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奴隷商人は嘘をつかない  作者: 狼子 由
第6章 Cherish
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11 エスコート

「やりました!」


 高らかに宣言したのは、3時間かけて目の前の『作品』を完成させた仕立屋のユウキだった。

 当の『作品』の方はと言うと、今までに経験したことのない嵐のようなものに巻き込まれて、かなり疲労しているらしい。ようやく終わったというのに茫然としている。


「おい、サクヤ。終わったんだって」

「はい完成です。お疲れ様でした」

「……本当に、疲れた」


 ぐったりと呟く様子は、ユウキに対して取り繕う余裕もない程疲労しているらしい。

 そのまま背を倒して椅子にもたれ掛かろうとしたところに――ユウキの注意が飛んできた。


「気を付けて下さい、髪の毛! 背もたれに当てて変な癖をつけないように!」

「……無茶なことを」


 仕方なくサクヤは、背を伸ばしたままこちらを見る。

 どことなく悄然としている様子も、この姿に良く似合っていた。


 ユウキが仕立てて持って来てくれたのは、トーンを押さえた青のロングドレスだった。青と緑の中間のような色味の滑らかな生地。長く伸びた裾が足元まで隠している。薄く透けたストールを巻いてはいるが、首から胸元、肩までストールごしに、その肌の白さがはっきりと見えた。


 黄金の長い髪は真っ直ぐに下ろして、一部だけ小さな髪飾りでまとめてある。

 深窓の姫もかくやの風情に、ユウキは改めてその姿を見て、溜息をついた。


「……やっぱり。良くお似合いですよ」


 サクヤはその言葉には答えなかった。黙ってぼんやりと座っている。多分、着替えている時から言われ過ぎて聞き飽きたのだろう。


 そんなサクヤを見ているオレはと言うと……まだ、何も褒め言葉を口にしてない。

 いや、勿論オレも綺麗だとは思うんだけどさ。さっきからの、こいつの態度の悪さと言ったら目に余る。


 着付けの時点で「痛い」「キツい」「苦しい」と文句ばかり言っているし。髪型だって、当初ユウキは全て上げてまとめようとしてたのだ。その為に色々髪飾りも持って来てくれたのだが、「嫌だ」の一点張りで、急遽ユウキが下ろした髪型で整えてくれた。どうも髪を上げるときに引っ張られて痛かったらしい。


 いや、でもさ、ドレスってそんなもんだろ。

 全く。堪え性のないヤツだ。


 サクヤがこちらを見ながら、怠そうに呟く。


「……お前が何考えてるか、当ててやろうか?」

「当ててみな」


 オレの珍しい答えを聞いて、少し驚いたらしい。軽く見開かれた青い瞳が、耳元の蒼玉よりもキラキラしている。


「そうだな……うるさいヤツ、とか。我慢しろよ、とか」

「そう。文句多いし堪え性ないし我儘だけど――すごく綺麗だ、と思ってる」


 最後の言葉は……何とか声が裏返らなかったことに、自分で安心した。言わなくても良かったんだけど、何か――どうしても、言いたくて。

 サクヤは一瞬息を呑んだ後、ふぅ、と吐き出した。


「……あと、今なら何言っても蹴られない、と思ってるだろ」

「バレたか」


 サクヤが今、履いているのは、当然いつものブーツじゃない。ドレスに良く合う踵のある銀の靴だ。いくら口より先に手が出るサクヤと言っても、まさかドレスとこの靴で、オレに蹴りかかってくることはないだろう。


「後で覚えてろよ」


 案の定、サクヤは口で脅しただけで、実行には及ばなかった。立ち上がってオレを殴りに来るのさえ、面倒くさいらしい。「後で覚えてろ」なんて何て曖昧な。オレは無言で両手を上げて答えた。

 丁度着替えが終わったのを見計らったのか、サラが窓から戻ってくる。


「おかえり」


 出迎えたオレに、ポケットの中から本日2度目のレポートを取り出して渡してきた。オレが受け取ると、すぐに視線を外し、椅子に座るサクヤをしげしげと見つめている。


 例によって、サラは昨晩は部屋に帰ってきたのかどうかも分からなかった。朝飯の時間には新しいレポートを持って戻ってきたので、今日の予定についてはしっかり伝えてある。

 時間まで外出しないで待っていて欲しいと言ったところ、最初は大人しくベッドに転がっていたのだが。ユウキが来てサクヤの準備を始めた時に、髪を上げるためのワックスや香水を持ち出した段階で、慌てて窓から飛び出していった。獣人は匂いや音に敏感と言うから、その手の人工物の匂いがお気に召さなかったんだろう。


 で、今になって戻ってきた。

 黒くて尖った耳をぴっと前方に向けたままのサラに上から下まで眺められながら、居心地悪そうにサクヤがこちらを見る。


「……何なんだ?」

「オレに聞くなよ」

「女の子なら、ドレスや髪飾りが気になるんじゃないですか?」


 オレの代わりにユウキが返答すると、サラがこちらを向いた。オレはそんなサラの視線と言葉で、ユウキの推測が外れていることを何となく理解した。


「ナイフ」

「そう。隠しづらそうな服だな。どこに何の武器を隠してるかを探してたのか」

「何でそんな単語会話で通じるんだ、お前……」


 何でと言われてもなぁ。

 そろそろサクヤとサラには、オレを経由して喋るのを止めて欲しいんだけど。ただどっちも適度にコミュニケーションに難があるので、察し合うのは無理かもしれない。

 2人きりで置いておくと、多分お互いに黙ったままで1日を終えるだろう。


「さあ、サクヤさん。僕の仕事はこれで終わりです。ご満足いただけましたか?」

「……ああ、見事な仕事ぶりだった。感謝する」


 さすがに無理を言いまくった自覚はあるらしい。

 サクヤが面倒を押して立ち上がり、ユウキの方に手を差し出した。ユウキはその手を笑顔で握る。


「ここ数年で一番興奮した仕事でしたよ」

「ああ。この礼は必ずする」


 どうも今ひとつ噛み合わない。

 勿論、サクヤがユウキの気持ちを理解出来ていないのが、その主な要因だ。ユウキは支払われる礼金やその後の優遇に、興奮していたワケではないはずだ。

 それでも。苦笑しつつも、自分の言葉通り満足そうな表情のユウキは、サクヤの手を離して頭を下げた。


「では、僕はこれで。手入れについても承りますので、用が済んだらうちに寄って下さい」

「助かる」


 帰っていくユウキを手を振って見送ってから、サクヤはこちらを振り向く。その表情がどことなく辛そうに見えたので、オレは視線で尋ねた。


「……この格好は胸が苦しい」


 なるほど。オレは見てなかったけど、ユウキが用意してくれた下着はやっぱりコルセットだったかビスチェだか言うもので、がっちがちに紐を絞められたなんて言ってた。着る時かなり大変だったらしいが。

 改めて見ると、何となく……胸が普段より大きくなってないか? それ、何か詰めてるだろ?

 そんなので苦しいと言われても。

 ディファイ族のイオリみたいな大きい胸の人が締められて苦しいと言うなら分かるが、詰めにゃならん程すかすかの人に言われても納得できなかったので、オレはそのままを答えることにした。


「何言ってんだ。あんたの胸なんか大してありもしないんだから、ちょっとぐらい我慢しろって」


 即座にサクヤから冷たい声が返ってくる。


「俺はその言葉、絶対忘れないからな」

「――最低」


 あれ? 何故か、サラにまで文句を言われた。

 女性陣の中で、オレの評価が下がりつつあるようなので、慌てて話を変える。


「愚痴ったとこでどうにもならないだろ。とにかく、シオは迎えをよこすって言ってるんだから、作戦会議しながら待とうじゃないか」

「作戦なんかない。サラが調べてくれた屋敷の状況から、簡単に見取り図くらいは起こしたから一応頭に入れておけ」


 ぽす、とサクヤが放ってきたのは、メモの束だった。

 ぺらぺらっとめくると、確かに屋敷の見取り図だ。朝からドレスの着付けしながら、こんなことしてたらしい。


「広いな……。ごめん、ちょっとこれ全部覚えるのは無理」

「じゃあ、それはお前にやる。俺は覚えた」


 相変わらず、道順覚えるのが得意な人だ。


「サラ――は、大丈夫そうだな」


 オレが視線を向けた先で、黒い尻尾が得意そうに揺れる。


「結局、シオと例の融資を断ってきた店との繋がりは分からなかったのか?」

「昨日の今日だからな。……うん、こっちのレポートにもない」


 新しいサラ・レポートをぱらぱら捲ったサクヤが、肩を竦める。サラはオレ達の様子はどこ吹く風で、物珍しそうにサクヤのドレスをじろじろ見ていた。どうやら、隠し武器の場所をまだ探しているらしい。

 オレもその様子を見ていたのだが、ふとサクヤがサラに目を向けて小首を傾げた。


「サラ。お前、馬車の後をこっそり追いかけて来れるか?」


 サラは答えを言わぬまま、オレの方を見る。その耳の様子で何となく思い当たって、オレは声をかけた。


「馬車って結構揺れるから、そんなにスピード出さないと思う。こないだレディ・アリアに乗っけてもらったくらいのスピードなら、オレでも荷物持ってなければ並走できたと思うぞ」


 オレの話を聞いてから、サラはサクヤに向かってこくりと頷き返した。そんなオレ達を交互に見て、サクヤは呆れた顔をしている。


「……何でお前ら、目だけで会話できるんだ――いや、もういい。とにかくサラは隠れてついてきてくれ。で、お前は俺と一緒に来い」


 突然こちらに話を振られたが、予想はしていたので、さして驚かなかった。


「ああ、交渉係だな?」

「……いや、杖の代わりに」


 今日一番楽しそうな表情で、サクヤがオレに手を差し出してくる。

 それはまさに、どこのお姫様かというくらいに、優雅な仕草だった。


 一瞬唖然としたが、とりあえず。

 オレはその手を下から取ってやる。


「また従者かよ」

「馬鹿。こういう場合はエスコートだ」

「……へ?」


 オレの視線の先で、サクヤが自分のドレスの裾をちらりと持ち上げた。

 長い裾の下から、踵の高い靴を履いた細い足首がのぞく。


「この恰好じゃ動けない。まともに支える人間が隣に必要だ」

「良く分かった」


 オレの答えに頷き返したサクヤが、ベッドの上を指差した。


「ユウキが、お前のスーツも置いていってくれた」


 言われてみれば、ベッドの上に包みが置いてある。特に指示がないのは、勝手に着替えろということらしい。まあ、確かに男の着替えに着付けはいらない。こないだも1回こんなの着たし。


 エスコートね。

 自信ないけど、必要ならやるしかない。

 だって、誰かが困ってる時に助ける――それが、チームってもんだろ。


 ふと気付くと、サラがサクヤをじっと見ていた。

 解読出来ないサクヤが、オレに話を振る。


「……カイ。頼む」

「昼飯の時間が遅れてるからな」


 オレの言葉を裏付けるように、くきゅー、とサラの腹の虫が鳴った。財布を開けてサラに金を渡しながら、サクヤが溜息をつく。


「……何で分かるんだ? こんなに以心伝心なのは、お前とエイジだけだぞ」


 オレにはエイジの名前が出た瞬間に、サラが頭上の耳をぴくりとこちらに向けたのも、きっちり見えてたんだけど。

 そっか。エイジもサラの感情が読めてるのか。

 いや、でもエイジ以外はどうなんだ?


「あのさ。あんたは無理としても、アサギや師匠はどうなんだよ」


 師匠はオレの弱点とか隠したいとことか恐ろしい嗅覚で嗅ぎ付けるし、アサギはすごく優しくてサラとも仲良しだ。どっちもサクヤみたいな鈍感でもないから、それなりにサラの気持ちを察しそうなものだけど。


「……あいつらは当てずっぽうで色々考えるんだが、当たらないんだ」


 ――うん。何となく分かった。

 その様子が目に浮かぶようだ。2人とも、頑固で思い込みが強いからなぁ。

 「今は◯◯を考えてるんじゃないですか?」「□□ですよ!」なんて言い合ってそう。で、多分、途中で飽きるのが師匠で、最後まで粘るのがアサギ。


 金を握って、窓から飛び出して行くサラを見ながら、ふと思った。

 ってことは、オレ達、まともにコミュニケーション伝達出来てないってことだよな。そんなメンバーで、継承戦、本当に大丈夫なのか――?

2015/09/21 初回投稿

2015/09/21 誤字修正

2015/10/06 梨鳥ふるりさんにイラストを頂いたので追加

2015/12/13 頂いたイラストを登場人物紹介へ移動 

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