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奴隷商人は嘘をつかない  作者: 狼子 由
第5章 This Used to Be My Playground
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7 メンバー構成を再考したい

 月は今夜も明るく光っている。

 いつかのように、神殿の床に刻まれた魔法陣は、薄青く輝いていた。

 あの時は、随分と嫌な思いでこの輝きを見ていたが。

 今は、ただ単に美しいと思う。


「出発には、良い夜だな」


 サクヤが、窓から月を見上げて呟いた。

 オレの背後では、サラが無表情に床を蹴っている。

 急遽、師匠との役割交代を言い渡されたサラは、嫌がりはしていないものの、そんなに気乗りのする旅ではないらしい。

 青葉の国にいればアサギのような友達もいるし楽しく過ごせるのに、よく知らない男2人の旅に着いていくのがつまらないのだろう、とは思う。

 もう1つ。大きな理由として、継承戦前の不安定な時期に、エイジを師匠に任せて出発するのが心配だ、というのもあるに違いない。


 サラの思考はあまり強く表に表れないので、正直、追いかけにくいことが多い。

 それでも、うまく辿ると筋道だって考えているようなので、最初よりだいぶ理解できるようになった。

 結果オレの観察によると、今回のエイジの采配は、サラとしては不満はあるものの妥当と認め、嫌々ながら納得はしているというところだろうか。

 もう1人、不満でいっぱいなのは、当初オレ達と来るつもりだった師匠だ。


「あーあ、またサクヤさんと離れることになるなんて……」

「――鬱陶しい」


 昼間からずっと、サクヤの髪に手を伸ばしたり、肩を抱こうとしたり腰に手を回そうとしたりで、その度に怒られている。

 サクヤは、人に触られること自体はそう嫌いでもないらしいのだが、師匠には心を許してないので、毎回触られる前にするりと避ける。

 本日何度目かの拒絶を受けて、師匠がぼやいた。


「それもこれもエイジが、1人じゃ仕事が出来ないとか言うから……」

「この怒涛のような業務量を、俺に丸投げするの止めてよね。サラが行ってくれるなら、俺としては非常に安心です」


 こう言われれば、サラは不貞腐れながらも頷かざるを得ない。

 多分エイジは、サラの出身であるディファイ族のことも考慮して、サクヤの提案を飲んだに違いない。でもその気遣いが、サラにとってプラスなのかマイナスなのかは、ちょっと判定しづらい。

 師匠も、そのことがあるからこそサラに譲ったのだろうが、それにしても、もう少し鬱陶しい言動を減らしてくれるとありがたい。

 具体的には――サクヤから離れてほしい。


「少年さ、そんなに睨まなくてもサクヤちゃんは大丈夫だから。師弟争いとか見たくないから止めてよね」

「そ……睨んでない」


 エイジの言葉にはきちんと否定しておく。

 呆れた表情でオレを見て、師匠はぶつぶつと呟いた。


「あなたは一緒に行くんだからいいですよね。全く」

「師匠……継承戦があるんだから、すぐ戻ってくるって」

「今のところ、戻りの予定は決めてない。ここは継承戦まではさほど不安もないし、ディファイの件が片付いたら考えようと思う」


 サクヤが全くひねりのない事実を答えた。

 バカ。こういう時は、嘘でもすぐ戻るって言っておけよ。


「もう、あなたはいつもそう言って。……そうだ、そんなあなた達に、ちょっと嫌がらせを――」

「嫌がらせ?」


 サクヤの代わりにオレが答えると、隣でエイジがぽん、と手を打った。


「ああ、はいはい。すっかり忘れてた。少年さ、俺達と別れた宿屋に置いていったじゃん、あの鉄の棒」


 鉄の棒じゃないよ。あれでも剣だから。

 確かに、サクヤに拐われた晩に、荷物も武器も置きっぱなしにしてたけど。

 アサギに聞いた時は、そんなの知らないって言われたはずだったのに――


「あれ、回収しときましたから。ああ、俺って本当に優しい師匠だな。はい、これ」

「……え?」


 師匠が見覚えのある剣を、鞘ごと差し出してきた。

 受け取ると隣からサクヤが覗き込んでくる。

 ああ、そう、こんな剣だったな。なくなっても次々にサクヤが良い剣を買ってくれるものだから、これのことはすっかり良い思い出になっていたよ。

 一応、鞘から刀身を引き抜いてみたが――紛うことなき、我が懐かしき鉄の棒だ。見ない間そうでもないような気になってたけど、やっぱりちゃんとした剣と比べると、刃は潰れているし微妙に錆は浮いているしで、鉄の棒としか言いようがない。


「捨て置こうかと思ってたんですけど、えらい大切にしてたような気がしたので、念の為持ってきました。俺の優しさに感謝して、しっかり持ってってくださいね」


 ……どう考えても、邪魔な荷物にしかならない。

 だって、サクヤが買ってくれた剣があって、あっちの方が遥かに良いものだ。なるほど、これが嫌がらせか。

 サクヤがオレの手元を見ながら、小首を傾げた。


「何を悩んでるんだ? 持って行こう」

「え? だって、もう剣はあるじゃんか。あんたが買ってくれたヤツ」


 意外なことを言われて、思わず問い返す。

 サクヤも意外そうな顔で、オレを見上げた。


「刀身と鞘は酷いものだが――この柄、宝玉が埋まってる。これは造りもいいし、宝玉も――ちょっと見たことないな。古いものだと思うけど、どうだろう」


 どうやら、刀身よりも柄に価値があるらしい。


「多分、刀身と鞘は元からのものじゃないな。時代が違う……と思う。せめて柄だけでも持って行くといい」


 そうなんだ。持ち主のオレも知らなかった。何せ、その辺で適当に拾ったものだったから。

 師匠とエイジはそれが分かってたから、回収してくれたのか――と思って2人を見ると、2人とも驚いた顔をしていたので、単純に嫌がらせのつもりらしかった。

 2人を睨みつけながら、サクヤの勧め通り、刀身を外して柄だけをポケットに突っ込んだ。

 刀剣の手入れにうるさい師匠が、オレの手際の良さを見て、自慢げにエイジに向かって笑いかける。多分、これが俺の教えの賜物ですよ――なんて言いたいのだろう。


 そんなオレ達を見てアサギが笑う。


「さあ、準備が出来ました。ナギ様、向こう行ってください。サラはそっちですよ」


 師匠とサラは、同じような表情でお互いの場所を入れ替わった。

 本人達のやる気としては逆の方がいいのかも知れないけどな。

 適材適所でお願いします。


 アサギがオレに向かって手を差し伸べてきた。


「カイさんに、これを――」


 オレの右手に渡されたのは、金色のメダルだった。


「何、これ?」


 金貨よりもちょっと大きい。

 表には神殿の唯一神――綺麗なお姉さんの横顔が掘ってある。

 裏を見ると、アサギのサインと官位、可愛らしい花の紋章が刻まれている。


「どんな小さな神殿でも神殿からなら大神官以上の者へは、即時通信で連絡を付けることが出来るんです。その時の使用許可証です。それで許可されるのは私に対しての通信だけですが……何かあれば、すぐに連絡を」

「ありがとう、アサギ」


 アサギは特に注意はしなかったが、隣のサクヤの驚いた様子から、このメダルがすごく貴重なものであることは良く分かった。

 即時通信というのが、きっと非常にコストがかかる連絡方法なのだろう。

 普通ならペーパーバードで連絡をするところを、即時リアルタイムで繋げることが出来るのだから。すごい技術だ。そんなのがあったなんて知らなかった。


 だからこそ、簡単に使ってはいけないことも良く分かった。

 アサギが何も言わないのは、オレの行動を制限しない為の心遣いに違いない。


 サクヤが、オレの耳元に囁きかけてくる。


「随分、仲良くなったな。普通はそんな許可証、申請するだけでも一手間だぞ」

「――だから。別に何もないからな。友達だよ、友達。……もしかしてあんた。妬いてるの?」


 からかうように尋ねてみたが、サクヤはきょとんとした顔をしている。


「俺はアサギを取られて悔しいと思ったことはないよ」

「……そっちかよ」


 そもそもオレが取られるって焦りは、サクヤの発想にないらしい。

 まあ、付き合いの長さが違うからな……しょうがないか。


 ふと、サクヤが思い付いたように呟いた。


「何だ、もしかして逆を心配して欲しかったのか?」


 くす、と笑う様子からすると、どうやらやり返されそうになってるっぽい。

 やばい。変なこと言わなきゃ良かった。

 何て答えようかと悩んでいる間に、アサギのメダルを握ったオレの手に、サクヤが指先を重ねてきた。


「お前は全部俺のだから――心配する必要はないんだろ?」


 ……止めろ。あんた、これわざとだろ。

 見た目は女の時と変わんないのに、男の時に、あんたのその低音ボイスでやられると、もう何が何だか分かんなくなるんだよ。


「あのさ、慌てふためくオレを見るのって、そんなに楽しいワケ?」

「? ――慌てふためいてるか? お前」


 聞き返してくるその様子を見るに、わざとではないらしい。なら余計悪い。青少年を変な道に引きずり込むな。

 オレは何も答えずにサクヤの手を振りほどいた。

 視界の端で、サクヤがちょっと悲しそうな顔をしているような気がしたが――無視だ、無視。


「さあ、いきますよ」


 ワンドを握って立ち位置を調整したアサギが、詠唱を始める。


「偉大なる母の御名を教えます

 人の叡智よ 約束の絆よ

 母の言葉を信じます


 私の前に立ちはだかるは異教徒

 詔に従い、弓を引き絞るは母の子ら

 軍馬を駆るは御使いの軍団


 全能の母は、私とともにおわします

 母の子らよ、ともに黄金の杯を受けましょう――」


 アサギの言葉に従って、床に刻まれた魔法陣が白く輝き出す。

 その上に、ワンドから広がる模様が幾重にも重なっていく。

 何度見ても美しいその光景から目が離せないでいると、隣でサクヤが小さく囁いた。


「慣れない内は眼を閉じておいた方がいい。酔うから」


 そう言われれば、最初にサクヤの転移魔法を受けたときは、随分ぐらぐらした気がする。

 前回、アサギが転移してくれた時はどうだっただろう。あの時は血塗れのサクヤばかり見ていたので、何が何だか覚えていない。

 言われた通り、オレは眼を閉じることにした。


「――聖杖の力よ、解放せよ! 転移魔法ポイントブランクエイビエイション


 アサギの高らかな声の後に、魔法陣から漏れる白い光が一際強く輝くのが、瞼を透かせて感じられる。

 強烈な耳鳴りのような無音が始まった。ぐらりぐらりと地面が揺れるような感触の後、急激な浮遊感。耐え切れず、オレは地面に膝を付く。

 ――オレの背中に、小さな両手が触れた。


 誰だろうと考える間もなく――周囲に音が戻ってくる。

 眩しさも揺れも消えて眼を開けると、古い神殿の床に自分が跪いていることに気付いた。


 背中に、軽くて暖かくて柔らかい感触を感じる。

 振り向いて確認すると、黒い髪の毛がオレの背中から伸びているのが見えた。跪くオレの背中に跨って、両手を突いているのはサラらしい。

 気付くと、隣に立ったサクヤが、呆れたように俺たちを見ている。


「……何のポーズだ、それ」


 ――いや、それはオレが聞きたいよ。

 腕を突っ張っていたサラが、へにゃりと、オレの背中にくっついた。

 柄でもない甘え方に、オレは声をかけてみる。


「おい、どうした?」


 しばらくの沈黙の後――


「――おぇ」


 ――サラから返ってきたのは、返答ではなく、吐瀉物だった。


「うわ、ちょ、背中に――!?」


 ぼちょぼちょと、背中に生暖かいものが吐き戻される感触がする。

 おい! 前兆なしに、いきなりそういうのはずるくないか!?


「――げっ! ちょ、待て、サラ! お前、酔ったんだろ!?」


 サラをおんぶしたまま慌てているオレは、助けを求めようと周囲を見回したが――その時にはサクヤは魔法陣からそそくさと離れて、ちょっと遠巻きに見ていたりして、頼りがいがないことこの上ない。


「ああ、もう。……おい、サラ! とにかく下ろすぞ、いいか?」

「――おぇぇ」

「止めろ、人の上で吐くのは止めろ! サクヤ、あんた何、関係ないみたいな顔して見てるんだ!? ちょっとは手伝えよ」


 こうしてオレはスタート直後から、このメンバーでの旅が、どんなに過酷になるかを否が応でも思い知ることになった。

 正直、やり直せるなら――出発前のメンバー構成から、もう一度ちゃんと口を出して、再考したい。

2015/08/27 初回投稿

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