表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
奴隷商人は嘘をつかない  作者: 狼子 由
第7章 I'll Remember
96/184

9 自分勝手

【前回までのあらすじ】どうも怪しい、やっぱりおかしい、レディ・アリア。色々隠してるそれを――今朝こそはきっちり吐いてもらうぞ!

「あたしが知ってることはそんなに多くないの。まずシオとあたしは割と珍しい女商人同士だし――それなりに仲良くしてて、何度か会ったことはあるワケ。夜会に呼んだこともあるし。だからあいつがサクヤ(あんた)をえらく気に入ってるなー、くらいは思ってたのよ……」


 レディ・アリアの言葉に、サクヤは小さく頷いた。

 その顔色がちょっとばかし青いのは……やっぱり初めての体験は小さなトラウマになってるらしい。可哀想だけど実体験を伴わないと理解しないサクヤにとっては――結果的には悪くない経験だったのかもな。ただしそのおかげで死人も出てるワケだから、あまり同じことは繰り返して欲しくない。


「半年くらい前かな……久々に連絡来てさ。どうしてもあんたを手に入れたいけどどうすれば良いかって聞くのよね。だから、あたし言ったワケ。あいつはリドル族がいればほいほい寄って来るわよって」


 ……うん、それ自体はクリティカルだけど秘密の情報じゃない。

 サクヤの売買経歴を少し調べれば、その特殊さに誰でも気付くはずだ。

 それより――半年前と言えば、丁度サクヤが今回の取引の準備をし始めた頃だから、カナイからの取引の申し出もその頃だということなのだろう。そっちも時期的にぴったり合う。やっぱりその頃を境に相手側は動き出していたということみたいだ。


 レディ・アリアは再び扇を広げてふぁっさふぁっさ煽ぎながら、オレ達から視線を逸らす。


「……で、仙桃の国にもリドル族を持ってるヤツがいるわよって、カナイのことを教えたの」


 サクヤの指先に力が入る。

 獣人同士の思いやりからか、古い付き合いで良く理解してるからか。黙ったまま、背後からキリがその肩にそっと手を置いた。

 そちらを振り向かないまま、サクヤの唇から吐息が漏れる。


「やはりカナイのところにリドルがいたのか……。その情報は間違いじゃなかった」

「その頃は厳密にはカナイの父親が持ってたんだけどね。父親は死にかけだったから、カナイの――遠目塚とおめつか家の資産はほぼカナイの思うままだったの」


 レディ・アリアの黒い瞳は、相変わらずこちらをを見ない。

 リドル族の居場所を知りながらオレ達に黙っていたことは、こちらからすれば裏切りであるということを認識してるのだろう。


遠目塚とおめつか家の資産の1つにイワナってリドルがいるっていうのは、カナイ本人から売買の仲介頼まれてたからさぁ。あら、これって良い機会じゃない? ……と思ったワケよ」

「イワナ――その時には彼女はまだ生きてたんだな!?」


 その名が出た瞬間に、サクヤが身を乗り出した。

 勢いの激しさでキリの手が無意識に振り払われる。背後からちらりと、痛みを堪えるような空気が伝わってきた。


 その痛みはきっと。

 思いやりを振り払われたからじゃなくて。

 自分も同じような感情を抱いたことがあるからだろう。


 ちらりとレディ・アリアの瞳が、サクヤに向けられる。


「その時にはまだ……って言われても、細かいこた知らないわよ。あたしは名前しか聞いてないし。――でもさ、勘違いしてほしくないのは、あたしが教えた時にはもうシオは知ってたのよね……」

「知ってた?」

「カナイのことも、あんたがリドルにこだわってるってこともよ」


 つまり。

 レディ・アリアからその話を聞いて、サクヤを捕まえておこうとしたんじゃなく。そのことを知ったから、レディ・アリアと連絡を取った――?

 小首を傾げたサクヤが呟く。


「……カナイとシオは同じ国の重要人物同士だし。俺もリドルを探していることは隠してないし。知っててもおかしくはないな」

「でしょ。だからそっちはあたしは悪くないのよ。それで、シオの言いたいのはあんたを捕まえてくれってことなのねって分かったの。それであたしもさ、機会があればあんたを捕獲してやろうと思って――」

「――捕獲だと!?」


 だん、とサクヤがブーツを踏み鳴らした。その背後では『姫巫女』の捕獲という恐ろしい事態に脅威を感じたキリが、小さく息を呑んでいる。

 分かりやすい単語に分かりやすく反応するサクヤは、やっぱり交渉に向かない。

 もう、あんた黙って聞いてろよ。オレがうまいことまとめてやるから。


「……ああ、それで。あの双子執事を差し向けたのか――」


 立ち上がらないようにサクヤの膝を押さえながら、オレは湖の国のオークションの後に襲いかかってきた双子執事のケイタとコウタのことを思い出した。

 あいつらが襲ってきたのは、てっきり青葉の国の第一王子カズキの為だと思ってたんだけど……。


「あんたの指図でもあったんだな……」

「そう、もともとその為に借りたのよ。まあ、見事に返り討ちだったらしいけどさ……」

「当然だ。俺があんなのに負けるか」


 微妙に偉そうな物言い。ムカつく。

 誰だよ、その『あんなの』に斬られてボコられて、へこたれてたヤツは。

 ――まあ、斬られたのはオレのせいだから大きな声では言えないけど……。


「蔵の国でも、夜会が終わったら取っ捕まえてやろうと思ってたのに。あんた、何で分かったのよ? あたしの気づかない内にさっさと逃げやがったわね?」


 ……ああ。

 それは、師匠達がサクヤを青葉の国に強制送還した日のことだ。

 あれだけ直前に無理を言った風だった上、いきなりいなくなったにも関わらず、さして責められなかったのは、レディ・アリアにも後ろ暗いところがあったからだったのか。


 サクヤはと見ると、静かに視線を逸らしている。

 さすがの厚顔無恥も、さも自分が見抜いていたように言うのは気が咎めたらしい。


「それで! 今回が3度目の正直――ってはずだったのよねぇ……。だめねぇ、やっぱり。あんたらむちゃくちゃだわ」


 ため息をつくレディ・アリアを許すつもりは毛頭ないけど。

 ここで喧嘩をしても良い事はない。

 幸いにして被害者は双子執事だけだし、騙して騙されて――そんな事は当たり前だ。

 それよりもむしろ前向きに、懺悔の分、便宜を図ったり情報を提供してもらいたいもんだ。

 オレはもういっそ聞きたいこと全部まとめて、レディ・アリアに問いかける。


「3度目の正直は良いけど、あの新兵器はどっから出てきたんだ?」

「新兵器? 何のことよ?」


 この期に及んで……と思ってじろじろ見つめたが、どうも本当に知らないようだ。オレはため息をついて、対象を変えた。


「サクヤ。あんたが昨日撃たれた時のことを話してくれ」

「サラをお前のところに行かせてから、馬車の予約をしに行った。店を出てしばらく歩いたところで声をかけられて、振り向いたところで胸元に一撃……」

「……食らったの? 何? 怪我はどうしたのよ、あんた?」


 あれ?

 やっぱり、この人知らないのか?


「あんたがボスなんだろ? どういう状態だったか、聞いてないのか?」

「そういや妙なこと言ってたわね。知らない男と話してると思ったら、いきなりあんたが倒れて連れ去られそうになってたから、自分たちが回収したとか、血が出てたけど怪我はなかったとか……」


 ん? サクヤを撃ったヤツとレディ・アリアの手下は別だってことなのかな。それでカエデの仲間が新兵器持ってたのか。


「じゃあ、オレがサクヤを逃がした後、追ってきたのは……」

「あんたがキリを連れて助けに行ったとこで、まあ……大体、結末は予想出来たし。これ以上あたしの手元から欠員出したい理由もないし。でも何にもしないワケにもいかないから、カナイに一報入れて終わりよ。追いかけて来たヤツがいるんなら、カナイの手下なんじゃない?」


 カエデが追って来たということは、きっとそういうことだ。

 レディ・アリアから連絡を受けたカナイが、カエデを動かした。

 だから――新兵器の秘密もカナイが握ってる。


「シオとカナイは、あんたがオレ達に黙ってたリドルの取引で繋がってる。シオの目的はサクヤそのもので――カナイの目的は何なんだ?」

「何よぉ……そんな、あたしが全部悪いみたいな言い方はさぁ……」

「あんたも悪いんだろうが」


 吐き捨てるように言い切ると、レディ・アリアはしょんぼりした風を――装った。

 ほら、これだから油断出来ない。そんな顔してもオレは騙されない。

 次に斬り込む瞬間を計ってるような、そんな空気を纏ってる癖に。


 オレの態度が軟化しないのを見て、諦めたようにレディ・アリアは息を吐いた。


「……カナイの目的なんて聞いてないけど、純粋に金じゃない? あの家、カナイの親父の代でけっこう傾いてるから」

「その点に関しては、俺の事前調査でも同じ結果が出てる。だからこそリドルの買取を持ちかけられて信用したんだ」

「なるほど……?」


 なら、カナイはやっぱり、金が手に入れば何でもするってことだよな。

 銀行に盗みに入ったのは金の為。

 じゃあ、何でサクヤを欲しがる? それも金に換える為か?


 オレが色々と考えている間に。

 彼女は扇で口元を隠しながら、サクヤからオレに視線を移した。


「……あたしさぁ。カナイに頼まれて紹介した筋があるの」

「紹介? 何のことだ、聞かせろ」


 性急に詰め寄るのはサクヤだ。

 だけど、レディ・アリアの視線はオレから動かない。


「ねぇ、あたしがあんた達を騙したのはここまでで――これ以上の情報提供はさすがに代価が必要じゃない? 交渉担当さん」


 その目元が細められた。

 オレは意識して微笑み返す。彼女の迫力に負ければ――ここで終わってしまう。例え役割分担を見抜かれていても、押し返すしかない。


「騙したのはここまで? そんなんで勝手に線を引かれてもなぁ……。色々と暗躍してたのは事実だし?」

「だからあたしのことは全部話したでしょ。でもさぁ、ここでカナイのことまで話しちゃうとなると……高くつくわよ」


 レディ・アリアが反撃をかけてきたけど。

 何のことだか分からない。

 何でここで、強気で出られる?

 オレは思い付いた内容を提示して、様子を見ることにした。


「……あ、もちろんキリのことは任せろよ。このままだったらあんた確実にグラプル族に狙われただろうけど、そこはサクヤがうまく処理するから」


 キリが背後で息を呑んだ。ここまでぐちゃぐちゃと会話した結果、ようやく奴隷から解放される状況が現実的になってきたからだろう。

 レディ・アリアの瞳は微笑んだままで、変わらない。キリの方を向きもしない。


「グラプルに襲われるって? そんなお金で何とでもなる部分は興味ないわ」

「あんたの命は金で買えないだろ」


 ――とは返しておくが。

 どうやら、彼女のポイントはここではないらしい。


 悩むオレを尻目に。

 レディ・アリアの唇が歪んだ。


「昨日の夜の貸しだってあるのよ?」


 ええ!? ちょっと待て。

 ここまでのこと考えるとそれはチャラだろ!? ――と言いたかったけど。

 その前に、隣から浴びせられるサクヤの視線が……すごい怖い。


「……貸しって何のことだ」


 低い声が真横から響いてきた。

 やばい。

 やばいやばい。

 やばいやばいやばいっ。

 レディ・アリア! あんた、何オレ達の間に揺さぶりかけてんだ!?


 事情を知ってるキリが、慌ててサクヤの肩を軽く叩いてくれているが、完全に無視されてる。

 ……ああ、もう。


「……それは、オレの個人的な話だから。あんた黙ってて」

「貸しって何のことだよ!」


 がん、といつものブーツで脛を蹴られた。

 ――もう、あんたどっちの味方なんだ!


「だからっ! あんたの救出にキリを借りた分だよ! あんたの間抜けのせいで借りが出来たって、そんな言葉を今聞きたいか!?」


 びし、と指を突き付けてやると、サクヤには珍しく。

 瞳を見開いて黙りこんだ――。

 青い瞳がオレの指先を見てから――自分の膝に視線を落とす。


「……俺のせい」

「分かったら黙ってろ!」


 こくり、と素直に頷く姿を見て――ひどく、悪いことをしたような気になったけど。

 気にしていられない。じりじりとオレを焦がす罪悪感を胸に押し込んで、レディ・アリアに視線を戻す。彼女は先程と同じ姿勢で、扇の向こうから面白そうにオレ達を見ている。


「ね? 全部まとめて返してくれるんでしょ?」

「ああ!? こんだけオレ達を追い込んで、何を返せって言ってんの? 具体的にどう返せば満足だよ!?」


 サクヤに対して抱えていた――引いては自分に感じていた苛立ちをそのままレディ・アリアに向けて――尋ねてしまった。

 口に出してから即座に、その一手のまずさに気付いた。

 この状況で向こうに選択肢を委ねるのは最悪だ――。


「うふ。お願いがあるの」


 思った通りにんまりと微笑まれて、自分への失望と一手の過ちの大きさを再認識する。ああ、もう。折角うまくいってたのに……見事に乱された。

 脱力してソファの背中に凭れかかりながら、何とか最後の意地で言葉を続ける。


「……何なの」

「蔵の国のね、例の騒ぎ……ちょっとヤバげなのよね。このままじゃあたしの商売上がったりでさぁ。手伝って欲しいワケ」


 蔵の国の騒ぎ――ディファイ族を始めとする獣人達の排斥運動のことだ。その件は、既にこの後で手を出すことがオレとサクヤの間で決まっている。だからむしろそちらが手出ししたいと言うなら――こちらから言えば戦力の増強。願ってもない話だ。

 むくむくと復活してきたやる気を隠して、オレは自分の目元を手で隠す。いかにもがっかりした風を装って。


「……具体的に何を手伝えば良いんだよ」

「ちょっとよ? ちょっとの間だけ……そうね、一週間くらい。あたしと2人で蔵の国の王宮の様子を探りましょ? サクヤなんか放置して」

「何を――!?」


 激昂して立ち上がりかけたサクヤの手を、目元を隠している手とは反対の手で掴んで止めた。

 蔵の国については丁度探らなきゃいけないと思ってた。もしもすんなりと王宮に入り込めるとしたら、それは願ったり叶ったり。

 サクヤと別行動になるのだって――サクヤはディファイの集落に赴くだろうから、さして心配もない。問題ない。

 オレに動きを阻まれたサクヤを見て、レディ・アリアがますます笑みを深くする。


「ねぇ、サクヤ。今はあんたとお話してないの。さっきから黙ってろって言われてるのに、横からうるさいわよ?」


 繋いだ手を伝わって、サクヤの手がふるふると震えているのが分かる。多分、自分のことを無視するオレに、すげぇ怒ってるんだと思うけど。

 ――引き続き、無視。

 姿勢を変えないまま、レディ・アリアに答えた。


「……この街の件が片付いてからで良いんだよな?」

「もちろんよ」

「――その話、受けた」


 あまりに美味しい話に、つい口元が歪んでしまう。

 両眼を覆う手を外しながら、笑顔で了承した。


 そこでようやく周囲を改めて観察する。

 意外なオレの反応に、不思議そうな顔をしているレディ・アリアは予想通りとして。

 オレの隣で、怒っているはずのサクヤが、何故か。

 泣きそうな顔してる……。えぇ!? 何で――!?

2015/10/19 初回投稿

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ