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奴隷商人は嘘をつかない  作者: 狼子 由
第7章 I'll Remember
94/184

interlude13

(カエデのこと、キリのこと)

(あんたから聞いてもいいけど)

(あんたの場合はこうして見る方が早い)


(チャンネルを選んで)

(カウントダウン――。5……3……1……)


●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●


ここが、この森の最深部と言っても良い。

木々の深さで昼間でも周囲は薄暗く感じた。


そんな中でも少女だけは明るく見える。

物理的に灯りがある訳ではないから。

多分、周りの華やかさによるものだろう。


木々の間を抜けて歩めば、すぐに見つけられた。

深々とクッションに腰掛けた、その姿を。

柔らかそうなそれが――彼女にとっての玉座なのだろう。


さして近付いてもいないのに。

目ざとくこちらを見付けた少女が、手を振ってくる。


(すげぇ、美少女……)

(短く刈り込んだ鈍色の髪、水色の瞳)

(これがグラプルの――?)


「来たね。巫女どの」

「またしばらく寄せてもらう」


その前に進み出て、軽く頭を下げた。

瞳を細めて、少女が頷く。


少女を取り囲んでいるのは。

色とりどりの華――もとい、同族の女達。

しなだれかかるように、お互い身体を絡ませている。


(そう言えば、ディファイの長老が)

(トラが言ってたな)

(グラプルの女王は同性でハーレム作ってるって)


いつもの癖で、無意識に価格を推定した。

美貌と艶めかしい姿態。

片手では足りない数の女を集めたこの後宮ハレム

どれをとっても、売れば高値がつくだろう。


(あんたね、何の職業病なの)

(買取査定かよ……)


少女はこちらの視線の意味に気付いたらしい。

皮肉に笑った。


「欲しいかい? あげないよ」

「いらない」


一言で返したところで。

女達が笑いさざめく。


「女王様、巫女様ったらひどいですわ」

「リドルって冗談でもお世辞でも何か言ってくれないのですか」


一族の名を出されて苛立った。

表情に出す愚は犯さなくとも。

少女には敏感に見抜かれたらしい。


優しい眼で周囲を見回してから、緩く諭す。


「ほら、他の一族のことを悪く言うんじゃないよ。巫女どの自身のことを言うのは良いがね。冗句を解さないのはリドル族の特性じゃない。こんなのは巫女どのだけだ」


その言葉で、再び笑い声が広まった。

嬉しい訳ではない。

それでも自分について何か言われている分には。

さしたる問題はない。


女のうちの1人が、椅子を持って近寄ってきた。


「巫女様もお座りくださいな」

「……ありがとう」


すぐに辞するつもりだったが。

勧められればひとまず受けるが良いと。

以前この少女にしつこく忠告された。


ならば、他は別にしても。

当人の前では従っておいた方が面倒はない。


(あんた、忠告の意味分かってる?)

(当人の前以外でもそれなりにしてくれ)


少女は楽しげに眉を上げる。


「おや、私の忠告は君の耳に残っていたようだね、巫女どの」

「同じ話題で5時間も拘束されれば、嫌でも心に残る」


広がる笑い声。

何がそんなにおかしいのか分からない。


上品にくすくすと笑う声ばかりだから。

これだけ多くても耳障りではない。


少女は小さな手で傍らの女の髪を撫でた。


「サクラ、君の淹れた紅茶が飲みたいな」


その言葉に従って女は立ち上がる。

あまりに嬉しそうに歩んでいるので。

コーヒーの方が良い、とは言い損ねた。


(……言わなくて正解)


女の背中を追う少女の瞳も潤んでいる。

しっとりとした掴み所のない空気に。

うまく馴染みかねる。


(あんたには、あんまり経験がないからだろ)

(愛欲と愛情と忠誠と野心と……)

(そういうものが全部混じって)

(トラは正しい、ここはハーレムだ)


少女がこちらに視線を戻した。


「今回はどうしたの?」

「特に。近くを通ったから」


用があるわけではない、取引のついでだ。

土産を渡して、少し情報交換など出来れば良い。


「ふーん。調子はどうだい? 一族は」

「以前会った時よりは」


買い戻し、略奪、裏取引……手に入る機会は逃していない。

残るは、居場所も知れぬ同胞達だけ。

そのうちの何人が、生きているのか。

考えても仕方がないけれど。


「そう。難しいよね、あいつらに捕まっちゃうと……」


視線を外して、何か考え込む様子を見せた。

沈黙の落ちた間に、目の前に紅茶が差し出される。

受け取って、口をつけた。


「……ねえ。何かあったの? って聞いてくれないかな?」

「何かあったのか?」


言われたまま尋ねたのに、少女は顔をしかめている。


「……君って本当に……」


女達の笑い声で何となく考えた。

笑われてもさして腹が立たないのは。

かつて島で義姉達に囲まれていた時を。

思い出すからだろうか。


(そうか?)

(全然、雰囲気違うと思うけど)

(……あんた、女好きなだけじゃないの)


「……まあいいか。あのさ、もし君が外の世界で見かけたら、教えて欲しいんだけど」


少女の言葉に、女達がそれぞれ小さくため息をつく。

なるほど、何かあったらしい。

黙って視線で促すと、少女は重い口を開いた。


多分(・・)、拐われたみたい(・・・)なんだ……」


まさか、という言葉が喉元まで出かかった。

この森の中にあって。

女王に気付かれぬままに動くなど。

そんな力のある人間などいるものか。


それこそ――原初の五種の守り手くらいしか。

考えられない。


消えたヴァリィの一族を除けば。


グラプルの女王はここにいる。


ディファイの長老とは会ったばかり。

犬猿の仲のグラプルの森には近付くまい。


炎を守るグロウスの騎士は。

かなり以前から一族の中でごたごたと。

外に出るような余裕もないと聞く。


他にいるのは、決して。

完全な姫巫女とは言えぬ力の自分のみ。


どれを取っても、可能性などない。

ならば、やはり人間なのだろうか。

人間などに――?


折角抑えた言葉だが、こちらの表情で察したらしい。

苦笑しながら、付け加えられた。


「だよね。人間風情がどうやって森に忍び込んで、どうやって取っ捕まえたって言うんだって。私も知りたいよ。でも彼女が帰ってこないのと、尻尾の抜け毛が――たくさんの人間の足跡と一緒に見つかったのは事実なんだ」


彼女――と言うからには女性なのだろう。


(拐われたのが――カエデか)


紅茶の器を口元から外して、尋ねた。


「……詳しい特徴と、その時の状況を教えてくれ」


少女は満面の笑みで答えた。


「私から説明しても良いけど。彼女の幼馴染でキリという男がいるから、それに聞いて欲しいな。今後は彼が外との繋ぎ(・・)を務めることになる」

「分かった」


手元の紅茶を半分以上残したまま。

傍にいる女に手渡して立ち上がる。


「……いや、今すぐじゃなくてもいいんだけど」

「こちらは今すぐでも問題ない」


周囲からまた笑い声。

ここにいると、何だか常に笑い声が聞こえる気がする。


(あんたが笑われてんだよ……)


ため息をついた少女が。

自分の足下に凭れ掛かっていた女の顎を撫でた。


「サツキ、彼女をキリのところへ案内してあげてくれる?」

「はい、女王様」


返答の声は可愛らしい。

きっとまだ若い狼なのだろう。

立ち上がり、こちらに向けて一礼をくれる。


「巫女様、どうぞご一緒に」

「ありがとう」


ここを辞す良いきっかけになった。

少女に再び頭を下げて、踵を返す。


「……全く。彼女、あんなに頑なじゃなければ、私のハレムへ入れてもいいんだけどなぁ」

「お止め下さい。私達だけで十分」

「ええ、それにあの細腕では、いざと言う時に女王様をお守りできません」


背後で笑い声とともに交わされる会話を聞いて。

何か引っかかるような気がして――まあ、いいかと聞き流した。


(――聞き流すな!)

(ディファイ族もそうだけど、ここでも)

(あんた、女だと勘違いされてるじゃん……)


●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●


男――と言うには、まだ幼いように見える。

少なくとも自分の外見年齢よりは下だろうと思う。


「君が……リドルの姫巫女か」

「そう。あなたがキリか?」


尋ねると、頷きが返ってきた。


(そっか、10年前だもんな)

(今は大人の男の)

(キリだってガキの頃があったんだ……)


「女王様に命じられたので、今後は私が繋ぎ(・・)を務める。何かあれば私宛に連絡が欲しい」

「うん、よろしく頼む。早速だけど、拐われた子の情報を教えて欲しい」


痛々しく少年の顔が歪んだ。

悪いことを聞いたか、と思いながらも。

聞かずには探せないので、撤回はしない。


少年は瞳を揺らしながら、答える。


「……カエデは……」


――カエデ。

それが、拐われた彼女グラプルの名前か。


「……カエデはまだ13歳だ。私より少し耳が長くて、目は垂れ気味。尻尾はどちらかと言うと短め。昨年、人間と戦った時に右腕のこの辺りに傷を受けて跡が残っている」

「そう。女の子だな?」

「ああ」


ぎりぎりと歯を食いしばりながら。

耳を前方に突き出しているのは。

人間に対する怒りを感じているからだろう。


(違う……)

(多分、あんたももう少し観察すれば分かるよ)

(あんたにとっても馴染み深い感情だ)


「事の起こる数日前、森の近くで人間の一団を見かけた。武装はしていたがすぐに森に踏み入りはしなかったので、見張りを立てて様子を見た。丁度カエデが見張りをしていた時間が終わって――次の者が交替に行った時には、もう彼女の姿はなく……」

「尻尾の毛がたくさん落ちていたと聞いたけど」

「……そうだ。彼女のものに間違いない」


では、1人でいるところを。

その人間の一団に囚われたということか。

目の前の少年の瞳から、静かに涙が落ちた。


「……私は彼女を1人にしてしまった。今彼女はどんなに心細く、苦しんでいるだろう。まだ1人で見張りをするなど早いと――例え彼女に嫌われても、忠告すべきだった……」


その言葉からすれば、状況は少年のせいではないだろう。

それでも、後から考えれば、悔いる思いは限りない。

その気持ちには――覚えがあった。


(キリの怒りと後悔は、自分自身に対してだ)


自分には慰めるに適当な言葉はない。

同じ悲しみを感じるだけで。


ただ黙ってその涙を拭った。


少年の水色の瞳が、一瞬自分を見上げて。

次の瞬間には、堪え切れぬようにくしゃりと崩れた。


見ていられなくて、思わず抱き寄せた。

しばらくの間、胸元から聞こえる鼻を啜る音を、静かに聞いた。


●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●


(森に入れば女王に見付かる?)

(人間達はどうやって森に入った?)


(10年の間にカエデに何があった?)

(全て、あんたが知ってる)

(カエデ――)


(カウントダウン――、5……3……1、切断――)


――暗転――

2015/10/16 初回投稿

2015/10/16 誤字修正

2017/02/12 サブタイトルの番号修正

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