interlude11
(さて、いつに繋げようか)
(この人の時間は長すぎて)
(今までの全部を追うことは出来ない)
(チャンネルを、選ばなければいけない)
(カウントダウン――。5……3……1……)
●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●
「――ほら、何でそこで魔力を絞るの!?」
「何でって……」
これ以上、出力を上げれば。
暴走するからだ。
抑え込む力を必要としない義姉には。
多分、理解しづらいのだろう。
さっきから「もっと上げろ」と言われるが。
周囲を取り巻く魔力で。
伸ばし始めた髪が宙に浮くのが見えた。
その色が義姉と同じ白銀に染まっていて。
そのことだけで少し、嬉しいと感じる。
「さあ、詠唱を続けて……『刻澱む、砂海を越えよ』」
「刻澱む、砂海……、っを、越えよ」
詠唱を道標に魔力が自分を囲む。
細かい調整で魔力を流し込む。
(熱い)
(これが、魔法を使う感覚……)
(この熱い液体のようなシロモノが、魔力?)
(身体の中を流れるこれを)
(少しずつ、外に)
詠唱は、魔力を高める為の道具のような。
描かれた下図のような。
その意味を理解して唱えれば。
魔力の制御が楽になると、義姉は言うのだが。
「もっと魔力を上げて! 『極彩の、業火の庭を渡れ』」
「極彩、の、……業火ぁ」
無理だ――違う。
もっと絞れ。
――通らない。
そこじゃない。
違う――溢れる!
詠唱で、無理矢理に開かれた中を。
魔力が勝手に通ろうとして。
溢れそうになるものを抑えようとした腕が震える。
(だめだ、押さえきれない)
(力が散開する――)
「ダメよ、サクヤ! 出力を下げないで!」
「あぁぁあっ!」
鼓膜が震えるような爆音とともに。
左手の肘から先が、弾け飛んだ。
「――っいぁあ!……」
――熱い!
――熱い。強烈な喪失感。
何度失敗しても。
この欠損する感覚には、慣れない。
身体中から冷や汗が吹き出る。
慌てて駆け寄ってきたイワナが。
残った二の腕に両手をかざしてくれた。
まるで歌のように響くリドル魔法の呪文を唱え。
治癒魔法を発動させて、その両手が白く光る。
(この歌――いつか、あんたが)
(唄ってたような気がするけど)
(これが、リドル魔法なのか)
歯を食いしばりながら、イワナの魔力を受ける。
それでも義姉に言わせれば。
欠損しても何度でも失敗出来るのだから。
それでいいだろうと、いうことだが。
(いや、痛い痛い痛い――)
(全然良くないっ!)
腕に自動再生が走り、そこからぴりぴりと。
身体中に電流のように魔力が走り続ける。
魔法の使用を止めれば。
普段なら、巫女の姿から戻るはずが。
性別だけが戻らない。
髪の色は、徐々に金に戻っていくのが見える。
どうせなら――髪も眼も戻らなければいいのに。
かざされたイワナの手のひらから。
温かい、光のような波動が伝わってきた。
すぐに出血が止まり、左腕の復元スピードが早まる。
痛みが和らぐ。
手際の良さに、我が義姉ながら惚れ惚れする。
「……俺も、これを覚えられればいいのに」
苦痛が薄まると、冷や汗も止まった。
固まっていた身体の力が抜けて、思わず膝を突く。
「治癒魔法はリドルなら誰でも使えるけど、その代わりそれ以外の魔法を私達は使えないのよ。だから、あなたに頑張ってもらわないと」
「……やっぱり、俺には無理なんじゃ……」
言いかけた口を両手で押さえられた。
「言ってはダメと言ってるでしょ!」
「…………」
条件反射で頭を下げた。
しかし、考えるだに無茶だ。
もともと、リドル族は治癒魔法に長けた一族。
個体差はあっても、皆が幼い頃からその能力を発揮する。
もともとが魔力を持った一族だから。
誰が姫巫女になっても。
泉の莫大な魔力に耐えられるのだ。
魔法も使えぬ人間の身で。
突然、これを操作しろと言われても。
(後悔?)
(いや、でも、諦めようとしている)
腕の再生が終わる。
体内を走っていた電流のような力が途切れて。
巫女の身体から戻ったことが分かった。
復元した腕を動かしながら確認していると。
義姉がいつものポーズで、両手を腰に当てた。
「サクヤは細かいのよ。もっと振り切って、出力を上げてしまえばいいのに」
「いや、何て言えばいいのか……出力を上げると、あちこちから魔力が漏れる感じがするんだ。それを抑えようとするとキャパオーバーする」
「私なんか、そんなの気にしてないのに……」
「そのままにしとくと、そこから暴発しない?」
これは自分の感覚なので。
義姉も全く同じことを感じているのかは、分からない。
(今、1回経験しただけのオレには)
(全く分からない)
(あんたの頭の中で、必死になぞっているけど)
(……ダメだ、理解出来ない)
(やはり、自分にない概念を理解するには、時間がかかる)
ただ、話をする限り多分。
義姉の治癒魔法も、姫巫女の魔法も。
同じ道理に則って発動しているような気がする。
ならば義姉のアドバイスは有効なはずだ。
ああ、と義姉が思い付いたように手を打った。
「ねぇ、これ見て」
地面を指差す。
何故か、自分と義姉の足元だけ。
緑の草が、異様な背丈に伸びていた。
「これ、治癒魔法の余波なの」
「……今、イワナが使った?」
「そう。多分、サクヤの言っている『漏れる』という感覚が、これだと思う。そうすると、私なんかだだ漏れにしてるのね」
義姉は微笑みながら言葉を続ける。
「ね。サクヤも気にしなくていいのよ。そこから暴発すると言っても、実際に暴発が始まるまでに発動させてしまえば、こちらのものよ」
何という力技。
少し……呆然とした。
(ああ。さすが、あんたの義姉ちゃん……)
だけど、イメージとしては分かった。
魔力を塗りつぶす感覚。
はみ出ても、必要な部分に魔力があれば構わない。
発動してしまえば、暴発も余波も。
発動した魔力に吸われてしまうだろう。
(何だか、いいイメージだ)
(原理は分からなくても、この感覚)
(うまくいきそうな感じがする)
「……随分、力技に思えるんだけど」
「まずは、それで魔法の感覚を掴むのがいいわ。それで慣れてきたら、細かいところを補修出来るようになればいいんじゃないかしら」
「イワナは今でもその方法を使ってるんじゃないか?」
「私は気にしないもの」
自分は気になるのだが。
(オレも気になるよ)
(でもさっきから広がってるこのイメージ)
(このパターンって)
(……あんた、今でも使ってるような気がする)
とにかく一度試してみることにした。
暴発する前に発動させるには、詠唱を省略した方がいい。
泉の魔力を受けている限り。
魔力不足には悩まなくて済む。
安全の為、義姉には遠くへ移動してもらう。
身体の中の魔力を。
外側との接点を一息に開放し。
一瞬で、流出量を全開にする。
周辺でバチバチと火花が散っている。
溢れた魔力が暴発寸前に陥っている。
それでも、魔法の発動の方が早い。
詠唱なしでも、もう魔力のルートを思い起こせる。
今までに何度も練習した。
その、魔法――。
「――月焔龍咆哮!」
鍵になる言葉と共に、ごっそりと魔力を抜かれた。
抜かれた魔力が左手の前で渦巻く。
白い光が渦の中央に固まって。
真っ直ぐに、放たれた。
(これ)
(あんたの――決め技だ)
周辺を飲み込みながら進む白い光を。
茫然と、見送った。
「……できた」
左手を見つめていると、背後から。
勢い良く押し倒された。
「――やったあ!」
耳元で上がった歓声は、義姉のものだ。
抱きついてきた義姉と一緒に。
頭から地面に突っ込みそうになったが。
危ういところで、手を突いた。
それでも2人分の体重と勢いを支えきれず。
結局は、地面に転がる。
「やった、やった、やったね!」
自分の背中の上で、義姉がはしゃぐ声を聞いていると。
これはこれでいいかと、怒る気も失せた。
(……すげぇ、痛いけどな。膝)
真っ先に地面とぶつかったのが膝だった。
自動再生が発動したところを見ると。
結構ひどくぶつけて、擦りむいたと思う。
それでも、先程の左腕を喪った痛みに比べれば。
大したこともない。
やり切れない思いの中で負った怪我に比べれば。
「あ、ごめんね。痛かった?」
「……いや、さほど」
先程と比べれば、さほどではない。
これは嘘ではなくて、全てを言い切らずに略しただけだと。
自分に言い聞かせるように考える。
守り手は嘘をついてはいけないが。
本当のことを言わねばいけない訳ではない。
(本当に)
(今のあんたが、使いこなしてる論法だ)
なるほど、こういうことかと納得した。
「ああっ、折角ここまで伸ばしたのに……」
義姉が悲鳴のような声を上げた。
見ると、髪の先が焼き切れたようになっている。
先程の魔力の余波でできた火花に接触したのだろう。
「……今度からは結んであげるね」
「頼むよ、イワナ」
微笑む義姉を、心から愛しく思う。
この人の為なら。
多少の痛みなど。
命でも。
人生でも。
俺の持てる全てを、捧げてやる。
●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●
(そう、これが義姉ちゃんか)
(あんたにとって、そういう存在なんだ)
(そろそろ朝だし、切断するよ)
(カウントダウン――、5……3……1、切断――)
――暗転――
2015/09/20 初回投稿
2017/02/12 サブタイトルの番号修正