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奴隷商人は嘘をつかない  作者: 狼子 由
第6章 Cherish
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13 脅迫

「サクヤ、私――」


 言葉は無理矢理に塞がれて、途中で途切れた。

 イワナを掴んでいる男――額の縞と頭上の丸い耳、黄色と黒の縞模様の尻尾からするとトラの獣人らしい。その男が、イワナの口を後ろから塞いでしまっている。

 ぺたりと寝ているリドルの白い耳が、遠目にも震えて見えた。


「シオ……。イワナを放してくれ」


 サクヤの声はほとんど哀願のように響いた。

 オレですらそんな声――今まで聞いたことない。

 その声を聞いたシオは、身震いをしながら自分の身体を抱き締める。


「素敵――サクヤがそんな――ああ! 私、サクヤのそんな顔をずっと見たかったの……」


 ――何だ、こいつ!? やっぱ変態かよ。

 これやばい、と思うのは、サクヤがこいつの要求を甘んじて受け入れようとしているところだ。


「おい、サクヤ。こんなのの言うこと聞いてるんじゃないぞ。あの人があんたの義姉ねーちゃんでいいんだよな?」


 慌てているオレの言葉に、サクヤは無言で頷き返してきた。

 トラの獣人に対して反射的に臨戦体勢に入っているオレを尻目に、力なく肩を落としている。あんた、その様子……まさか――


「どうすれば……イワナを自由にしてもらえるんだ?」

「おい! まさかその変態商人の言うこと聞くつもりか!? あんた、本当にバカじゃないのか!?」


 オレの言葉を聞いても、絶対優位を自覚しているシオは表情1つ変えない。余裕のある微笑みを浮かべたまま、サクヤに向かって優しい声を出した。


「分かるでしょう? その愛らしいお口で誓って欲しいの。永遠に私の言うことを聞くと――」


 そんなこと出来るワケない。

 ある程度の要求は覚悟していただろうが、それでもさすがにサクヤの表情が歪んだ。


「……そんなことを口にしてしまうと、残りの同胞を探しに行けなくなる。その言葉はイワナと他の同胞を秤にかけろと言っているようなものだ。俺には選べない」


 真っ当なサクヤの反駁だが――オレは腹が立って仕方ない。

 このバカ! 同胞より、あんたはどうなんだよ!

 あまりに腹が立ったので、オレは言葉もかけずにサクヤの背後から腕を回す。ちょうどトラの獣人がイワナを捕まえてるのと同じ体勢で、後ろから口を塞いで引き寄せた。


「――んぐぅ?」

「あんた、ちょっと黙ってろ! あんたが落ちたらこっちに勝ち目はない。義姉ねーちゃんだって解放される可能性はゼロになるぞ!」


 オレの手を引き剥がそうとサクヤの指がオレを引っ掻いているが、意識して無視した。結構強く爪が立ってて痛いけど――ああ、もう。無視だ、無視。


「……これだから、男は野蛮で嫌よ。力尽くで言うことを聞かせるなんて」

「あんたもおんなじ事させてるだろ? それより――取引相手はカナイじゃないのか、何であんたがサクヤの義姉ねーちゃんを確保してるんだ?」

「ケダモノに答える口はないわ」


 シオはイワナ達の方に視線を向けて、虫を追い払うような動作で軽く手を振った。


「もう良いわ。連れて行って」


 泣きそうな顔のイワナを引きずって、トラの獣人が扉の奥へと戻ろうとする。

 イワナが目の前にいればサクヤは動揺するだろうから、オレにとってもそうしてくれた方がありがたい。サラがいるのだから、イワナの居場所を追い掛けさせれば後から救出に来られる。

 だから、引きずられるイワナを黙って見ていると――サクヤの口を押さえてる右手に物凄い痛みが走った。思わず右手を離す。


「――痛ってぇ!」

「イワナ! 待って、お願い――」


 オレの手に噛み付いて腕を振り切ったサクヤが、慣れない靴でよろけながら扉に駆け寄る。真っ直ぐに差し出したサクヤの指のすぐ先で、悲しそうなイワナの瞳を隠すように扉が閉まった。


「イワナ! ――嫌だ、くそっ!」


 扉に組み付くように身体を当ててがちがちとノブを回そうとするが、向こうから鍵をかけられたらしい。全く動かない。

 オレはその姿を見ながら、噛み千切られた自分の手の平を舐めた。すげぇ痛い。舐めながらこれって間接キスか――なんて下らないことが一瞬頭を掠めたけど、それどころじゃない。マジで痛い。こいつ、本気で噛みやがった……。


 酷く寂しい思いをしたが――何を言う気もしなかった。

 血が止まらないので、胸ポケットに入っていたハンカチーフを巻く。このひらひらしたハンカチーフ……こんなことに使うことになるとは。


 何故か息を荒くしながら、シオが甘ったるい声を出してサクヤに語りかけている。


「ああ……可愛らしい。大丈夫よ、サクヤ。あなたのお姉様に手を出したりしないわ。少なくとも――あなたが素直にしている間はね」


 扉をがちゃがちゃといじっていたサクヤが、ぴたり、と動きを止めた。

 数拍置いてこちらを振り向いた時には、その瞳から表情が消えていた。


「俺に出来ることを言ってくれ。カナイではなく、あなたが本当の取引相手なのなら、幾らかは――あなたの期待に添えると思う」


 その言葉はきっと、待ち望んでいた答えなのだろう。

 ぺろり、とシオが舌なめずりをした。


「その青いドレス良く似合っているわ――でも、サクヤは何も着ていなくても綺麗よね、きっと」


 ――この変態商人が!

 思わず心中で罵ったオレの気持ちを、サクヤは一片たりとも理解してないらしい。相変わらず表情の抜け落ちた顔で、囁くように答えた。


「姫巫女の誓約を違えない範囲で良ければ」

「――この、バカ!」


 どうもこいつには駆け引きなんて言葉も、自分を大事になんて意識もない。答えも直球過ぎて、フォローのしようがない。

 サクヤが蒼白な顔色のまま、オレの方へ戻ってこようとしてまたよろけてる。慌てて駆け寄ってその腕を取って支えてやった。

 オレを見上げたサクヤは小さく笑って、ハンカチーフの巻かれた手に指をかけた。


「……お前、もう帰れ。ここで取引の片が付くなら、現金を集める必要もないし、話は早い」

「あんたね……本気であの変態商人と寝るつもりか?」

「分からない。姫巫女の誓約はどこまで許容されるんだろう」


 知るか、バカ。

 そもそも誓約がどうとかいう問題じゃないだろ。

 あんたの指、震えてんだよ!


「あんた置いて帰る気にはなれないよ、大体――」

「――あら、じゃあお連れの方の待機室をご用意しましょうね。まさか、私達の仲に割り込んでくるつもりはないわよね?」

「おい! 割り込むもクソも――」

「――カイ。……黙ってろ」


 最終的に、オレは。

 何かを強く決意したサクヤの青い瞳に黙らされた。

 こんな眼をしてるヤツに、もう何を言っても無駄だ。


 オレが肩の力を抜くと、サクヤは引き攣った顔で無理矢理に笑った。


「俺は男だし。一般的にこういうのは役得って言うって……エイジが言ってた」

「あのバカ、今度会ったら殴る」


 サクヤの腕をオレからもぎ取るように、シオが掴んだ。


「お話は終わった? じゃあ、サクヤは私と一緒に来てくれる? そっちのは……適当に控え室に案内させるわね」


 シオに手を引かれて、オレの方をちらちらと見ながら扉へ向かうサクヤは――どう見ても、喜んでついて行っているとは言い難い。さながら市場へ引かれていく仔牛の風情だ。


 ――ああ! 腹立たしい!

 何がムカつくって、全然望んでないことに、あいつが諾々と従ってるってことだ!


 扉の向こうへ消えるサクヤの姿を見送ってから、オレは天井裏に視線で合図を送っておいた。

 オレの背後からシオの使用人が声をかけてくる。


「それでは、お連れ様はこちらへ」


 その声に従って歩きながらオレは、さっき見たリドルの女の事を思い出していた。

 あの顔、確かにどこかで見たような気がするけど――あれが、サクヤの義姉ねーちゃんだっただろうか。

 いや、もちろん会ったことないから分かんないけど……何か、違和感あるんだよな。サクヤの義姉ねーちゃんってあんな人だっけ?


●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●


 当然ながら、おまけのオレに対するまともな扱いを期待してはいけない。檻じゃなくて、一応は壁なだけマシか。窓もない四面壁だけど。

 そもそもこの造りは、オレ、この部屋から出してもらえる可能性あるのか? ――ないかもなぁ。

 オレを案内してくれた使用人はそしらぬ顔で、部屋の中央に1つだけぽつんとある椅子を指す。座れということらしい。


 白い壁と、今入ってきた小さな扉を見ながら考える。

 どっちにしろ、ここで手ぐすね引いて待っている訳にはいかない。サクヤを迎えに行かなくては。

 外には鍵があったのに、内側から扉を見ると鍵穴すらない。完全に人を閉じ込める為の部屋。向こうから鍵をかけられてしまえば、内側からは鍵開けも出来ない。

 それを考えると――今、無理にでも脱出しないとダメだ。閉められたら終わりだ。


「それでは、こちらでしばらくお待ちください」


 使用人がそのまま部屋を出て行こうとするので――オレは瞬間に背後から飛びかかって、その首に腕を回した。即座に腕を取られ振り回されそうになる。やばい、こいつ結構、力が強い!


「おい、あんた! このまま大人しくしてくれないか!」

「――何を。貴様など用済みだ。ここで朽ち果てろ!」


 やっぱりオレが解放される予定はないらしい。

 ということは。このままだと、サクヤの運命もそうなのだろう。

 仕方なく、ジャケットの脇腹に隠していた小型ナイフを抜いて、その喉笛を掻き切った。予想外の攻撃に悲鳴も上げられないまま、使用人は目を見開いて崩折れ――そのまま事切れる。


 こんな状況で手加減する余裕もない。カエデに対してサラがしたように、首を締めて意識を落とせれば、それが一番だったんだけど……。

 ここでサクヤをシオの思う通りに蹂躙させるくらいなら――自分の手を汚すことなんて全然マシだ。


「ごめん」


 謝られても全く嬉しくもないだろう。いつかはこの罪も自分の命で贖う日が来るのかもしれないが、今は。

 オレは使用人の死体を部屋の端っこに転がしておいて、サラ・レポートからサクヤが起こしてくれたこの屋敷の図面を確認する。今オレがいる位置は――屋敷の南東。さっきサクヤと別れた部屋が屋敷の中央からやや西辺りにある。扉の位置から言うと、サクヤとシオは西の方へ移動したんだと思うけど……そこは、サラが確認してくれているはず。

 まずは、サラと合流しなくては。


 部屋を出て、見取り図を見ながら、サラのように屋根裏へ出られそうなルートを探す。さっきの使用人の血で、オレのシャツはまだらに赤く染まっている。こんな姿で廊下を堂々と歩けば――次は、オレが警告なしに斬り掛かられる番になるだろう。


「……この辺かな?」


 一度、窓から外に出て、窓枠によじ登った。

 一応外に人がいないか確認したが、特に人影は見えない。そのまま、真上の通風口を覗き込んで、何とかオレが入れそうな大きさであることを確認した。ぐりぐりと自分の身体を押し込むと、通風口の奥には広い空間がある――屋根裏だ。肩が抜けてしまえば、後は楽勝で潜り抜けられた。


「えっと……、今、ここか」


 革靴を脱いで手に持つと、見取り図を追いかけながら、出来るだけ静かに屋根裏を歩き出した。暗い屋根裏だが、ぎりぎり前は見える。血塗れの自分の服装もあって、気分は盗賊だ。


「まあ、それに近いかもな……」


 何と言っても、サクヤ本人は一応了承してシオに従っているのだ。

 反抗的なのはオレだけ。

 それでも――オレはオレの納得出来るようにするしかない。姫巫女の誓約以前の問題だ。あいつの身体が、シオにどんな風に使われるのかなんて……考えたくもない。


 最初のテーブルの部屋まで戻った時、屋根裏の向こうでごそり、と影が動いた。勿論オレには、それが誰だかすぐに分かる。


「サラ――」


 黒い尻尾をピンと立てて、サラがするすると近寄ってきた。

 その表情を見ただけで、オレにはサラが首尾よくサクヤの居場所を確認したのが分かる。いや、それだけじゃない――


「――イワナの居場所も、調べてくれたのか?」


 サラは言葉を返さなかったが、その黒い瞳が「諾」と応えた――。

2015/09/23 初回投稿

2015/09/23 台詞を追加挿入

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