1 割の良いアルバイト
【前回までのあらすじ】サクヤの同胞を救うための不足金額は最低3千金貨。預金は唸るほどあるのに、現金がない! それを何とかするために色々やってみたけど……。次の手段はレディ・アリアを巻き込むこと。彼女から指定された条件は、オレが1日お供になることだそうだけど……さて、どうなることやら。
「あら……。私、何かおかしいかしら?」
その言葉で、自分が目の前の女を見つめ続けていたことに気付いた。
見てた理由は全く逆だった。
こんな昼間の街中の喫茶店ですら漆黒のドレスを纏っている姿が、余りにもいつも通りだから。
まあ、おかしいと言えば――街中で一般的に見かける服装ではないので、その点はおかしいかもしれない。
「あんた、普段からその恰好なの?」
サクヤなんか、あれだけ着るのを恥ずかしがったドレスだが、肩に力も入れずに着こなす様子はさすがレディの名に相応しい。褒めるつもりの質問だったけど、レディ・アリアは逆にやる気をなくしたようだ。
がさつな言葉で答えが返ってきた。
「んな訳ないでしょ、バカじゃないの?」
「……いきなり素に戻るの止めろよ」
相変わらずサクヤさんが喋る度に内心がっかりしているオレは、やっぱり女の子にはそれに相応しい言葉遣いをして欲しい、とか思う派。
だけどさ、サクヤさんはアレだし、サラはほとんど喋らないし。
……ああ、数日しか経ってないのに女子力最高大神官のアサギが懐かしいなぁ。
「あのねぇ、これは仕事着。今日はこれからお仕事。あんたはそのお供なのよ?」
「何であんた、いつでも家来はレンタルなの?」
「危ない橋を渡るのに全戦力注ぎ込んだら、保険がかけられないでしょうが」
つまり、自分の腹心の手駒の方は、何だか分からない保険とやらに使っているということなのだろう。
「それに手持ちで足りない能力は、外から補うしかないでしょ。今回はあんたのその観察力に期待してんのよ。成功の暁には、サクヤに要望通りの額を貸し付けてやることになってるんだからね」
細かく聞いてないんだけど、そういう話になってる……んだ?
今日1日オレが付き合って、レディ・アリアの仕事がうまくいけば、お金を貸して貰えるってことか。
「ふーん、貸しなんだ」
「当たり前でしょ。1日レンタルした程度で、現金3千金貨の価値が自分にあると思ってんの、あんたは」
いや、ないとは思ってるけど。
そう正面から言われると切ないものがなくはない。
オレの表情を見て、レディ・アリアがにんまりと笑った。
「でも、さっきのサクヤの表情は面白かったわ。あれだけで10金貨くらいなら払ってもいいわね」
「あんたねぇ……」
――ああ、やっぱりこの人、根性悪い。
改めて思い知りながら、さっきのことを思い返した。
彼女が言っているのは、今朝オレを迎えに来た時のことだ。
出発の準備をするオレにサクヤが「うかうか乗り換えるなよ」と注意するのも、もう何度目か。いい加減、聞き飽きて無視している間に、レディ・アリアがからかった言葉がサクヤにとってはよほど衝撃的だったみたい。
「――『寝取られ女みたいなことグチグチ言ってんじゃないわよ』って。その言い草はあんまりだろう」
「あら事実でしょ。あいつ、うるさいのよ。男女の恋愛は自由意志よ」
「いや、オレもあんたもサクヤも恋愛関係にないから。……って答えればいいだけなんだけどな、サクヤも」
なのにあいつは、そうは答えなかった。
それどころか、激しく狼狽して言い返すことも出来なかった。言葉少なに人の神経を逆なでするのが得意な普段の態度はどうした。
顔を赤くして無言のまま室内をぱたぱたと走り回った末に、ぽかんとするオレとレディ・アリアを置いて、何故か先に宿を出ていってしまったのだから、本当にワケが分からない。
「まあ、あいつも出かける予定ではあったんだけど……」
「でも直前まで、自分はまだ時間があるからって、あんたにくっついて離れようとしてなかったじゃない。何なの、あれ。どんだけあんたのこと好きなのよ?」
「……いや。そういうのとはちょっと違うと思うんだよな。2度失うのが怖いんだろ」
執着されているのは、多分ノゾミだ。一度失ったはずのものをもう一度手に入れたと思っているから、無くすのが怖くて仕方ないのだろう。
レディ・アリアは理解できない顔をしているが、オレはそれ以上は説明しなかった。
「ふーん。色々事情がありそうだけど、聞かないでおいてやるわ。さて気持ち良くサクヤから奪い取ったあんただけど、今日は働いてもらうわよ」
「具体的に何すればいいんだよ」
今のやり取りで、少しばかり気は削がれたけど。
金が入手できるかどうかの境目なワケだから……まあ、やるこたやりますよ。
「元々あたしはこの国で、でかい取引の予定が立ってたの。あたしだって暇じゃないんだから、あいつが呼んだって何もなきゃ来ないわ。予定の日時を一週間早めてもらうくらいはしてもね。あんたには、今日その取引で、商品の真贋を確かめて貰うわ」
西国を牛耳る大商人であるこの女が「でかい取引」と呼ぶなら、それはそれはでかい取引に違いない。それも、取り巻きをほとんど連れていない本人の様子からすると……多分、金額の面で。
そこまで高価な奴隷と言えば、オレの頭に真っ先にのぼってくるのは。
「商品て奴隷だよな? 奴隷の真贋? しかもあんたがわざわざ足を運ぶような高価な奴隷って、まさか――」
「――リドルじゃないわよ。同じくらいの値段になるとは思うけど」
「同じくらいの値段――グラプル族か……?」
にこり、と上品な微笑みで肯定された。
その様子からすると、どうやら仕事モードに切り替えたらしい。折角美人なんだから、ずっとそのモードでいればいいのに。
あ、でも、裏がある感じがすげぇして怖いから、やっぱいいや。
それにしても、グラプル族ね。
警備隊小隊長のカエデがグラプル族だと分かった直後なので、何となく警戒してしまう。偶然だとしたら随分な偶然だけど。
「獣人の真贋なんてオレは自信ないぞ。そういうのはサクヤの方が良かったんじゃないか?」
「種族的に本物かどうかは私が見分けるから良いのよ。伊達に奴隷商人やってるわけじゃないし、サクヤなんていらないわ。見分けて欲しいのは別のこと――商品を見るのが私、商人を揺さぶるのがあなた。ね、いい組み合わせでしょ?」
なるほど。そういう種族的な情報以外の付加価値について、商人の心を読んで真贋を見極めろと――。
いやいや、そっちも特に自信なんてない。
だけど、それを口に出せば、この場でサヨナラされるだけだ。レディ・アリアはそれはあっさりと手を振るだろう。
失敗したとしても、お金の目処が立たなくなるだけで、マイナスになることはないワケだし。受けない理由はない。
オレは覚悟を決めて頷いた。
「いい表情じゃない。じゃあ、しばらくは相棒としてよろしくね」
艶やかな微笑には珍しく裏がないように感じて、うっかり見惚れそうになった。
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「おお、これはこれは。あなたがかのご高名なレディ・アリア。お噂はかねがね」
揉手をしながら出迎えた奴隷商人は、まるまると太っていた。レディ・アリアの差し出す手を両手で包み込み、握手とは言えない握手を交わす。
微笑を浮かべて、レディ・アリアはさり気なく手を引いた。
「まあ、噂とはどんな噂でしょう。良い話なら嬉しいわ」
「あなたの美しさの話ですよ。どの国の王も、あなたと取引をしたくてうずうずしているとか」
「あらあら、お上手ですこと」
ころころと鈴の転がるような笑い声を上げる。
頼りない護衛役のオレから見ると、レディ・アリアがこの手のやり取りに飽きつつも、付き合わざるを得ない面倒さを感じていることが良く分かるのだが。今日初めて会っただけの商売相手はそこまで見抜けないのだろう。ひたすらその美しさを褒めちぎっていた。
商人だけあって、この女も付き合いがいい。
サクヤなら多分、無表情で「恐れ入ります」と答えて終わりだ。二言目はない。あいつにとってその言葉は「ふーん」と同じ意味。つまり……興味のない相づち。
話題は美貌の秘訣から、昨今流行りの美容法に移った。太った奴隷商人は男の癖に気持ちの悪い話題が好きだなと思ったら、これも商売柄だという。
「いえね、うちの子にもやらせてみたんですが、これが中々に良いようでして」
「まあ、うちの子というのは今日の?」
「ええ、レディ・アリアのお目当ての子ですよ。そろそろ連れて来ましょうか」
「ただでさえ『戦場の狼』と謳われるグラプル族ですもの。強さと美しさの混在する姿を早く拝見したいわ」
――と、ここまでが挨拶混じりの導入だった。
部屋を出る商人を見送って、レディ・アリアがオレに囁きかけてくる。
「で、あんたはどうやって相手の嘘を感じるのよ? 声? 態度?」
「……いや、何となく全体的に」
「喋らせた方が分かりやすいわけ? 今、あたし頑張ったわよね?」
……そう言われてもなぁ。
特に何かに注目して嘘かどうか見抜いてる訳じゃないし。何となく感じる時があるってだけで。
レディ・アリアは意識して色々喋らせてくれたらしいが、普段からすれば大サービスして頑張ったと申告されたところで、役に立ったかと言われるとどうしようもない。褒めることでもないし。
「別にお互い黙ってても、分かる時は分かるから」
無理しなくていいぞ、というくらいのつもりで言っておいた。
ただし本人は悪い方に取ったようだ。眉をしかめて嫌な顔をした。
「……何? 今のは完全に無駄だって言いたいの?」
「無駄っていうか……まあ、あんたの今後の商売には有利に働くんじゃない」
あえて機嫌を取る必要性も感じないので、突き放して答えておいた。
あの太った奴隷商人に対して、あんな見事な笑顔で対応しあれだけいい気持ちにしてやれば、今後の関係は良好になるに違いない。
オレの投げやりな言葉に、レディ・アリアは何故か、にまり、と笑う。
「随分と荒れてるじゃないの。あんたの方もサクヤが恋しいの?」
「……ま、心配ではあるけど」
別に、恋しいとかじゃない。はず。
はずだ。
「ねえ。結局あんた達、どこまでいってるの?」
「――はぁ? どこまでもいってねーよ」
「んなこたないでしょ。どっちもウブっぽいから、まだ寝ちゃないのかもしんないけどさ」
まだとか言われても困る。
そんな予定はないし、そんな日は永遠に来ない――来させない。つもり。
「男だぞ、あれ。あんた何か誤解してるだろ」
「あら、じゃあ――」
レディ・アリアの指が本人の足の上からひらりと舞って、隣に座っているオレの膝の上に置かれた。そのまま赤い爪が、つつつ、と太ももを滑って昇ってくる。
「――そっち方面はサクヤに遠慮しなくていいのね?」
「な、違……ちょっと!」
足の付け根に向かって少しずつ近付いてくるその手を、オレは迷いながら凝視する。レディ・アリアの手を押さえるのも何か違うし、払うのはやり過ぎっぽいし――え、どどどどうやって止めればいいんだ、これ!?
うわ、何その動き! くすぐったい!
対処法も分からず悶えていると、紅い唇がしてやったりと歪む。
「……お仕事なんてほっぽらかして、お姉さんと気持ちいいこと、する?」
「――し、しない! しないぞ、止めろ! どこ触ろうとしてんだよ、あんた!? 今オレ達仕事中だろうが!」
「あら、あたしはそれでも良いわよ? あんたがもし、今すぐあたしとここを出て、一緒にどっかしけ込むなら、お金……全額レンタルじゃなくて代替わりして払ってあげても良いわよ。素敵なアルバイトね」
「はあ!? オレにそんな価値ねぇって言ってただろ!」
ぞくぞくする感触とともに、這わされる指をどうするべきか悩んでいる内に、その指が大人しく引き上げていった。
あれ? と、思った瞬間に扉が開く。
「お待たせしました。こちらがその名も高き『戦場の狼』の一族ですよ」
奴隷商人が帰ってきたことに、レディ・アリアの方が一足先に気付いたらいい。
た、助かった。
どうもオレ、こういうの苦手だ……。
その手には重そうな太い鎖が握られていた。鎖の先に繋がっているのは、鈍色の髪、水色の瞳、狼のような耳と尻尾を持った男だった。
カエデとよく似た髪の色、瞳の色で、同じ一族であることがはっきりと分かる。
美容法なんて話を聞いていたので、てっきり女かと思っていた。多少憔悴している様子はあっても、しなやかで逞しい身体と精悍な顔つきの美丈夫だ。
奴隷にしては上等な布地の白いシャツと青いスラックスを着ているのは、商品を少しでも高く売るために、磨いておきたい商人の狙いなのだろう。鎖は首にかけられた鉄の輪に繋がれ、両手足には重りが下げられている。大きさから言って例え獣人の力を持っても重かろうと思うけど、強いて軽々と見せているのが獣人のプライドのようだった。
「まあ、まあ! 雄なのね! もっと近くで見てもいいかしら?」
「ええ、どうぞどうぞ」
レディ・アリアがはしゃいだ振りで、獣人奴隷に近付いた。
顎を取って、その眼を正面から覗き込む。
「ああ……いいわぁ。良い眼ね。つい最近まで野生にいたみたい」
「ええ、さすがお目が高い! これは交配で育てた者ではありませんでな。色々と手を尽くして何とか捕えたのですよ」
「生まれた時から奴隷の獣人は、従順だけど力の面で物足りないのよね。さあ、口を開けなさい」
顎を掴んで口を開かせ、歯並びを見ている。レディ・アリアの知識をもってすれば、歯並びの様子で何かが確かめられるのだろう。牙を確認しているのか、病気の確認をしているのかは良く分からないけど。
オレには獣人の知識なんてない。
それでも、鎖に繋がれている狼男の抑え込んだ憎しみと、誇り高い魂は理解できた。
本物のグラプル族かどうかは別にして。自由に生きていた所を押さえ込まれ、捕獲され、奴隷にされたのであろうことはきっと間違いない。
そんな同情めいた思いで狼男を見ていると、獣人の唇が引きつるように持ち上がり、その隙間から白い牙が覗いた。
ぐる……と、喉の奥から唸るような声がする。
威嚇――? いや、警戒――何を警戒してるんだ?
周辺の気配を静かに探る。
見知った気配が1つ、窓の向こうにいた。
オレは黙って窓に視線を向ける。
ぴたりと窓に貼り付いて室内を見ているのは、三角の黒い耳をぴっと立てた、黒髪の美少女――サラだった。
あれ、あんた、サクヤと一緒に行ったんじゃなかったのかよ?
2015/10/03 初回投稿
2015/10/04 【前回までのあらすじ】を追加
2015/11/07 校正――誤字脱字修正及び一部表現変更
2016/09/24 校正――誤字脱字修正及び一部表現変更




