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奴隷商人は嘘をつかない  作者: 狼子 由
第6章 Cherish
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「――待って!」


 追い掛けようとするサクヤの正面を遮るように、カエデが抜いた剣を掲げる。


「このクソウサギが、だから少年の方狙えって言ったのに! 人の秘密バラしといて、それでも失敗するってどんだけ役に立たないの! せめて頸動脈断ち切るぐらいしろよ、くそが! ――後で覚えとけよ!」


 走り去る偽イワナの背中に向かって散々に叫ぶと、改めてこちらに視線を向けた。


「……やっぱり少年がうまいこと、ウサギの巫女を操作してるんだね。しかし少年はウサギには見えないんだけど、ずいぶん詳しいなあ。何? 家族ぐるみのお付き合いがあったの?」

「あんたに教える筋合いない」

「まあそうだね。間違いない」


 くす、と笑ったカエデに、サクヤが食って掛かる。


「そこをどけ、猟犬! 俺の――あれは――俺の同胞だ!」

「巫女ちゃんの考えてるように、喚けば何でも思い通りになるならどんなにいいだろうね。巫女ちゃんもそうだけどさ、さっきのアレも――ウサギはみんな平和ボケで困る!」


 言葉とともにカエデが踏み込んできた。

 その剣を見ながら、オレはサラの気配を探す。

 カエデとはサラが戦っていてくれたはず――。


 オレの真横からサラが再びナイフを振り切って、カエデの剣をうまく流した。

 良かった、無事なようだ。ってことは一瞬、カエデを逃がしてしまっただけということなのだろうけど……凄腕のサラらしくない。どうしたんだろう。


 繰り返し斬り結ぶ2人を見ながら、オレはふと気付く。どうもサラの動きが悪い。良く見ると、腹を押さえながら戦っている? ――まさか、どこか怪我を? カエデの剣を受けたなんてことは……


 ――なんて、色々考えた結果。

 オレは頭を抱えたくなる答えに思い当たった。

 ああ……分かった。飯の時間だ。


「――サラ! 下がれ、オレが代わる!」


 オレは馬車に乗せてあった愛用の剣を鞘から抜きながら、サラに呼びかけた。うまいことカエデの剣を避けたサラが、そのまま後方へ跳ぶ。

 サラを追い掛けようとするカエデの前に、オレは足を踏み入れた。片側だけの鈍色の瞳が血を求めてオレに向けられる。正面から受けている気迫だけで、オレ単体では勝ち目がないと分かってしまうけど――


「――氷結槍フリージングジャベリン!」


 オレの背後から、血塗れのサクヤが牽制の魔法を放った。

 カエデは透明な槍を避ける為に大きく横へ跳ぶ。そこにオレが剣を一閃した。


「こんの――やられないからね!」


 到底オレには考えられないような早さで、カエデが剣から紙一重で身をかわす。そのまま皮肉な笑みとともに切り返してきて。斜め下から襲ってくる剣を避けられない――


「――氷刃グリーミングブレード! ――カイ! ごめん!」


(やばい――後5cm頭下げて――)


 暴力的に捩じ込まれた情報に身体を従わせて、オレは素直に首を垂れた。

 オレの頭上ぎりぎりを掠めるように、氷の刃がカエデに向かう。


「――っらぁ!」


 途中まで完全にオレをとらえていた切っ先を、ぎりぎりで逸らして氷刃を弾いたカエデは、剣を振り切った勢いそのまま、オレ達から大きく距離を取った。


「……あー、やばかった。まあ、これで役に立たないウサギちゃんも奪還したし、偽物でも巫女ちゃんへの人質になることも判明した。今日はとりあえずもう良いや。……こんな人手不足で、これ以上求められても困る。次こそ本気で増員を検討してもらおうっと。じゃ、巫女ちゃん、明後日の取引で会おうね」


 へら、と笑って手を振ったカエデが、偽イワナの向かった方へと走っていく。

 オレは2人を追い掛けなかった。オレ1人で追い掛けても返り討ちだし、そもそも獣人であるカエデの脚力はちょっと目を見張るものがある。多分オレには追い付けない。

 諦め切れないのはサクヤだろうが、当のサクヤは――


「――っ痛ぃ!」


 ――転けた。

 そんな靴で走れるワケないだろ、あんたが。


「くそ! ……何もかも、もう――何なんだよ、くそ!」


 悪態をつきまくっている姿を、オレは黙って眺めた。

 何を言ってやりようもない。

 少し考えてからジャケットを拾ってきて、サクヤの首元から溢れ続ける血液をもう一度押さえた。


 項垂れているから、泣いているのかと思っていたけど。

 オレを見上げたサクヤの瞳は、いつも通り青く澄んでいた。


「……泣かないのか?」

「泣いても変わらない。俺が間に合わなかっただけだ。それよりイワナの娘を――ナチルを助けなくては」


 ――多分これも、お得意の逃避の一種なのだろう。

 だけど。

 次のことに眼を向けようとしているヒトに、言うべきことじゃない。

 あんたが前を向いて走ると言うなら、オレは手を貸すだけだ。……大した力にもなれないかもしれないけどさ。


「一応聞くけど、ナチル助けにいくのって――」

「決定事項だ。覆さない。イワナのこともあるけど――あれは同胞だ。生き残って苦しんでる全ての同胞を島へ戻すのが俺に与えられた最後の仕事だ。泉に誓った言葉を覆すことはない」


 オレは黙って頷いた。

 サクヤが何を考えているのか、口にしなくても大体分かってた。

 きっと一族を全て救い出したら、今度こそ次の姫巫女へ代替わりするつもりなんだろう。でも、新しい姫巫女が生まれた時、前代の姫巫女は――あれ? これ、誰から聞いたんだっけ……。


 頭を振りながら、地面に座り込むサクヤに手を差し伸べる。サクヤは一瞬考えてからその手を取った。力を入れて持ち上げてやると――立ち上がる時によろけた身体が、オレに抱き着いてくる。一旦支えてから身体を離そうとしたが、黙ったままサクヤはオレの背中に腕を回してきた。

 薄い布越しに柔らかい身体を密着されて、慌てて引き剥がそうと腕に力を入れる。


「――おい」

「……しばらくだけだから」


 少し悩んだけど。

 とりあえず、今は。

 やりたいようにさせてやることにした。

 だってあんた、これ――ちょっと早い別れの抱擁のつもりなんだろ?

 本当にそんな時が来たら、絶対にオレが受け入れないって分かってるから――。


●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●


 帰りにユウキの店に寄るつもりだったので、馬車の中にいつもの服を入れておいて助かった。服を着替えたオレ達は、空腹のあまり歩く気の失せたサラを背負って、ユウキの店に向かった。

 勿論、サラを背負ってるのはオレ。サラを背負って、その上荷物までオレに持たせるのはひどいんじゃないかと、思わなくもないけど。

 サクヤは凍りついたような無表情のままだったので、何も言わないことにした。肉体的にも精神的にも、今のサクヤには人を気遣う余裕なんてないだろう。


 しばらく歩いてユウキの店に到着した。徒歩で帰った為に結構な時間になったが、ユウキは起きてオレ達を待ってていてくれた。

 だけど、扉を開けてサクヤを見た瞬間に、何故か青ざめてオレの方を睨まれたのには参った。多分オレがついてて、サクヤがこんな血塗れで、無表情になってることに、責任を問いたいんだと思うけど。責任の取りようもないので、オレは黙ったまま、甘んじてその非難の視線を受けた。

 帰りの道で買い漁った食料を歩き食いしていたサラは店の中に入れないので、オレ達も入り口で服を渡して、さよならすることにした。


「すまない……だいぶ汚してしまった」

「良いんです。このドレスはサクヤさんのお役に立ちましたか?」


 ユウキの問いに、サクヤは無言で頷いた。

 無言なのは――今日のことを何か、自分で後悔しているからだ。

 第一誓約に引っかかって、役に立ったとはっきりと口に出せないのだろう。


 ユウキと別れて宿に戻った途端に、サクヤがベッドにダイブした。その様子を見たサラはオレの背中を叩いてから、いつも通り窓から出て行った。『任せた』とか『うまくやれ』というような気配を感じる。だけど、こんな状態のサクヤに対して、何をどううまくやれと言うんだ。


「……えっと。大丈夫か?」


 尋ねたが、問いに対する答えは返ってこない。大丈夫じゃないに決まっている。そしてサクヤは言いたくないことを言うくらいなら、沈黙を保つ方を選ぶ。代わりに別の質問が返ってきた。


「何故あれがイワナじゃないと分かった?」


 何故と言われても、理由なんてさっき言っただけのことだ。

 イワナだったらそんなことしない、って。

 それを聞くなら、オレだって聞きたい。


「あんたこそ、何でイワナの娘だって分かったんだ?」

「だってそっくりだし、俺にはイワナだとしか思えなかった。そうじゃないなら血縁かクローンだと思って。イワナから貰った指輪のこと……知ってるのはイワナだけだし。ノゾミにやったけど、結局あいつにも誰から貰ったかは教えなかったな……」


 サクヤの眼が、どこか遠いところを見ているように細められた。

 どちらを見ているのだろう。

 イワナか――それとも、ノゾミの方か。

 どちらもサクヤの腕の中から失われた、大事な人。


 ふと思い付いて尋ねてみる。


「あんたの義姉ねーちゃん、本当に死んでるのかな?」


 死んだところを見たワケでも、確証のある話でもないし、もしかしたらってオレは思っちゃうんだけど。

 サクヤはこちらに視線を戻さないまま答えた。


「その辺りはっきりさせる為には、ナチルとはもう一度きちんと話さなきゃいけないけど。……お前が言ったんだ。イワナだったら絶対に俺の秘密を漏らさないって。確かにイワナが生きてれば、きっとナチルを止めるだろうな」


 オレの言ったことは、それなりにサクヤの心に影響を与えたのかな。

 物証なんかなくても、2人が積み重ねた信頼だけで、その結論を出すことが出来るくらいの。愛と幸福に溢れたリドルの島での100年を、オレは勝手に想像した。


 義姉イワナを失ったサクヤは、もっと悲しむかと思ってたんだけど。どうも、完全に前向きな方向に頭を切り替えたらしい。正しい逃避の使い方ではあるが――ひどく不健全とも言える。

 だけど必死で何か考えることを探している様子は、先程までの落ち込んだ様子よりも痛々しいから、あえてオレは何も言わなかった。

 それがあんたの乗り越え方なら、可哀想だけど、オレが口を出すことは出来ない。あんたの教育を担ってるとは思ってるけど、さすがにそんなことまで言えないから。


「――しかし不思議なのは、何故ナチルが大人の姿をしているか、だ。リドル族は長命な分、成長も遅くて成人するのに100年はかかる。イワナが俺と離れ離れになってすぐ出産したとしても……まだ半世紀だ。人間で言えばせいぜい10歳やそこらのはずなのに」


 本当は、そんなことより先に自分の気持ちを整理すれば良いのに、なんて思うけど。

 押し込めて、目を逸らして、前だけを見て。

 きっとノゾミの時もこうだったんだ。だから、わざと死に目に会わないように、葬儀にも出ないようにした。

 オレが死ぬ時も、あんたはこうしてやり過ごすのかな……。

 小さくついたため息で頭を切り替えて、サクヤの見え見えの誤魔化しに乗ってやる。


「……身体は十分成長してたよ、ナチル。胸だってあんたより大きかった」

「胸の大きさで判断するのは止めろ……」


 自分の胸元を見つめながら、サクヤが唇を尖らせた。

 ほら。それだって成長の証だろ。どっちかというと大きいのが好きなオレにとっては、わりかし大事なポイントなんだけどなぁ。


「だけど、言動は幼稚だったよな。そもそもカエデも言ってたけど、人質を取るならあんたよりもオレにした方が良い。そういう考えることをすっ飛ばして、何か感情だけで動いてるみたいに見えた。――もしかして、身体の成長を促進する魔法なんてあるのかな?」

「……俺の知識にはないけど、誰かが開発したのかもな」

「開発? そんなこと出来るの」

「出来る。俺はあんまり得意じゃないけど」


 あんたは魔法自体が得意じゃないだろ――という言葉を、すんでのところで飲み込んだ。気付けば、サクヤが視線をオレに戻している。その瞳がえらく真剣なので、からかう言葉が似合わないような気がした。


「それより……お前のことだ」

「オレ?」


 オレの何を語りたいのだろう。

 あんまり弱すぎて使い物にならないから帰れ、とか言われたら困るけど。


「お前、何でイワナのことをそんなに知ってるんだ? 俺はほとんど話してないはずなのに」

「……あれ? あんたから聞いたんじゃなかったっけ?」


 一緒に魔法の練習したとか。

 指輪を貰った時のこととか。

 聞いたような気が……うーん、良く思い出せない。


「お前だけじゃない。そもそも島を出てから昔話なんてほとんどしてない。……前から思ってたんだが、俺が話さなくてもお前がいつの間にか知ってるってことがちょくちょくあるような気がする」

「そんなにあるか?」


 自分としては特に何をしているつもりもないので、全く分からない。

 サクヤは眉を寄せて考え込む表情をしている。


「お前が意識してやってるんじゃないとしたら、そうだな……、お前は人の感情を良く読む。だから、無意識に拾った情報を組み合わせて、想像を補ってるんじゃないだろうか。共感性と想像力が人一倍強いから出来るのかもしれないけど」

「そんなもんか? 自分では全く意識してないんだ」

「でも事実だ。いつの間にか俺のこと色々知られている気がする。語ってないことまで。それは嫌ではないんだけど……」


 そこまで言って、サクヤは少し困ったように笑った。


「……そんなに暴かれると、もう『共感』されてるのじゃなくて、俺を『共有』されてるような気がする」

「そんな大絶賛を受けるような能力持ってないよ、オレは」


 オレなんて。

 ストリートチルドレン上がりのちゃちなチンピラ。

 最強の剣士がたまたま拾った、不出来な弟子。

 ノゾミの代わりにあんたを守る弱々しい番犬だ。

 ……自分で言ってても情けないけどさ。

 だけど多分、オレの自嘲なんて、サクヤにはどうでも良いらしかった。


 サクヤの瞳がオレから逸らされる。その視線を追いかけてみるけど、特に何を見ているワケでもない。

 今日は多分、もうまともな対応は出来ないだろうな、この人には。

 傷の上からおしろいを塗って、滲み出てくる血を隠すような応答ばかりだ。一瞬でも遅れれば傷口を見なきゃいけなくなるから、本人も必死だし、それに付き合うオレも必死で応えてる。


「そんなに褒めてるつもりもない。だけど……その『共有』、俺にはそんな風に他人に踏み込むことは出来ないから、時々助かってる」

「そう? じゃあ一緒にいる甲斐もあるな」


 どうやらその言葉で。

 ようやくサクヤの眼が、真っ直ぐにオレを見た。


「俺は――お前にイワナのこと共有してもらえるのは、嬉しい……」


 縋るように、突き放すように。

 言葉の優しさとは裏腹に、オレの心臓を射抜くような瞳だった。

 その瞳の強さはきっと、イワナの死を含んだ言葉だから。


 オレはベッドに転がるその身体に手を伸ばしそうになって――危ういところで止めた。

 危ないところだ。サクヤの言葉は、要するに「自分を共有してくれ」ってことなんだと理解したら、つい。……抱き締めたくなった。


 これ、多分。本人から直接ことばで言われたら、オレ止まれないな。

 まあサクヤには人を煽る方向に言葉を推敲して練り上げる能力はないから、余計な心配なんだろう。しかし、天然には天然の恐ろしさがある……。

 この件はいずれサクヤのいない時に、対策を立てておいた方が良い。今考えようとすると、目の前のサクヤに引っ張られて手を出しそうになるから、また今度。今のサクヤのことばについて考えている回路は、保留状態のまま切り離しておこう。


 それよりも、明後日の取引どうするのかなんて、現実的なことを聞かないと。

 このまま突き詰めると、例によって変な方向に意識が向きそうだ――。

2015/09/29 初回投稿 

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