表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
奴隷商人は嘘をつかない  作者: 狼子 由
第4章 Rescue Me
52/184

11 自分に出来ること

「……万事窮すだなぁ。あー、可愛いお姉さんに癒されたい」

「いるじゃないですか、その扉の向こうに」


 ぼやくエイジに、師匠が今閉めたばかりの扉を指した。

 しかし、エイジの表情は変わらない。


「あれって全然癒し系じゃないよね。つか、俺の周りって何で、癒し系のお姉さんが、1人もいないの」

「アサギは癒し系ですよ。リアルに」

「俺はリアルの癒しより、精神的な癒しを求めてるの」


 アサギは神官だから、まあ、魔法的な意味ではリアル癒し系だ。納得できないエイジは、ソファにごろごろしたまま起き上がってこないけど。


 どうやら師匠は、書類にエイジのサインをもらいに来たようだ。そこで、扉を開けるオレとアサギを見付けたのだろう。


 元々の目的であった書類をエイジの机の中央に置くと、師匠は、そのままエイジの椅子に座る。

 立派な背もたれの執務用椅子――王子サマの椅子に、師匠が、がっつり背を預ける姿を見て、この国、本当にぐだぐだだなぁ、と改めて思った。


 このメンバーでいると、サクヤと会う前、一緒に旅をしていた3ヶ月を思い出す。

 あの頃から2人は適当に軽口を叩き合っていたが、国に帰ってもそれは変わらないようだ。さっきから、どうでもいいことを、2人でぐちゃぐちゃ言い続けている。


 ――一種の逃避なんだろう。

 気軽に軽口を叩いている2人にも、この先どうすればいいか、決められなくて。


「なあ、エイジ」


 オレは相変わらず、サクヤの眠っている部屋の扉の前に立ったまま、エイジに呼びかける。

 エイジは普段通りの気の抜けた声で答えた。


「どうした、少年」

「さっきサラがここへ来た?」

「いや、来てない。何で?」


 ――あれ? 来てない? じゃあ、あれは何だ?

 来てないと言うなら、悩んでみても仕方ないので、オレは別の話をすることにした。


「さっき、アサギがさ」

「うん」

「オレに『あなたの最愛の人の所へ行きましょう』って言うから」

「……へぇ。最愛の人って誰なんですか?」


 師匠も、深く座った椅子の上で、ぼんやりと天井を見ながら口を挟む。


「そしたらエイジの部屋だったから、アサギからはそう見えてるのかと思って」

「ちょ……アサギったら、面白いからやめてよ」

「あいつ、愛とか恋とかほんっと好きですよね」

「乙女フィルターかかってるんだよ、自分のは興味ない癖に」


 エイジと師匠が笑いながらぼやいた。

 幼なじみと言うだけあって、容赦ない。


「あんたら、昔からの仲良しなんだって?」

「仲良し……って言うの、これ?」

「まあ、付き合いは長いですよね。俺がサクヤさんに連れられて、ここに来たのが12才の時ですから……」

「10年か。長いっちゃ長いなぁ」


 話の内容とは別に、オレの耳は『サクヤ』という単語に異常反応するようになってしまったのだろうか。

 その名前を聞くと、どんな時でも一瞬思考停止している。

 オレは、本当に何をしているんだろう。アサギの乙女フィルターを笑えない。


 オレの変な思考停止に気付いたはずだが、エイジも師匠も特に何も言わなかった。

 優しさかもしれないが、案外疲れているだけなのかも。それぐらい2人ともぐったりしている。


 忙しいだけでなくて、多分。あのサクヤの意に沿わないことを、どうやって頷かせるかが、悩ましい仕事なのだろう。

 しかも何とかする方法は、決して思い当たらなくはない(・・・・・・・・・・)のだから。


 オレは何でもない風を装って、話を続ける。


「師匠はサクヤが連れてきたのか」

「サラと会ったんでしょ? あの子と同じですよ。俺は奴隷上がりなんです」

「この国、フリーダム過ぎて、奴隷とか種族とかあんまり気にしないんだよね。奴隷でも、申請して一定条件を満たせば市民になれるし。獣人も大歓迎だし」


 そうか。サラも師匠も、同じ。奴隷から市民になったのか。もしかすると、以前に出会った宿屋の娘アスハも、この国で手続きをしたのかもしれない。


「サクヤちゃんが、強くなりそうな奴隷をどんどん連れて来てさぁ。そうすると親父――って、ここの王様ね。親父が喜んじゃって」

「大好きですよね、あの方。強い生き物が」


 サクヤにとっては良いお客で、王にとっては良い商人。

 その上サクヤは、王の指示で商人の範囲外の仕事もこなしていたと、カスミが言っていた。


「サクヤ自身も、時々、働いてたんだろ?」

「そうそう。そりゃあ強くて。親父の一番のお気に入り」

「『寵姫にしてやる』って、毎回言ってましたもんね」

「よくもまあ、何十年も同じやり取りを飽きずにできるよな」


 懐かしそうに思い出話を交わす2人の脳裏に、確実に、浮かんでいる姿が1つあるはずだ。それは、もう戻れない思い出で。2人にとっても、サクヤにとっても大切な。


「なあ、ノゾミって、そんなにオレに似てる?」


 師匠が、はっとした表情でこちらを見る。

 顔色を変えず即答したのは、意外なことに、エイジの方だった。


「そっくりだよ。少年がいると、あの頃に戻ったみたいだ」


 エイジは身体を起こしもせず、ソファにもたれたまま、呟く。

 その声には、特筆する感情もない。


「初対面のアサギでさえ、街中でオレを、すぐ見つけられるくらいなんだ。よっぽど、似てるんだろ?」

「もうね、生き写し」

「……初めて見たときは、生き返ったんじゃないかと、本気で思いました」

「アサギなんか、初めて会った後で泣きそうになってたよ」

「泣きそうって言うか、泣いてましたね」


 エイジは、こちらを見なかった。

 師匠は、オレを凝視している。

 2人の反応は正反対で、こんなときだが、オレは少し面白く感じた。


 多分、土壇場で振りだけでも落ち着いていられるのがエイジで、こういうときに慌ててしまうのが師匠なのだろう。

 やっぱりエイジが王子サマで良かったと思う。

 きっとそれこそ、王サマに求められる資質だろうから。


「サクヤちゃんはさぁ、たまに遊びに来るくらいなんだけど。俺とナギとアサギと、ノゾミは、本当に兄妹みたいだったから……やっぱりノゾミがいないと寂しいね」

「まあ、それでも俺達は、ノゾミが死んだっていうのは良く分かってます。病床につくところから……最期まで、看取りましたから」

「分かってないのはサクヤちゃんだよね」

「あの人、本当にひどいですよ。ノゾミの病気が分かってから、ぱったり来なくなって。死に目にも会えなかったし、結局ノゾミの葬儀にも来やしなかった」


 忌々しげに師匠が呟いた。

 どうやらサクヤは――逃げた、のだろう。

 大好きなノゾミちゃんの死が、受け止められずに。


 馬鹿なヤツ。

 オレなんかがいたところで、代わりになるワケもない。


 それでもサクヤを失いかけた今のオレには。

 その気持ちは分からなくもなかった。

 オレだって、自分の決断で、勝手に手放して。

 やり直したいのじゃなくて、取り戻したいと、思っているのだから。


 ふと、疑問を感じたので、エイジに投げかけてみた。


「そんなんなら、オレとも一緒にいたくないってもんじゃないのか?」

「知らない。上書きしたいのか、続きを見たかったのか。どちらにせよ、サクヤちゃんには無視できなかったんでしょ。分かってて少年に餌になってもらったんだけど」


 上書き? 

 続き?

 あり得ない。

 いくら似ていても別人だ。


 それで結局、裏切られて。

 本当に、馬鹿だと思う。


「ノゾミは俺達皆の弟みたいなもんだったけど、一番可愛がってたのはサクヤちゃんだったよ。ノゾミが一番素直だし、懐いてたし。サクヤちゃんは魔法使いの先輩として、色々教えたりしてたしね」

「大した役には立ってなかったと思いますけどね。あの人の魔法、我流だから。むしろノゾミが教えてたんじゃないですか?」

「昔は良く暴発させてたもんね……サクヤちゃん」


 基本的に魔力の大きさで全部何とかするのが、サクヤのやり方だ。

 緻密に魔法陣を構成したり、マジックアイテムと自分の魔力を、うまく絡めたりするのは得意ではない。

 確かに、普通の人間の魔法使い――ノゾミが、参考にするのは難しいだろう。


「ねえ。それでさ、もし少年ならこれからどうする?」

「あの人、言い出したら聞かないんですよね……」

「最終手段はあるんだけどさ、あんま使いたくないよなー」

「……恨まれますね、確実に……。もう、それしかないのかな」


 2人の途方に暮れた声は、しばらく一緒に居たオレには、良く理解できるものだった。頑固なんだよ、あいつ。


「ノゾミの思い出ごと国を切り捨てられると、困っちゃうんだけどなぁ」


 思い出すことが苦しい。

 それで、この国にいたくない、なんて。

 一方的に協力を求める師匠達も我がままだけど、好きな人を全部切り捨てようとするサクヤだって我がままだ。

 結局どっちの我が勝つか、という問題になるらしい。


 ――だから。オレは、悩むのを止めることにした。


「なあ、師匠」

「はい?」


 師匠がエイジの机越しにオレを見る。


「サクヤに言うことを聞かせる方法、師匠達も思いついたんだろ?」

「まあ、なくはないですよ。でもそれは……」


 多分、師匠達が思いついて、実行に移さないのは。

 オレが考えて、口に出さないのと、同じ方法だと思う。


 ――でも、オレの考えた方法の中で。

 絶対にオレしか出来ないモノが1つある。


「最終手段は考えてるのかもしれないけどさ。先に、今夜、オレに試させて。明日の朝まで待って欲しい」

「明日? こうなったら、1日や2日の差は、俺達にとっては、別に構いませんけど……。あなた、あの部屋に入れないんですよ?」


 師匠が、オレに近付いてきた。

 オレに視線を合わせて、訝しげに見ている。

 赤い瞳に覗き込まれて、オレは、正面から真っ直ぐに見返した。


 その様子を、見るともなく眺めながら、エイジが呟く。


「いんじゃない。少年のやりたいようにやんなよ。……巻き込んだのは、俺達の方だし」

「エイジ、そうは言っても」

「ああ、もちろん、死ぬつもりじゃないからさ。あの部屋の鍵を貸したりはしないよ?」

「オレもあんたらと一緒に心中するつもりはないから。鍵はいらない」


 オレの言葉を聞いて、エイジは軽く頷いた。


「じゃ、好きにしなよ」

「……もう、本当に知りませんからね」


 溜息をついて師匠が踵を返す。

 エイジの机から、自分が持ち込んだ書類を取り上げて、わざわざ、寝転がっているエイジの顔にかぶせた。


「サイン、しといてください」


 そしてこちらを一瞥もせずに、部屋を出て行ってしまう。

 頑なにオレに視線を向けまいとする様が、いかにも師匠らしいと思う。


 エイジは、顔が隠れたのをこれ幸いと、頭の下で腕を組み、そのまま寝る姿勢に入った。


「サインしなくていいのか?」

「さすがにちょっと疲れた。少年さ、ノゾミのことが知りたいなら、サクヤちゃんの部屋に行ってみるといいよ。ここからならすぐ分かるから」


 エイジの説明を聞きながら。

 オレは可能な限り、頭をフル回転させる。


 オレが悪くて、オレだけがはまってるならまだしも。

 こんな、皆が不幸な、袋小路みたいな状態は、うんざりだ。

 だからオレは――オレに出来る、一番いいことを実行することにした。

2015/08/05 初回投稿

2015/08/06 校正――誤字脱字修正及び一部表現変更

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ