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奴隷商人は嘘をつかない  作者: 狼子 由
第5章 This Used to Be My Playground
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9 負けないから

 まずい、まずい!

 今すぐサクヤを追いかけて、誤解を解く必要がある――。

 サラが怪訝そうにオレを見上げてくるが、もうそれに構ってる余裕はない。


「サラは風呂に入って、温まって、服着てから出てこい!」


 背後で頷く気配があったかもしれないが、そんなことはどうでもいい。

 服を着るのももどかしく、必要最小限を身に着けると、オレは走って部屋に戻った。

 勢い良く部屋の扉を開けると、丁度サクヤが扉の前にいたらしい。オレの開いた扉にすごい衝撃があった。

 サクヤは扉に背中を押された格好で、床に跪いている。


「ご、ごめん!」


 謝るオレをサクヤが床から見上げた。


 頬が真っ赤になっている。

 これは、怒ってるんだろうか。それとも嫉妬?

 それとも人の濡れ場を見てしまった、ただの気恥ずかしさか?

 今ひとつ読みきれないので、無難に敬称をつけて呼びかける。


「あの……さ、サクヤさん……すみません」

「……いや、俺こそ、2人の邪魔を……」

「――邪魔じゃない、止めろ! 眼を逸らすな! オレの話を聞け!」


 やっぱり勘違いされてて、しかも謝られそうになった。怒ってくれてた方がまだ良い。

 オレはサクヤの肩を掴んで、無理やり自分の方を向ける。

 サクヤは床に両手を突いたまま、正面にしゃがむオレを見上げた。


「お前ら……恋人同士なのか?」

「はあ!? 何で、あんたの発想はそんなところに着地するんだ!」


 もう、今日は叫んでばっかりだ。喉が痛い。

 たった1週間やそこらで、サラと恋人になるまで関係を深められるものか。外見は確かに少女然として愛らしいが、あの無口と仲良くなるには長い付き合いが必要だ。

 そもそも、サラにとってもその勘違いは迷惑だ。サラの視線はいつだってたった1人にしか向けられていないことを、オレは知っている。

 だからサラの言動に動揺なんかしない……ちょっとしか。


「裸で抱き合う男女は恋人だと……エイジが」

「あのバカ、今度会ったら殴る」


 何でそう、いつだって余計なことを中途半端に、よりによってサクヤに教えるのか。この馬鹿マジメ……いや、いっそもうこの真面目バカでいいや。こいつは変なところで素直すぎる。


「大体、昨日オレとあんたも、一緒に風呂に入ったじゃないか」

「俺は男だし、お前は服を脱いでいなかったし」

「あんたは女の身体だった。じゃあ後はオレが脱ぎさえすれば、恋人になるのか?」

「……それは、困る」

「だから、そっちに着地すんなっての! そういうことで、恋人かどうか決めるなって話なの! 何であんた、そういう知識は子どもレベルなんだ!?」


 オレの言葉に、サクヤがきつく眉を寄せた。

 何だか勢いで、触れてはいけないところに触れてしまった気がする。

 しかし、もう遅い。口から出た言葉は戻らない。

 サクヤは一生懸命、オレの問いに答えようと、自分の中で答えを探している。


「姫巫女は――神の守り手は、誓約を破ることのないように、異性との接触を極力避けるから……」


 問いの答えはそれに尽きる。

 つまり、接触を避けるついでに、性的な知識や男女関係についても、全く触れずに生きてきたということだ。


「……お前とサラが抱き合ってるのを見て、心臓がどきどきした」

「抱き合ってない! ――昨日あんたとも同じようなこと、したって言ってるのに」

「俺はあんな風に見えるのか……」


 サクヤの眼にサラとオレがどんな風に見えたのかは知らないが、余程衝撃的だったらしい。見開いた瞳がいまだ驚きに揺れている。


 個人的な意見を言えば。

 オレの中では、サクヤとの方がいかがわしい。

 サラは――まあ、少し困惑はするけど。成長してちょっと女らしくなった妹にくっつかれた、みたいな気分。はっきり言えば、女の身体に興味はあっても、サラ自体は見た目ロリだから守備範囲外。


 だけど、サクヤはそうじゃない。

 あんたは――あんたは、オレの中で特別なんだってば!


 どうもこの人、自分の性別に関する認識がおかしい。

 青葉の国では、誰も何も言わなかったのだろうか。エイジや師匠は役得とか言ってたから、喜んで付き添うんだろうけど。

 そうだよ、サクヤの溺愛していたと言う『ヤツ』は、どうなんだ。


「あんた、ノゾミとも一緒に風呂に入ったりしたんだろ?」


 ノゾミの名前に、サクヤはどこかが痛むように眉をひそめた。


「……していた」

「じゃあ、そんときはどうだったんだよ? 恋人に当たるのか?」

「ノゾミが、身体はどうであれ、俺達は男同士だから問題ないと……」


 ――ああ!? お前のせいか、ノゾミちゃん!

 そうか。何であんたがこんななのか、良く分かった。

 姫巫女だからって自覚はあったのかもしれないが、それだけならただ単に恋愛に疎いだけのはずだ。

 あのど変態が、全てを自分の都合の良いように教えたんだ。

 あいつが、こいつを甘やかしたいだけ甘やかして、好きなだけいちゃいちゃした為に、今こいつはこんな歪な状態になってるんだ。


 オレは、その肩を掴んだまま、新たな決意を固めた。

 ――状況を把握したからには、言わなければならない。


「オレは改めて言っておく」

「……何?」

「オレは、あんたの大好きなノゾミちゃんとは違うから! あんたを甘やかし放題にはしない。常識は常識として教えるし、ダメなことはダメって言うから! だから、金輪際、あんたと一緒に風呂には入らないからな!」


 ノゾミの代わりでいいと思っていた。

 代われない部分はあるかもだけど、サクヤがそう思いたいなら思わせてやってもいいと。

 ――でも、これ。無理。

 ノゾミみたいに鋼の精神力がないと、身が持たない。

 そもそも、オレのそんな気持ちは全く本人の為にならない!


 あれ。ノゾミの書き残した言葉。

 サクヤを置いてくことが心残りって。

 ようやく分かった。あれ、本気なんだ。


 ノゾミちゃんは、ここまでぐちゃぐちゃに甘やかしたサクヤを置いてくのが、本気で心配だったんだ。

 だってこいつ、ノゾミを基準に全部考えてる。

 オレがノゾミと同じようにしてくれるもんだって、本当に思ってる。


 いくらでも甘やかして、全部やりたいようにさせてやって。

 あんたは間違ってないと囁いて、いつだって一緒にいてやって。

 これは変じゃないよって言いながら、抱き締めて、キスして、一緒に寝て。

 それはきっと、楽しいだろう。サクヤの笑顔を、一日中全部オレが独占できるとしたら。


 でもそうして、いずれ、オレが死んだら。あんたはどうする?

 多分オレだって、ノゾミと同じでサクヤを置いていくことになるのだ。

 そのときオレは、ノゾミみたいにあんたの今後を心配しながら、死ぬのか?

 こんな純粋に言われた通り信じちゃうようなバカなヤツが、誰にも騙されませんようにって?

 ――絶対に嫌だ。


 ふと、サクヤがその青い瞳を伏せながら呟いた。


「……お前が、ノゾミじゃないのは知ってる」


 あれ? 驚いた。意外に物分りがいい、と思ったら――


「――でもあんまり、そういうことは考えないようにしてる」


 ――やっぱりか、この野郎。

 この人、ただ単に考えてない――現実逃避してるだけだ。


 オレは自分の腹立ちや失望を、一旦、頭の奥の方に押しやる。

 この世間知らずに物事を落ち着いて理解させるのに、オレの感情は少し邪魔だ。

 オレの気持ちを伝えるのに、感情のままに言ってもただ混乱するだけだ。


「あんたは、オレとノゾミを同一視してる。そうだな?」


 感情を閉じてしまうと、いっそ優しい声になったかもしれない。

 オレの質問に、サクヤは本当にそのことを考えていなかったようで、小首を傾げて見上げてきた。


「同一視?」

「ノゾミが死んだなんて、なかったことにしたいんだろ?」

「……そうだ」


 囁くように答えが返ってくる。

 問いを重ねる。


「オレがノゾミだったらいいと、思ってるんだろ?」


 サクヤが、驚いたように眼を見開いた。

 そのまま、眼を伏せてしまったサクヤを見ながら、オレは考える。

 ……こういう時、ノゾミはどうしていたんだろう。

 オレの思考が回答を出すより先に、サクヤがオレの手に指を絡めてきた。


「……悪かった」


 ――来た。

 これが、こいつの必殺技。色仕掛けというヤツだ。

 白い指がオレの手を撫でる感触は、何故かすごくぞくぞくする。


 ――オレは、これを止めなきゃいけない。

 自覚的にやってんならまだいい。オレにとっちゃ同じでも、それがサクヤの社交術なら、騙される方が悪いくらいなもんだ。

 でも、これ無自覚なんだぜ……。


 可愛くて可愛くて仕方ないから、きっとこういう時、ノゾミはサクヤを抱き締めてたんだと思う。だからサクヤはただ単に、こうすれば許してもらえるとそう思ってるんだ。


 オレは再び、感情を閉じる。

 サクヤの可愛さに気を許せば、牙を抜かれてノゾミの二の舞だ。


「もう1回言うけど。オレはノゾミじゃない。だから、嫌なことはイヤと言うし、駄目なことはダメと言う。あんたに常識を求めるし、オレがいなくても社会生活に適合してほしい」

「……ああ」

「それでいいんだよな?」

「お前の主張に対する、俺の意見は特にない」

「じゃあ、こういう手を繋ぐようなことは、普通は男同士ではしないから。手、離して」


 無言のままに、オレの手からサクヤの指が退いた。

 ……どうやら、分かってくれた……のか?


 安堵で息を吐いたオレの首筋に。

 どけられたサクヤの冷たい指が改めて触れた。


 正面からオレの眼を見つめながら、小さく呟く。


「……俺は、お前と一緒にいられればいい」


 細い指が当たったままのオレの喉は。

 多分、ごくりと鳴ったと思う。


 前言撤回。

 絶対、分かってない。

 やっぱり、オレとノゾミを混同してる。

 その上で、必殺技を炸裂させてくる。

 こんなの、男が男に言う言葉じゃない――少なくとも、自分を男だと思っているなら。


「サクヤ……それは――それこそ、恋人同士で言う言葉だ」


 サクヤはやはり、ワケが分からない、と言いたげな顔をして小首を傾げた。

 オレはサクヤの手を振り払ってから、両目を片手で押さえて首を垂れる。

 頭痛に近い何かがオレの頭を重くしてるような気がする。

 さり気なくオレの頭をサクヤが撫でているんだが、諦めた気持ちでされるがままにしておいた。


 ……もういい、長期戦に持ち込もう。

 今日はオレの負けだ。

 今日のこいつが、男で良かった。

 女の姿をしていたら、もう、負けっぱなしでいいと思ってしまったかも。


 オレは、心の中でもう一人のオレに誓う。

 次こそは、絶対に、絶対に勝ってやる。


 ――何に?


 あんたにだよ、ノゾミちゃん。

 オレは、絶対に、あんたみたいにはならない。

 サクヤを再教育して、心の平穏を手に入れる。

 こんな誘惑されながら、何一つ手が出せないようなヤツ、一生一緒になんていれるもんか。

 男同士だとサクヤが言うなら、それに相応しい態度を取らせてやる。

 そうじゃなきゃ、諦めて手を出すか、諦めて離れるかの二択しかない。


 オレだってサクヤは大事だけど。

 大事にする方法は、オレとあんたじゃ違うんだよ。

 覚えてろ。いつかあんたがサクヤにかけた目隠しを振り切ってやる。


 頭の片隅で、「そんなこと本当に出来るかな?」と自分を嘲笑う声が聞こえたような気がしたが――意識してシャットアウトした。

2015/08/30 初回投稿

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