたサクヤが、若干シオから距離を取りつつもオレの隣に腰を落ち着けたところで、赤毛のおっさん――カナイが自己紹介を始めた。


「この中では、私だけが初めまして……なんだろうな。遠目塚とおめつか かないだ」


 サクヤは小さく頷いて、手を差し出す。


神無器かんなぎ 朔夜さくやです。今日は……」

「分かっているよ。商品はこれだ。――シオ」

「あなたに言われなくても分かってるわ。……ねぇ? あなたも一度は見たでしょう、サクヤ?」


 シオが少しだけ身体をずらして、背後のナチルを前方に押し出した。

 ナチルは嫌そうな顔をしながら、それでもシオの手に従ってサクヤの方を見た。


「……ナチル」

「あんたが呼ばないで!」


 ぴしゃりと拒否されたサクヤは、無表情のまま口を閉じる。

 その無表情の裏を読めるのは、この場では多分オレだけ。


 だから。

 あんたがすごく傷ついていること、オレだけが知ってる。

 何よりも同胞を愛しく思う、あんただから――。

2015/10/23 初回投稿

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