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奴隷商人は嘘をつかない  作者: 狼子 由
第6章 Cherish
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1 初めての作戦会議

「えー、転移直後から各自、諸々ありましたが、朝になってようやっと落ち着いたかな、というところで、作戦会議を始めたいと思います」


 オレの言葉に、ベッドに腹這いになっているサラが、ぱち、ぱち、と2回手を叩いた。

 サクヤは例によって、椅子に座ってコーヒーを飲んでいる。

 一応はこちらに視線を向けているので、2人とも聞いてはいるようだ。


 折角夜に合わせて転移したのに、ゲロまみれのオレとサラを洗うために、近くに宿をとったので、昨晩はほとんど移動できていない。

 どころか、そもそも当初は付いてくる気がなかったサラは、夜中の移動を想定していたワケがなく、しかも嘔吐で体力をだいぶ使ってしまったらしい。風呂から上がるとぐうぐう寝てしまったので、出発後まともに話をするのもこれが最初の機会になる。


「じゃあまず、サクヤ。ここはどこなんだ?」

「仙桃の国だ」


 話を振られたサクヤは、コーヒーから口を離して答えた。

 既に昨日までの可愛らしい髪型ではない。

 多分……風呂から上がった後、アサギがやってくれたみたいには戻せなかったのだろう。

 いや、面倒臭がりやのサクヤのことだ。

 そもそもあの髪型を再現しようとさえしなかったのかもしれない。


 何しろ、「ここはどこか」を尋ねたら、国の名前が返ってくるようなヤツだ。

 今までなら、もうそれでいいか、と諦めるとこだが、今後はきちんと説明をする義務を果たさせたい。

 オレを自分の好きに出来る存在ではなく、旅の仲間として認めさせるのだ。


「よろしい。仙桃の国のどの辺りで、目的地までどのくらいの距離があるんだ?」

「ここは仙桃の国の王都の外れ。アサギが転移させてくれた神殿から少し歩いたところ。取引の場所から言うと北の方になる。2時間も歩けば着くんじゃないか?」

「ありがとう。よく分かった」


 サクヤが片眉を上げる。

 今のリアクションは、そう、何を説明させるのか、というくらいの意味だろうか。

 面倒くさいのだろうが、説明自体はきちんと問いに答えてくれているので問題ない。


「じゃあ、これからどうするかということだが。取引は3日後の……」

「――夜だ。王城の庭園の一室で行われる」

「相手はまさか、ここの王様……じゃないよな?」

「相手はカナイ。この国では名のある貴族だ。王と姻戚関係にある」


 それなりに力のある貴族、ということになる。

 それなら、幻と言われるリドル族を所有していてもおかしくない。


「今回はそのカナイから、あんたがリドル族を買い取りたい、ってことでいいんだよな?」

「そう。金は用意してある。リドルに相場はあってないようなものだから、取引の卓につくまでは何も言えないが……事前に聞いている額からすると、少々吹っ掛けられても、不足することはないと思う」


 どうやらかなりの額を用意してあるらしい。

 個人的には、そういう金をどこから捻出しているのか、いつかはっきりさせておきたい。

 青葉の国はエイジや師匠曰く貧乏国らしいし、事実として、調度や王族の衣服もさほどの金があるようには見えない。

 リョウ王からの細々とした依頼を受けたりもしていたらしいが、そんなものは端金にしかならないはずだ。金目当てではなく、リョウ王に頼まれたから、付き合いで引き受けたのだと思う。


 本業の奴隷商人についてはもっと謎で、リドルを買い付けできるような高額の儲けが出る商いをしているところを見たことがない。

 こいつの財源はどこにあるんだろう。まあ、50年もうろうろしてれば、そこそこ貯金も増えたりするのかもしれないが。

 気にはなるので、その話はいずれ、サラのいないところで聞いてみよう。


 サクヤが思い出したように呟いた。


「そう言えば、金は全額現金で支払えと言われているから、先に銀行に寄らなければいけないな」

「銀行か……」


 銀行なんてところ、今までのオレには何の関係もない場所だった。

 大小の差はあれ、どの国にも建物があるので、その様子を外から見たことはあるが。前を通り過ぎることはあっても、入ったことは一度もない。


 ふと、サラが楽しそうに頭を持ち上げた。


「――覆面」

「いや、銀行強盗とかはしないから」

「……よくサラの考えていることが分かるな、お前」


 サクヤは感心したように息をつく。

 当てずっぽうだが、つまらなそうに再び顔を伏せるサラの様子からすると、そう外れているワケではないらしい。

 考えていることが分かると言うか。慣れるととにかくサラは思考パターンが一定で、非常に読みやすいのだ。突飛ではあるんだけど。

 口数が少ないだけで、思考の流れ自体が割とはっきりしているのが、オレにとって読みやすい理由になっている。


「じゃあ、まとめよう。この取引で何を危惧しているんだ? サラが必要な理由が、何かあるんだろう?」

「サラに頼んだのは、今後のこと――トラとディファイの一族の件に手を出す予定がある、というのが一番大きな理由だな。その手前の取引の件に限れば、ん……さして悩ましいことはない。可能なら現場に1人戦力を隠しておきたい、くらいか。何があるか分からないし――」


 サクヤは指先を唇に当てて、少し考えながら答える。


「――どちらかと言うと、問題なく進んでいる。売買の理由も不審なところはない。カナイの父親が死んだことで、財産関係を処分したいと言う話だそうだから。仲介してきたのも、一度俺と取引したことのある他国の貴族で、ルートとしてもおかしくない。金額は多少高目の設定だがそれも許容範囲内だ。だからこそ、大掛かりな対策も考えていない。サラ1人でいい」

「……一応言っておくけど、オレはあんたに付いて行くつもりだからな」


 『サラ1人(・・・・)』に妙なアクセントが付いていたので、蛇足かもしれないと思いつつ、一応宣言しておいた。

 オレの言葉を聞いて嫌そうな表情をしたので、やっぱり宿かどこかに置いていくつもりだったらしい。


「あんたの取引の様子をきちんと見たい。正直、あんたはそういう点で信用がおけない。はっきり言えば、バカで素直だから、いつの間にか騙されているんじゃないか?」

「……はっきり言わなくていい」


 不満げではあるが、否定はしない辺り、自分でも理解しているらしい。

 サクヤの言葉はスルーして、さらに畳み掛ける。


「戦闘に関しては足手まといかもしれないが、あんたが気付かない部分でフォローすることが出来るものもあると思う。あんただって、オレは人の感情に敏感だって言ってたじゃないか」

「感情に敏感なのか何なのかは良く分からない。だが、他人の様子を良く読む、とは思う。確かに俺にはできない」


 サクヤは静かにサラの方に視線を投げた。

 サラは、視線を受けていることに気付いているのかいないのか、小さく欠伸をしながら、ベッドの上をごろごろと転がっている。

 サラの気持ちを読むことについては、オレも完璧とは言い難いのだが。それでも、サクヤからすると驚異的なのだろう。

 正直、オレが敏感なのではなくて、サクヤが人の気持ちを気にしなさすぎるのではないかと、そうも思うのだが。比較した時に、オレの方がマシな事実は変わらないので、オレは何も言わないことにした。


「まあ、お前が必要なのは確かだ。付いてくるなら絶対に俺から離れるなよ。何かあっても、俺を庇おうとしないで逃げることを優先しろ」

「分かってる」


 何かあれば、きっと、いつか言っていたように。

 サクヤは身を呈してオレを庇うつもりなのだろう。

 ……情けない。早く、強くならなければ、と思う。


「さてそうすると、サラはどこに潜むか、現場を下見に行きたいんじゃないか?」


 オレがサラに話を振ると、サラは転がったままこちらをしばらく見ていたが、ゆっくりと立ち上がった。


「行く気みたいだ」

「じゃあ移動するか。宿も取引場所の近くに取ってしまおう」


 ようやくサクヤにただ単に付いて歩くところから、きちんと目的を共有する旅の仲間にレベルアップした気がする。

 もちろん、まだまだ課題は多い。

 ノゾミのこともあるし、オレ自身の強さにしても、庇われるばかりでは不足だ。

 それでも、前よりはかなりマシ。だいぶ成長してるじゃないか、オレも。


 ……なんて。

 この時点では、取引はこのまま順調に進むものだと、信じて疑わなかった。

 その甘い幻想が、あっという間に破られるなんて知らずに。

2015/09/01 初回投稿

2015/12/22 描写修正(ポニテ描写追加)

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