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奴隷商人は嘘をつかない  作者: 狼子 由
第5章 This Used to Be My Playground
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4 置いていく

 何の変哲もない小さな扉の前で、サクヤが足を止めた。

 王の部屋というからには、それらしい立派な扉の部屋だと思っていたのだが、この扉は随分簡素だ。

 本当にここ? とオレが訝しんでいる間に、サクヤが扉をノックする。


「入れ」


 間髪入れず、中からしわがれた声が聞こえた。


 静かに扉を開く。

 中は扉の大きさから予想した通りの狭い部屋だ。入るとすぐに大きめのベッドがある。ベッドだけで室内がいっぱいになっている感じだけど、サイドテーブルと椅子2つを何とか置いてある。


 ベッドの中で本を読んでいるのは、白髪混じりのおじさんだった。

 その目元がエイジによく似ていたので、ああ親子だな、とすぐに分かった。エイジとカズキは、目元は父親似らしい。

 サクヤがベッドに近付くと、手元の本を閉じて笑いかけてくる。

 この人が――この国の王か。


「こっちに来るのは久しぶりなんじゃないか?」


 サクヤが青葉の国を避けてたこともその事情も、当然知ってるんだろうけれど。

 楽しそうな様子に、不機嫌な声でサクヤは答えた。


「……お前の息子にやられた」

「はは。ついに絆されたらしいな。さっきまで、そこで嬉しそうに自慢してたよ」


 からかう調子が腹立たしいのか、もう答えもなかった。勧められもしないのに、さっさと椅子に腰かけて足を組んでしまう。その上、部屋の主を無視してオレにまで椅子を示してきた。

 突っ立ったまま悩むオレに向かって、王は笑って頷く。


「気にするな、座れ。お前が今回の功労者か。本当にそっくりだな」


 もう何度目の言葉か分からないが、この国にいる限り永遠に言われるのかもしれない。少しうんざりしたけれど、そのことは表情に出さないようにして、大人しく座った。


「名前は何と言ったか……」

「カイです」


 王が思い出す前に自分から名乗ると、笑って手を差し出される。


「カイか。おれはリョウ。よくこいつを口説いたな。参考までに何て言って落としたのか教えてくれないか?」

「オレが落としたって言うか、こいつが自分で――」

「――カイ。お前、黙ってろ」


 王の手を握り返しながら答えようとしたところで、サクヤに制止された。どうも本気で焦っている様子だったので、慌てて口を閉じる。

 リョウ王はそんなオレ達を見て、意地の悪い笑いを浮かべている。


「お、何だ? 2人だけの秘密ってことか?」

「お前に知られると、どう悪用されるか分からない」

「違いない。使えるもんは親の仇でも使うぜ」


 くつくつと笑う様子は無邪気にさえ見えるけれど、裏に何を隠しているのか分からない眼をしている。

 エイジもにやにやしながら何を考えてるのか分からない時があるけど、それでもこれに比べればまだまともだな、と変な感想を抱いた。

 性格によるものか、年の差か。

 どっちかと言うとぶっ飛んだ師匠のフォロー側に回ることが多いエイジだから、まあやっぱ性格なんだろうな。

 狭い部屋をぐるりと見回していると、リョウ王がオレの視線に気付いて、声をかけてくる。


「どうした? 王サマの部屋にしては貧相だってか?」


 そこまでは言わないけど――まあ、感想としては近い。

 オレが素直に頷くと、リョウ王は楽しそうにサクヤを見た。


「おい、お前のお供はずいぶんだな? 初対面の王の前でこんなにも堂々と――なかなか見どころあるじゃねぇか」

「お前のそういうところが読まれてるんだよ。カイは人の様子を良く読む」


 どこか嬉しそうに答えている。

 その表情を見て、リョウ王は皮肉に唇を歪めた。


「何だ、おれはお前を褒めたんじゃねーぞ。我が事のように喜びやがって」

「俺が何を喜ぼうが、別に構わないだろ」


 ぷい、と背けた顔が少し赤くなっていて、ちょっと……それってもしかしてオレのこと自慢したい気持ちを見透かされたからなのかな、なんて勝手に思った。

 もしそうなら、まあ……ほら、嬉しくないこともない。けど。


「どうした、良い顔してるじゃねぇか。いつもその顔してりゃあ、おれの寵姫に加えてやるぜ」

「俺は男だ」


 そっけなく言い返すサクヤの声は途端に冷たさを戻している。

 それでも楽しげにしているのだから、この王サマも大抵な人だと思う。

 サクヤが冷たい声をそのままに、オレの方に顔を向けた。


「カイ。リョウがこんな狭い部屋に篭ってるのは、本人の趣味だから、放って置いたほうがいい」

「趣味……まあ、趣味だな。間違っちゃない」


 リョウ王も割と真面目な顔で答えるので、まあ……本当に趣味? なのか?

 サクヤが嘘をつくワケはないけれど、嘘かどうかの判定は本人の自覚次第なので、その辺の判断は時々難しい。


「この国は今でも小国だが、おれが継いだ時はもっと酷くてなぁ。領地は今の半分以下だったし、役人も軍人もいねぇし、国っつーか……」

「……俺の感覚では、ディファイの集落に近いものがあったと思う」

「ああ、集落な。本当、そういう感じだったな」


 どうやら、この国はリョウ王の代で大きく発展したようだ。発展したと言うか――より正確を期すなら、ロウ王が発展させたと言うか。

 病床に就いて長いのだろう。背が高いし肩幅も広いので、若い頃は立派な体格だったと思うけれど、筋肉はだいぶ落ちている。

 それでも、元は強い王だったのだと感じる要素が、幾つもあった。


 例えば、その鋭い眼光。

 笑っていても、どこか油断のない口元。

 なのに何となく人好きのする人だ。それこそがこの王の本当の魅力なのだと思う。


「だからよ、こうしてまともな王宮にいると、何かそわそわしちまうんだよな。昔の貧乏暮らしを思い出すんだろうけどよ」


 それで、こんな狭い部屋で寝起きしているらしい。

 嘘をついている風には見えないし――身体がやつれていても力強い眼差しは、息子達に無理を強いられてこんなところへ押し込められているようには、到底思えなかった。

 だから、オレは王サマのことを信じた。

 ついでに――この国のことも、信じることにした。


「いやぁ、それにしても、そんな可愛い髪型して、こうしておれの顔を見に来るってことは、ついにおれの寵姫になるつもりになったのかね」

「俺は男だ」


 再び先程と同じ答えを一瞬も迷わずサクヤが口にしたので、このやり取りが今までにどれだけ繰り返されたのかが良く分かる。

 二度目のやり取りに呆れているサクヤの表情を見ながら、リョウ王がにやにや笑った。


「そうそう、それだよ。お前のその台詞がそそるんだ」


 そんなバカな。

 どんだけ変な趣味なんだ、この人。

 性格はエイジってより、カズキの方に良く似てるかも。


 そんなことを言われれば、さすがのサクヤでも、怒る気も失せるらしい。ぺし、と軽く枕を叩いて、答えを返した。


「よくこの状態でそんなこと考えられるな。もうお前は黙って寝てろ」

「寝てるだけってのは案外暇でね。おれの仕事は全部、エイジが持ってっちまうからよ。ちょうど抱き心地のいい枕が欲しいなと思ってたとこだ」

「……帰り道に見繕ってやってもいい。どんなのがいいんだ」


 多分、リョウ王の欲しい答えはそれじゃないとは思うんだけどなぁ……。

 奴隷商人ならではのお答えですね。

 サクヤさんのことだ。本気で、病身の王を慰めるために、手頃な奴隷を連れて来ようと考えているのだろう。それが商売だからなのか、王への優しさなのかについては、今の押し殺したような無表情からは判別しづらいけれど。


 リョウ王が唇を歪めて答える。


「これが最後の側室になりそうだからな。とびきり強くて、綺麗なのを頼む」

「毎回そう言う。今まで俺が連れて来たのは一度も手を出さずに、全部子ども達にやっちまった癖に」

「本人がそうしたいって言うんだから、しょうがねぇ。奴隷でも、強けりゃ希望が叶うのがこの国だ」


 しれっと答えるリョウ王の表情には、本気なんて感じられなかった。

 この激鈍ゲキニブのサクヤですら分かっているのだから、初対面のオレにだって分かる。


 リョウ王は最初から奴隷を奴隷として可愛がるつもりなんてないんだ。その人格を尊重して、それでもあなたを愛すると言う者だけを側に置いているのだろう。

 人格を尊重して奴隷から解放した結果、息子の方に行ってしまうというのは――そこまでが計算なのか、それとも偶然なのか。


 決め手はないけど。

 きっと、そこまで計算してるんだろうな、と予想した。

 繊細に見えて実は雑なのがサクヤだが、リョウ王は大らかに見えて緻密な計算が得意なようだ。


「おれが今まで見た中で、一番強くて一番キレイな女はお前なんだけどなぁ。なあ、今からでも遅くないぞ? おれの寵姫になっとけ」

「俺は男だ」


 面倒そうにしながらも、決まった答えを返してやる辺り、もうこういうコミュニケーションらしい。

 エイジと師匠が苦笑混じりに「良く飽きないでいられる」と言ってたワケがなんとなく分かった。


「そう考えると、エイジもうまいことやったよな。お前を魔法使いとして使うなんて、おれは考えもしなかった」

「……何で? サクヤは強い魔法使いだろ?」


 呆れて黙ってしまったサクヤの代わりに、挟み込んだオレの質問を聞いて、王は大げさに両手を上げる。


「力ってのは強けりゃいいってもんじゃない。使いこなせる力が一番だ。こいつの魔法は、誰にも制御できない爆弾みたいなもんだ」

「そう……否定は出来ないな」


 本人も頷いてしまうのだから、本当に制御出来ない力なんだよなぁ。

 でもそれだって、ないよりはあった方がいいと思うのは、オレが幼いんだろうか。


「おれはこいつを魔法使いとして雇ったことはない。こいつが勝手に判断して、自分で使うのまで止めはしないが」


 今までに何度も王の依頼を受けていたというのは、魔法使いとして処理をしたんじゃないらしい。

 蔵の国の宿屋のカスミも、「サクヤは魔法を見せたがらなかった」と言っていた。

 魔法がないと解決できないような依頼を与えられていたワケじゃないから、それで済ませられたのだろう。

 そもそも魔法を使うと姫巫女の姿になってしまうから、あんまり人前では魔法を使いたがらないってのもある。


 サクヤが小さくため息をつく。


「息子にもそれを言い聞かせておけば、こんなことにはならなかったのに」

「エイジだってお前の不安定さは分かってるだろうよ。それでもお前に何を求めて、どう判断するかは、あいつらの器だ。おれが教えることじゃない」


 王家の子どもにしては、だいぶ放任主義の教育方針のような気がするけれど。

 この国はちょっと特殊で、将来子どもたちは継承戦で競い合うことが分かっているから、誰かに肩入れしないようにしてるのかもしれない。

 無精ヒゲの生えた顎を撫でながら、リョウ王は笑った。


「でもまあ、お前が与するとしたら、エイジだとは思ってた」

「……小さい頃から、なぜかよく懐いていたからな」

「性が合うんだろ。あいつもお前も、ちょっと優しすぎるところがあるから。今回は、あいつにしてはガツガツ行ったと思う。何でもこれぐらいすればいいのに」


 そう言われてみれば、そうかもしれない。

 何だかんだで、2人とも自分を後回しにする人だ。

 でもサクヤ本人は、一緒にされることには不服らしい。


「放っておけよ。あんまり煽るとカズキみたいになるかもしれないぞ」

「あれはあれで面白いだろ。ミズキもシノもいいメンツを揃えてきた。半年後、どれが勝つか楽しみなんだけどなぁ」


 リョウ王は本当に楽しそうに笑っていた。内心の読み切れない笑いは、数々の政局を乗り切ってきた王に相応しい。

 それでも――今の言葉。

 何で、逆説で締めくくったんだ?


 王の笑顔を見て、呆れたようなため息をつくと、サクヤは唐突に席を立った。

 オレが驚いてわたわたしている間に、そのまま何も言わず部屋から出て行ってしまった。


「おい、サクヤ。そんな急に……」


 声をかけても、サクヤは振り返らない。

 ぱたん、と扉が閉まって、小柄な背中が見えなくなった。


 挨拶に行くと言っていたのに、挨拶どころか内容のある話すらほとんどしていないが、いいんだろうか。普通の見舞いっていうのは、身体を気遣う言葉とか体調を聞くとか、何かあるんじゃないか。

 これじゃ何しに来たのか分からない。

 残されたオレは、仕方なくリョウ王に頭を下げた。


「……あの、サクヤがすみません」

「お前が謝る必要はない。あいつはいつもあんなもんだ、気にすんな。今日はあの髪型と、お前を見せびらかしたかったんだろよ」


 下げたままのオレの頭に、上からリョウ王のでかい手が乗っかってきた。そのまま、わしわしと乱暴に撫でられた。


「お前にとっちゃ色々やり辛いこともあるだろうが、悪い国じゃない。あんまり無理せず頑張れよ」


 軽い口調で微笑みかけられて。

 その言葉がノゾミのことを言っているのだと気付いた。

 最初のやり取りの時に、自分では表情に出さなかったつもりが、見抜かれていたらしい。


 豪放磊落に見えて、濃やかな気遣いもある。

 ……少し残念に思う。すごい人だろうに、その一番すごい時を見られなかったことが。


 オレの頭から手を離したリョウ王が、「追いかけてやれ」と微笑んだ。

 オレはその言葉に従って、扉の前で軽く頭を下げてから、部屋を後にした。


 部屋から出ても、そこにはサクヤはいない。

 周辺を見回したところで、壁に背を付けてオレを待っている影を、廊下の先に見付けた。その表情は、先程よりも少し暗いように見えた。


「どうした?」

「……継承戦まで、持つかどうか」


 それが――リョウ王のことだとすぐに分かった。

 確かに衰えた様子はあったが、そこまで悪い風には見えなかったので、驚いて問い返す。


「……危ないのか?」

「アサギの見立てでは」


 どうやら、さっきオレがうとうとしている間に、その話をしていたらしい。

 思い返しても、平和そうな声にしか聞こえなかったのに。あえて声色を変えずに話していたのだろう。

 半年もつかどうかなんて、非常に悪い状態じゃないか。


「あの人、何の病気なんだ?」

「血液の問題らしいが……神官の治癒魔法では効かないそうだ」

「そうなのか……」


 治癒魔法が効かないなら、もう打つ手はない。

 ただひたすら身体を安静にして体力を温存することで、1日でも延命するだけだ。


「あいつは今、王とは名ばかりで、政務のほとんどはエイジとシノが代わっている。だから今は、ああして日がな1日ごろごろしているだけだ」


 サクヤが吐き捨てるように呟いたのは……やっぱり悔しいのだろう。

 あの人の一番輝いている時を、知っているからこそ。


 オレは意識的に話を切り替える。


「なあ。さっき出てきた、そのシノとかミズキも王位継承者なのか?」

「そう。第三王子のミズキと、第四王子のシノ。最終的には半年後、4人で争うことになると思う」


 サクヤがこちらを見ないまま答える。

 多分、オレの意図に気付いていて、その上であえて乗っかっているんだ。

 オレはさらに言葉を付け足した。


「継承戦で、例えばカズキが勝ったら、残りの3人はどうなるんだ?」

「さあ。カズキの意志次第だな。追い出されるか、扱き使われるか。カズキなら後者を取るとは思うが……エイジは自分も戦闘に参加する気らしいから、そこで命を落とす可能性もあるし」

「随分変わった国だな。ここは……」

「ああ。でも自由だ。俺は嫌いじゃない」


 まあ、オレもそんなに嫌いじゃないよ。

 命を賭ける時に大事なのは、その行為そのものじゃない。目的――何に命を賭けるか(・・・・・・・・)だ。

 そしてこの国には、命を賭けるに値する何かがあるような気がする。

 きっと、サクヤはそれを見付けているはずだ。


 それ以上はオレの言葉を待たずに、サクヤは踵を返した。

 その一瞬、小さく呟く声が聞こえた。


「……どうせ皆、俺を置いていく」


 それはリョウ王のことを言っているのか。

 それとも、オレ達全員のことを言っているのだろうか。

 誰一人として、永遠にあんたを愛することは出来ないから。


 オレにだって、そんなこと出来やしない。

 だからせめて、今は一緒にいたいと。

 オレはその小さな背中を、小走りで追いかけた。

2015/08/21 初回投稿

2016/11/19 校正――誤用修正及び一部表現変更

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