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奴隷商人は嘘をつかない  作者: 狼子 由
第1章 Beautiful Stranger
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7 それを協力関係と呼ぶのか?

 どれほど突っ立っていただろうか。

 ふと気付くと、揺れが治まっていた。

 眼を刺す程の光が消えていることを、瞼越しに感じる。恐る恐る眼を開けると、そこはさっきまでの村の広場ではなく、随分と見晴らしのいい丘の上だった。暗い夜の視界の中で、緑色の続く丘の間を下る一本の道が白く浮かび上がっている。道は麓の町へと繋がっているのが、すべて見渡せる。


「……暑い」


 えらく近いところからサクヤの声が聞こえて、腕の中を見下ろした。

 ようやく今の状況を認識する。

 オレの両手の中に、太陽の光を集めたようなきらきら輝く金髪の頭が納まっていた。


 慌てて、その肩に回していた手を離す。

 その途端にサクヤの身体がくらりと傾いだので、びっくりしてもう一度掴まえた。今度は少し距離を離して、あまり密着し過ぎないように気を付けながら。


「……あの、一応聞きたいんだけど、ここはどこなんだ?」

「知るか」


 一言で切り捨てられた。

 何でこいつ、顔は綺麗なのに、こんなに口が悪いんだろう。思わずその顔を覗き込むと、少し面倒そうに見上げてくるサクヤと眼があった。


 瞳の色は、夕方に見たときの紺碧だった。

 さっき一瞬、紅く輝いているように見えたけど、どうやら光が反射していたらしい。


「……知るかって、あんたが魔法で移動してきた場所だろ」

「誰かさんのせいで、変なタイミングで発動したんだよ。制御が難しいって言っただろ」

「オレのせいかよ!?」

「そうだ」


 言い切られて、オレはがっくり肩を落とした。

 こいつ、支えがないと1人で立てもしないくせに、偉そうだな……。


「大体、何でオレを連れてきたんだ?」

「お前が勝手に付いてきたんだ」

「はぁ!?」


 あの状態で、他に選択肢があっただろうか?

 さっきのやり取りを思い返す。

 ――いや、ない。

 何度、同じ状態になったとしても、同じことを繰り返す自信がある。あのシチュエーションで、サクヤから離れるのは無理だ。


「――ちっ。やっぱり置いてきた(・・・・・)か」


 忌々しげなサクヤの声に促されてその視線を追いかけると、乱れた髪があちこちで千切れていた。どうやら、さっきオレの手から取りこぼされていた髪束が、向こうに置いていかれた(・・・・・・・)らしい。

 マントの内側から取り出した新しい紐で髪をまとめながら、オレの顔色に気付いて声をかけてきた。


「良かったな。こうなったのがお前じゃなくて」


 置いていかれた(・・・・・・・)自分の身体の状態を想像して、血の気が下がったのを自覚する。発動のタイミングに間に合わなければ、サクヤから離れた瞬間に切断される。そんな状況であの環から抜け出す勇気のあるヤツがいたら見てみたい。


「とにかく移動するぞ。いつまでもうかうかしていたら、追い付かれる」


 ふらつきながらサクヤが麓に続く道の方へ歩き出した。放っておくとバランスを崩して倒れそうになっているので、仕方なく脇を取って支えてやる。身体に手を回してもサクヤは何も言わなかったので、自分でも分かってはいるようだ。

 オレはため息をついて声をかける。


「転移魔法だろ。それなりに遠くへ逃げてきたんじゃないのか」

「こんな体力で跳べる範囲なんか、たかが知れてる。 エイジも分かってるから、すぐ追い付けると思って見逃したんだ」


 少し悔しそうにサクヤが答えた。ふらつく身体で目を伏せ、肩で息をしている様子が余りにも弱々しいので、オレはそれ以上言い募るのを止めた。

 でもオレが口を閉じると、今度は向こうが問いかけてくる。


「そんなことより、ナギのことを師匠とか呼んでたな。あいつが弟子を取ったなんて初めて聞いた」

「3ヶ月前に師匠に命を救ってもらった。そのとき頼み込んで弟子入りしたんだ」

「3ヶ月前……」

「それから一緒に師匠やエイジと旅をしてる」


 別に隠すほどのことでもないので、オレは事実をそのまま告げた。

 サクヤはますます不思議そうな顔をする。


「弟子なんておかしいと思ったけど……まさか何も知らない訳じゃないよな?」

「何もって……何であんたが追いかけられてるか、とか? 確かに知らんけど、そんな重要なことか?」

「いや、俺のことだけじゃなく――待て。その様子じゃ本当に何も聞いてないのか?」

「はぁ? だから、何を聞いてりゃいいんだよ。オレは師匠の剣の腕と、エイジの女癖が悪いことしか知らないよ」

「お前――いや、もういい。もう分かった」


 勝手に話し始めて勝手に終わらせるんだから、ずいぶんとワガママなヤツだ。


 しかし、どうやら。

 オレは何か大事なことを、2人から聞きそびれているらしい。

 もしかするとそれが、エイジの言っていた話なのかもしれない。


 話の内容に見当も付かないオレでは、これ以上話す気がなさそうなサクヤから、情報を引き出すことは出来ない。

 サクヤが大きく息をついた。これはオレの無知が原因なのか、ただ単に身体が辛いからなのか。


「とにかく、あいつらに追い付かれる前に距離を稼ごう」

「追いつかれるって……ここは、さっきの村からは、そんなに離れてないのか?」

「方角を指定して全力で跳んだだけだから、詳しい場所は分からない……。麓の町まで行けば、調べられるだろ」


 小さく呟くと、サクヤはまた息を吐いた。どうやら呆れてため息をついているのではなく、身体に力が入らないらしい。

 それでも必死で動こうとする様は、ますます痛々しく見える。サクヤの腕を取って支えながら、親切心から忠告をしておくことにした。


「あんた、あんまり無理しない方がいいんじゃないか?」

「――お前、今俺が女の身体をしてるからって、そういう扱いするのは止めろ。もう少し落ち着けば戻るから」

「戻る? 体力が?」

「違う」


 歩きながら話していても、どうも話が噛み合わない。

 オレが支えてやってようやく歩けているのに、向こうはちっとも協力的ではないし、オレの聞きたいことに答える様子もない。

 いい加減に腹が立ってきたので、オレは歩くのを止めてサクヤの腕を引っ張った。


「ちょっと待てよ。あんた、さっきから秘密ばっかりだ。何が言いたいんだ?」


 強引に引き止められたサクヤは、鬱陶しそうにオレの手を振り払おうとした。だけど、そんな力で振りほどけるワケがない。そもそも体格から言ってもオレの方が上だし、精魂尽き果てた様子の今は普段以上に力が入っていなさそうだ。

 渋々歩みを止めてこちらを見た。


「――だから、俺は男だって言ってるだろう」


 相変わらず居丈高に嘘をつく。その表情も小憎らしい。

 腹立たしいので、オレもずっと気になっていたことを突き付けてやった。


「じゃあ、その胸は何だよ、おっぱいは!?」

「人の身体のことなんか放っとけ」

「放っとけるかよ、うらやましいな!」

「ああ、他人事の奴はいいよな、お前にやりたいくらいだ! 魔法を使ったときにこうなるだけで、元々は男なんだ」


 売り言葉に買い言葉とばかり、反論してくる。

 その言葉の意味を頭の中で理解し損ねて、オレはつい黙ってしまった。……ちなみに、先に分かった言葉の勢いで「くれると言うならもらってやる」と言い返しそうになったのは内緒だ。

 サクヤの青い瞳が静かに逸らされた。


「……呪いみたいなものだ」


 どうもオレは、湧き出る疑問をそのまま顔に表していたらしい。

 サクヤがわざわざ補足の言葉をくれたんだけど――それでも今一理解できない。


「……魔法を使うと、おっぱいが膨らむ呪い?」

「お前の頭はそればっかりか。魔力を消費している間、身体が女になるんだ!」


 ……なるほど。

 おっぱ――胸部だけの変化ではないらしい。

 言われて、初めてその姿を見た時のことから思い返して見る。残念ながらしかし、サクヤの容姿は最初からずっと変わってないように思う。


「ん? ……あんた、いつから魔法使ってた?」

「お前に追っかけられてる間、魔法使う暇なんかなかっただろ」

「じゃあ何で、最初からそんな可愛い顔なんだ!?」

「顔!? 生まれつきだ、バカ! 大きなお世話だ!」


 大声で叫んだところで苦しくなったのか、サクヤがむせて咳き込んだ。

 慌てて、その背中を撫でてやる。


 だけどオレに背中を撫でられながらも「くそ」とか「ふざけんな」とか、ひとしきり悪態をついているのが……何と言うか、まあここまで来れば天晴れと言ってもいいと思う。

 ついでに、そんな言葉遣いをして顔をしかめていても、背中を撫でてやりたくなるくらい可愛いのだから、本当に詐欺だと思う。


「ああ、分かったよ。オレが悪かったから大人しくしてろ。OK、あんたは男だ。可愛いのは生まれつき。魔法を使うと呪いで女になっちゃうんだよな?」

「……可愛いはいらない」


 そう言われても事実だから仕方ない。

 元は男だったのが、どっかのタイミングで女になってるらしいけど。いつ切り替わってるのか、思い出しても全く分からない。胸に触ればさすがに女だと分かっても、こうやってマントを着込まれると、胸の凹凸どころか体型すらほとんど見えない。

 ……あ。そう言えば最初に追っかけてた時は、もっと声が低かった気がする。


「一応確認しとくけど、最初に追っかけてた時、アレは男だったんだよな?」

「何回聞く気だ?」


 まともな回答はしてくれないけど、オレの認識を肯定する言葉は返ってきた。

 あの時は男だった、と。――そうすると、もう、声でしか見分けらんねぇじゃん。

 もう、何とも言えない脱力を感じて、つい声のトーンが下がった。


「……なあそれ、いつ戻るの?」


 何が力抜けるかって、いくら中身がひねくれ者の男だって分かってても、外見はちょっと見たことないくらい美人なワケだから気が気じゃないんだよ。

 だから、早く男に戻って普通にオレをムカつかせて欲しい。

 今の状態、オレにとってはムカ可愛い……みたいな。まあいっか可愛いから……って許せてしまう。


 ――ん? いや、ちょっと待て。

 例え戻っても、オレ分かんないかも。

 だってこの人がいつ女に変わったかも、正直良く分かんないのに。


 いやいや。

 よく考えると、そもそもこいつの言ってることが本当かどうかも分からない。女の一人旅っていうのは危ないし、もしかしたら声色変えてそれっぽいことを言っているだけかも。

 ……まあ、だとしたら、もうちょっとマトモな嘘にしてほしいとは思うけど。


 サクヤは囁くような声で、オレの疑問に答えてくれた。


「昼までには直ると思う……」


 いつも、こういう普通のことを言っていればいいのに……。

 指先を口許に当てて考え込む姿は、絵画のようだ。

 これが男だと考えると恐ろしいけど、馬鹿馬鹿しいので悩むのはやめよう。今の時点で肉体的に女であることは本人も否定しないワケだし、しばらくすれば戻ると言ってるんだから、そのときに本当のことを確認すればいいだけだ。


「それまでどうするつもりだ、あんた」

「どうもこうもない。朝までにあの町へ行って、そこで現在地を確認する」


 確かに今から麓の町へ向かえば、着いた頃にはちょうど夜が明けているような気もする。

 転移した本人が位置確認にそこへ向かうと言うなら、それ以外にやるべきことはない。オレだってこんなとこでうろうろしていても、建設的なことは何もないし。


「……分かった。オレも行く」

「別に、俺はここで別れても――」

「こんなとこに置いていかれてたまるか。それにあんた、1人でまともに歩けるつもりか?」

「……ぐっ」


 悔しそうな顔を見ると、何となく嬉しくなった。

 やっぱり師匠の根性曲がりの教えが身に付いてるんだろうか。それでも師匠ほど冷血でもないオレは、ふと思い付いた助け船を差し出してみる。


「オレなんか着の身着のまま連れてこられたんだぞ。金もそんなに持ってないし。師匠のとこに戻るにしても、場所も分からん。こんな状態で放り出されても困る」

「……協力しようと?」


 疑わしそうな眼がオレを見上げてきた。

 こっちが下手に出てるんだから、もうちょっと素直になってくれるとありがたいんだけどな。

 しかしオレも困っているのは事実なので、申し出を蹴られると大変だ。これ以上何と言って説得しようかと思っていると、サクヤが、ふぅ、と息を吐いた。


「分かった。いいだろう。俺が魔法を使うことはさっきので分かったよな。下手なことはするなよ。力加減はうまくないんだ」

「吹っ飛ばされないように気を付けるよ……っと」


 オレが片手を挙げて宣言すると同時に、サクヤの身体が倒れこんできた。ぎりぎりで反応して受け止めると、オレの腕の中から辛そうに片眼で見上げてくる。


「じゃあ。最初の、協力……麓まで……」


 何とか最後まで言い切るとそのまま両目を閉じてしまった。カクン、とその身体から力が抜けて、全体重をオレに預けてくる。


 疲れ? 体力の限界? 魔力切れ?

 どれか分からないが、底を突いたらしい。


 まあ、よく考えれば当然のことで、夕方にあれだけ走り回って、師匠にざくざく斬り込まれて、だめ押しで魔法を使ったワケだから。魔法を使うことがどの程度大変なのかは知らないけど、前の2つだけでも割といっぱいいっぱいだ。


 ぶっちゃけオレだって疲れて眠い。

 何となく先を越された感がなきにしもあらず。


「……仕方ないから運ぶくらいは手伝ってやるけど」


 こいつをこの辺に放っておいてオレも寝ようかとも思ったけど。

 折角多少は心を開いてくれたようなので、ここで畳み掛けてこの機会に信頼を築いておこうと思う。


 オレが金も荷物も持ってないってこと以外に、サクヤに付いて行きたい理由はもう1つある。

 師匠とエイジはサクヤを追いかけているらしい。エイジ曰く、あの村にいたのはサクヤを待ち伏せしていたんだそうだ。それなら師匠に会うには、あの村に戻るよりもサクヤと一緒にいた方が都合がいい。


 2人とも今頃はサクヤを追いかけてきているはずだ。

 オレに出来るのは、サクヤに付いて行ってその足を引っ張ること。そうすれば早く再会できる。2人にうまく合流したところで、サクヤを捕まえるのにまた協力すればいい。


 負うか抱えるか迷ったが、意識がない人間を背負うのは難しいので諦めた。

 一番楽に運ぶ方法として肩に担ぐことにする。


 今日はサクヤを担いでばっかりの日だ。

 そんなことを考えながら、オレは目の前に延々と続く下り坂を改めて見下ろした。

 ……ん? よく見ると、これってそこそこ傾斜がある感じがしないか?


 ――で、途中ちょこちょこ仮眠をとりつつも、おとなしく言いつけに従って坂を降りた。

 きっちり朝までに麓の町に着いたと言うのに、目を覚ましたサクヤに「人を荷物扱いするな」と蹴られそうになって、世の理不尽を感じたのはその後のお話だったりする。

2015/05/27 初回投稿

2015/06/12 サブタイトル作成

2015/06/20 段落修正

2015/06/25 変なところにスペースが入っちゃってたので、修正

2015/08/06 校正――誤字脱字修正及び一部表現変更

2015/08/11 校正――誤字脱字修正及び一部表現変更

2015/10/04 校正――誤字脱字修正及び一部表現変更

2017/02/11 校正――誤字脱字修正及び一部表現変更

2018/02/03 章立て変更

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