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奴隷商人は嘘をつかない  作者: 狼子 由
第5章 This Used to Be My Playground
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3 三つ編みは出来ますか?

 オレはサクヤの顔を見ながら、尋ねる。


「目的地は、仙桃の国なのか?」

「そう。そこで……今日から4日後に大事な取引がある」


 死んでいた時間を差し引いたのだろう。少し間が空いて答えが返ってきた。


「リドル族の取引なんだな」


 オレの言葉に無言で頷く。

 それを見て、アサギがしずしずと口を開いた。


「そのことなんですが――」


 オレとサクヤが視線を向けると、少し意外な提案が続く。


「――エイジ様が、ナギ様を連れて行ってはどうか、とおっしゃってます」

「ナギを?」

「はい。サクヤさんもこれで正式に私達の仲間になる訳ですから。道中危険もあるかもしれないし、と」

「師匠がいる方が危険なんじゃないかな……」


 と、これは、師匠には聞かせられない感想だ。ただ隣のサクヤもこくこく頷いているので、共通認識ではあると思う。

 アサギはあえてオレの言葉には答えなかった。大神官という役職に就いているだけあって、オレ達より賢いのだろう。これを世渡りというのは失礼かもしれないが。


「もしナギ様をこの国から動かすのがご心配ということなら、誰か他の者でも……」

「そうだな。ここから人出を借りるつもりはなかったが――もし良かったらサラを少し貸してほしい」


 サクヤはもともとこの緊張感漂う小国から、戦力を抜こうとは考えていなかったのだと思うけど。

 サラの名前で、オレはディファイ族のことを思い出した。


「そうだよ、ディファイの集落……」

「ああ。この取引が終わったら、その足で寄ろうと思っている」


 サラの兄トラが長老を務めるディファイの集落は、先日訪れた時点で人間との対立が激化していた。

 一族から除名されたサラには、表立って立ち入ることは出来ないだろうけど。

 せめて一族の為に、力を振るわせてやりたいのは、良く分かる。

 それとも、少しでもトラに会わせてやりたいということかもしれない。

 鈍いけど、そういう優しさはあるのがサクヤだ。


 オレ達の言葉で、薄々事情を察したアサギがこくりと頷いた。


「では、その件は本人とエイジ様の意向を聞いてみます。出発はいつに?」

「荷物をまとめて……今夜かな」


 相変わらず、思い立ったが吉日。加えて昼夜逆転の大好きな人だ。

 アサギがうんざりした顔のオレを見て笑いながら、サクヤのフォローを入れてくれる。


「リドル族は満月の夜に最も魔力が高まるんですよ」

「ああ、それ前にも聞いたような……」

「昨日が満月だから、移動するなら早いほうがいい」

「逆に月が出ない日は魔力が薄れるんだっけ?」

「そう。中でも昼間は最悪だ。からっから。自動再生が働けばもう残ってない」

「そう言えば、前に『今は魔法が使えない』とか言ってたな」


 思い返すと、確かあれは湖の国で双子執事のケイタと戦った日だった。確か月は――朔の晩からたった数日だったから、夕方過ぎてすぐ沈んでしまうぐらい。その上、ケイタに負わされた怪我で、サクヤは朝から右腕を負傷していた。


「あんた本当に……早く言ってくれよ」

「聞けば答える」


 知らなきゃ聞くこともできない。それじゃ堂々巡りだ。

 そう言えば、教えてくれると言っていた諸々の事情の中で、後回しにされていた質問があったことを思い出した。


「あんたがそう言うなら、魔法関連で1つ聞き忘れてたんだけど」

「何でしょうか?」


 返事をくれたのは、勿論アサギだ。

 答えると言っておきながら、サクヤは黙ってコーヒーを飲んでいる。誓約に則って聞けば答えは返ってくるのだろうが、オレの言葉全てにリアクションするとは言ってない。

 本当に、こいつは……。


「前に聞こうとしたら、また今度って言われたんだけど。魔法って2つ同時には使えないのが普通なのか?」

「あ、それ教えるの忘れてた。まあ、これから答えるから……アサギが」


 あんたが答えるんじゃないのかよ。

 オレも今、アサギに向かって聞いたけどさ。

 大体あんたあの時、オレが聞いたら言ったじゃん。

 「あとで」って……。


 ――ん? そう言えば、主語抜けてるわ。なるほど。

 だから、別にサクヤが答えなくても誓約に引っかからないのか。

 姫巫女の誓約ってむちゃくちゃだな、本当。


 名指しを受けたアサギは、少し考え込むように、指先をほっぺたに当てた。

 いつもと違って少し幼い仕草が……可愛い。


「うーん、理論上は可能ですし、サクヤさんなら出来ますもんね。要は、魔力量と精神力と呪文の問題です」


 アサギの短い答えは、オレにはとても分かりやすい。

 今の言葉だけで、何となく予想がついたけど。

 多分ここからもっと詳しく説明してくれるんだろう。


 そもそも、サクヤはいつだって言葉が足りない。

 いつもサクヤの中途半端な説明を聞いているオレからすると、アサギの説明の何と分かりやすいことか。アサギが先生になったら、きっと良い先生になると思う。


 頬に当てていた指をぴんと伸ばして、アサギが説明を始める。


「私たちは体内に魔力を蓄積して、そこから魔法に変換します。一度魔法を使えば、減ってしまうので、本来は同時どころか連発でも魔法を使うのは辛いのですが……」


 そう言えばこの前、魔封じの結界の直後に転移魔法を使ったアサギは、すごく辛そうな様子をしていた。

 魔力切れって、サクヤも連発で使った後に言ってたけど、魔法使いは皆そうなのか。


「私は神官なので、神の御業にお縋り出来ます。私のワンドには祝福が授けられていますので、これがある分、連発は一般の魔法使いより簡単ですね」


 簡単そうに言うアサギに、サクヤが口を挟む。


「謙遜するなよ、アサギは有能な神官だ。ワンドがあっても他の奴なら、魔封じや転移なんてでかい魔法を連発するのは難しい」


 補足するサクヤはどことなく嬉しそうで、その表情はアサギの成長自体が誇らしい、という様子だったので、オレは何となく気持ちを和ませた。

 褒められたアサギは困ったように笑っている。


「えっと……私のことは置いておいて。カイさんが知りたいのは、サクヤさんのことですよね。サクヤさんの場合は魔力量は莫大だし、その魔力を注ぎ込んで無詠唱で魔法発動できますので、同時発動についても3つの内2つの問題はクリア出来ますね」

「後は、えっと……精神力?」

「さすがに同時発動を2つとも無詠唱で発動するのは難しい。どっちかをきちんと詠唱すれば、何とか。まあ、その時に呪文忘れてたらお手上げだ」

「……そこは覚えとけよ」


 仮にも魔法使いなんだから。

 オレが呆れて突っ込むと、サクヤは、メモでも持ち歩くか、なんて馬鹿なことを呟いた。

 アサギがくすくす笑いながら、そんなサクヤをたしなめる。


「駄目ですよ、サクヤさん。……あのですね、カイさん。呪文や魔法陣は魔力と精神力を補うツールです。唱えること、描くことは、刻み付けたものを表現するスイッチみたいなものなんです。スイッチがあるのに、入れ方を忘れるなんてありませんから、万に一つもサクヤさんが、呪文を忘れているなんてことはあり得ません」

「……あんた、嘘つけない癖にそういうことは言えるんだな」

「俺は忘れたとは言ってない。忘れてたらお手上げだ、と仮定の話をしたんだ」


 ぺろ、と小さく舌を出すサクヤを見て、オレは何て答えればいいのか分からなくなった。あえて言うなら、よくもぽんぽんとこういう言い回しが出てくるな。感心するよ、ほんとに。


 でも魔法の同時発動って、リドルの姫巫女なんて規格外の存在でなければ、やっぱり出来ないんだ。

 あの時、ケイタとコウタの双子執事が驚いたのも当然ってことか。


「そうですね……うーん。灯りを灯しながらお湯を沸かすくらいなら、詠唱も破棄できますし、普通の魔法使いでも何とか2つ同時に使えると思いますが……」

「俺は逆にそういうちまちましたの、使えないから良く分からない」

「ああ、何かそんなこと言ってたな。制御が下手だって」

「魔力が多すぎて収縮し切れないんでしょうね。サクヤさんが魔法を使う時の火花は、あれは普通ならメインの魔法に注ぎ込まれる魔力です。収縮しきれずにああいう形で反動が出てるんです」


 つまり――無駄が多い。

 力任せに、膨大な魔力で無理矢理に、魔法を使っている。

 オレが常々感じていたことと同じことだったから、何となくアサギが言いたいことは分かった。


 アサギが解説してくれてる間、サクヤは時々口を出しながらも、基本的には解説の中心はアサギに投げている。

 あんた、やっぱり、さほど教えてくれないじゃないか。

 好意的に取れば、説明下手な自覚を持っているから上手い人に譲ったってことなんだろうけど。


 しかし、その間何をしているのかと思ったら、つまらなそうに自分の髪を弄っているので、単純に話の内容に興味がないという可能性の方が高そうだ。


「おい、あんたの話してるんだからちょっとは聞けよ」

「……いや、随分傷んできたなと思って」

「このまま伸ばしたいですよね。ちょっとトリートメントしましょうか」


 うわ。どんな話題でも拾いに行くアサギさん、素敵すぎる。

 どう考えてもサクヤより遥かに性格がいいのに、何でオレ、こっちを選ばなかったんだろう。師匠の屋敷で、1週間も色々世話してもらったのに……。

 思い返しても、あの時何で「やっぱサクヤなんかもういい」ってならなかったのか、本当、謎。


 そんなことを考えていると、アサギが嬉しそうに「オイル持ってきますね」と言いながら、部屋を出て行った。

 あ、本当にトリートメントするんだ。しかも大神官自ら……。


「あんたがそんなに髪を大事にしてるとは思わなかったな」

「大事と言うか、伸ばしてはいる。魔力操作が楽になるから」


 ああ、そういう実利的な理由があるのか。

 じゃあ、アサギは何で短めにしてるんだ?

 サクヤが、オレの表情で疑問を把握して、回答をくれる。


「神官は規律で伸ばすことを禁止されてる。代わりにワンドがあるし」


 神官のワンドと髪の毛って同等なの? 髪の毛長いとそんなに違うのか。

 言われてみれば、まあそれくらいの差がないと、面倒臭がりのサクヤが伸ばしたりしないかも。


 しばらくして、うきうきした様子で戻ってきたアサギは、小さなボトルやブラシやリボンのたくさん入った可愛らしい箱を抱えていた。

 どうやらアサギさんのヘアケアセットらしい。


「嬉しいです! 私、長い髪って憧れなんです。三つ編みしてもいいですか?」

「任せる」

「良かった! サラは結ぶと怒るので……」


 あっさりと答えたサクヤの髪をほどいて、アサギが髪を梳かし始めた。

 アサギの梳かし方がうまいのか、元の髪質がいいのか、金髪が綺麗にさらさらと流れて光る。

 ああ、こういう女同士のやり取りって、憧れだなぁ。

 ――と、思いつつ見ていたが、良く考えたら片っぽは男だ。


「髪の毛さ、最初にサクヤが転移魔法使った時、あちこち千切れたのって、結局どうしたんだ?」

「特に。そのままにしてる」

「あ、これですね。先っぽがばさばさになってるから、綺麗に整えておきましょうね」


 箱の中から切れ味の良さそうなハサミを出して、ゴミ箱の上で、軽い音を立てて整えている。


 昨今、アサギさんの手先の器用さを見ることが多い。

 お菓子作ったり、紅茶カバー(ティーコゼー)作ったり、こうして髪の毛整えるのも上手い。

 いいお嫁さんになりそうなのに、神サマに純潔を捧げているのは残念だ。――ちなみにこの残念だ、にはそうじゃなければオレがお婿さん候補として挙手するのに、残念だなぁ、という意味が含まれている。


 一方同じく神サマに純潔を誓約するサクヤは、全然いいお嫁さんになれそうじゃないし、オレはお婿さん候補に挙手するつもりもない。

 やっぱり「花嫁さん」という言葉には、オレだって男の夢があるのだ。

 絶対、絶対、サクヤはそういうのに当てはまらない。


 いつだったか、蔵の国の宿の主人カスミに「ウェディングドレス着せてやれ」って言われたけど。

 まさか、あり得ない……ん? ……あれ? ……意外に似合いそうなーーいやいやいや!

 オレは首を振って思考を止めた。

 これ以上考えるのは危険だと判断する。


 アサギとサクヤの会話に意識を戻す。

 どうやら、オイルを塗るにも何かコツがあって、その話をしているらしい。

 一生懸命にアサギが毎日のケアの説明をしているが、興味があるのかないのか、サクヤは「ああ」と「分かった」を繰り返している。


 何だか、久々に平和な光景を見てる気がした。

 優しいアサギの声に、サクヤが短く頷く。

 話の内容はオレにはさっぱり興味ないけど、その一定のリズムで繰り返される柔らかいやり取りが、何となく胸を温める。

 窓から差し込む日差しが暖かくて気持ち良い。


 ああ、うっとりするな……。

 オレは2人の会話を聞き流しながら、椅子の上で、いつの間にかうとうとしていたらしい。

 リボンを編み込んだ三つ編みが完成した頃に、サクヤに揺り起こされた。


「――カイ。俺は挨拶に行って買い物して来るが、お前はどうする?」

「もうしばらくお休みになりますか? それとも、私と一緒に神殿にいらっしゃる?」


 起こされた時には、2人とも、すぐにでも出かけられる状態だった。

 飛び起きたオレは少し考えて、ふと思い出す。

 そう言えばまた愛剣を置いてきてしまった。折角、サクヤに買ってもらった剣だったのに。最初の剣と言い、オレの得物はどこかに置いていかれる運命にあるらしい。

 新しいモノを買い求める必要があるので、サクヤに着いて行くことにした。


「オレも買い物したい」

「ええ。では夜に、また神殿でお会いしましょう。きっとエイジ様とナギ様もお見送りに来て下さいますから」

「ああ。頼んだ」


 アサギに手を振って、部屋の前で別れる。

 ……あれ? エイジと師匠は夜に見送りにくるなら、これから挨拶って誰のところに行くつもりなんだ?

 すたすたと、先に立って廊下を歩くサクヤの背中に、オレは疑問を投げかける。


「なあ、サクヤ。これって今、どこに向かってるんだ?」

「王の所」


 なるほど、王サマか。

 エイジが、親父と呼んで王の話をしていたのを思い出した。師匠も確か、王サマは強い生きモノが好きだと言っていたか。


「この国の王サマはあんたと仲が良いんだっけ?」

「付き合いだけは長いな。あいつは俺がこういう髪型してると喜ぶから、ついでに」


 三つ編みのしっぽを背中で振りながら、サクヤは振り向きもせずに歩いている。

 アサギの手による三つ編みは、ところどころ見えるリボンの位置が、うまく考えて配置したのだろうと良く分かるバランスの良さだ。サクヤに良く似合っている。


 勝手知ったる様子で、サクヤは迷うことなく王宮を進んでいった。

 途中何人かとすれ違ったが、昨日と同じで、誰もオレ達を見咎めはしなかった。


「ずっと気になってたんだけどさ、この城、不審者が入ったりしても気にしないのかな? オレ全然呼び止められたりしないんだけど」

「ここでは強いことが貴ばれる。誰が侵入しようが、生き残れるヤツだけが生き残ればいい……と、言うのが表向き。実際には、資源がある訳でもないこんな小国、どこからも見向きもされないから、好き勝手出来るってところか」


 なるほど。そもそも侵入される心配がないってことか。

 それにしてもぐだぐだだなぁ。エイジや師匠が小国と何度も言ってるのを、ずっと謙遜だと思ってたけど、意外に本心かも。


「あ」


 と、サクヤが突然オレの方を向いた。


「何?」

「この髪型、どう思う?」


 ……正面からそう聞かれたら、答えるしかないじゃないか。

 そこはかとなくオレの顔が熱くなったような気がするが、正直に思ったままを答えた。


「……か、可愛いと思うよ」

「いや、そういうことを聞いてるんじゃない」


 ……違うのかよ。頑張って褒めたのに。


「お前にも出来るか?」

「出来ない。無理。あんた、オレに何を求めてるの?」


 サクヤはつまらなそうな顔をして、「出来ないのか」と呟いた。


「むしろ何で、オレに出来ると思うの?」

「いや、ノゾミは良くやってくれたから」

「…………」


 もう、腹立ちよりも、呆れと焦りが先にくる。

 自分が誰かの代わりなんて寂しいとか、そういうこと考えてる場合じゃない。

 このまま流すと――ノゾミと完全に同じことを要求される!

 無理。無理。ムリムリ。

 髪の毛の手入れって、普通自分でするだろ!


「サクヤ。言っとくけど」

「ん?」

「オレはノゾミちゃんじゃないから。出来ないから。やらないから。あんたのこと、そこまで甘やかさないからな!」

「……なるほど?」


 何で疑問形なんだよ!

 サクヤは今一つ、腑に落ちないような顔で、重ねて問うてきた。


「ノゾミって俺のこと甘やかしてたのか?」

「ベタ甘だよ! 無理、オレにはそこまで出来ないから!」

「……特に甘やかされた記憶がないんだが……」


 ――それは。

 ナチュラルに甘やかされすぎて、認識できてないんだと思う。多分。

 やっぱりこいつ、何考えてるのか良く分からない。こんな嫁さんは嫌だ。

2015/08/19 初回投稿

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