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奴隷商人は嘘をつかない  作者: 狼子 由
第6章 Cherish
76/184

9 こんなときは

 餌をやったら、復活した。

 まさに、そういう感じ。


 サラはオレ達が買ってきた晩飯を、物凄い勢いで食べている。放っておくとオレの分までなくなりそうだ。

 うまい、うまくない以前に、非常に腹が減っているらしい。オレはテーブルに広げた食べ物の内、自分の分を少しだけ取り分けて、残りを全部譲った。

 宿の室内のテーブルに丁度向かい合うように座っているのだが、サラの視線は一度もこちらを向かない。手元の食物だけを見ている。


「良く食べるな……」

「昔から燃費が悪いんだ。定時を過ぎると、腹が減りすぎて動けなくなるらしい」


 なるほど、それで飯の時間には必ず帰ってくるのか。

 サクヤは行儀悪く、ベッドの上でコーヒーを飲みながらサラを見ている。ただし行儀の良し悪し以前に、この部屋の椅子は2つともオレとサラで使ってしまっているので、他に座る所がないのは事実だ。


 帰ってきて部屋の扉を開けた途端、床にごろんと倒れたサラを見付けた。驚きすぎて心臓が止まるかと思った。

 だけどそうか、昔からそうなのかよ。

 次から次へと口に入れていくサラの手元から、ついに食べるものがなくなった。サラが静かにこちらを見る。しかし、見つめられてもこれ以上食べ物はない。

 ……いや、これはオレのだから――オレのだってば!


「追加で何か買ってくるか……?」

「止めとけ。底なしだぞ」


 オレの提案に、サクヤが苦笑して答えた。

 底なしねぇ……。まあ、さっきまでの勢いを見ていれば、そんな気もする。

 しばらく黙ってこちらを見ていたサラは、どうやらオレが自分の飯を手放さないことに気付いたらしい。黙ったままそっと立ち上がると、こちらに近付いてきた。


「コレはやらないからな」


 警戒しながら見ていると、ポケットの中をごそごそと探ったサラが、紙束を差し出してきた。鼻先に突き付けられたそれは――昼間、驚いたサラ・レポート!

 思わず受け取った隙に、トレイの上から鶏肉を一串奪われた。


「――あ!」

「……ごちそうさま」


 串を持ったまま窓に駆け寄ったサラが、そのまま外へ飛び出そうとする。

 その背中を追いかけるように、サクヤが声を上げた。


「サラ! 次はこいつらの周辺を調べられるか?」


 紙片に数人の名前と、対になる店の名前が書いてある。昼間言っていた取引を断られた店だろう。

 それに加えて、紙片の最後には資金援助を申し出てきた『シオ』の名前も書いてある。


 サラは、鶏肉の串の先に紙片を引っ掛けると、オレの方をちらりと見た。

 オレの判断を仰いでいるのか? ……何か、変な懐かれ方してるっぽい。オレが頷いて見せると、サラはサクヤから受け取った紙片を服の中にしまって、窓から外へ飛び出した。外の暗闇にその姿は紛れ、すぐに見えなくなる。

 サクヤがオレの手から、新しいサラ・レポートを取り上げる。


「――よし。お前は飯を食ってろ」

「言われなくても」


 紙束をちらりと見ただけで、1枚ずつみっしりと文字が詰まっているのが見えた。これを全部読もうとしたら、オレの読解力では一晩かかるに違いない。

 食べながら見ていると、サクヤは斜め読みとは言えぺらぺらと調子よく読んでいる。ものの数分でひとまず全部目を通してしまった。一旦読み終わってから最初に戻って、詳細を確認している。

 サラ・レポートから視線を外さないまま、オレに声をかけてきた。


「夕方会った――あれが昼間言ってた奴か」

「……ああ、カエデ? そう。強そうだろ」

「今日の感じだと強いと思う。サラですら『1対1なら不意打ちでないと負ける可能性もある』だそうだ」


 言いながら、紙束の1枚をこちらに示してきた。

 近付いて指先に注目すると、確かにそんなことが書いてある。


「……サラが負けるったら、よっぽどだよな」

「ああ。どうも今回の取引相手のカナイと関係がありそうだが」

「それも書いてあるのか?」


 レポートが数枚、ひらりとオレの前に差し出された。

 拾って、何とか読める部分だけでも読む。


「……んっと……。さっきオレ達のところに来る前に、カエデとカナイが会ってたのか」

「そう。中での会話はあっさりしたものだが。お前に逃げられたこと、背後から不意打ちされたことを報告。で、何とか警備隊の部下を動員して再挑戦してこい、と指示を受けたところまで」

「良く会話まで聞き取ってきたなあ」

「全くだ」


 ふと思い出して、おれは重ねて尋ねる。


「何で向こうさんは、あんなに人員不足なんだ? あんな変な言い訳つけて、警備隊を動かさなくても、奴隷とか何かないのか? 銀行から盗んだ金はどうしたんだ」

「うん……、昨日の今日だからじゃないか。盗んだ金をそんな速度で使えば、疑ってくれと言ってるようなものだろう。それに、やっぱりどこか遠くに保管してあるんじゃないかな」

「転移の魔法陣で、転移した後に壊したのかな……」


 だとすると神官か、かなり高位の魔法使いも仲間にいることになるんだけど。


「やっぱりこれは、取引を諦めて帰れってことかな? 実質的には損してるのは銀行だけなんだろうし、普通だったらサクヤも手を引いてるだろ?」

「そうだな。会話にはその点の記載はないが、これ以上追求されるのを嫌がってるんじゃないかと、俺も推測してる」


 手元の紙から顔を上げないまま同意された。

 さて取引相手のカナイと警備隊のカエデが、手を組んでいるのならば。


「……2人の狙いは何だと思う?」

「普通に考えれば、俺とカナイの取引の為に運び込まれた、大量の金貨かな」


 もしそうなら。

 既に2人の目的は達している。後はサクヤを追い返すか――口を塞いでしまうか。

 リドルに釣られて金が必要なサクヤは、この先は邪魔でしかない。そもそも、取引自体が架空のものの可能性さえある。


「なあ、あんたの探してる義姉ねーちゃんは、本当にカナイのところにいるのか?」

「少なくとも事前に聞いた身体的な特徴と名前は合致してる。後は実際に会ってみないと分からない。レポート見てみたが、サラの調査でも確認できていないらしいし。カナイの屋敷には、閉ざされた部屋が幾つかあるから、そこにいるかもしれないということだが」


 サラはもうそこまで調べて、そのレポートに書いてあるのか。


「すごいな。何を調べるべきか、言ってもないのに良く分かってる」

「……いや、この情報量からすると何も分かってない。関係しそうなことをとにかく手当たり次第に調べて報告してきてるんだろう。こちらとしては変にフィルターをかけられるより、その方がありがたい」


 なるほど。この大量の文字は、調べたことを片っ端から書いた結果か。確かに情報を受ける側からすると、そうして客観的な情報を全部まとめて受け取ることで、初めて見えてくるものもある。

 だけど、サクヤがそんなことを言えるのは、この速読技能あってのことだ。正直オレなんかだと読み切れない。大事なとこだけまとめてくれ、と思う。

 この短時間であれだけの調査をしてそれをすべて書き起こせるサラと、全部読んでしまえるサクヤ。すげぇ組み合わせ。

 そんなことを考えながらサクヤの様子をぼんやりと見ていると、オレの視線を感じたのか、レポートからこちらに瞳が向けられた。


「サラが調べてくれて、カエデとカナイの関係が確実になった。正直かなりまずいと思う。それでもカナイの屋敷に義姉が本当にいる可能性はあるし、俺が諦めない以上は、引き続き取引に備える必要がある」


 オレは頷き返した。あんたがそう言い出すことは、もう分かってる。

 その上で、肩を竦めてみせる。


「じゃあ、明日は1日シオの屋敷に行く準備だな」


 オレの言葉にサクヤは眉を寄せた。

 どうやら覚悟はしても気は乗らないらしい。


「……気が重い。そもそもシオはどこから、俺が女だなんてガセネタを掴んだんだ」


 ――え、それって、ガセネタって言っていいの? 事実じゃん。

 姫巫女の第一誓約大丈夫か?

 一瞬びびったが――特に何も起こらないところを見ると、サクヤにとっては自分の性別は男でまるっきり間違いないらしい。まあ、本人がそう思うならそれでいいんだけど。

 とりあえず、そんなネタの出所と言えばどのくらいあるだろう。


「実際、あんたが女になるって知ってるヤツ、どんだけいんのかな?」 

「どうだろう。カズキ以外の人間でそのことを知ってるのは、お前とエイジ達とリョウくらいだ。どれも他にばらすとは思えないが……」

「案外、師匠辺りが嫌がらせしてるんだったりして」

「いや、それは――多分――大丈夫……だと思う」


 ……だいぶ悩んだな。

 言ってはみたものの、オレもその線はないと思っているので、もう少し信じてあげてほしい。オレが考えてるのは、もっと違うことだ。


「でもあんた、ディファイ族もそうだけど獣人には隠してないだろう。誰かあんたのことを知ってる獣人がとっ捕まって奴隷になって、どうしようもなくてゲロってるんじゃないか?」

「あ、そうか。カズキ以外にその可能性があったな。獣人の線は考えてなかった。しかし俺もさすがに、出会った獣人の全ての現状を把握してはいないから、そういうのもあり得るか……。そう考えると、今まで良く秘密が漏れずに済んでいたな」

「あんたの弱みを握る為に獣人を捕まえようって発想は普通ないからな。偶然捕まった獣人が、たまたまあんたの敵にあんたの弱みを漏らした――って流れなら、自然だけど結構確率低くなるだろうから。……でも、一度バレると後は早いぜ」

「今後については考えておこう。でも、これはもう隠し続けるのも潮時ってことなのかもな」


 溜息をつくサクヤを、オレは黙って見詰めた。


 本当は。

 口には出せないけど、もう1つ可能性がある。


 ――サクヤの義姉ねーちゃんがバラした。


 こんなことを言えば、サクヤは多分、否定するだろう。

 そしてオレもサクヤの義姉ねーちゃんのこと良く知らないのに――その人はそんなことしない、と感じる。

 だから、あえて言わないことにした。

 本当は状況としては、それが一番バッチリはまるんだけどさ。


「なあ、今更だけど。どうしてもイヤなら、シオに対しては完璧にしらを切るって手もあるんじゃないか?」

「それも考えたが、俺は嘘はつけないから……。あのペーパーバードの内容どう思った?」

「文面からは、確信もって言ってる感じがしたな」


 振りと言うか、カマをかけているという感じよりも。確実な情報を握っているという意識が全体に伝わってきた。


「俺は、お前のそういう感覚は信じてる。お前がそう言うなら乗るよ。男の姿で行って『隠し事をされた』なんて難癖つけられても困る。姫巫女のことまでバレてたら、その場で脱いで見せてもゴネられるだけだし」


 何の証拠もないのに、オレの言うことを信じてくれてる。

 何だか照れてしまうので、全然別のことを言った。


「……日数があれば、もっとしっかりサラに調べてもらえたんだけど」

「そうだな。でも、現実的にはもう日にちはない。こちらの希望は明日で変更なしだ」


 きっぱりとサクヤは言い切った。

 シオから金が手に入らなかった場合、次の手を打つことを考えても、確かに早く確認した方が良い。だって、後2日しかないんだから。


「じゃ、今の内に次の手も考えとくか」

「……何か思い付くか?」

「思い付くだけならな。サラが言ってた盗賊から奪い返すっていうのも、犯人らしきヤツが分かってる現時点ではなかなか良い手だと思う。最悪現金がなくても、カナイの犯罪を暴けば、それをネタに向こうを揺すれるだろ?」

「なるほど」


 サクヤが小さく眼を見開いた。

 やっぱこういう卑怯なやり取りは、下町育ちのオレの方が上なのかな。

 しばらく一緒にうろうろしてきたけど、サクヤの場合はどうしても正攻法と言うか、まともな商人の交渉の域だ。多分、商品が商品だから、基本のお相手が王族貴族なんていうまともなヤツに限られるってのが大きいのかな。

 ブラックマーケットやら下町やらとは、そんなに付き合いもないと思う。


「じゃあ、ふざけた方法も考えてみようか。これだけ大きな街ならどっかで博打も打てるんじゃないか? 大きく張ればバックも大きいぞ。サラがいればイカサマも通るよ、きっと」


 さすがにこの案は、苦笑しながら却下された。


「……無茶を言う」

「いいんだよ、最初の段階では発想は色々あった方が。絞るのは後で。今はまあ、思い付く限りだ。――あ、帰り道に酒場の入り口に貼ってあったポスター。『武闘大会、優勝者に金貨3千』って書いてあったぞ。飛び入り歓迎らしいから、あんたかサラが出て優勝すれば?」

「分かりやすいな」


 わざと実現可能性の低いところから順に提案すると、ついにサクヤはくすくす笑い始めた。そうそう。あんたはそうやって笑ってた方が可愛い。口に出せばまた仏頂面になっちゃうだろうから、言わないけど。

 やはり、しょっぱなの銀行で出鼻をくじかれたのが良くなかったのだと思う。普段から表情のバリエーションが少ないサクヤだが、今日1日、怒った顔とうんざりした顔しかしていない。……あ、愛想笑いが何度か入ってたか。

 でも、そんなものは笑顔に含めるのも馬鹿馬鹿しい。

 少しリラックスしたところで、オレは意識してサクヤに微笑みかけた。


「あんたが今回の取引、すごく大切に思ってるのは良く分かるよ。焦るのも当然だと思う」

「……ああ」

「オレもサラも出来るだけフォローする。良い結果を出す為には皆で知恵を出し合うのが一番だ。特にあんたはモノを知ってるんだから、肩に力を入れ過ぎないでやろうぜ。その方が色んな可能性も出てくるよ」

「……うん」


 小さな返事とともに、サクヤは飲みかけのコーヒーカップを床に置いた。そのままベッドに倒れ込むように転がる。


「悪かった」


 呟くような謝罪は、気を使わせたことに対するものだろう。

 オレは真面目な口調で言い返す。


「バカ、違うだろ。こういう時は――」


 しばらくの沈黙の後、サクヤの声が返ってくる。


「……ありがとう、かな」

「そうそう」


 くす、とベッドの上から笑い声がした。

2015/09/17 初回投稿

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