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奴隷商人は嘘をつかない  作者: 狼子 由
第6章 Cherish
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4 意思疎通

 大通りを歩いて、王宮を目指す。

 仙桃の国の王宮には広大な庭園があるという。今回の取引はその庭園で行われる予定なので、先に様子見に行ったサラと、うまくいけば合流できるかもしれない。


 青葉の国の王宮のように一際背の高い建物にはなっておらず、横に広い建物になっているらしい、とこれはサクヤから聞いた話。

 青葉の王宮のようにどこからでも見える建物ではないので、途中で目的地を見失って若干迷ったりもしたが。人に道を聞きながらしばらく歩くと、何とか辿り着くことが出来た。


 そう言えばサクヤは今朝の宿から銀行までの道のり、全く迷わず地図も見ずに歩いていた。きっとこの国でも、道を覚えてしまっているのだろう。

 どの街にいても大体その調子だから、長い寿命の間に何度か見て回っているとは言え、もともと方向感覚も優れているのだと思う。

 ちなみにオレはひどく劣っているとは思わないが、サクヤ程には凄くもない。従って、ようやく王宮には着いたものの、帰り道もきっと迷って、どこに約束の宿屋があるか探す羽目になることが既に予測できている。

 まあ、銀行のすぐ近くだったから、銀行の場所を人に聞きながら歩けばいいか。


 王宮は確かに、広大な敷地を使って、べったりと広がった建物だった。

 更にその建物の後ろに濠を挟んで広い広い庭がある。この庭はその広さと美しさで有名らしい。延々と続く緑の芝生と池のコントラストは綺麗に見えた。


 王宮の中に入ると、入り口に受付と言うか総合案内のようなお姉さんが座っている。警備隊の詰所について聞いていると、背後から誰かに肩を叩かれた。


 振り返ったオレの肩には、鈍色の髪の女が手を乗せていた。


「君、警備隊に何の用なの?」


 女はオレより少し年上くらいだろうか。整った顔立ちの中、右眼だけが眼帯を当てて隠されている。それがあっても――いや、それがあるからこそ、まるで強さに裏打ちされたような美しさにオレは一瞬息を呑んだ。

 残った左眼は鈍い水色で、雨の朝の水溜りのような色をしている。身長はオレと丁度同じくらい。

 ただ立っているだけなのに、戦わせれば強いのだろうとはっきりと分かった。


「……警備隊のカエデ小隊長に、話を聞きに来たんだけど」

「おや運がいいね、カエデは私だ。それじゃあ君がトキノリさんの言う――」


 言いながら、カエデはオレの姿を上から下まで眺めて、小さく首を振った。


「――サクヤ様、ではないようだけど。お付きの人?」

「お付き……まあ、そんなとこか。オレは三之宮さんのみや かい。トキノリさんからはこれを見せろと言われたけど……もう、ペーパーバードで連絡が来てるみたいだな」

「そうだね。あの人も真面目って言うか何て言うか。あれでしょ、昨晩の盗賊について聞きたいんだって? ついてきなよ」


 カエデの誘導に従って、オレは彼女の後ろを歩く。

 小隊長と言うから、カエデというのはごついおっさんだと勝手に想像していたのだが。どうやらこの美女が目的のカエデらしい。


 正直、サクヤやサラの近くにいると、美人慣れすると言うか、ちょっとやそっとの美人度では驚かなくなってきてたんだけど。

 久々にはっとするような美人に会った。カエデは、正真正銘の美人だった。


 きっとエイジ辺りだったら、用件は置いておいて早速口説きにかかってるに違いない。オレにはそこまでの度胸も積極性もないので、黙って後ろをついて歩くだけなのだが。

 ……現実的に考えて、オレの対応できる脳内スペースがサクヤだけで一杯だというのもある。


「君、あんまり喋らないんだね」


 歩きながらカエデが話しかけてきた。

 途中警備隊の制服を着た人と擦れ違っては、お互いに挨拶をしている。

 オレは頭を掻きながら、正直に答えた。


「あんたがあんまり美人だから、何を喋れば良いのか分からなくて緊張してる」

「……君ね、若いのにそんなとりあえず褒めときゃいいだろ、みたいな態度良くないよ」

「そういうワケじゃなくて。やっぱり美人っていうのは褒められ慣れてるのかな。綺麗だって言っても、あんまり喜ばれないことが多いね」


 別に褒め殺すつもりもないんだが、カエデはひねくれた質らしい。

 美人に緊張してると言うのは正直な感想なのだが、そのことを強調しても逆効果のようだ。とりあえずカエデに話を合わせるために、オレも少し返答を捻ってみた。

 カエデがつまらなそうに答える。


「私の場合は慣れたと言うか、もう飽きたよ。私の美しさとこの右眼以外の話なら、会話をするのに異論はないんだけど」

「分かった。じゃあ、やっぱり昨晩の話をしようぜ。カエデはもう盗賊がどうやって侵入してどこへ逃げたか、ある程度掴めてるのか?」

「そうそう、その調子。なかなか切り替えが早いね。じゃあここ入って。お茶でもしながらお話しようか」


 カエデが『警備隊 応接室』と書かれた部屋の扉を開けた。

 オレを中に入れてから、自分も入る。

 後ろ手に扉を閉める様子に、ふと、違和感を感じた。


 ――何だ、今の扉の閉め方。

 オレから視線を外さないまま、まるで、オレを警戒しているような……。


 一瞬で緊張と集中を実現したオレの耳に。

 かすかに、声が聞こえたような気がした。


(――右から振り切る!)


 慌てて身体を捻った直後、カエデが自分の右手側から鞘ごと腰の剣を振るってきた。オレは剣を抜く間もなく反対側に跳ねて避ける。


「おや、鋭いね。君がそのレベルなら、サクヤ様とやらはやっぱり強敵なのかな」


 何とか避けたオレを見て、カエデは楽しそうに笑う。

 何故攻撃されているのかも分からないまま、オレはカエデの左眼を見詰めた。じりじりとカエデと睨み合う。カエデは余裕のある様子で、小さく微笑みながら剣を構えている。


「観念しなさい。今のところ殺すつもりはないから」

「いきなり斬り掛かられちゃ、それを信じる根拠もないよ。そもそも、あんたが本当にカエデかどうかも、これで分かんなくなった」

「私はカエデだよ。正真正銘。だから例えば、ここでこうしてるところに警備隊の仲間が突入してきたら、どうなると思う?」


 オレと向かい合っているのが、本当にこの国の警備隊小隊長なら。

 もし誰かが入ってくれば、その誰かは一方的にカエデの言い分を聞くだろう。

 オレは暴漢か、盗賊か……。場合によっては、昨晩の銀行に押し入った盗賊とも結びつけて考えられてしまうかも。


「分かった? 分かったら大人しくしなさい。私はすぐにでも声をあげて、人を呼ぶことも出来るんだよ」


 カエデは微笑み続けているが、その笑みはどこか面倒臭そうだ。

 そりゃそうだ。どう考えても目的はオレじゃない。サクヤを罠にかけるつもりだったのに、小物がかかってがっかりしている、というところか。

 しかし、サクヤを引っ掛けるつもりなら、カエデ1人では手が足りない。

 いや、相手がオレだったとしても、万全を期すならこの部屋にもう1人か2人は置いておきたいところだ。


 どこからが嘘でどこからが本当かは別にして、多分、人手を割けない理由がある――警備隊の兵力を使えない理由。つまり、警備隊全体の意思は、今のカエデの動きとは関係ない。これはある意味朗報だ。警備隊ぐるみ、国家ぐるみの犯罪だったらどうしようかと思っていたが、事態はそこまでではいないらしい。


 さてそうなれば、オレにだって取れる手段はある。

 ここでオレがみすみす捕らえられれば、サクヤにとって大きく不利になる。あいつバカだから、人質を盾にとられれば、のこのこ赴いて来るに違いない。

 捕まらないことを最優先にするなら、窓から逃げてもいい。例え人を呼ばれても、逃げ切れば最悪の状態にはならない。後は、逃げる隙を取れるかどうかの問題だが……。


 ふと、カエデの背後の天井から、黒いコードのような長いものが垂れ下がっていることに気付いた。

 出来るだけ、そちらに視線を向けないように観察する。

 コードと言うか、もう少し太くて、全体に毛が生えていて……オレはこれを、見たことがある。もう何度も。

 ふに、とそれが動いたので、オレは握っていた剣を、ゆっくりと鞘に戻した。


「おや。納得してくれた?」

「まあ大体分かった。確かにオレも無駄な抵抗は好きじゃない」

「賢い子で何より。じゃあ、両手を挙げてこっちにおいで」


 カエデも構えを解いて、鞘の中央を握る。

 片手でこいこいと手招きするので、カエデに向かって歩いた。


 その手がオレに触れる直前に。

 カエデの真上の天井から、黒い影が、ずるりと落ちてきた。


 そのタイミングに合わせて、オレは後一歩の距離をカエデに向かって踏み込む。

 瞬間、オレの動きに気付いて、カエデは反射的に少し後退った。

 そう――そこが、位置的にベスト!


 大きく眼を見開いたカエデが、制止の言葉を叫ぼうと口を開く。

 その唇を、天井からだらりと垂れた黒い影――サラの右手が塞いだ。

 カエデが慌てて後ろを振り向こうとしたが、その時には、背後からサラの回した左腕がカエデの首に巻き付いている。


 ぐいぐいと首を締め付けられしばらくもがいていたが、数秒もすると身体の力が抜けた。

 サラが両手を離すと、カエデの身体はそのまま床に落ちる。

 床に倒れ伏したままぴくりとも動かない身体を見下ろすオレと、天井から半身だけ垂らして逆さまになっているサラは、しばし、黙って顔を見合わせた。


「……殺したのか?」

「失神」


 それなら良いんだけど。

 正直、カエデ自身の生死を気遣えるような立場じゃないけど。ここまで来る間に、色んな人がオレとカエデが一緒にいるところを見ているはずだ。もしもカエデの死体が見付かったりしたら、今度こそ警備隊にオレを逮捕・拘束する正式な理由を与えてしまうことになる。


「すぐ、目が覚める」

「早く言えよ。その前に逃げようぜ」


 オレの言葉を聞いて、サラは返事もせず右手をオレに差し出してきた。

 一瞬、何を求めているかわからなかったので、黙って見ていると、その手をさらに伸ばしてきた。――手を取れということか。サラの手の上に自分の手を重ねる。

 きゅっと握られたと思った次の瞬間には、痛いくらい唐突に、オレは天井裏に持ち上げられていた。少し慌てたけど、自分の身体が半ば天井に乗っていることを自覚して、オレは下半身を自分の力で持ち上げる。


「……持ち上げる時は先に言えよな」


 天井の板を閉めながら、サラに対して一言物申しておいたが。

 当然、サラからは返答はなかった。


 サクヤも表情に乏しい方だとは思うが、オレが何か言えば返事くらいはする。それに、乏しいと言ってもオレから見れば感情を押さえているのが良く分かることが多い。

 それに対してサラは、そもそも感情を表情に出すということをしない。

 抑えているのとはちょっと違う。楽しければ笑う、悲しければ泣くという、その連動がないらしい。

 ただし、感情表現がないだけで、感情自体はある。

 オレにとってサラが比較的読みやすいと思うのは、サラの感情が非常に純粋に見えるからだ。

 オレも含めて多くの人がそうなんだけど、悲しいと思っていてもどこかで喜ぶ気持ちがあったり、楽しくて仕方ないのに少し困惑したり、感情ってそんなに一種類に割り切れるもんじゃないのが普通だ。


 ――サラは、その構成がいつも単純だ。


 今だって返事もないので、オレの言うことを了承したのかしてないのか、そもそも言ってることが分かっているのかいないのかすら、言葉では分からないけど。

 感情としては――その情報伝達には興味がない、と伝わってくる。

 言う必要はない、ということだろう。もしくは、面倒。こんな風に拒絶という空気だけがダイレクトに伝わってくるので、表現はされていないが読みやすい、という変な状況になる。


 ……まあ、いいか。

 今後、サラに天井に引き上げてもらう機会がそうそうあるとも思えない。


 上ってみると天井裏は意外に高さがある。

 サラが先に立って歩きだしたので、オレは黙ってその後を追った――。

2015/09/07 初回投稿

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