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奴隷商人は嘘をつかない  作者: 狼子 由
第7章 I'll Remember
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6 完璧じゃなくても

【前回までのあらすじ】捕まってたサクヤを追いかけて来るヤツらが到着するまで、河原で待ち伏せながらちょっと反省会中。ほんと、サクヤにはもうちょっと気を付けてほしいんだよなぁ。

 オレは一度真っ暗な空を見上げて、ちょっと考えた。


「とりあえずさ、あんた、自分のこともうちょっと大切に考えなよ。あんたの優先度一番って何だっけ?」

「同胞だ」

「だよな。じゃあ、あんたの身体はそれと同じだけ大事だって理解しろ。オレの心配はその次だろ?」

「……次?」


 ……あ、それ以上は言わなくていい。

 次どころか、もっと下――なんて話は聞きたくない。

 オレが必死で首を振ると、サクヤには何かが伝わったらしい。頷きながら、血がこびりついた自分の服の胸元を掴んで、オレに示してきた。


「お前がそう言うなら、自分で気を付けてくれ。服のここ――穴が空いてるだろ?」


 言われて覗き込むと、確かにシャツの胸元に小さな穴が空いていた。

 直径にして見れば1cmやそこら……んー、もうちょい大きいか。キレイにまるーく空いた穴が、丁度サクヤの心臓の真上にある。


「タバコでも押し付けられたか?」


 あんまり楽しくない想像だけど。

 穴の様子からはそんな風に思える。


「……違う。俺も噂でしか聞いたことがなかったが……火薬で弾を飛ばす新兵器だ」

「新兵器?」


 火薬と聞いて。

 さっきサラが火薬臭い、と言ってたことを思い出した。


「え? 火薬で弾を飛ばすって、どういうことだ? 爆発?」

「細かいことは良く知らない。筒に弾を詰めて、小さな爆発を起こすんだ。その爆発の勢いで弾が向こうに飛ぶ……らしい」


 へえ……そんな兵器があるのか。

 

「それって、何で筒ごと爆発しないの?」

「……知らん。細かいこと知りたいならエイジに聞いてくれ。俺もエイジから聞いただけだし、今回初めて本物見たくらいだ」

「エイジ?」

「導入を検討してるって言ってた。あいつ自身も弓使いだし、青葉の国としても遠距離武器は欲しいところなんだろ」


 なるほど。

 じゃあ、今度エイジに会ったら聞いてみよう。

 まあ、その前にエイジを2回くらい殴らなきゃいけないんだけど。……あいつ、余計なエロ知識をサクヤに与えすぎなんだよ。


 そんなことを考えながら、ふと、その胸元の洋服の穴を見ていて気が付いた。


「ん? じゃあ、そんなちっちゃい弾で、あんた死んだってこと?」

「お前……心臓貫通したんだぞ」

「貫通? え? 何? 貫通したのに、そんなちっちゃい穴しか空いてないの? もっとこうずばぁっと飛び散ったりしなかったの?」

「……と思うよな。俺も良く分からない。弾のスピードが早いからかもしれないけど」


 2人で首を傾げたが、やっぱり良く分からなかった。

 エイジにちゃんと説明してもらおう。


「もう治ってるんだよな?」

「治った。声も戻ってるだろ?」


 言いながら、うりうりとシャツの穴を弄っている。

 結構目立つところだから、繕うのちょっとキツそうだな。また買い直しか……。


「とにかく、長い筒みたいなの持ってるヤツがいたら気を付けろ。筒の端っこに火をつけたら――避けられない。避けるならその前に避けろ。至近距離からやられたこともあるが、俺も気付いた時にはもう遅かった……」


 経験者の言葉は貴重だ。オレは素直に頷いた。

 ついでに意地悪く付け足してやる。


「そんなもんがあるなら、あんたも昨日みたいな大口叩いてばっかりはいられないな。オレだってその新兵器使えば、遠くから狙ってあんたを倒せるってことだ」

「お前器用だし、ちょっとコツをつかめばいけそうだな。使いたいか?」


 そういうこと言ってんじゃない。

 あんたの油断の問題を云々してるんだっつーの。

 オレはその金色の頭をぱふ、と叩いた。


「オレに偉そうなこと言ってる間に、もうちょっと気を付けろって言ってんだよ。油断大敵だろ」

「……お前の前でくらい、油断させろよ」


 オレの手の下から見上げながら、唇を尖らせる様子はえらく可愛い。

 オレだけ特別――なんて、甘い期待を抱けるような相手じゃないのは、もちろん承知してる。特別なのはノゾミちゃんなんだろ。……そんなこと考えてると、一周回って腹が立ってきた。


「は? オレだから何なワケ?」


 鼻で笑って答えたけど、サクヤにはオレの中途半端な表情の意味がわからなかったらしい。困惑しながら囁くように答えてきた。


「お前はそんな卑怯なことはしないって、分かってるから……」


 そんなバカな。

 あんた記憶力ないのか。


「何言ってんの? こないだ誰に後ろから刺されたのか、もう忘れたのか」


 別にオレはそんな正々堂々とした人間じゃない。

 必要ならサクヤを後ろから刺すことも出来るし、オレの望み通り動くように色々と策を練って言葉を誘導することだって出来る。嘘をつくことも、人を騙すことも、卑怯な手だって気にならない。


 殺人も犯罪も躊躇なんてない、ちゃちな小悪党。

 あんただって、ついこないだそれにハマったばかりじゃないか。


「……だけど。お前はもうしないって言った」

「自分と一緒にすんな。オレは幾らでも嘘をつけるし実際ついてるだろ」


 嘘がつけないのは、誓約で縛られた獣人の守り手達だけだ。

 オレが嘘をついたところで何の不利益もない。


 意地の悪い答えだとは思うけど。

 それが現実。


 あんたは何だか入り口が狭くて、中はがばがばのツボみたいだ。

 すごく取っ付きにくいのに、入り口さえ抜けちゃえば、懐の中で何をされても気にならないんだろ?

 オレがちょっとノゾミちゃんに似てるってだけで、入り口通しちゃって、それでいいのかよ?


 それってすごくオレのこと信じてるのかもしれないけど、オレはそんなに信用されるような人間じゃないから。

 頼むよ……もっと、自分の頭で考えてくれよ。


 サクヤはオレから眼を逸らして、呟いた。


「そうだな。俺もまだお前のこと信じ切れてないんだと思う。だから、今日は何だか気が気じゃなかった」

「オレがあんたからレディ・アリアに乗り換えるって?」

「そんな眼で見るな。頭では分かってるよ、お前はそういう奴じゃない」

「……いや、あんたはオレを疑っておいた方がいいよ」


 言いながらも。

 その点でだけは、サクヤを裏切ることは絶対にないと、自分でも分かってる。


 だってあの満月の夜。

 悩んで迷って、でもあんたが欲しいと思って。

 延々と考えてから、あの紅に誓った言葉だから。


 疑って欲しいのは、むしろ別の面だったりするんだけどなぁ……。


「だからさ、女の姿で無防備にオレに甘えてくるのも止めてくれ。あんた、自分も男なのに、男の性欲を甘く見てるんじゃないの?」

「自分が男だから基準にするといつも食い違うんだ。やっぱり俺、その点では成熟してないみたいだ……」


 サクヤの声が小さくなる。

 火の傍に座り込むと、もぞもぞと足を折り畳んで身体に引き付けた。

 炎に照らされた頬が赤くて、上気しているようにも見える。ただの炎の照り返しかもしれないけど。


「……あんまり女の身体に興味ないんだ。もちろん男にも興味ないけど。前代の巫女もそうだったが、俺も子どもを作る機能が備わる前に成長が止まってるんだ。多分そのせいだと思う」


 一際強い風が吹き抜けて、オレは何て答えるか迷った。

 何を言えばいいのか分からなくて――結局黙っておいた。


 何であんた、いつも堂々としてるのに、今だけそんなに恥ずかしそうなんだ。消え入りそうな声も、ちらちらと逸らされる視線も。普段と違い過ぎて、拍子抜けしてしまう。


「だから、押し倒したいとか言われると、訳が分からなくて……怖い」


 150年も生きて何言ってんだ、と突っ込みたくて仕方ない。

 だけど、膝を抱えた姿は幼い少女のようで。

 オレは、何も言えなかった。


「……呆れた?」


 おずおずと、上目遣いでこちらを見る。

 ――ああ、もう!

 あんた、何でそんな可愛いんだよ!


「……呆れてない。どう反応すればいいか、迷ってただけ」


 ってことは、つまり呆れてるんだけど。


 ……どうしよう、こいつ。

 そうかそうか、可哀想に――って言うのは簡単だ。

 その次にどうなるかと言うと、多分、甘えたくられる。


 ノゾミちゃんがそうだったように。


 だって本人は、オレがどういう状況で何を我慢してるのか、これっぽっちも分かってないんだから。ノゾミみたいに対応する為には、ノゾミみたいな安定した精神力が必要だ。


 ……無理だっつの。

 一緒に風呂入って顔色1つ変えないとか、もう人間業じゃない。

 どっかで妥協点を探さないことには、オレの身が保たない。


「なあ、サクヤ……」

「ん?」

「オレも言い方は気を付けるからさ、あんたもオレを気遣ってくれよ」

「具体的に」

「あんたは分かんないかもしれないけど、オレは女の身体に興味があるワケ」

「……見せろってことか?」

「――バカ。逆だ、逆」


 何でそうなるんだ。

 あと、さり気なくシャツのボタン外そうとするな。いつでも見せる準備ばっちりかよ。

 大体あんた今、男だろ。さすがに男の時の身体を見せられても、興味ないよ。……多分。うん……。


「とにかく。そういう視覚的な刺激を受けると、あんたの怖がってる『押し倒したい』気持ちになるんだって」

「……見せなきゃいいのか」

「そう。それに触覚的な刺激も。だから触んな。近付くな」

「そこまで言われると難しい……」


 サクヤがまた小首を傾げてる。

 オレの求めているものが理解しきれないからだろう。


 ――でもそんなのは、オレだって一緒だ。

 この鈍感の求めているもの――頭でしか理解できない。

 『家族』だなんて……あんた見てるだけでドキドキしちゃうオレには無理。


「出来るだけでいいから。完璧じゃなくても」

「……努力はする」

「それでいい。違ったらまた訂正するから。オレとあんたは別の存在で、お互いの気持ちなんか完全に分かったりしないんだから、気に入らないとこは話し合って妥協点を見つけようぜ」


 そこまで言ってから。

 オレはサクヤの方を見ずに付け足した。


「あんたもオレの嫌なとこは言ってくれ。……ずっと、一緒にいるんだろ」


 顔も見ていないのに。

 何故かサクヤが微笑んだのが、分かった。


 ――の、瞬間。


「……良いところを邪魔するようで申し訳ないが」

「――ぅわぁ!?」


 真後ろから声をかけられて、マジでビビった。心臓が口から出てっちゃうかと思った。割と気配に敏感なオレが、こんなに近付かれるまで、気配に気付かないとは……さすが戦場の狼。


「……あー、びっくりした。キリか」


 静かにオレの背後に立っていたのは、さっき周囲の様子を見に行ったキリだった。

 オレがキリの方を見た瞬間、隣でぴくり、とサラの黒い耳が動いた。


 サラも起きたのか――なんて呑気なことを一瞬考えたオレも。

 すぐに周辺の空気に気付いた。


「サクヤが言っていた敵とやらが、追ってきたようだ」


 キリの言葉を聞いて、サラが大きく伸びをした。

 サクヤが薄く笑みを浮かべながら、生乾きのマントを羽織ってゆっくりと立ち上がる。

 何よりもその表情が、雄弁に状況を物語る。

 さあ――戦闘の時間だ――。

2015/10/13 初回投稿

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