interlude1
幼い少年が泣きながら腰にしがみついている。
離れたくない、と必死で請う。
(何だ、これ。オレは何を見てる?)
(夢……だろうか?)
(少なくとも、オレの記憶じゃない)
「俺、頑張ってもっと役に立ちますから。だから置いて行かないで」
少年なりに考えたであろう言葉は、やはり胸を突いた。
感情の摩耗した自分も心を動かされる。
傍で見ている人々の心持ちはいかばかりか。
王はさすがに表情を変えなくとも。
側近達の中には静かに涙を拭う者もいる。
王の後ろに隠れているよく似た金髪の少年が2人。
状況の分からぬ中で心配そうにこちらを見てる。
(オレの声、誰にも聞こえてない?)
(……現状を把握してるのはオレじゃない)
(これは……誰の意識だ?)
こちらを見上げてくる少年の赤い瞳。
涙が後から流れて頬を伝う。
今までの調子で赤い髪を撫でそうになって。
無意識にその頭に乗せた右手を。
どうしようかと迷った。
(この鮮やかな赤い髪、見たことがある)
(眼鏡はかけてないけど)
(微妙に目つき悪い顔立ちも似てるし……)
(だけど)
(でも、オレは)
(この人のこんな幼い頃なんて知らない)
頭に置かれた手の感触で。
少年の瞳に期待が満ちる。
違う、そんな眼で見るのは止めてくれ。
連れて行ける訳がない。
いくら才能の片鱗が見えると言っても。
いくら思い付く限りの訓練を施したと言っても。
(髪に差し込まれた細い指――これ)
(この綺麗な指も、ついさっき見てたような)
まだ幼い彼に旅から旅への生活は辛いはず。
ここで暮らすのが一番良い。
(後悔? 迷い? ……言い訳)
(胸の中で思いが渦巻いてる)
彼の安全だけの問題ではない。
かかった費用を回収しなければならない。
慈善事業をしているのではないのだから。
大きな目的の為には――金が、必要だ。
溜息を1つ吐いて。
少年の頭上に置いた右手に力を込めた。
左手で、巻き付いた腕を引き剥がしながら。
右手で頭を押しやる。
「売り物が。甘えるな」
自分でも嫌な声だと思った。
冷たい音が、低く響く。
(ああ、この声……低くて甘い、あの)
(だけどこれ……いつのことだよ?)
(だって、この人がこんな小さい時って)
少年の瞳が絶望に染まる。
泣き声さえ止まったその頭に。
俺の代わりに。
少年の背後から手が乗せられた。
大きな手で髪をくしゃくしゃと動かしてる。
他でもない、この国の王の手が。
表情には出していないはずだが。
王には自分の内心の混乱が見えているようだ。
少年の頭を自分の代わりに撫でながら。
こちらに向かって、笑った。
「よし。じゃあ確かに頂いた」
「ああ、取引は完了だ」
答える声がもっと冷たく響けばいいと、そう願った。
(あんたが今何を感じてるか、オレは分かる)
(あんただって別れは辛いんだって)
(そう言えばいいだけなのに――)
2017/02/12 初回投稿