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奴隷商人は嘘をつかない  作者: 狼子 由
第7章 I'll Remember
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5 一番の問題

【前回までのあらすじ】捕まってたサクヤを何とか助け出したサラとキリとオレ。さあ、こっちの事情を説明してやるから、キリのこと頼むよ。奴隷身分のキリをきっちり助けるには、あんたに金を出してもらわなきゃいけないんだから。

 うちの魔法使い様は「最低でも爆発させるぐらいの規模までしか手加減できない」と宣うので。

 魔法使いがいるにも関わらず、何故か原始的に枝を集めてサラの持ってたライターで火を点けた。宿に戻る案も出たが、敵が追ってくるならここで迎え討つと――これまたサクヤさんが胸を張ったので。

 その辺に関しては、オレは特に言いたいことはない。

 ただ1つ意見させて貰えるとしたら……寒い。


「へくしっ」


 寒風吹きすさぶ河原の隅っこで。

 くしゃみしながら火に当たるオレを見て、サクヤが眉をしかめる。


「裸で騒いでいるから、冷えるんだ」

「……誰のせいだ、誰の」


 あんたが余計な勘違いするから、服着るタイミングが遅くなったんだろ。

 オレの隣で身体を温めているサラは早速またうとうとしている。地面に丸まって脱力してる様子。どたばたしっぱなしで疲れたんだろう。しばらくするとすーすーと寝息が聞こえてきた。


 サクヤはそんなサラを静かに見つめている。


「俺が助かったのはサラのおかげか……」

「9割はそうだな。キリも一緒に来てくれたけど、オレは運んだだけ。サラが起きたらお礼言えよ」

「……分かってる。でも何でキリがここにいるんだ?」


 キリに答える機会を譲って、黙って火をかき混ぜると、一瞬、炎が大きくなった。

 炎に煽られて、キリの水色の瞳が輝く。そこに昏い色を浮かべて低い声が答えた。


「同族に裏切られた」

「……同族――カエデか?」


 問いかけるサクヤの瞳も沈んでいく。キリが無言で頷いたので、オレは横から口を出した。


「それで今、キリはレディ・アリアの奴隷になってるんだ。サクヤ、レディ・アリアに金払ってくれ」

「……お前、人の金だと思って……」


 サクヤが呆れた声で呟く。その表情を見てキリが眉を寄せた。


「すまない……」

「え? ――いや、キリが悪い訳じゃないんだ。謝らないでくれ。悪いのはカイだ」

「はぁ? オレじゃないだろ、カエデだろ」


 サクヤはオレの言葉なんか無視して、キリに微笑みかけてる。サクヤが言い切っちゃうってことは、嘘のつけないあいつの中ではそれが正解なんだろう。腹立たしい。


お前達(グラプル)俺達リドルは以前からの同盟関係だ。こういう時は持ちつ持たれつ。気にするな」

「ありがとう」


 キリも微笑みを返すが、その表情が浮かないのは当然だろう。


「カエデに何があったのか……。まさか同胞を――私を騙そうとするとは」


 低い声は静かに揺れていた。その姿を見ながら、残酷だとは思ったけど、オレは聞きたいことを聞くことにした。

 だって……聞かなきゃ対策も立てられない。


「なあ。カエデはそもそも何で森を出たんだ? サクヤは拐われたとか言ってけど……」


 サクヤは困ったように小首を傾げて黙っている。

 キリの鈍色の髪に、炎の赤い光が照り返した。


「カエデは私の幼馴染だが、行方が分からなくなったのは……もう10年も前の話だ。状況からして、人間に拐われたのだろうと思っていたのだが」


 不幸なことに、その予想は間違っていなかった訳だ。

 水色の瞳でぼんやりと前を見つめながら、キリは耳をまっすぐに炎に向けている。


「私は彼女を探すために、グラプルの森と人間の里を行き来しては噂を聞いていたのだが……まさか、あんな姿になっているとは……」


 あんな姿と言うのは、カエデの失った耳や牙や尻尾のことだと思う。

 最後の言葉だけ、キリの声が小さく震えた。サクヤも浮かない表情をしている。それだけ獣人にとって、耳や尻尾を失うことは辛いことなのだろう。


「……森に知らせが入ったのは先月のことだ。カエデ本人からのペーパーバードを受けて、私は彼女を助ける為にこの街へ来た。カナイという男が彼女を捕らえていると書いてあったので彼女の指示する通り屋敷に忍び込んだが、逆に捕らえられてしまった――カエデ本人の手によって」


 怒りとも悲しみともつかない、ただどろどろと絡む感情を。

 短く息を吐く音とともに、キリはため息1つで再び心にしまった。

 その様子を見てるオレ達にも辛さは伝わってくるけど、あんまりにも深い悲しみに出会うと言葉を失う。安易に慰めるとか、励ますとか――そういうことをしてはいけない時がある、とオレは思う。

 サクヤも何も言わなかった。――案外オレと同じこと考えてるのかな。この人の人生にも、悲しいことは何度もあったから。


「しかし、カナイか……」

「シオじゃないんだな」


 サクヤとオレは顔を見合わせた。


 前向きな話をしようとすれば、そこを考えるしかないんだけど。結局あいつら、どういう関係なんだろう。

 1)ならず者達のボスがサクヤを捕まえて、貴族のカナイと変態商人のシオは競い合って手に入れようとしてる。

 2)カナイの指示でカエデは部下を連れて襲撃してきた。

 3)取引相手はカナイなのに、サクヤを釣る餌になってるリドル族のナチルはシオの屋敷にいた。

 4)シオの屋敷から帰る途中でカエデが襲って来て――


「――分かんねぇ! とにかく中途半端に手を組んでるってことか? あんたを捕まえてたヤツ――ボスって誰だ?」

「ボス? 知らない。そんなのいたのか? いきなり死んだからな……」


 どうやらサクヤも何の目的で自分が殺されたのか、今ひとつ理解してないらしい。

 指先を口元に当てながら呟いた。


「……協力関係に近いんだろうけど、目的が完全には一致してない印象を受ける。俺を捕えた後、シオもカナイも自分の手元に置きたがっているような……死ぬ直前にそんな言葉を聞いた」


 確かにオレもそれに近い話を、忍び込んだ店の中で聞いてる。その辺りが、人手不足なんてカエデが言ってた理由なのだろうか。人手不足だからお互いに手を組んでる?


 悩むオレに向けて、珍しくサクヤが空気を読んだようなことを言い出した。


「強欲な商人達の連合には良くあることだ。仲が良さそうに見えても、完全な一枚岩だとは思わない方が良い」

「そうなんだろうな。取引の場にはシオは来ないのかな。もうちょっと揺さぶれば何か出てくるかもしれないのに」


 でも、それも明日だ。

 準備をするにも時間が足りない。


「それよりも、先にキリの話をしよう。今の身柄はレディ・アリア――のものなんだな?」


 彼女の名前を出す瞬間、サクヤが微妙に嫌な顔をした。

 まあ……仲悪いけどさ、あんたら。


「その通りだ。私は彼女の奴隷として契約されている。カイ君は、君に買い戻させるなどと言っていたが……」


 キリの表情が曇った。

 サクヤはしばらく悩んでいたが、オレに向かって呟く。


「お前の判断は間違ってない。ただ金額の問題と……相手の問題があるから明日交渉しよう。多少は値切らないと……」

「あー……その件については、うまくやればがっつり値切れると思う。明日の朝、レディ・アリアの事務所にオレも連れてってくれる?」


 オレの言葉を聞いて、驚いたように目を見開く。だけど特に反論する気も質問する気もないようで、そのまま素直にこくりと頷いた。


「分かった……」

「じゃあ、この話はこれで。キリももう謝ったりしない方が良いよ、明日になってみないとどうなるか分からないんだし」

「君達がそう言うなら……」


 生真面目な顔でキリも首を縦に振る。


 さあ、こっちの話が終わったら、今度こそあんたの話だ。

 オレはごまかしを少しも見逃さないように、サクヤの肩を引いて正面からその顔を覗き込んだ。


「――それで。あんたの方は何があったんだ。何であんたに付いて行ったサラを、こっちに戻した?」


 どうしても声が下がって、腹立たしさが表に出てしまう。

 サクヤが顔をしかめているのに気付いて――力を少し弱めた。どうも無意識の内に、肩を掴んでる手に力が入り過ぎて、痛かったらしい。

 まずいな……。自分をコントロール出来ないのが一番面倒。すごい腹が立ってるのは事実だけど、それを生でぶつけてもサクヤと喧嘩になるだけだ。出来るだけ意識して声を抑えよう。


 オレ達の様子を見ていたキリが、黙って立ち上がった。


「さっきから込み入った話のようだし……もう私から話せることもない。私は周囲の様子を見てくることにしよう。見張りも必要だろう」


 オレ達の答えを待たずに遠ざかる姿は、さすが戦場の狼。

 どうやら獣人は皆空気が読めない、というワケではないらしい。そう言えばディファイ族の長老のトラなんか、割と気を使う方だったもんな。オレは黙ってこくこく頷いて見せたけど、サクヤは不思議そうに小首を傾げてる。……そう、空気読めない筆頭はあんただ。


 そんなサクヤでも一応は今のやり取りだけで、オレの感情の揺れについては認識したらしい。訝しげに尋ねてくる。


「お前、何で怒ってるんだ?」


 今夜は確かに怒ってるけどさ。

 その質問、これで連続3夜目。

 あんた、オレが普段と違う様子をしてると、とりあえず怒ってると認識することに決めてるんじゃないだろうな……。そんな当てずっぽうみたいに言われても困るんだけど。


「ああ、そうだよ。今夜は怒ってる。何で折角あんたにつけてたサラを、オレのところに寄越したんだ」

「何でって……心配だろ?」


 だろ? ――じゃない。

 オレだってあんたが心配なんだって……。

 大体それで、結局とっ捕まってたらざまぁないだろ。


 それに。

 あんたと別れた後のサラは、オレのとこ来た時めちゃくちゃ怒ってた。普段小さなことは気にしない――と言うかスルーするサラが、あんなに怒るなんて余程のことだったと思う。


「なあ、サラに何を言ったんだ? すごい怒ってたんだぞ、あいつ」

「怒ってた? 良く分からない。俺は意図的に怒らせるようなことを言ったりはしていないが……」


 あんたの自覚のなさは今に始まったことじゃないけど。

 あんなに怒ってたんだから、絶対なんか地雷踏んでるって。


「いいから。一言一句違わず言ってみろ」

「……えっと……『頼むから、カイの所へ行ってくれ。あれを1人にしておくのは、お前も心配だろ?』」


 ん? それ……かなぁ?

 そんなに心配するなんてオレのこと信用してないのかって、オレの為に怒ってくれたってこと? なくはないかもしれないけど……


「――それでもついてくるから『今、カイが一緒にいるのはレディ・アリアというエイジなんかが好きそうなタイプの女だ。お前もそういうの見れば、女として色々学べるんじゃないか?』」


 ――はい、それだ。決定。

 バカ。このバカ。何でそこでエイジの名前出すんだよ……。


 サクヤは、サラがエイジのこと好きなのなんて多分気付いてないから、普通に話題の1つとして言っただけなんだろう。皮肉でも何でもなく。


 だけどさ。

 それが分かってても腹立つよなぁ。

 オレだって「サクヤはノゾミのことが好きなんだから、もうちょっとノゾミから学んだらいいんじゃない?」とかエイジに言われたら、蹴り倒す。王子サマだからって容赦しない。


「……あんた、同じこと自分が言われたらどう思うよ」

「レディ・アリアから学ぶことなど何もない、と答える」


 即答だった。

 忌々しいほど即答だった。

 ……あんたはレディ・アリアから、もうちょっと搦手とか商売っ気を学べ。


「とにかく、あんたでも腹が立つんだろ? そりゃサラだってムカつくよ」


 理由のほとんどはエイジの名前が出てきたせいだろう、と思うけど。実際問題、エイジの好きなタイプは確かにナイスバディ系だから、余計に思うとこあったんだろうな……。サラもサクヤより胸は大っきいと思うけどなぁ。


「そうかな……まあ、そうかも知れない。起きたら謝ろう」

「そうしとけ」


 つまりサクヤは、サラが起きたらまずお礼を言って、それから謝らなきゃいけないってことか。忙しいな。

 でも、あんたのそういう、わりかし素直なところは良いと思うよ。あんた結局、人の気持ちが分かんないってだけで、悪意がある訳じゃないんだよな……。


 しかし、悪意がないからこそ、まずいこともある。

 今の内に言っておかなきゃいけない。

 オレは一旦息を吐いて、真剣な表情を作った。


「あのさ、ちょっと真面目な話していいか?」

「何?」


 対するサクヤの肩の力の抜けた表情を見ると、さっきオレが怒ってたことなんか、もう忘れてるらしい。

 いや……この様子だと、サラの為に怒ってたんだと思ってるのかな。


 違います。

 オレが怒ってるのは――あんたが自分の身を顧みないからだ。


「あのね、あんた、もうちょっと自分の身体を大事にしてくれよ。昨日も言ったけどさ」

「……昨日も言ったが、現実的に俺は身を呈して一族を守る役目を担ってるんだ。姫巫女が自分を大切にとか、甘いことを言ってたら一族は破滅だ」


 顔をしかめるサクヤを見て、オレは首を振った。

 間違ってる。決定的に間違ってる。

 だって――


「――同胞を守りたいからこそだろ。あんたが捕まっちゃったら、誰が奴隷になってるリドル族を救うんだ?」


 オレは勇気を振り絞って、その肩を少し引き寄せた。

 青い瞳はそんなオレを正面から見詰めている。


「もう1個。あんたが死んでる間に、誰かに純潔を奪われちゃったらどうすんだ? あんたの一族、消滅するかもしれないんだぞ?」


 さっき(オレによって)純潔を汚される危機を迎えたばかりのサクヤは、オレの言葉に敏感に反応した。


 大体分かってきた。

 結局この人、こうやって実体験しないと理解出来ないんだ。

 多分、想像力とか、そういうものがすごく低い。

 いや、代わりと言っていいのか分からないけど、記憶力とか空間把握能力とかはすごく高いんだよ。どの街に行っても迷ったりしないし、夜の森の中でも道順が分かるし。

 だけど――


 ヒトは何かしら能力に偏りがあるもんだ。

 サクヤは――サラも――その偏りがすげぇ極端なだけ。

 偏ること自体は問題じゃない。でも、それを自覚して何かで補わないと、欠点は欠点のままになってしまう。

 サラは多分自覚してるし、あの恐ろしい程の隠密調査と戦闘能力、そして恵まれた周囲の人間関係ともだちで補ってる。


 1人ぼっちで世界をうろつくあんたは、何で補う――?


「……問題は理解した。確かにお前は間違ってない」


 サクヤの瞳がゆっくりと伏せられる。ひらひらと揺れる炎で、長いまつげが頬に影を落としている。


「でも、俺はずっと心配してることがあって……」

「何だ?」


 小首を傾げたサクヤが、斜めからオレを見上げてきた。


「……お前、弱いだろ? だからきっとお前が狙われたら、すぐに捕まっちゃうと思うんだ。それで、今まで存在すら知らなかったナチルを人質に取られてさえ、俺は手も足も出ないのに、お前が人質になったりしたら俺はどうすれば良いんだろう……」


 本気で心配してるとしか思えない潤んだ紺碧の瞳は――ぶっちゃけ。可愛かった。


 だけど。何これ。

 オレ、そんなに好かれてることを喜べば良いの?

 それともそんな簡単に捕まるかよって、怒れば良いの?

 困るオレと、同じような表情で困っているサクヤを、炎が照らしている。


「……結局、オレが弱いのが一番の問題ってこと?」

「まとめてしまえばそうなる」


 ああ、そう。やっぱそうなの……。そうなんだ……。

 オレはサクヤから手を離して、静かに焚き火に向き直った。

 情けないやら自分に腹立つやらで、もう――何て答えればいいか分からない……。

2015/10/11 初回投稿

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