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奴隷商人は嘘をつかない  作者: 狼子 由
第6章 Cherish
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15 にせもの

 シオは行きで使った馬車を帰りでも使わせてくれた。

 諦めたのか、自暴自棄なのか。

 それとも他の目論見があるのか。

 個人的にはまだ気を抜けないと思ってるけど。


 馬車の中、まだ顔色の悪いサクヤの肩をイワナが横から抱く。

 こつり、と頭を寄せ合っている2人を見ていると、金と銀の美しい姉妹に見える。顔はあんまり似てないんだけど……何だか、雰囲気が似ていると言うか。


 オレと、オレの隣に座ったサラは、そんな2人を黙って見守っていた。


「……イワナ」

「どうしたの、サクヤ?」


 サクヤの青い瞳がイワナを見ないまま、唇だけが動く。


「……あなたは先に島へ戻って欲しい」

「サクヤを置いて?」


 イワナは驚いたように頭を持ち上げて、紅の瞳で心配そうにサクヤを見た。


「置いては行けないわ。帰るなら一緒に……」

「姫巫女以外のリドルは治癒の魔法が中心だから、あなたが傍にいると怖くて仕方ない。島ならば何重にも結界を張ってあるし、もう二度と無様にあれを破られることのないように精一杯努力する。お願いだから……」


 身体ごとイワナの方を向いたサクヤは、両手で義姉の手を握る。包まれるように手を取られたイワナは、その指先を見て囁いた。


「……あら。私があげた指輪はどうしたの?」

「あれは――」


 少し口ごもったサクヤは、黙っている間に色々と考えたらしい。次に口を開いたときには迷いがなかった。


「大事なものだったから、大事なヤツにあげた」


 率直過ぎるサクヤの言葉に傷付いたのは、オレ――だけじゃなかったらしい。


「……人にあげちゃったの? 私からもらったものなのに?」

「駄目だっただろうか……」


 眉をしかめるイワナの表情を見て、さすがのサクヤも自分の行為を見直す気になったらしい。小首を傾げてイワナを見詰めている。

 そりゃ普通は、自分のあげたものをそんな風に使われたら、傷つくだろう。

 だけど――


 ――あれ?

 義姉イワナってこういう人だっけ? 本当に?

 オレの知ってるイワナは――いや、オレはイワナのこと知らないんだけど。

 何かもっとこう――


 ――なんて考えてた瞬間。一際大きく馬車が揺れる。


「うわ!」

「……ぐぇ」


 自分の喉から、潰されたカエルのような声が漏れた。

 馬車が揺れた拍子に、正面のサクヤから思い切り腹に膝蹴りを食らった。蹴られたと言うか、踏まれた。踏まれたと言うか――上に座り込まれた。


 つまり馬車は、大きく揺れた後、後方を下に傾いていた状態になったようだ。後方側に座っていたオレの腹の上に、サクヤが座っている。

 ちなみにオレの隣に座っていたサラは、正面のイワナをうまいこと避けている。流石と言うか何と言うか。


「……悪い」


 オレの腹の上に女の子座りで座り込んでいるサクヤが、小首を傾げながら見下ろしてくる。


「……許してやるから、どいてくれ」


 馬車に何があったか知らないが、オレの上に乗っているのはサクヤの本意ではない――はずだ。そこは理解を示す。

 だから、早くオレの上からどけろって! 


「いや、今ので靴が脱げて、どこかに行ってしまった……」

「後で探せよ」


 靴履く前に人の腹から降りろ。太腿も尻も、うっすいドレスの布越しにオレの腹に密着してて……ヤバいだろが。

 腹の上のサクヤの脇腹に手を添える。身体を捻るようにして、さっきまで馬車の背もたれだったところに、こてんと転がした。


「……乱暴な」

「あんたが言うな」


 恨めしげに見上げるサクヤを跨いで、変な開き方をしている馬車の扉に足をかけ、外へ出た。扉を抜ければ、何があったのかは一目瞭然だった。

 馬車に繋がれた馬の死体が転がっている。血液の量から見て斬り殺されたのだろう。

 御者の姿は見えない。こちらは逃げたか――どこかで殺されているか。


 馬の死体の横で、血に塗れた剣を振るって眼帯の女は笑う。


「やあ少年。昨日振りだね。正義の味方の警備隊小隊長カエデお姉さんが、悪の商人を懲らしめる時間がやってきたよ」


 その笑顔を見ただけで、どっちが悪者だと突っ込みたくなった。


「――来たか、猟犬」


 オレの背中から、涼やかな声が夜空に響く。

 冴え渡る月のように輝く金の髪を揺らして立つのは、ドレス姿のサクヤだった。


「猟犬バンザイ。猟犬はウサギちゃんを狩るものだからね」


 楽しそうなカエデの言葉に、サクヤはちらりと背後を見る。サクヤの背にしがみついて震えているのはイワナだ。

 その頼りない様子に、再び違和感を覚えた――けど。

 次のイワナの言葉に驚いて、そんな小さな違和感はすぐに吹っ飛んだ。


「サクヤ。……その人、獣人よ」


 その言葉で、全員がカエデに注目した。

 指摘を受けたカエデ自身も驚いているようだったが、ふとサクヤが呟いた。


「獣人――カエデ――お前まさか、グラプル族のカエデか? 以前『グラプルの女王』から名前を聞いたことがあったが……」


 グラプル族と言えばリドル族と並ぶ希少種の獣人だ。確か原初の五種の一つとも聞いた。

 だけど目の前のカエデには獣人たる尻尾も耳もない。少なくとも以前にオークションで見かけた偽物のグラプル族には、狼のような犬と尻尾があったんだけど。


「耳を切り尻尾を落とし牙を抜き――獣人の誇りを喪うのは辛かったでしょうね……」


 優しい声でイワナが囁く。

 だけどその優しさにこそ、カエデは憎悪を覚えたらしい。唇を歪めて、吐き捨てるように答えが返ってきた。


「誇りなんてなく人間に飼われてたウサギちゃんに、分かったような口を利かれてもね……。困っちゃうよ、個人情報の漏洩は。君達のとこみたいに一族まとめて滅亡しちゃえば話が早かったのに」

「――我が一族は絶えていない。愚かな猟犬風情が同胞の何を語るか!」


 どうやら心理戦ではカエデの方が上手だ。『滅亡』の一言にサクヤが敏感に反応した。姫巫女としての責務に相応しい、凛とした声だった。

 だけど。

 頭に血が上っているのが丸分かりだ。

 あんた、本当に沸点低いんだから。頼むから時々反省してくれ。


 ふと、サクヤの後ろに隠れたままのイワナが気になった。

 そもそも何でイワナは、カエデが獣人だなんて知ってたんだ――?


 ぞわり、と背筋が寒くなる。

 さっきも感じた嫌な感じ。

 すぐ近くからの――殺意!


(――これで隙が出来た――今なら――)


 どこからか聞こえた声を、最後のダメ押しにして。

 馬車の方を身体ごと振り向いたオレは、サクヤの方に手を伸ばした。

 でもそれより一瞬早く、イワナは動いていた。背後からサクヤの首に手を回し、その首筋にナイフを突き付けている。


「――近寄らないで!」

「……イワナ?」


 ナイフの刃をぴったりと当てられながら、それでも恐怖なんて1ミリも感じていない表情で、ぼんやりとサクヤが呟いた。


「……どうしたの? 危ないから、あなたはそんなもの持たない方が良い。だってイワナはすごく不器用だったじゃないか」


 この期に及んで、サクヤは全くイワナを疑っていない。

 その呑気さにイワナ(偽)の方がたじろいだ。


「……何言ってるのよ。余計なこと喋ると刺すわよ!」


 言われてひとまず口を閉じたが、やはりその眼は状況を理解出来ていない様子だ。いや――多分。理解を拒んでいるのだろう。


 言いたくないけど。

 誰かが言わないと、サクヤは目の前の現実に目を背け続ける。

 責任感やら矜持やらで覆っているだけで、本当はそう……ひどくか弱い人だって。この人の現実逃避はいくらでも続くって。――そのことはオレが一番良く知ってる。

 だから。オレが口に出した。


「サクヤ――それは、イワナじゃない」


 イワナ――いや、偽イワナが紅の瞳でオレを見た。

 言うべきことを言ったオレは、サクヤから視線を外してカエデの様子を伺う。そのまま、じりじりと偽イワナに飛び掛かるタイミングを計る。

 サクヤが呆然と小首を傾げた。


「……何言ってるんだ、お前。これがイワナじゃなきゃ――誰なんだ……? 本物のイワナはどこにいると言うんだ?」

「黙ってなさいよ! あんたが――心配してる振りなんかするな!」

「はいはい、ウサギちゃん。そのままこっちおいでー。カエデお姉さんの見たところでは、こんなとこでうろうろしてると、あの黒いのが飛びかかってくるからね」


 カエデの視線の先では、馬車の扉からこっそりこちらを覗いていたサラが、失望と苛立ちの混じった空気を垂れ流している。向こうは向こうで隙を探していたらしい。

 サクヤがオレの方を見ながら眉を寄せている。


「カイ。お前、同胞の気配も分からない癖に――」

「分かんないよ。そっちはあんたに任せる。――けど、それは絶対にイワナじゃない! あんたの義姉ねーちゃんは何があろうと拷問されようと、絶対あんたの秘密を人間に漏らしたりしないし、あんたがどんな思いで指輪をあいつに渡したか、必ず理解するはずだ!」


 直接知りもしないのに。

 自分でも訳が分からないのに、オレははっきりと言い切った。


 偽イワナがオレの言葉を聞いて、ちらりとサクヤに視線をあてる。その表情は憎しみと悔しさと――何か、悲しみに近いものが混在しているような。


 サクヤの首を掴んだまま、偽イワナはゆっくりとカエデの方へ移動する。

 オレはサラと目配せしながら、飛び掛かるタイミングのカウントアップを始めることにした。

 じゃり、とサラが馬車から外へ飛び出た瞬間から数えようとした時――


 眼を伏せていたサクヤが、何だか良く分からない曖昧な微笑みを浮かべた。

 オレにすらその感情が読めないのは、あまりにたくさんの気持ちが混ざっているから?

 その表情に、怪訝な顔をした偽イワナに対してカエデの叱責がとぶ。


「――このバカウサギ、手を緩めるな!」


 サクヤはさっき馬車の中でしたのと同じ仕草で、ナイフを持った偽イワナの手を両手で包む。

 そのまま、その手を引き寄せて――自分の首筋を切り付けた。


「あのバカっ!」

「――きゃああっ!」

「バカウサギ! 手を離すなっつーの!」


 サクヤの両手を振り切るように、偽イワナはナイフごと手を離す。

 剣を振りかぶったカエデが止めを刺しにサクヤに駆け寄るのを、カウントを待たず疾風のように駆け寄った黒い影が受け止めた。

 ぎぃん、という音とともに、カエデの剣の軌道が変わる。追い掛けて踏み込んだサラを、カエデは引き寄せた剣で再び斬りに行った。

 斬り結ぶ2人の姿を横目に見ながら、オレはサクヤに駆け寄る。


「この大バカっ! ナイフ奪い取るだけなら、自分から刺さりに行く必要ゼロだろうが!」


 傷口を検分すると、心配していたよりもずいぶん浅い。

 喉元に差し込もうとしたサクヤの力を、驚いた偽イワナの手が咄嗟に止めてしまったのだろう。


「……死にたい気分なんだ」

「どんな気分だよ、いい加減にしろ! 止血代わりにこれで押さえてろ!」


 オレは自分のジャケットを脱いで、サクヤの首元を押さえた。無理矢理サクヤにそのジャケットを握らせるが、その手にはほとんど力が入っていない。

 ぼんやりと瞳を揺らしながら、サクヤの視線が偽イワナに向けられた。


「……あなた、本当にイワナにそっくりだな。イワナは――お母さんは、もう……俺の手の届かないところにいるんだね?」


 ……何言ってんだ、こいつ?


 オレにとっては不可解な言葉でも、怯えたように身を竦めたのは、偽イワナだった。

 サクヤの手から、オレが握らせたジャケットが地面に落ちる。

 青いドレスがだらだらと流れる血に染まっていく。


「多分、あなたの名前はナチルなのかな。いつだったか、娘が生まれたらそう名付けるって言ってた……」

「――何よ! あんたがもっと! もっと、早く来てたら……」


 偽イワナ――ナチル? は、震える声で呟いた。

 もっと早く来てたらどうなっていたのか――そんな自分の言葉を言い切る前に踵を返して、オレ達から駆け去って行った――。

2015/09/27 初回投稿

2016/03/06 校正――誤字脱字修正及び一部表現変更

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