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奴隷商人は嘘をつかない  作者: 狼子 由
第1章 Beautiful Stranger
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5 形勢逆転

 大昔の話。

 人間は天使だったそうな。

 空を飛んだり、地中に巨大な城を作ったり、遠く離れた街を一瞬で灰にしたりできたらしい。そんな思い上がった人間達に神々は罰を与えた……と、かつて盗み聞きした美人神官さんは語っていた。

 神々は天使から羽をもぎ取り、地上へ落とした。その高慢な心を省みて地を這って生きよ、と。


 そして地を這うオレ達は、時々、天使だった頃の名残を見つける。例えば、森の中に散らばる混凝土コンクリート片。これは昔、天使達がその不思議な力で作った石なんだそうだ。煉瓦より固く、粘土のように好きな形に変えられたらしい。


 彼らは混凝土で天を衝くような高い高い塔を建てた……というのが、神話のお話だ。くず石より脆い代物なのに、どうやって巨大な塔を建てたのかが、神学者たちの研究の的になっている――などと、師匠は言っていた。今の主流解釈は、混凝土で塔を建てたというのは何かの比喩ではないか、という説だそうだが、オレからすると正直どうでもいい。


 この辺り、小さい頃に神殿で盗み聞いた話に、師匠から教わった話の受け売りが混じってるんだけど……オレにとっては、まあ、やっぱりどうでもいいってもんかな。

 強いて言うなら、そんなに高い塔があるなら登ってみたかったし、空を飛べれば楽しいだろう、って感想くらいしかない。


 今の人間達の中で空が飛べるヤツなんてのは、魔法使いなんてヤツらだ。

 魔法使いになるには、才能と、そして財力が必要だ。才能だけでは強力な魔法は使えない。適切な教育を受けてこそ、その才能が生きるのだ。

 ところが、適切な教育ってヤツを受けるには、どこかの国のお抱えの魔法使いに弟子入りするしかない。王宮付魔法使いなんてヤツは、十分な金を持っているので、ちょっとやそっとでは、ただ自分の仕事が面倒になるだけの、弟子入り、なんてものを許してはくれない。恐ろしいほどの金を払うか、魔法使いを従わせられるほどの強大な権力を振るうかして、初めて学ぶことが許される。

 そして、魔法使いの弟子は、自分が払った金を取り戻すために、また王宮付魔法使いになる。魔法使いの力は強大な兵力だから、王達も優先して囲い込む。

 ここに、魔法使いの閉鎖的な環境の循環が完成するわけだ。


 残念なことに、オレも師匠も魔法なんて使えないので、素直に泥に塗れた大地で生きるしかない。


 森の中を抜けるまで混凝土の破片を避けて歩いたせいで、足腰は緊張でびきびきと音を立てているような気がする。

 じゃあ上半身は平気かと言うと、人を一人抱えて歩けばそりゃあ平気ではない。

 上から下まで筋肉痛に襲われて、オレは机に突っ伏したまま、こうしてつらつらとどうでもいいことを考え続けているワケだ。


 宿に着き、サクヤを師匠の部屋のベッドに寝かせたときには、夜になっていた。

 ベッドの枕元では、エイジが手当てのようなことをしている。


「うわー、ざっくり。ひっでぇなぁ」


 何が楽しいのか知らないが、いつも通りの明るい声音なので、まあ多分、言うほどはひどくないのだろう。

 同じ部屋とは言え、こうして机に伏せていると、包帯を振り回しているエイジの姿は見えても、その向こうのサクヤがどうしているかまではさっぱり分からない。ぴくりともしないから気絶したままなんだろうとは思うけど。


 扉の向こうで、師匠がお湯を沸かす音がかすかに聞こえてくる。

 大丈夫、大丈夫と言っていたが、確かに師匠はかなり手加減をしていたようだ。道中抱えたサクヤの身体から血が漏れて困るなんてことはなかった。つまり脇腹の出血は止まってるということで。どうもオレの考え過ぎだったのかもしれない。あの時は確かに酷い状態に見えたんだけど。


 でかい手を意外に器用に動かしているエイジを見ながら、オレは気になっていたことを聞いてみる。


「なあ、師匠とその黒マント、どういう関係なんだよ?」


 もともと根性の曲がっている師匠だが、あんな様子は初めて見た。完全に圧倒することを楽しんで戦っていた。

 ――しかも、こちらの有利な条件に追い込んでから。

 あそこまで相手を追い詰めざるを得ないというのなら、何か深い因縁があるんだと思うんだけど。


「まあ、そうね……ただならぬ関係? って感じ」

「分かんねぇよ」


 エイジはちらとオレの顔を見て肩をすくめながら、「他人の事情は説明しづらいんだよねぇ」とぼやいた。

 それ以上を言わないつもりなことが何となく分かったので、他のことを聞いてみる。


「……そいつ、本当に男なのか?」

「そう言ってた? まあ本人がそう言うならそうしておけば?」

「何だそれ、本当はやっぱり女なのかよ」

「ん、気になる? じゃー、今のうちに確かめてみるか!」

「いや! いい! 全力でやめろ!」


 オレは慌てて駆け寄って、黒マントの服を捲ろうとするエイジの両手を押さえた。いや、男ならいいんだけど、まさか女だったらどうすんだよ。


「あら、真っ赤になっちゃって。少年はウブだねぇ」


 にやにやしている顔がムカついたので、背中に蹴りを入れておいた。エイジが座り込んでいる今だから、身長差を意識せず蹴っ飛ばせる。でも絶対的な体格差が変わるわけでもなく、全く効いている様子もないのが更にムカつく。


「あんた、真面目に話すつもりねぇのかよ」

「少年に状況説明するのは、ナギのお仕事になるからなぁ」


 包帯を巻き終えて、オレの方をまっすぐ見た。


「でも、俺からも1つだけ真面目に説明しなきゃいけないことがあってさ」

「……何だよ」


 エイジの眼が珍しく真剣な様子に見えたので、オレも思わず姿勢を正して訊いた。


「ナギが言ったかも知れないけど、俺達の目的はこのサクヤちゃんでさ。こいつを回収したら、お家に帰らなきゃいけないんだよね」


 ふざけた言い方だけど、その眼は笑ってはいない。

 俺達、とは、師匠とエイジのことだ。

 この黒マント――サクヤが2人の旅の目的だったワケだ。それを確保できたから「お家」に帰る。分かりやすい。


 そしてその話を、今、オレに話す意味も。

 何となく分かった。


「お家って……」


 どこだよ、と言いたかったけど。


 ここではないことは分かっていた。

 それで十分だった。


 次に来る言葉を推測しながら、全身の力が足から抜けていくのを感じた。


 座り込むオレはずいぶんひどい顔をしているらしい。エイジが苦笑しながら近付いてきて、上から髪の毛をごちゃごちゃとかき回した。


「……で、1つ提案ね。少年も一緒に来るか?」


 予想外の言葉に、エイジの手で頭をぐいんぐいんとぶん回されながら、オレは目を剥いた。頭の上のエイジの手を掴んで顔を上げる。


「行ってもいいのか!」

「ナギとも何度か話したんだけど、ナギはお前も連れて帰りたいって言ってた。ナギがそのつもりなら、俺は否とは言わないし。後はお前の気持ちだけの問題」


 師匠がそんなことを――。

 エイジが勝手に言ってるだけじゃなくて、師匠も言っててくれたことがすごく嬉しかった。

 例え変態でもヤンデレでもストーカーでも、根性悪くても目付き悪いメガネでも、まだ3ヶ月しか一緒にいなくても、オレの師匠だから。

 ――オレを、助けてくれた人だから。


「オレ、行く!」


 即答するオレの顔を見て、エイジが笑った。


「少年はそう言うと思った。でも一緒に来るなら、色々知っててほしいこともあるから、ナギからちゃんと説明を聞いてくれよ。このサクヤちゃんのことも含めて」

「分かった!」


 さっきとは打って変わって明るい気分になりながら、やる気に満ちて立ち上がる。

 ベッドに近寄ると、シーツの上で眼を閉じているサクヤの顔を見た。


 師匠やエイジとは色んな事情があるのかもしれないが、こうして動かない姿を見てると綺麗な人形のよう。明るい金の髪はキラキラと光を透かして輝いている。何となく触れたいような気になって……いや、おかしいだろ、と自分で自分の意識を立て直した。


 それ以上見ているといつか触ってしまいそうな気がして、オレはエイジの方に視線を戻した。

 エイジはいつも通りの様子で肩をすくめている。

 そのからかうような表情で、オレがついさっきまで考えていたことを読まれたような気がして、慌てて別のことを口に出した。


「医者とかさ、一応呼んでおいた方がいいんじゃね?」

「ああ、さっきも言ってたね。いらないいらない」


 あっさりとエイジが手を振った。

 そう言えばオレは、さっきの帰り道でも、同じようなことを訊いたんだった。

 手当てが必要なら治療のできる神官を探そうと。師匠もエイジも2人して必要ないと言った。

 先程も今も、だ。


「俺こう見えて、医者になろうかと思ってたくらいだから。片田舎の怪しい神官に任せるよりずっと安心だよ」

「医者になりたいって、いつの話だよ」

「10歳くらい? 女の子の裸が見たいってのは、性の目覚めだよねぇ」


 ……本当に思ってただけなのかよ。


「いや、今の冗談だよ? 多少の処置はできるから。そんな怖い顔で見ないで」

「ほんとだろうな」

「ほんとほんと。……『守り手』にそんなもんいらないよ。ほら、そんなこと言ってないで、早くナギのとこ行っておいで。……あ、ついでに水ちょうだい」


 何だそれ、パシリじゃん。

 何となくごまかされたような気がしないでもないが、エイジはそれ以上、何も言うつもりはないようだった。ちらりと聞こえた『守り手』という言葉が気になるけど、ここでうだうだしていても仕方がない。

 ひらひら手を振るエイジを置いて、寝室を出た。


 思い返すと今日だけで、オレの中の師匠の情報が、色々付け加わった気がする。


 サクヤのこと。

 サクヤの前で見せる表情。


 思い出すだけで、何となく尻込みしそうになるけど。

 でも大丈夫。


 何かに誓うように自分に言い聞かせながら、廊下の向こうでたらいに湯を張っている師匠に声をかけた。


「師匠」

「はいはい」


 こちらを振り向きもせず、あっさりと答えが返ってくる。

 そのまま湯を床において、自分の荷物の中からタオルを探し出してから、ようやく師匠はこちらを向いた。


「何です?」


 普段通りの顔をしていた。

 少なくともオレにはそう見えた。

 だからオレは尋ねようとして――ふとエイジに言い付けられたことを思い出した。


「――エイジが、水くれって」

「……いいですけど」


 師匠は何かを捉まえ損ねたような何とも言えない表情で、コップに水を汲んで戻ってきた。オレの横を通って寝室へと入っていく。師匠の背中を隠すように、ドアが静かに閉まるのを見てから、オレはそっと息を吐いた。


 ――やっぱり師匠は。

 いつも通りなんかじゃない。何だろう、この緊張感。

 気付かぬ内にオレ自信の身体にも力が入っていたので、ストレッチの真似事をしながら、師匠が戻ってくるのを待ってみた。


 時間が妙に長く感じる。

 水を渡して帰ってくるだけなのに、師匠は全然出てこない。


 ……本当に、出てこない。

 遅い。

 たらいの湯は床に置かれたままだ。せっかく沸かした湯なのに冷めちゃうじゃないか。


 まさか師匠ったら。

 眼を閉じたままのサクヤの姿を見て、夕方のように色々と弄りまわしているんじゃないだろうか。そう言えば、続きは後でとか言ってたし。全くどこまで変態なんだよ……。


 オレはため息をついて、寝室のドアを開けながら声をかけた。


「エイジ、師匠……何やってんだ?」

「――待て! 開けるな、少年!」


 聞こえたのは、エイジの声だ。

 制止の言葉をオレの頭が理解した時には、既に扉は開いていた。


 扉のノブを握ったままのオレの背後に、一瞬で誰かが回り込んだ気配を感じる。

 後ろからその誰かの腕が、オレの首に回っていた。

 オレは背後から抱きかかえられたような状態で、驚いて動きを止める。


「これで、形勢逆転だな」


 涼やかな高い声が、耳元で響いた。白く滑らかな腕が、オレの首に絡みついている。

 オレはほとんど頭を抱え込まれるような姿勢で、できるだけ頭を動かさないように、声の持ち主を振り返った。


「あんた……サクヤ?」


 さっきまでベッドに横たわっていたはずのヤツが。

 今や、きっちり目を覚まして、オレの首を絞めていた――。

2015/05/23 初回投稿

2015/06/12 サブタイトル作成

2015/06/20 段落修正

2015/08/06 校正――誤字脱字修正及び一部表現変更

2015/10/04 校正――誤字脱字修正及び一部表現変更

2017/02/11 校正――誤字脱字修正及び一部表現変更

2018/02/03 章立て変更

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