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奴隷商人は嘘をつかない  作者: 狼子 由
第7章 I'll Remember
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7 人質に取られたら?

【前回までのあらすじ】敵の正体なんて全然分かんないけど、サクヤを狙って追っかけてくるなら待ち伏せするまでだ。河原で追手を待つオレ達の前に、ようやくヤツらはやってきた。

 ぴりぴりと向けられる殺気の中央を、悠々とこちらへ歩いてくる人影が1つ。

 鈍色の髪。右眼には眼帯をしているが、左眼の水色は真っ直ぐにサクヤを見据えている。


「カエデ……」

「やあ、少年。昨日ぶりかな」

「何で毎日あんたに会わなきゃいけないんだ」


 隻眼の美女――警備隊小隊長のカエデだった。

 その様子はいつもと変わらず、右手に裸の剣を引きずるようにさげている。

 たった1つ違うのは――


「――人手不足、解消されたみたいだな」

「おかげさまで。ようやく我が主殿もやる気になったみたいでねぇ。今まで他に向けてた人員が――ようやくこっちに届いた。今日は多勢に無勢ってことはないよ」


 カエデの背後には、獣人達が並んでいた。

 いつかシオの屋敷で見たトラの獣人達。カエデも含めて全部で9人……ほぼこちらの倍の人数であることを考えると、実に本気で来ていると思われる。

 その首元にごつい首輪が嵌っているところを見ると、皆、獣人奴隷なんだろう。好きで敵対するワケでもないが――手を抜く気はない。


 人手不足だと何度も言っていたが、その度に「次こそは!」で中々実現しなかった。それでも今回補充されたってことは、カエデも嘘はついていなかったらしい。


「来たか、猟犬――」

「カエデ――」


 サクヤとキリが口々に声を上げる。

 その姿を見てカエデは眉をしかめた。


「おやおや。何で我が同胞殿がこんなところにいるのかな。巫女ちゃんの手には売り渡さないようにって、あんなに念押ししたのに……あの腐れ豚が」


 あの腐れ豚とは――キリをレディ・アリアに売った奴隷商人のことだろうか。確かにあの瞬間、奴隷商人もカエデの名前に反応してた。

 キリが首を振って一歩距離を詰める。


「カエデ。私と一緒に森に帰ろう。君を迎えに来たんだ」


 獣人達のこの己を省みない姿は、共通なんだろうか。

 サクヤにしろ、キリにしろ。

 売り飛ばされそうになってなお、優しい言葉をかけるキリに――カエデは冷笑で答えた。


「迎えに……ねぇ。今更そんなこと言われてもなぁ。何事にも取り返しがつかないことってあるよね?」


 すかすかと自分の頭上で右手を振りながら、そんなことを言う。

 サラとキリが2人とも同時に自分の耳を伏せたのは――獣人の誇りと言われるその耳を失った時のことを想像したからだろう。オレには全然分からない感覚だけど、それはそれは……余程のことらしい。


「いや、まあそれは良いのよ。結果的にアレで決心ついたんだし。私は女王に――同胞に見捨てられたんだって」

「見捨てられた? カエデ……? 君は何を……」

「ああ、いーのいーの。こっちの話ね。とにかくさぁ、君達に手を組まれると困っちゃうんだよなぁ。面倒だし、計算違いになっちゃうしね」


 ぎり、と地面を踏み躙りながら、カエデが戦闘体勢に入った。


「じゃあ、キリは私とやろうか。昔のつもりでいると――後悔するよ。あ、君らさぁ、半々くらいに分かれて、あっちのネコ娘と巫女ちゃんやっちゃって。適当に」


 後ろに控えた手下達に、視線を向けないままアバウトな指示を飛ばしている。

 その言葉を聞きながら、オレも剣を抜いた。


「こら! オレを忘れんな!」

「あ? 少年は逃げなよ。ウァーフェア族と正面からやるような力は、君にはないで――しょ!」


 言葉と同時にカエデの身体が跳ねた。


「――キリ!」


 サクヤが慌てて投げたナイフを受け取って、キリはカエデの剣を短いナイフの鞘で受けた。


「カエデ――私は君と戦う気はない!」

「君になくても、私にはあるんだなぁ、これが。いずれグラプル族()滅ぼせって我が主殿は言ってるからねぇ」


 激しい剣戟には、助太刀する隙間もない。

 サラなら入れるかもしれないが……さすがに、8人の獣人達をオレとサクヤで対応するのは難しい。

 既にサラはナイフを引き抜き、河原を敵に向かって駆け出していた。カエデについてはキリに一任することに、自主的に決めたらしい。


 ウァーフェア族達もカエデの指示を受けて、こちらに向けて近寄ってきた。

 サクヤがオレの耳元に囁きかける。


「あいつの言った通り、お前は下がれ。あの獣人――ウァーフェア族は力が強いから、逃げ道を塞がれても、絶対に正面から受けるなよ」


 オレの返事を聞かずに、そのまま左手を前に突き出す。


「――爆風バーストウェーブ!」


 サクヤの髪が白銀に変わった。

 荒れ狂う風に煽られながらも、こちらに駆け寄ってくる獣人達の勢いは止まらない。

 駆け抜けるサラを掴まえようと伸ばす手を、サラは持ち前のスピードで身軽に避けている。


 オレも剣を構えて前方に駆け出す。

 彼我の力量差が有り過ぎて絶対に気を抜けない状況に、オレは持てるだけの気力を集中させていく。

 サクヤの方に駆け寄ろうとしていた虎獣人ウァーフェアの1人の前に立ちはだかって、右下から斬り掛かると、鬱陶しそうに長いツメがオレの剣を弾いた。


「……言われた通り逃げときゃ、死ななかったのに――な!」


 濃縮した情報が頭に響く。


(右手のツメ――をフェイントに左から――殺る!)


 短い言葉を瞬間で頭に叩き込まれるような感覚。左から振り上げられたツメを避けた後、足を止めずに右から襲ってくるツメを間合いを詰めて避けた。


「――何!?」


 絶対当たるはずの攻撃がスカったことに驚くウァーフェアの男。その腹に剣を叩き込むと、内臓に深く食い込んで、剣を抜くのが一瞬遅れた。


「っがぁ!」


 唸りながら、ウァーフェアは剣を握って抜けないように押さえてくる。オレは即座に柄から手を離し、大きく後退した。


 その直後に、耳元を走り抜けるいしきを聞く。


(背後を取った! これで――)


 オレの背中に浴びせられる別のウァーフェアの殺気を受けて、振り返らないまま横に飛んだ。シャツの肩口に引っかかったツメが、肌の表面すれすれを撫でて、袖を引きちぎっていった。

 今のはうまく紙一重で避けたが――次を避けられる体勢じゃない。


「――カイ!?」


 サクヤがオレの名前を呼ぶ。上ずった声の調子そのままに、慌てた様子でマントから引き抜いた銀色の針をこちらに飛ばしてきた。

 そのきらきらと輝く光で、大事なことを思い出す。


 ――やばい! その針!

 さっきサラがマントごと河で水洗いしたヤツだよ!?


 案の定、オレの背後にいたウァーフェア族は数本の針を腕に受けながらも、さして気にした様子もなく、まとめて引き抜いた。


「何だ、こりゃ? おい、リドルの巫女さんよぉ、こんなもんが効くと思ってんのか!?」


 毒が効かないことに多少驚きながらも、サクヤはすぐに頭を切り替えて、魔法を放つ準備をする。だけどそれを待ってくれる敵ではない。体勢を崩していたオレの首元に、ウァーフェアの太い腕が巻き付いた。


「っぐぁ……」

「カイっ!」


 苦しい視界の端で、サクヤが放とうとした魔法を霧散させるのが見えた。

 ――この……バカ!


「おら、そこの巫女、動くんじゃねぇ!」


 オレを掴んだウァーフェア族は、首を起点にオレの身体を振り回すようにして、サクヤに向ける。苦しさと食い込むような腕の力の痛さで、オレは顔をしかめた。


「……クヤ、魔法を――」


 息が苦しすぎて、まともな声が出ない。

 ウァーフェアの腕に必死に爪を立てるけど、さしてきいている風もない。


「黙れ、この糞ガキが」

「っぐぅ……」


 ぎりぎりと首を締め付けられて、今度こそ息が止まりそうになった。


「――止めろ! カイに手を出すな!」


 サクヤが跳ね上がった声音で叫ぶ。


 これが、ついさっき想定した通りの状況。

 オレが人質に取られたら。


 どうしようなんて言っていたサクヤは、実際にその状況に置かれた瞬間に、悩む間もなくオレの命を取った。

 あんたが捕まったら一族はどうなるんだって……あれ程言ったのに。


 全部、オレのせいだ。

 オレが……弱いから。


 なら――自分でここから抜け出せなければ、オレはサクヤに着いていく資格はない!


「巫女! てめぇの仲間を止めろ! あの黒ネコ――」


 オレを捕まえているウァーフェアの視線が、一瞬だけ遠くにいるサラの方を向いた。


 今が――チャンス!

 その瞬間にオレは首元に絡まる腕を――肘の端っこの、何かしびれる1点を――尻ポケットに入れっぱなしにしてた、かつての愛剣の柄を取り出して、思い切り突いた。


「っ!――ってぇ!?」


 どうしようもなく力が緩んだ隙を見逃さず、ウァーフェアの腕から逃れると、即座にサクヤの魔法がオレの背後に向けて飛んだ。


「――氷刃グリーミングブレード!」


 輝く透明な剣がオレの頭をかすめて、背後のウァーフェアに向かってきらきらと直進する。額の中央に氷の刃を突き込まれて、絶命したウァーフェアが刃の勢いそのままに後ろに倒れていった。

 その腕に長いこと呼吸を止められていたオレは、咳き込みながらそれでも何とか立っている。


「……カイ!」


 サクヤがそんなオレに向けて駆け寄ってきた。


 周囲を見れば。

 まともに戦いを続けているのは、キリとカエデだけ。

 あれだけいたウァーフェア達は、オレがうだうだやってる内に、サクヤの魔法とサラのナイフにやられてほとんどが絶命していた。


 生き残っているのはオレの剣を腹に受けて、地面でまだ呻いているヤツだけで。そいつでさえも首元にサラがナイフを差し込めば、数度身体を引き攣らせた後に静かになった。

 ナイフを振るって血を落としたサラが、オレの剣をその身体から引き抜いた。


 そこまで見たところで、身体ごとぶつかってきたサクヤによって、オレの視界は遮られる。そのまま背中に細い両手が回ってきた。


「カイ――この、バカ! 逃げろって言っただろ!?」


 ぎゅうぎゅうと身体を押し付けられながら、確かめるように撫で回される。


「怪我はないか? どこか痛いところは……」

「ちょ……あんたオレの親か? くすぐったいな。大丈夫だよ」


 オレの答えを聞いて、真下からサクヤが見上げてきた。

 その青い瞳に笑いかけてやる。


「これで分かっただろ。オレが人質になっても、あんたは気にしなくて良いって。自分で何とかするからさ」


 サクヤは答えなかった。

 まだ何か納得いかないとこがあるんだろう。オレが一度人質に取られたことは事実だし。


 サクヤの両手が、黙ったままオレから離れていく。


 今、この人男だから。

 抱きつかれてもあんま嬉しくないはずなんだけど。

 遠ざかる体温を何だか寂しく感じたところで――


(――狙うなら、頭!)


 ――背筋を冷たいいしきが通り抜けていった。


「――サクヤ!」


 呼び掛けながらサクヤの腕を掴んで横に引き倒し、腕の中に抱き締めて河原を転がる。

 それとほぼ同時に――パンッ――と破裂音。

 ――あれだ、サクヤが言ってた新兵器だ!


 オレ達から少し離れた石の上で、キュイン、と弾が跳ねた音がした。

 オレの上に乗っかってたサクヤが、即座に状況を理解して、先程まで自分がいたところと、その跳弾の音を結んだ延長線から、射手の居場所を探した。


「――月焔龍咆哮ルナティックロア!」


 純白の光が突き出したサクヤの左手に集まり、真っ直ぐに放たれる。

 ごうごうと音を上げて進む光の塊が進んだ跡には何も残らない。

 かなり先まで突き進んだ光が雲散霧消したところで、サクヤは左手を下ろした。


 河原のごろごろした石に背中をぶつけて、痛みに座りこんだままのオレには見えないが、射手を仕留めた手応えがあったらしい。小さく「よし」と呟いてから、オレに手を差し伸べてくる。


「助かった。良く分かったな」

「……さっきのが、新兵器か?」


 尋ね返しながらその手を握ると――引っ張った瞬間にバランスを崩して、再びサクヤの身体がオレの方に飛び込んできた。

 ……オレが力入れ過ぎたのかもしれないけど、あんた、どんだけ力ないんだ。


「何やってんの……」

「悪い」


 オレの両手に抱えられて一瞬うろたえたけど、すぐに身を引いて立ち上がる。

 その立ち上がる早さは、どうやら戦闘前の会話でオレが提示した通り、肉体的な接触を減らそうという思考に至ってくれたらしい。

 真上からオレを見下ろして、小首を傾げる。


「多分、さっきのが俺がやられた新兵器だ。本当はサンプルを回収できればよかったんだけど……」

「今の魔法で潰しちゃったな、きっと。まあ命が一番だから仕方ない。それよりどうした、そんな顔して」


 オレも立ち上がって、自分のケツと背中を払いながら尋ねた。

 サクヤは――さっきから何か訝しげな顔をしている。


「お前、あんまり触るなって言ったよな?」

「言ったけど。だから今、さっさとどけてくれたんだろ?」


 オレの答えを聞いて、1つ頷くと、何故かそれ以上は何も言わず踵を返した。


「――おい猟犬! 片付いたぞ! そっちはいつまでやる気だ!」


 斬り結ぶ2人に声をかけ、そちらに近付いていってしまう。

 ……何なんだ?

 表情からすると、何かが言いたかったんだと思うけど、何だったんだろう……。

 不思議は残るが、当面の危機を逃れて息をつくオレの背後に、静かに気配が寄り添ってきた。


「サラ」

「……サラなら、飛び掛かった」


 ここまで持ってきてくれた剣を返しながら、そんなことを呟いている。言葉だけ聞くともう、いつ起こった何のことを言っているのか全く分からない。


 状況を考慮しつつ、色々と類推し……うんうん唸った結果。

 オレがあのまま人質になってるだけなら、オレの生死を無視して、サラがウァーフェア族に突撃をかけてたぞ、ということだろう。


 剣を鞘に戻しながら、オレは頷き返した。


「もしまたそんなことになったら、その時は頼む」

「ふひっ」


 何だか変な声をあげて、サラはオレの傍を離れていく。

 これまた良く分からなかったのだが……今の声――どうやら、笑ったらしい。


 そんなオレ達の視線の先では、グラプル族同士の高度な肉弾戦が繰り広げられている。

 どちらかと言えばキリが押されているが、既にオレ達も手が空いた。4対1ならカエデが負けることが確実だ。


「――ああ、もう! キリのせいで計画はおじゃんだよ! ほんと、何でここにいるの!?」


 がん、と音を立てるように石を蹴り、カエデはキリから距離を取った。

 キリは全身に細かい傷を負いはしているが、全体としては大したダメージではない。カエデに至ってはノーダメージ。見ている限りはほぼ互角に見えたから、キリの方が相手に止めを刺せなくて躊躇している分、動きが鈍っただけだろう。


「あのさぁ、巫女ちゃん。分かってるでしょ? 今更迎えに来たところで、ちびウサギちゃんは君の元へは戻らないよ。義姉ねーちゃんも死んだのに取引なんて続けるだけ無駄さ。どうしてもウサギを回収したいなら――いっそ私達と手を組もうよ」


 余裕の笑みを浮かべるカエデに、サクヤはにべもない。


「同族を裏切るような奴の言葉を信じるつもりはない」


 その言葉で。

 何故かオレの前にいるサラの背中が少し揺れた。

 そのことにはオレ以外には誰も気付かなかったようだ。黙ってカエデが肩を竦める。


「ああ、もう。奴隷は全部殺されて巫女ちゃんも逃しましたなんて……我が主にどう報告すべきかねぇ。良くもまあこんなにたくさんの獣人奴隷を殺しておいて、裏切りだなんてしれっと言える。君達に正義と言う言葉はないの?」

「自分が正義だなどと言うつもりはない。同じ獣人を殺すのは忍びないが、物事には優先度がある」


 カエデに向けて左手を翳したサクヤの髪が、再び白銀に輝く。

 バチバチと鳴り始めた火花を見て、カエデの唇が――悲しげに歪んだ。


「……これだからウサギは甘い」


 飄々とした声音とは、噛み合わない表情をしていた。

 そのまま立ち去ろうとするカエデに、オレは尋ねる。


「なあ、あんた――何で銀行に盗みに入ったんだよ?」


 自分で盗んで、自分で捜査して――何の為に?

 そんなに金が必要なのか?

 盗んだ金があるのに、獣人奴隷を揃えるのに何でこんなに時間がかかった?

 カエデはオレに笑いかけて、小さく手を振った。


「お金を盗むなら、お金が目当てに決まってるじゃないか。その金で何をするかは――また別の話だね。じゃあ、また明日」


 去って行くカエデを、サクヤは追撃しなかった。

 撃っても当たらないと思っているからかもしれないけど――もしかすると。それは、カエデの背中を見つめるキリの為だったかもしれない。

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