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奴隷商人は嘘をつかない  作者: 狼子 由
第6章 Cherish
70/184

3 予想と違う

「……残り3千金貨か」


 呟きながら、サクヤは外で待っていたサラに向かって手を振る。

 サラはオレとサクヤの姿を見て、特に急ぐでもなく、こちらに向かってゆったりと近寄ってきた。

 そして、オレ達が金貨らしいものを持っていないのを認めて、小さく首を傾げた。


「昨日、盗賊にやられて、現金が準備出来ないんだとさ」


 オレの説明に、サラはこくり、と頷く。


「捕まえればいい」

「……ああ、そういう方法もあるか」


 サクヤが小さく頷いた。

 まあ、盗られたモノは盗り返せばいいってことだけど。

 転移の魔法陣を壊していくくらいだから、既に遠くに逃げている可能性もある。


「盗賊は昨日の夜入ったんだろ? オレ達が転移してきたあの神殿の転移魔法陣はどうなんだ?」

「さっきトキノリが持ってた資料によると、盗難の時刻は俺達が転移してきた後。俺達が移動してから、アサギが転移させてくれたあの神殿の魔法陣も破壊されてた」


 幾ばくかの期待を込めていたのだが、サクヤによってあっさり否定された。

 それも考え合わせると、盗賊を追っかけるのは結構至難の業。期限がないのなら、打つ手もあるかもしれないが、たった3日なんて短期間の資金収集で、不確かな手段に人出を割くのは、あまり得策ではない。

 まあ、単純明快な1つの方法ではあるけど。


「一応、それも1つの手段としては検討しようか。現実的なところではどうだ、サクヤ?」

「俺が資金提供をしている商店が、この街にも幾つかはある。まずはそこに、現金と預金を差し替えて貰えないか、相談しよう。自由になる現金が幾らあるかは問題だが、基本的にはどこもそう嫌がりはしないだろう」


 資金提供!?

 何か、話が大きくなってきた。

 1万金貨なんて預金額をあっさり用意したり……サクヤさんって、もしかして物凄い大商人なんじゃないか?


「あんた、商店のオーナーなの?」

「いや、融資だ。貸してるだけ」

「……違いが分からん」

「オーナーは出資者。出した資金は返ってこないが、金を出しただけ口も出す。俺は貸してるだけだから口は出さないが利息も貰うし、気が向けば返してもらうことも出来る」

「それが融資か」

「ざっくり言うとな」


 なるほど。

 こんなナリで1人でうろうろしてるし、奴隷しょうひんも連れずに、本業は奴隷商人だなんて言うから、せいぜい個人商店レベルで考えていたのだが。

 どうも、サクヤの商売はそういうレベルじゃないらしい。

 いや、リドル族が高額商品だってのは分かってたけど、まさかこれ程とは……。


「なあ、あんたさ。そんなに国を跨いででかい仕事してたら、税金関係とか大変なんじゃね?」

「その為に青葉の国を拠点にしてきたんだ。お前、エイジが国に戻ってからずっと、不眠不休で何を必死で計算してると思ってたんだ?」

「……え!? その口振りだとまさか、あんたのそういう税金とかの計算って……エイジがやってるのか? 王子サマが?」

「そう。その代わり、俺のどの国で行われる経済活動についても、全て青葉の国には多額の税金が納められてる。手数料みたいなもんだけど」


 それにしたって、それもエイジが計算した金額なんだろ?

 仮にも一国の王子に。

 青葉の国として、サクヤから幾ら徴収すべきか、計算させているとは。


「もともとは、大昔にリョウが言い出したんだ。俺が事業を大きくすると面倒だと言ったら、計算は全部青葉の国がやるから拠点を置けと。その代わり、国ごとに違う税制について青葉の国がすべて処理してやるって。納税額はひどく増えたらしいが、俺としては、それで自分がフリーになって大口の取引に手が出せるなら、必要経費だ」


 サクヤ本人は満足げだけど。

 えらい丼勘定。リョウ王の性格からして、かなりボッてることが予測される。


「それにしても、そういうのを王子にやらせてるって、どれだけあの国人手不足なんだ……」

「何言ってるんだ。俺の資産の管理は、あの国にとっては重要事項だぞ。何せ小国だからな、国庫収入の大半がそこから賄われてる。そんなポストが重要じゃない訳がないだろう」


 ええ!? ……まあ、小国だし人口少ないし。

 そんな国に多額の金が絡んで、その仕事を一手に引き受けるって……確かに、すげぇ重要なポストなのかも。

 言葉にすると情けないけど。サクヤの専属会計士な。


「やり取りも多い。融資・出資・売買・利子……細かいわ多いわで、全部をすぐには思い出せない。エイジに聞けばあっと言う間に分かるだろうが」


 それにしてもさ。そんなすげぇ金額なら、『五方の守護』の話が出た時に、いっそそのことを盾にして断れば良かったのに。

 ――なんて自分で考えて、すぐに否定した。

 怠惰で人間不信なサクヤにとって、信頼出来る人間に税金計算を丸投げに出来ることは、物凄いメリットだ。初期の頃ならいざ知らず、今となってはリョウの言葉に乗って事業規模を大きくしたワケだから、今自分で言ったように自分でもその全容を把握出来てないはずだ。今日から自分でやれと言われたら、パンクするだろう。

 嘘のつけないサクヤには、脅しとしても、口に出せない内容だ。


 勿論、エイジ達にしてもそこを突くワケにいかない。本気で取引を止められれば自国の危機だ。

 だからサクヤは、ノゾミがいなくなっても、青葉の国との付き合いを完全に(・・・)止めなかったのか。師匠もエイジも、「ほとんど来なくなった」とは言っていたが、「全く来なくなった」とは言わなかった。お互いの交渉のカードにならないから、双方とも触われず、その部分については今まで通りの付き合いを続けていたのだろう。


 サクヤさんと青葉の国の繋がりが、思ってた以上にシビアな内容なのと。サクヤさんのお仕事の利益が予想以上にすげぇ額の可能性があるのが、この10分間で理解できた。頼むから、もっと早く言ってくれよ。


 ……話が横道にそれたが、今後のことを考えよう。

 サクヤは融資先に行って、現金を集めるか確認するつもりらしい。

 サラには交渉やら聞き取り調査という会話する役目は無理だから、他のことを任せたい。

 オレはサクヤと一緒に行ってもいいのだが、サラが言った、盗賊を追いかけられないかという可能性を、この際きちんと検討したい。


 となると、このメンバーを分散させる必要がある。


「サクヤ、今日のこの後のことなんだけど。待ち合わせ場所を決めて、ここで散開しないか? 融資先に行くのに護衛の必要はあるか?」

「いらない」

「じゃあ、あんた1人で大丈夫だな。サラは予定通り取引場所の下見に行ってくれ。1人で行けるか?」


 サラは無言のまま、あっさり頷いた。まあ、見た目はアレでも本当は幼子ではないのだから、特に問題はないだろう。

 サクヤがフードの下から、オレに問う。


「お前はどうする?」

「オレは盗賊について、警備隊に状況を聞きに行ってこようかと思う」

「ああ……分かった、頼む」


 納得したように、サクヤが息を吐いた。

 マントの下からメモ帳を取り出して、オレとサラそれぞれに差し出す。


「ペーパーバードだ。何かあれば、これで。ただし、アサギのみたいに出来は良くないから、送ればすぐに届くようなもんじゃない。気を付けろよ」

「サンキュ。じゃあ、集合場所は……」

「あの宿に部屋を取っておく」


 サクヤの指した先には、比較的大きな宿屋があった。

 オレが頷くより先に、サラはその宿屋に一瞥だけ投げて、サクヤの手からメモ帳を受け取ると踵を返した。

 その小さな背中が、黒い尻尾を揺らしながら、人混みに紛れていく。

 サラの後ろ姿を見送っていると、サクヤはオレの胸ポケットに直接メモ帳を差し込んできた。とん、とその上から、指先で軽く小突かれる。


「戦力的に一番心配なのはお前だ。くれぐれも無理するなよ」

「分かってる」


 オレの答えを聞くと、フードの下でサクヤは小さく笑ったようだった。軽く右手を振ってから、サラと反対の方向に歩いて行く。

 サラの時のように、人混みに消えるまで見届けることが――何だか寂しくて、出来ないので、オレは早々に視線をそらした。


 さて、オレも移動するつもりだが。

 そもそも警備隊に話を聞くにしても、何の社会的信用もないオレが、いきなり行って話をしてくれるとは思えない。

 まずは、話を聞かせてくれそうなルートを確立すべきだ。

 ――と、なると。


 オレは、今、出てきたばかりの銀行の扉を振り向いた。

 まずは、被害者の方に、現場の状況を聞いてみるべきだろうと思うのだ。

 扉を開けて再び銀行に入ると、中は相変わらず忙しない。あちこちとペーパーバードのやり取りがあるらしく、小鳥が窓から入ってきては、1枚の紙切れに変化している。入れ違いに、出ていく小鳥もひっきりなしだ。


 飛び交う小鳥と、忙しそうに行き交う行員の中に、オレは目当ての人間を見付けた。さっき話をしたトキノリ支店長だ。

 トキノリは余裕なく何羽ものペーパーバードを机上に並べていたが、近付いてくるオレを認めると、その手を止めて自分からこちらに寄ってきた。


「先程の、サクヤ様の……。何か、ありましたか?」

「いや、さっきの盗賊の話なんだけど。サクヤが、場合によっては自費で追跡隊を出したいって言っててさ。で、警備隊と話をしてみたいらしいんだけど。もし、支店長さんの方で顔の効く相手がいれば、紹介状書いて貰うこと、できないかな?」

「分かりました。確かに、獣人奴隷の取引で名高いサクヤ様なら、私兵団も有能でしょう。偶然ですが、今回の件で担当している警備隊の小隊長は、私と旧知の仲です。ペーパーバードで連絡をしておきますので、この名刺をお持ち下さい。小隊長の名はカエデと言って、今頃は王宮に戻っていると思います」


 トキノリは、机上の名刺入れから名刺を再び手に取り、その裏に小さく書き込みをして渡してくれた。

 差し出された名刺の裏の書き込みは、カエデに宛てて「この方々に便宜を図ってほしい」と丁寧な字で記されていた。


「ありがとう。助かる」

「いえ、このようなことならお安い御用です。……サクヤ様によろしくお伝え下さい」


 最後の一言。

 若干、頬を染めていたような気がするが、オレは見なかった振りで、そのまま銀行を出た。

 ――これだから、サクヤさんは、あっちこっちで揉め事を起こすワケだ。


2015/09/05 初回投稿

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