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奴隷商人は嘘をつかない  作者: 狼子 由
第4章 Rescue Me
53/184

12 似てるけど違う

 サクヤは青葉の国の王宮に滞在していた頃、いつも同じ部屋を使っていたそうだ。

 主の訪れが絶えて久しいその部屋をそのままにしてあると、エイジが教えてくれた。


 「行けば分かる」と言われたので、素直に行ってみることにした。

 口で分からなければ案内するけど、とも提案を受けたが、ド多忙なエイジをそんなことに使うのは申し訳ない。

 それに確かに、聞けばすぐに分かる場所だった。


 ついでにアサギのいる神殿の場所も教えてもらったので、後で寄ろうと思う。

 いつも来てもらってばかりなのでお礼をしたいと言ったら、エイジはアサギの好きなケーキ屋の場所まで教えてくれた。

 ……このサービス精神が女にモテる所以なのだろう。


 さすがに真夜中に王宮をうろつくのはどうかと思うので、昼下がりに出直し。

 アサギへのお土産ケーキも買った。


 王宮と言えばセキュリティが厳しいものだと思うんだけど、この国は本当にその辺は適当らしい。

 入り口では「どこに行く?」と聞かれただけで、「エイジんとこ」で終了。

 王宮の中を顔も知らないオレが歩いていても、ふーん、って感じで見られて終了。


 不審者を取り締まったりしないのだろうか。

 ……いや。もしかするとオレはノゾミとそっくりらしいので、間違われているのかも知れない。

 あるいはエイジが事前に伝えてくれているのか。

 それにしたってあまりにスルーなので驚いた。


 ついでにこんなに色んな種類の獣人が、自由に過ごしている場所も初めて見た。

 今まで獣人と言えば奴隷しか見たことなかったんだけど。思い返せば、サクヤと一緒いる時に、ディファイの集落へ行ったのが奴隷じゃない獣人を見た初めての機会になる。

 あの時も驚いたけど、ここの驚きはそれ以上。

 午後の明るい光の下で、色とりどりの尻尾がそこら中でふさふさしている。


 よくよく考えれば、サクヤなんて一介の奴隷商人だ。

 幾ら気に入られているとは言え、王宮に専用の居室を持っているなんて聞いたことがない。

 色んな意味でこの国って、すごい。


 エイジに聞いたとおりしばらく歩くと、王宮の2階の隅にそれらしい部屋を見つけた。もちろん表札が出ているワケでもないし扉も何の変哲もないので、絶対これだ、とは言い切れないけど。

 一応ノックをしてみたが応答は返ってこない。

 ゆっくりと扉を開けた。


 扉の動きに合わせて埃が舞い上がる。

 部屋の中にはほとんどモノがなかったので、オレは改めて納得した。

 ここがサクヤの部屋に違いない。


 埃まみれの広いベッド。

 小さな机の上に筆記具と本が一冊。

 壁に吊るされた仕立ての良いスーツが一着。

 飾り気のない様子がいかにもサクヤらしくて、何だか笑えてくる。


 エイジはこの部屋で何を見ろと言ったのだろう。

 見るともなしに机の上の分厚い本を開いてみると――それは本じゃなく、日記だった。


 良く見ると、真ん中を少し過ぎた辺りに写真が一枚挟まれてる。

 見るともなしにそれを持ち上げた。

 構図から考えて、本人に許可を得て撮影されたものではないことはすぐに分かった。


 ――コーヒーカップに口をつけたまま。

 どこか遠くを見ているサクヤの横顔だった。


 この瞬間を切り取ったことだけで、もう。

 撮影者がどれだけサクヤのことを見ているのか、オレには分かってしまった。

 だから。

 エイジが言っていたのはこの日記のことなのだろう。


 でもオレ、人の日記を読む気にはなれないな。

 ただ、がっつり読まなくても、さっき頁を捲ったときに気付いたことはある。


 ……どのページにもサクヤの名前が書いてある。

 チラ見なので、具体的に何が書いてあるのかまでは見てないけど。

 まさか自分の日記に自分の名前を書くヤツではない。一人称が自分の名前ってキャラの人じゃないからさ。


 それでも、これはサクヤの持ち物で。

 そしてこの部屋に置いて、行ってしまった。


 日記の書き手。

 写真の撮影者。

 多分同一人物であろうそいつが誰なのかが、手に取るように分かった。


 ――そいつが、どれだけサクヤを愛していたのかも。


 写真の裏に、殴り書きのような字で一言書き添えてあった。

 『あんたを置いていくことだけが、心残りです。ごめん』


 サクヤはこの日記を読んだはずだ。


 いつから持っているのだろう。

 ノゾミが死んでからだろうか。

 それとも、ノゾミが死を覚悟したときに自分で渡したのだろうか。


 何となく、後者のような気がした。

 それを貰ったからこそ、サクヤはこの国と距離を置いたんじゃないだろうか。


 皆は似てると言うけど、オレ自身はそんなこと全く信じられない。

 きっとオレにはこんなやり方は出来ない。

 こんな――自分が死んだ後も、サクヤの心を縛るようなやり方は。


「――ああ、それ。ずいぶんな内容だね。サクヤのことばっかりで」


 背後から突然に声をかけられて、オレは驚いて振り返った。

 立っていたのは金髪碧眼のどことなくエイジに似た男だった。

 どことなく似てるけど、でも似てない部分の方が多い。

 特に、その嫌な笑い方――。


 身長はエイジよりは少し低いだろうか。それでも、オレや師匠より全然高いはずだ。楽しそうに笑う瞳はやっぱりエイジに少し似てる。


「俺は気持ち悪いと思ったけど。書いた本人は何を思って書いたんだ?」


 唇を歪めたまま問われて、気付いた。

 こいつもオレをノゾミと間違えているらしい。

 言い返そうとしたときに、この男の名前に見当がついた。


「……そうか。あんたがカズキか」

「何言ってるんだ、今更。エイジの陣営だからって知らない振りか。聞いたよ、久しぶりにサクヤが来てるんだって? どこにいるんだ?」


 あの時、双子執事のケイタとコウタがその名を出した。

 ――青葉の国の第一王子。


 エイジが第二王子なら、エイジの兄ということになるのだろう。道理で似ているワケだ。


「まあ、お前に聞いても教えてくれる訳がないな。俺がサクヤに近付くのが嫌で仕方ないもんな」


 カズキは笑いながらオレに一歩近付いてきた。

 その歪めた唇に酷薄そうな印象を受ける。


「そう怖がるなよ。サクヤが女だって、親父とお前らの他に知ってるのは俺だけだ。お前とサクヤが――ケイタとコウタを殺してくれたからな」


 苦々しい声で言われたが。

 こいつ、幾つも勘違いしている。


 所々誤っている情報や、双子執事に対するサクヤの態度から、こいつがサクヤに敵対する相手であることは容易に想像できる。

 だから、勘違いしてくれてるなら、そのままにしておいた方がいい。

 特に、こんなヤツにリドルの姫巫女の情報など与えれば、それを盾にどんな方法で迫ってくるか。

 オレは答えずに、また一歩近付いてくるカズキを睨んだ。


「お前もずるいよな。死んだ振りなんかして。ケイタから報告を聞いたときは驚いたよ。サクヤと一緒に何を企んでるんだか」

「あんたはサクヤが欲しいんだって? ケイタとコウタが言ってたけど――」


 言いかけた喉元を、いきなり掴まれた。

 たった一歩で至近距離まで近付いたカズキの手が、ぐいぐいとオレの首を絞める。苦しさにカズキの手を引き剥がそうとするが、強く食い込んでなかなか外れない。

 酸素不足で脳がぼんやりとしてきたところへ、あざ笑うような声が聞こえてきた。


「誰があんな親父のお下がりなんか、いるかよ。まあ、そこそこ強いのは事実だし、どうも魔法が使えるらしいじゃないか。向こうから頼んで来るなら考えてもいいんだけどな」


 言うだけ言って、オレから手を離した。

 オレが咳き込むのを見て満足げに付け加える。


「おい、エイジに伝えとけ。お兄ちゃまの手駒はあの阿呆双子だけじゃねぇぞ、って。今なら継承戦からリタイアして謝れば、俺が王になった暁には下働きに雇ってやるよ」


 皮肉に笑う顔の中で、瞳だけはやっぱりエイジに似ていた。

 似ているのに、全然違う印象になるのが不思議だ。


 ――やっぱりオレは、こいつも、こいつの手下も嫌いだ。


 継承戦とやらで王様が決まるなら。

 何としてもエイジに勝ってもらわなければ。


 その気持ちを視線に込めて、睨み付ける。

 オレの憎しみをものともせずに、カズキは笑いながら部屋を出て行った。


●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○


「まあ、『風々々堂(ふふふどう)』のケーキ!」


 アサギのその微笑みだけで、ケーキ屋に寄った甲斐があったと嬉しくなった。


「丁度一休みしようと思っていたんです。紅茶淹れましょうか。一緒に食べましょう」

「うん、ありがとう。何か手伝おうか?」

「紅茶には一家言あるので、ぜひ私に任せてください」


 それじゃ、とお言葉に甘えることにした。

 軽い足取りで給湯室に向かうアサギを見送りながら、オレは神殿を見回した。

 一番最初に転移魔法でここに到着しただけで、今日初めて明るい日の下で全貌を見ることが出来たんだけど。


 すごく広い。

 今オレがいるのは別館のアサギの執務室。

 その他に、本館と言うのかな?――礼拝堂のある建物があって。あと、子どもたちを集めて講義をしている講義棟があって。それから、グラウンドと宿泊施設と、その他諸々。全て同じ敷地の中にある。

 地方神殿でも王都にある神殿だからこんなに立派なんだろうか。


 アサギの執務室の中もモノは少なく簡素だけど、間取りは広い。

 すごいなー、なんて眺めていると、トレイにケーキと紅茶を乗せたアサギが戻ってきた。


「お待たせしました」


 シンプルな白のカップセットと皿。

 茶器にはハートマークのいっぱいついたカバーがかかっている。


「ずいぶん可愛いカバーだな」

「えっと……ティーコゼーって言うんですけど、作ってみました」

「え!? 手作りなの?」


 感心して見ていたらアサギが照れ始めた。


「うふふふ……可愛いですか?」

「うん。さすがだな、可愛い」

「ありがとうございます」


 普段あんまりまともな女の子と接する機会がないので、こういうのを見ると一種の感動を覚える。

 アサギがお茶の用意を終えるのを見ていたが、流れるように全てが進むので、これまた感動する。


「さあ、召し上がれ」

「ありがとう。いただきます」


 早速、紅茶を手に取ると、何と言っていいか分かんないけど……何か……その……とにかくすごくいい香りがした。


「紅茶って、こんなに匂いがするんだ」

「香り高いでしょう? 気に入って頂ければ嬉しいです。このケーキも美味しいですね。やっぱり『風々々堂(ふふふどう)』は最高です」


 確かに甘いものがそんなに得意じゃないオレも美味しく食べられる。

 ああ、女の子だな、とアサギの方を見ながら、その笑顔に癒やされた。何だよ、エイジも師匠も。アサギは十分に癒し系だ。


 そんなことを考えながら。

 他のヤツは皆聞きづらいので、アサギに相談してみることにした。


「なあ、今日まだサラと会ってないんだけど、夜にはウチに来るかな? じゃなきゃどこに行ったら会えるか、知ってたら教えて欲しい」


 サラは決まった時間に来たりはしない。師匠の屋敷の中にいつの間にかいて、いつの間にかいなくなってる。サラがいるかいないかは、オレが気付くかどうかの違いなんだろうけど。今日は午前中いっぱい屋敷にいたけど来なかった。

 どうしても今日サラに会いたいので、こうしてアサギに聞きに来たワケだ。


「ごめんなさい。サラは神出鬼没で……今どこにいるのか誰にも分からないんです」

「……そ、そうなのか」


 呆れ半分焦り半分で返事をすると、アサギが「あ、でも!」と続けた。


「晩ごはんの時間には絶対帰ってきますから、そのときに伝えておきます」

「そ、そうなのか……」


 呆れ100%。どんな食いしん坊キャラだよ。


「サラに何か用があるんですか?」

「うん、ちょっと聞きたいことがあって……」


 軽く濁すと、アサギは「そうですか」と答えて、それ以上は何も言わなかった。


 優しいアサギ。

 今日は少し眼が赤い。よく見ると薄らとクマも出来てる。

 きっとあの後、泣いて眠れなかったんだろう。


「アサギ」

「何ですか?」

「オレ、絶対にサクヤを……」


 そこで言葉に詰まってしまった。

 サクヤを説得する? 取り戻す?

 それが一番いいけど、オレの考えてる方法だと絶対とは言えない。

 だってオレはノゾミじゃないから、サクヤが絶対オレに応えてくれるなんて……言えるワケない。


 似てるだけで、別の人間。


 ただ1つ言えるのは、絶対にアサギや皆がサクヤと元のように仲良くなれるようにするから――てこと。でもそんな風に言えば、アサギは逆に心配するかも。

 悩んでいると、そんなオレの逡巡を感じ取ったのか、言わなくていい、という風にアサギがくしゃりと笑った。


「……よろしくお願いします」


 それは優しい笑顔なのに、どこか泣き顔のようにも見えた。

2015/08/07 初回投稿

2015/08/07 ルビ修正

2016/02/11 校正――誤字脱字修正及び一部表現変更

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