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奴隷商人は嘘をつかない  作者: 狼子 由
第6章 Cherish
73/184

6 準礼装でお願いします

 コーヒーを飲みながら、サクヤがオレを見ている。


「取引を了承してくれた店は仕立屋で、店長はユウキという男なんだが。ユウキ曰く、借り換えを断ってから嫌がらせが続いているそうだ。援助するから店を畳んで青葉の国で再出発しないかと誘ったら、喜んで行くと言っていたから、エイジに連絡済み」


 なるほど、断ると嫌がらせね。

 分かり易い悪人だな、なんて考えていて、ふと気になった。


「……一応聞いておくけど、それ、ユウキが借り換えを断ったのは、やっぱりサクヤに義理立てしてるんだよな?」

「らしい。俺と手を切るくらいなら、商売を止めると言っていたから」


 ん? それは、ちょっと言いすぎじゃないか?

 何か義理立てとかじゃない匂いがするけど。

 ……まあ、とりあえずはいいか。


「で、あんたの邪魔をしてる、その借り換えを申し出た商人ってのは、誰か分かってるのか?」

「残念ながら、間に人を挟んでて分からないらしい。嫌がらせも、店の前にゴミを撒かれたり、変な噂を流されたりというケチなものだから、犯人の特定が難しい」

「実際に借り換えを受け入れたヤツらに聞けば、分かるのかも知れないな」

「そうかもしれないが……そっちも間に人を挟んだままかもしれないし、教えてくれるくらいなら、そもそも俺の頼みも聞いてくれるだろ」

「まあ、そうだな。今回はあんたの推測が正しい」


 調べたいなら、正面から聞いても無駄だ。

 裏から――となれば、サラにうまくお願い出来ればいいのだが。

 あの無口なディファイの娘に、そんな細かいこと、うまく説明出来るだろうか。


 ふとサクヤが開いたままの窓の方へ視線を向けた。

 どうした、と問うより先に、その窓から小鳥が1羽舞い込んでくる。窓から入ってきたペーパーバードは、サクヤの差し出した指先に一度止まると、ひらりと1枚の紙切れに変わった。


「……誰だろ?」


 落ちる紙切れを、サクヤの細い指が空中で掴まえる。

 中をちらりと見ると、小さく息を吐いて、オレに渡してきた。


「何だ?」

「……資金援助の申し出だそうだ」


 渡された紙切れには短めの文章で、夕食のお誘いについて書かれていた。

 読解に難のあるオレなので、多少時間はかかったが、要約すると「シオ」という資産家が、現金を融通してやってもいいと申し出ているようだ。その気があるなら明日の夕食を我が家でご一緒に、とそういう話らしい。


「シオって誰だ? 知り合いか?」

「名前だけは……この国では指折りの商人のはずだ。もしかしたら、レディ・アリアの夜会で何度か顔を合わせたかもしれないが、俺は覚えてない」

「……明らかに罠だよな」

「昼間に断られた商店の主から話を聞いた、と書いてはあるが……このタイミングで手を差し伸べてくるというのは、資産の借り換えの話はシオが出処の可能性が高いんだろうな」


 可能性が高い――というか、ほぼ間違いない。

 断言を避けるサクヤの言い回しでは、そうとしか表現出来ないだけだ。

 これで怪しいヤツは3人――シオと、取引相手のカナイと、警備隊小隊長のカエデ。その3人が今回の件に関与してるとして、もう銀行の金は手に入れたはずだ。いくらサクヤが邪魔でも、しつこくちょっかいをかけてくる理由は何だ?


 オレが考えている間にコーヒーカップの中身を飲み干して、サクヤは小さく首を振った。さして考えもせず、カップを置くとともに宣言する。


「カナイからはさっき、延期も現金以外の取引も不可だと連絡があった。取引を続けるなら、試せることは試したいし――行ってみよう」


 ずいぶんな決定に、オレは肩をすくめた。


「どうした。あんた、わりかし当たって砕けろ、だな」

「……他のことなら、取引自体の出直しを考える。でも、今回は別だ」

「今回だけ? 何か気になることがあるのか?」


 オレの言葉を聞いて、紺碧の瞳が静かに伏せられた。

 何かを思い出すようなその仕草は、多分オレに言うべきかを悩んでいるのだろう。

 こちらを見ぬまま唇が開いて、低い声が漏れた。


「……俺の、義姉あねだ」

「――ん、何?」


 突然の短い言葉を聞き逃してしまって、咄嗟に聞き返した。

 一度言ってしまったら決心がついたらしい。サクヤは今度こそオレの顔を見て、はっきりと答える。


「今回取引されるリドルは、事前に聞いた特徴から、俺の義姉にあたる人だと思う。血が繋がっている訳ではないけど、子どもの頃の俺を拾って一緒に育ててくれた家族だ。1秒でも早く救い出してやりたい」

「……義姉ねーちゃんなのか」


 なるほど、道理でサクヤらしくもなく焦っている。

 サクヤに義姉ねーちゃんがいるなんてオレは初めて聞いたけど……いや、良く思い出せないけど、前にも聞いたかも知れない。何となくそのひとを知っているような気がする。


 とにかく、サクヤがその義姉ねーちゃんを、すごく大切に思っていることはその迷いのない瞳で理解した。

 本当は仕切り直しを勧めたいが、言っても聞かないだろうことも。無理に強いれば、オレを置いて1人で動くに違いない。


 オレはため息をついて、しばし考えた結果……今回は全面的にサクヤのサポートをすることを決心した。途中で諦めず。最後まで、その力になると。


 その上で手元の紙に一度視線を落として、気になる一文をもう一度読む。

 余計な心配かもしれないが一応確認しておこう。


「止めても無駄なのは分かった……」

「ああ」

「一応聞いとく。『ドレスで来い』ってあるんだけど……あんた、そんなの持ってたっけ?」

「……何?」


 引ったくるようにしてオレの手から紙切れが奪い取られる。

 どうやらさっきちらりと眺めた時には、細かい部分に気付いていなかったらしい。

 このペーパーバードの文章。言葉の端々から、サクヤを女性として扱っていることが読み取れる。その中で「準礼装で結構」と書いてある部分を他の部分と合わせて読めば、明言はされていないが一般的にはドレスを指すんじゃないのか?


「どうも、あんたが女だと思ってるみたいだけど」

「……ちょっと待て、準礼装ならいいんだろ?」

「あんたのこと女だって言う奴っていうと、もしかして青葉の国の第一王子のカズキ辺りから情報を得てるのかな。文章的にも女として扱ってるし。これでタキシードなんて着てたら、迎えの馬車のおっちゃんも驚くだろうな」

「御者の驚きなんて知ったことか」

「勿論、出迎えたシオも驚くだろ」

「……」


 無言のままサクヤは、諦めきれない様子でもう一度文章を読み返す。

 さらにもう1度。さらにさらにもう1度。4度5度と読んだ辺りでバカバカしくなったのか、オレの手に紙切れを突き返してきた。

 踵を返してマントを羽織る。


「……行くぞ」

「何処へ?」

「分かってるんだろ、仕立屋だよ」


 たいそう不機嫌な声がフードの下から漏れてきて、オレはつい笑ってしまいそうになった。


●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●


 銀色に飾られた見事な蒼玉の細工がサクヤの耳元で輝いている。

 先程買ったばかりのピアスを、店頭でそのままつけさせてもらっているのだが、なかなか良く似合っている。

 オレの身内びいきかと思ったけど、店員も手放しで褒めちぎっている。やっぱり客観的に見ても似合うんじゃないかな、これ。


「いいじゃないか」

「大変良くお似合いですよ。ぴしりと芯の通った美しさのある一品ですから、まさにお客様のような方にこそ、つけて頂きたいですね」

「……そう」


 褒められて、いつものようにふてくされちゃうかと思ったけど。

 どうやらサクヤさん、この店員の褒め言葉は満更ではないらしい。何だかんだ言って、この人、アサギに髪を弄ってもらって喜んでたり、新しいブーツが嬉しかったり、可愛い所もあるのだ。ただし、褒め方を間違えると拗ねたり怒ったりするので、その辺は面倒くさい。

 さすがと言うか、店員はその辺りを見抜いていたのだろうか、今の褒め言葉はサクヤの心の琴線に触れたようだ。


「でも、そのままだと痛いんじゃないか?」


 心臓にナイフを突き立てた時と同じで、自動再生はあくまで「再生」をする魔法だ。耳に刺さったピアスの軸は異物として認識され、再生しようとする端から異物によって傷付けられる。結果として、自動再生が働いている為に傷が塞がらないという、通常とは逆の状況になっている。

 おかげでサクヤの身体は女の子モードに入っているらしく、先程から声がオクターブ高い。オレの質問に、その甘い声でサクヤが答える。


「初めてピアスをつける時くらいには痛いのかな。だけどずっと付けていれば、すぐ気にならなくなるだろ」

「そうですね。1ヶ月もすれば穴も固定されますから、それまではあまり頻繁に付け外ししないようにしてください」


 店員の話は微妙に食い違っているが、オレもサクヤも説明する気はないので、特に何も言わず頷くに止めた。


 この店員には、オレとサクヤはどう見えているんだろう。

 恋人同士――には、見えないよな。サクヤは自分でピアスの金も払ってるし。

 いつものパターンで、従者とお姫様くらいなところか。ちょっと言葉遣いが雑なお姫様だけど。


「ありがとうございました」


 店員に見送られて店を出た。

 ピアスを着けたまま、元通りフードを被ったサクヤは歩きながらしばらく悩んでいたが、ある店の前で足を止めた。

 その足運びからすると、悩んでいたのは店選びではなくて、そもそもこの店に入るかどうか、ということなのだろう。外から眺めると店の中にドレスや背広が並んでいて、仕立屋であることがすぐに分かった。


「……ユウキはまだいる?」


 扉を潜りながら声をかけたサクヤに、店にいる数人の店員の誰も答えない内に、奥から小柄な男が1人出てきた。


「ユウキは私ですが――あれ、サクヤさん?」

「ああ、さっきは助かった。青葉の国へも連絡は入れたから、後は返答待ちだ」


 店長の名前と話の内容からして、先程たった1箇所サクヤの依頼を断らなかった仕立屋だと、オレにも分かった。

 フードを外しながら答えるサクヤに、ユウキは満面の笑みで返す。


「わざわざ、そのことを言いにまた来てくれたんですか? 私は日に何回でもあなたに会えれば嬉しいですけど。……何だか声がおかしくないですか? 疲れているのでは? 休んだ方が良いんじゃないですか」

「いや。あの後色々あって、もう1つ無茶な相談がある。とにかく話を聞くだけでも聞いてくれると嬉しい」


 どうも、正面からユウキの顔を見ることが出来ないらしい。

 床を見たまま、サクヤがぼそぼそと呟いた。


 先程言っていた嫌がらせのせいだろうか。

 店内には他に客の姿はなく、店員達は多くが暇そうにぼんやりとしているだけだ。

 ユウキも暇だったのだろう。嬉しそうに、どうぞどうぞと奥へ通してくれる。その笑顔の理由が『暇だったから』だけじゃないのが、ユウキの態度からオレには薄々想像がついた。


「何を飲みますか?」

「じゃあ、コーヒーを」

「2杯目ですね」


 ユウキの穏やかな笑い声は、からかうような言葉を言っていても全く嫌味に聞こえない。人徳だと思う。

 ついでに言うと、さっきもここでコーヒーをもらったらしいので、本日トータルでサクヤさんは何杯コーヒーを飲んだのだろう。ちょっと想像つかない。本当にこの人、チャンスさえあればコーヒー飲んでる。


「そちらの方もコーヒーで良いですか?」

「良い」


 返事をしたのはオレじゃない。サクヤだ。

 苦笑しつつ視線で本当に良いのかと問うてくるユウキに、オレは頷き返した。そういう気配りがこの、人の良さそうな雰囲気にあらわれるのだろう。


 すぐに店員がコーヒーを3つ運んでくれたけど、サクヤはそのカップに手を伸ばす前に、さっさと本題を切り出した。


「同じ日に無理ばかり言うのはどうかと、自分でも思うんだが――」

「お気になさらず、何でも言って下さい。私に出来ることならお手伝いします」

「――では相談したいのだけど、明日までにドレスを1着、仕立ててもらうことは出来るだろうか?」

「……ドレス?」


 緊張したサクヤの様子から、結構な無理難題を覚悟していたらしい。ユウキは気が抜けたように言葉を繰り返した。


「ドレスですか? ええ、丁度良くみんな暇してますから。明日までなんてお時間頂けるのならしっかり作れますよ。出来れば先に採寸させて頂きたいのですが、どなたがお召しになるんですか?」


 微笑むユウキの質問で、サクヤの緊張がマックスに達したのが、オレにも伝わってきた。

 困ったように何かを言おうと唇を開いては、言い出せずに黙ってしまう。あまりにその沈黙が長いので、ユウキが困惑した様子で切り出した。


「あの、まさかご結婚のドレスで、どなたかお相手がいるとか……」

「……いや、そうじゃなくて……」

「何か訳ありで、採寸が難しい方なんでしょうか?」

「それも違うんだ……」


 消え入るような声で何とか答えていたのだが、最終的にサクヤは片手で顔を押さえて俯いてしまった。

 ……依頼するだけでこの様子なら、着る時にはどれだけの勇気が必要になるんだろう。


 サクヤの代わりにオレが言ってやろうかとも思ったが、この後のことを考えると、これは本人に言わせたほうが良さそうな気がする。結局のところ着るのは本人で、着るときにも同じ恥ずかしさを味わうことになるんだろうから。

 別に、恥ずかしがるサクヤの姿を楽しんでるなんて、意地の悪い趣味ではない――いや、本当に。違う。――違うから。

2015/09/11 初回投稿

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