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奴隷商人は嘘をつかない  作者: 狼子 由
第7章 I'll Remember
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2 戦場の狼

【前回までのあらすじ】サクヤの同胞を救うための不足金額は3千金貨。ありがたい話、レディ・アリアはオレの働き次第で全額貸しても良いってさ。そんなこんなでオレは奴隷の目利き……なんてアルバイト中。商品はグラプル族の狼男。だけど、別行動中のサクヤについて行ってるはずのサラが――何でここにいるんだ?

 黙ったまま、オレは窓に近付いた。

 レディ・アリアと奴隷商人がこちらを見て、じっと室内を見詰めるサラに気付き眼を丸くしている。


「おい、サラ。何やってんだよ?」


 サラの瞳が室内からオレに向けられた。

 オレは一生懸命そんなサラを『共有』しようとするけど。

 ここまでの経緯なんて複雑な情報は、どうしてもサラの感情みたく単一じゃないので読みにくい。伝わってくるのは何となく、何か理不尽な指示に対する怒りみたいな――。


「……ああ、サクヤがこっち行ってこいって言ったのか」

「こっち心配」


 ――なるほどね。

 さすがにオレが読み切れないことを理解したサラが、珍しく言葉でも補足をくれた。心配だからオレのところへ行けと、サクヤが指示したらしい。

 そうやっていつも言葉を発すれば、サラも周囲とコミュニケーション出来るんだけどな。


「でもサラは……あんまり納得してないってことか?」

「向こうも危険」


 サラとしてはサクヤの方が気に掛かっているのに、こっちに行けと言われたので怒ってる――ということなのだろう。


「でも何で? 銀行寄って、馬車の手配するだけだろ?」

「……尾行されてる?」


 何で語尾が疑問形なんだよ。知らねぇよ、そんなの。

 だけど、そんな状況だって分かってるならやっぱり、あいつの傍を離れないでいて欲しいんだけど。


「サラ。やっぱ、向こうに戻ってくれないか?」


 サラはもう答えず――絶対的な拒否の意識だけが伝わってくる。


「何で怒ってんだよ? サクヤに何か言われたのか?」


 無言。怒り。

 ああもう……。何言ったんだよ、サクヤ。

 サラがこんなに怒ってるのは――あれだ、エイジのエロ発言を間近で聞いてる時ぐらいなもんだ。


「……分かった。これ終わったら、一緒にサクヤに文句言ってやるから」


 サラは黙ったまま、窓枠を乗り越えて室内に入ってきた。


●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●


 オレの隣にちょこんと座っているサラのつやつやした長い髪と黒い尻尾を、しばらくの間レディ・アリアは羨ましそうに見ていた。


「良い毛並みのディファイ族ね! 好事家に高く売れるわよ」

「これ売り物じゃねぇから。早くそっちの商談進めろよ」


 すげなく返すオレの様子と、微動だにしないサラの表情を見て、肩を竦めたレディ・アリアは結局目の前の商談に話を戻した。


「――それにしても、どうやってこんな見事なグラプル族を捕獲できたのかしら。まあ、この筋肉……引き締まっていて素敵……」


 すりすりと腕や胸を触るレディ・アリアにも、獣人は表情を変えなかった。それでも、殺しきれない嫌悪感があるのを、オレは感じてしまうのだけれど。

 同様に、隣のサラからも彼女に対する憎悪に近い何かが放たれているが、レディ・アリアはそんなものものともしない。


 いつかディファイ族で元奴隷だったアキラとも話したけれど。

 いつだってオレは自由だけは持ってて。

 それがオレの持ってるものの中で一番価値のあるものだった時さえある。

 だから――こんな状況は、本当にやりきれない。

 ……そうか。サクヤはいつも、こういう奴隷達を相手にしてるのか。


「それがですね、とっておきの秘密道具があるのですよ。もっともグラプル族にしか効かない方法なのですが」

「あら、それは……秘密ですのね?」


 獣人の頬を撫でながら、レディ・アリアは囁いた。

 太った奴隷商人も「はい、秘密です」と答えている。


 今まで無表情を貫いていた獣人の水色の瞳が、2人の会話を聞いた一瞬、殺意に煌めいた。隣のサラが狼男の殺意を感じて、ぴくりと尻尾を動かす。


 何だろう。何か余程卑怯な手を使ったらしい。

 卑怯で、汚くて、とうてい許せないような手段。


(同胞を、囮にするとは――)


 低い声がオレの背中を通っていく。

 同胞――同じグラプル族の――


「――カエデか?」


 小さく囁いたオレの声に、奴隷商人と獣人はそれぞれに反応した。

 奴隷商人の眼が抜け目なく光り。

 獣人はぐる、と喉の奥で唸る。


「……そこの護衛の少年は、今何か言ったかな?」

「あら、何か言いました? カイ、どうしたの?」


 問い質そうとする奴隷商人を抑えて、レディ・アリアはこちらに微笑みかける。

 オレはサラの頭を撫でながら、その笑みに答えた。


「……こいつトイレ行きたいってさ」

「まあ、馬鹿な子ねぇ。もうすぐ終わるから我慢なさい」

「いやいや、そんな。お貸ししますよ。愛らしいディファイの少女だ――こちらへ」

「あら、では私もお借りして良いかしら。あんなに素晴らしい奴隷……見ているだけで興奮してしまったわ」


 レディ・アリアが、ぺろり、と赤い唇を舐めた。全員の視線が外れたのを見計らって、隣のサラがオレの太腿をつねる。誰がトイレじゃ、とか言いたいらしいけど、いいじゃん、別に。静かな場で子どもがトイレに行きたがるのは自然なことだろ。

 奴隷商人がオレ達をトイレに案内して部屋に戻っていく。その後ろ姿が消えると即座にレディ・アリアはオレを扉の中に押し込んで、その後ろから狭い個室に一緒に入ってきた。


「カイ。あんた、何か分かったのね?」

「あんたも分かったんだろ? あれは本物だよな」

「そう、グラプル族で間違いないわ。ああ素敵……グラプル族を見たのは何年ぶりかしら」


 両手を胸の前でワキワキ動かして、背筋をふるふると震わせている。

 演技を見せる相手がこの場にいない以上――これはもう演技ではなくて本音なのだろう。上気した頬でねとりと笑いを浮かべている。

 オレは溜息をついて、気付いたことを報告した。


「……あれは多分、同族を囮に使ったんだ。そいつを助けようと出てきたところで裏切られた」

「その囮が、さっきのカエデって名前なのね」


 頷いて見せると、レディ・アリアの笑みが深くなる。

 よくもこんな救いのない話で笑えるものだ。


「丁度今、サクヤと対立してる相手でもある。ってことは、ここの奴隷商人も一枚噛んでるのかな」

「そうねぇ。利害関係くらいはあるかもね。……そう。野生で間違いないなら確実に買うわ。だって野生のグラプル族なんて、もう絶対お目にかかることないもの!」


 その言葉でオレも理解した。さっきから何で嬉しそうなのかと思ったら、さっきのグラプルの男が天然ものだというのがはっきりしたので、その商品価値を計算して笑顔になったのだった。野生であることにそんなに価値があるんだろうか――と、考えて。希少価値というものかもしれない、と判断した。流通量がそんなに少ないなら、それだけでも価値が出そうだ。


 もしくは養殖もの――と言うのかどうかは知らないが、奴隷のグラプル族から生まれたグラプル族と、野生のグラプル族では強さに違いがあるのかも知れないけど。

 レディ・アリアは余程嬉しかったらしい。こちらに妖艶に微笑みかける表情は満足げだった。


 ――しかし。

 ここであの狼男をさっくり見捨てるってのは、ちょっと難しい。オレとは無関係なワケだから、向こうは助けてくれとも思ってはいないだろうけど。

 袖振り合うも多生の縁。カエデのせいで捕まったんなら、敵の敵は味方でオレ達の良い戦力になってくれるかも。

 とりあえず後でサクヤに相談することにして、聞くだけ聞いてみた。


「なあ。あんたこれからあのグラプル族買うだろ?」

「買うわよ。なに? 何かおかしいことあった?」

「いや……そのグラプル族をさ、あんたからサクヤが買ったりって出来るかな?」

「――はぁ!?」


 素っ頓狂な声の後に、あり得ない、何言ってんの、バカじゃないの――と、延々と罵倒されてちょっとへこんだ。


「吹っかけるわよ、すごく。あいつにはこないだも迷惑かけられたんだから! 何でこんな掘り出し物の商品譲ってやんなきゃいけないのよ!」

「いや、それは困る。できたら卸値ぎりぎりで」

「はぁ!? 儲けが出ないでしょうが! ちょっと調教して売るだけで何倍にもなるのよ!?」


 トイレの床にヒールの爪先をガッツンガッツンぶつけてるので、オレはため息をついてその肩に手を置いた。


「……ちょっと落ち着けよ。あんた獣人に詳しいなら分かるだろ? あれに手を出すって言うのは――グラプル族全体の怒りと憎しみを背負うことになるぜ。何せ、同族の中に裏切ったヤツがいるんだから。獣人が同族への背反を許すワケがない。サクヤが言ってたけど、関係者片っ端から回って復讐するんだってさ」


 オレの言葉を聞いて、レディ・アリアは頬を引き攣らせた。

 さすがに彼女も凄腕の奴隷商人だけあって、獣人一族の結束の強さは良く理解しているらしい。そもそも野生のグラプル族にお目にかかることなんかないっていうのは、きっとそういう理由もあるんだろう。

 同族の背反を許さないかどうかなんてことは、オレは知らないけど。サクヤからも聞いたことない。もういいや、とりあえず適当に脅しとけ。


「……襲撃されるかしら?」

「居場所が分かれば即座に来るだろうな。調教終えて売っちまえば無関係にはなるけど。それまでにバレるかどうかまでは……」

「うーん……」


 黒いドレスを翻して、レディ・アリアはトイレの扉を見つめながら悩み始めた。

 本当は。サクヤならグラプル族へ連絡が取れるんじゃないかと思っている。だって女王と会ったことある、なんて言ってたから。連絡さえとれれば、同胞達はきっと迎えに来る。少なくともサクヤの一族への献身を見てる限りではそう思う。

 ……下手すると、本当に大襲撃を食らうことになるかも。

 最後の手段を隠しておいて、オレはレディ・アリアの背中に、意識的に優しい声をかけた。


「あんたが買わなきゃ、オレがサクヤに連絡取って、ここの商人から直接買わせるけどさ。出来たらあんたから買って、ここまで来てくれた実費だけでも返してやりたいんだよな。オレ達、何だかんだで世話になってるし」


 ちらり、とこちらを見た視線には、「騙されるもんか」と書いてあった。

 勿論オレだって、ここで最後まで決めさせるつもりはない。というか、サクヤがいないと金額の相談が出来ない。オレの財布からは絶対出せない額だから、サクヤに出してもらうしかない――つまり、あっちもオレが言い包めなきゃいけない。


「まあ、オレを疑ってくれても良いけどさ。とりあえず、あのグラプル族買えよ。それでオレと一緒に宿に戻ってサクヤを交えて交渉させてくれ。時間はそんなにとらせないから」


 頼む、と頭を下げると、レディ・アリアは「交渉ねぇ……」と答える。 


「じゃあ……。それなりの特典を用意してもらうからね」


●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●


 太った奴隷商人との交渉は上々で、レディ・アリアは大満足の様子だ。

 夕暮れの赤い太陽の下を彼女の馬車で宿に戻ってきた。光が斜めに差し込む室内を見ても、サクヤはまだ帰ってきていないようだった。


 枷で繋がれたグラプル族の男は、黙って椅子に座っている。椅子の数が足りないので、隣のサラの部屋から持ってきたけど、それもレディ・アリアを座らせてしまえば、オレとサラの座るところはない。

 仕方がないのでオレがベッドに座ると、サラはオレの足下の床にしゃがみこんで、帰り道で買い求めた串焼きをかじった。サラはとにかく燃料を切らすと動けなくなることがここ数日で判明しているので、餌は早めに、を実践してる。


 背を伸ばして綺麗に座っているレディ・アリアが、黒い扇をはたはたと動かしながら、だるそうな声を出した。


「ねぇ、お茶とか出てこないわけ?」

「宿にそんなもんないよ。だから屋台で何か買えばって言ったのに」

「げぇ、あんな不衛生なもん、口に出来ないわ。……つか、サクヤはいつになったら帰ってくんのよ?」


 不満げなレディ・アリアに答えてやりたいけど……オレにも分からない。

 あいつ、何でこんな遅いんだろう。銀行に行って、馬車の手配するだけって言ってたのに。


 オレの不安を敏感に感じ取って、サラが食べ終わった肉の串を口に咥えたまま、するりと立ち上がった。窓辺に近寄ってから、ちらりとオレを見る。

 さっき追い払われた怒りが治まってはいなくても、さすがに様子を見に行ってくれるらしい。


「サラ……頼む」


 オレの言葉を背中に受けて、サラは窓から飛び出した。しなやかに揺れるしっぽが最後に窓枠を掠める。日が落ち始めた街中に、黒い影が霞んで消えていった。


「……本当に見事なディファイの娘ね。いいわぁ、あの黒髪。高く売れそう」

「サラは奴隷じゃないから売らないよ」


 オレの言葉を聞いてレディ・アリアは鼻で笑っただけだったが、グラプルの男が少し驚いたように表情を動かした。今まで真っ直ぐ前を睨みつけるだけだったのに。初めて動きを見せたので、この機会にオレはそちらに向き直って尋ねた。


「あんた、名前は?」


 男は迷うように瞬きを一度して、それからレディ・アリアの方を見る。


「私も知りたいわ。あなたは今のところ私の奴隷なのだから」

「……キリ」


 低く響く声は確かに『戦場の狼』にふさわしい。

 素直にかっこいい、と思った。

 闘いの中で身に付いた冷静さ。しなやかな筋肉。オレにはない男らしさ。

 ……まあ、オレも成長すればその内追いつくし。いや、むしろ追い越すし。


「そう。キリね。私はレディ・アリア、今のあなたのご主人様よ」


 妖艶に微笑むレディ・アリアを、キリはすぱっと無視した。すげぇ、これがきっと大人の男の余裕だ!


「オレは三之宮さんのみや かい。さっきいた黒くてちっちゃいのはディファイ族のサラ」


 キリの水色の瞳がオレを見た。その眼に見られているだけで、すげぇ圧迫感がある。なるほど、これが『戦場の狼』の迫力なんだろう。


「さっき、サクヤという名前が聞こえたが――」


 ――あ、やばい。この人、サクヤのこと知ってるんだ。

 伝わってくる雰囲気は好意的――ってことはきっとサクヤの秘密も知ってる。それだと、この後の話は楽になるけど、レディ・アリアがいる前では話せない。


 オレは慌てて何度も頷いて、それ以上言葉を繋げないように視線でキリに頼んだ。キリは一瞬押し黙って、少し考えた後に小さく頷き返した。


「どうしたの? 知り合いなの?」


 レディ・アリアの問いに、キリは答えず、黙ってオレから視線を外した。


 ……ああ、どきどきした。やばかった。

 だけど知り合いなら本当に話は早い。同族じゃなくても、獣人同士のネットワークに加わっている以上、サクヤは決してキリを見捨てないだろう。


 そうこうしている内に、ぱたり、と窓の方から音が聞こえる。気配だけで誰が戻ってきたのかは分かった。

 認識に視界を合わせようと、そちらを見上げた瞬間。

 窓枠にしゃがみ込むサラのまとう空気に、オレは息が止まりそうになる。


 その黒い瞳が必死に伝えているのは、焦りと不安。

 確実に。サクヤに何かがあったことが、無言の内に理解できてしまった――。

2015/10/05 初回投稿

2016/01/13 本文の矛盾点を一部修正(キリが名乗る前に地の文に名前出しちゃった!?)

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