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奴隷商人は嘘をつかない  作者: 狼子 由
第4章 Rescue Me
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6 信じてないなら

「知ってたよ。オレが、教えたんだから」


 いつもみたいに、キレられるかと思った。

 でも、オレの答えを聞いたサクヤは、ふ、と耳元で笑った。

 ……いっそ、いつものブーツで蹴られる方がマシだった。


 笑った理由は、自嘲か、軽蔑か。

 振り向いて、その表情を見る勇気は、オレにはない。


 程なく、バルコニーに師匠とエイジが踏み込んでくる。

 サクヤの腕に、絡め取られたオレと、対峙する。

 こうして見ると、最後に会った時のやり直しのようだ。

 エイジがからかうように呟く。


「いつか見たような構図になったね」

「今夜は、俺は起きてますけどね」


 師匠は、飾りのように見える腰の刀に、油断なく手をかけた。

 さして姿勢を変えたようにも見えないのに、それだけで周囲の空気がひやりとする。


 その姿を見てサクヤが、オレの首から、すんなりと手を外す。

 離れていく指先を、むしろ残念なくらいの思いで、見つめた。


「まさか、ここで捕り物を始めるつもりは、ないよな?」

「へえ。何故そう思うんですか? 俺はね、あなたさえ捕まえられれば、もう何もかもどうでもいいんですよね」


 口ではそう言っても、刀を抜こうとしない。

 必殺技の居合抜きのタイミングを計っているのか。

 それとも、今の言葉は口から出任せか。


 何の根拠もないが。

 師匠の性格なら、後者だろうと思った。


 サクヤも、同じ結論に至ったらしい。

 皮肉に笑って、バルコニーの手すりに背を預けた。


「お前は、そこまで破天荒じゃない。それに、俺の今日のコンディションは悪くないぞ。今戦えば、あの時とは違う結果になるはずだ」


 疲労もなく、魔力も十分。

 思い返せば、サクヤと初めて会ったのは、新月の日の夕方だった。

 あの時、サクヤは、夜になって復活した。


 今は半月で――そして、既に夜だ。

 泉から受ける魔力が、月の満ち欠けと、時間帯に左右されると聞いたのは、いつだっただろう。

 考えても、思い出せないのだが――。


「お前らが来るかもと思っていても、危険を冒したのは、今ならまともに、相手が出来るからだ。分かるだろう?」


 師匠もエイジも、返事をしない。

 そして、それでも師匠は、刀の柄から手を離さない。


「今夜の目的はあくまで調査だ。お前らだって、この国のやり方はおかしいと思ったんじゃないか?」

「まあ、青葉の国は、役に立つなら種族も出自も関わらずって。ある意味、平等主義だからね」


 エイジが笑って答えたが。

 師匠は、赤い瞳を静かに燃やして、睨み返すだけだ。


「だから何ですか? 今夜は見逃せと?」

「いや、それは、もういい」


 サクヤが、嬉しそうに笑った。

 左手を、バルコニーの外に伸ばす。

 その指先から、輝く蝶が、静かに飛び立った。


「……ちっ。あなたのペーパーバード、いつ見ても頼りないですね」

「放っとけ。アサギみたいに器用じゃないんだ」


 師匠の言葉に、サクヤは唇を尖らせる。

 蝶は、七色の鱗粉を撒き散らして、ふわふわと上下する。

 そうして、小さく羽ばたきながら、月光に照らされて遠ざかっていった。 


「完全ではないにしろ、ある程度情報は集まった。ディファイ族以外の獣人が、国外に売られていることは、昨晩の内に突き止められたし。ディファイだけが、囚われたまま、まだ国内にいるのも判明した」

「何だ、サクヤちゃんも知ってるんだ。どうやら、連中、ディファイの剣を所望してるらしいよ」


 あっさりと情報を漏らすエイジを、師匠がちらりと睨み付けた。

 その敵意に近い視線を浴びても、エイジはさして気にした様子もなく、肩を竦めるだけだ。


 ――ディファイの剣。

 ディファイ族が守る、神の一部。

 あの不可視の剣の力を、この国は何に使おうと言うのだろう。


 あるいは、剣自体が目的なのではなく。

 ディファイの長老である、トラが目的なのかも。


 肉体を固定する不老不死。

 圧倒的な自動再生。

 強欲な人間なら、きっと、喉から手が出るほど欲しくなるに違いない。

 しばらくサクヤと、一緒にいただけのオレにさえ、その凄さが分かるのだから。


 ディファイの一族を、捕らえたままにしているのも。

 トラに対する、人質にしようとしているのかもしれない。


「後は、アキラが、全てトラに伝えてくれるさ」


 今夜、アキラを連れて来なかったのは。

 そして、オレを連れて来たのは。

 ――全て、その為なのか?


 ふと、思い付いて。

 オレは、サクヤの背中に向かって、問いかけた。


「……なあ。あんた、オレが、裏切ってることを知ってたのか?」


 言い切ってから、自分の声が掠れていることを、自覚する。


 言葉に出すと、どんどん、そんな気がしてきた。

 オレの頭が、勝手に、サクヤの行動の理由を組み立てようとする。


 もしも、オレを信じていたら。

 サクヤはきっと、アキラと一緒に、オレを残したはずだ。

 何があるか分からない王宮に、引きずり出しはしない。


 何故、今日に限って、オレを。

 従者としてではなく、連れ出して。

 こうして、別行動をさせたのか。


「試してたのか? オレが、裏切るかどうか?」


 サクヤは、こちらを、振り返らなかった。

 だから、その表情は分からない。

 ――でも。


「――そうだとしたら、どうするつもりだ?」


 質問を質問で返されて、きりり、と心臓が痛んだ。


 最初から、オレのことなど、信じていなかったのか。

 こうして、最後に試すようなことをするくらいなら。

 ――何故、一緒に来いなんて、誘った?


 裏切った自分を棚に上げて、サクヤを責めそうになる。

 さすがに自制して、喉の奥で、言葉を噛み殺した。


 師匠が、面白そうに眉を上げているのを、絶望的な思いで見る。

 何でこの人、人が落ち込んでるのが、そんなに楽しいんだろう。

 根性の悪さにも、程がある。


 カタン、と扉が鳴った。

 その場にいた全員が、一斉にそちらを見る。

 扉を開けて出てきたのは、白いローブに、水色の髪の神官――アサギだった。


「間に合いましたね」


 アサギは、大きな青い宝玉のついたワンドを、両手で抱えている。バルコニーを見回して、オレの姿に気付くと、優しく微笑みかけてくれた。

 すぐにサクヤに視線を戻し、神妙な顔つきをする。


 バルコニーの入り口を背中で隠すように立ち、ワンドの先を地面に突いた。

 突いた地点から、青い光が広がり、バルコニーの床を覆っていく。

 夜空に、軽やかに呪文が響いた。


「聖杖の力よ、解放せよ! 耐魔陣アブセントプレシフィス!」


 床から垂直に浮かび上がった青い光が、オレ達を包む。

 バルコニー全体に、ドーム上に光が展開すると、フロアのざわめきが完全に消えた。

 サクヤが、苦々しい声で囁く。


「結界か。いつの間にか、腕をあげたじゃないか」

「おかげさまで、先月から大神官になりました。おっしゃる通りの魔封じの結界です。この中では、サクヤさんお得意の魔法も、使えませんよ」


 アサギの挑発に、苦笑が返ってきた。


「お得意なんて言われると困る。どちらかと言うと、俺は魔法は不得手な方なんだが……力任せに、壊してやろうか? 泉の魔力量なら、不可能じゃない」

「構いませんけれど、無理に壊されれば、私の命(・・・)もただでは済みませんよ」


 それは、脅迫の言葉だった。

 盾に取るのは、相手の命ではなく、自分の命。

 自分を――アサギ自身を人質に取れば、サクヤはそれを無視することはできないと、そう言っている。


 す、と表情を引き締めたサクヤが、無言でアサギを見据えた。


 その瞳が、一瞬にして――紅に、染まる。


 途端、周囲の空気に、目に見えない何か濃密なものが満ちた。

 その密度に押されて、アサギの身体がぐらりと傾ぐ。

 それでも、彼女はワンドを支えにして、何とかその場に立ち続けた。

 ワンドを握る手から、じわりと、赤い血が滲み、腕を伝って床に落ちる。


 ――サクヤの魔力が、結界に干渉している?


 アサギの結界に、莫大な魔力で、内側から圧がかかっているのだろう。

 アサギの言葉が、事実なら。

 この結界が破られる時、その命も失うことになる。

 身体をワンドにもたせかけて、荒く息をする姿は、そこに嘘はない、と告げていた。

 

「……サクヤ!」


 さすがに、黙って見ていられない。

 オレは、目の前の、サクヤの細い肩に手をかける。

 それを、こちらを一瞥もしないまま、無言で払い除けられた。


 そのまま無視されるかと、思ったのだが。

 サクヤは、小さく息を吐くと、瞳を閉じた。

 瞼を下ろすと同時に、空間に満ちていた何かが消失する。

 アサギが、重圧から解放されて、唇を震わせて深呼吸をした。


 次に眼を開いたときには、サクヤの瞳はいつもの青に戻っていた。


「それで、次はどうする? アサギの結界だって、無限には保たない」

「もういいです。あなたとは話にならないし。それは、帰ってから考えます。あなたを無力化させる方法は、魔封じの結界だけじゃない」


 アサギ自身を人質に、魔法を封じられたサクヤに向けて。

 ついに、師匠は、腰の刀を抜いた。


 ――ああ、ダメだ。

 エイジとアサギが、揃って、やっちまった、という顔をしている。

 多分、オレも同じ表情をしているに違いない。


 抜いた刀は、師匠の必殺技、居合斬りには向かない形状だ。愛刀暁あかつきに比べると、反りがほとんどない。あれでは、普段の技は使いづらいだろう。

 だから、抜き放ってしまったのだと思うのだが。


 ――でもさあ、師匠。

 継承戦に参加して貰おうとしてる人を、戦って捻じ伏せて、反感を煽ってどうするんだ。

 サクヤを仲間にしたいんじゃなかったのか。


「師匠。あんた、継承戦って、目的があるんじゃないのか?」

「――俺はねぇ、カイ」


 油断なく、刀を脇に構えて、サクヤを見たまま。

 師匠は、オレに向かって話しかけてきた。


「この人が斬れれば、それでいいんです」


 その言葉は、多分、嘘が多く含まれているけど。

 真実の匂いも、感じた。


「あのさ、ナギはそれで良くても、オレとアサギはそうじゃないんだけど……」

「ナギ様。もう少し、後のことを考えて動かれた方が……」


 エイジとアサギが、口々に師匠を止めようとする。

 師匠は、唇を歪めた。


「この人が斬れれば、それでいいんです」


 黙ってしまったエイジとアサギに、サクヤが眉を寄せる。


「お前ら、いつものことだけど、ちゃんと止めろよ、これ」

「やだよ、怖いもん」


 エイジは肩をすくめるだけで、アサギは無言で微笑んでいる。

 言外に止める気はないと表現されて、サクヤは溜息をついた。


「……やっぱり、相手しなきゃいけないのか?」

「そうですよ。言ってるでしょう。あなたを斬るために、追ってきたんですから」


 くすくす笑う、師匠の顔を見ながら。

 サクヤが、するり、と、髪に挿していた銀色の飾りを抜いた。

 長く、先が尖っていて、太いかんざしのような――くないのような、シロモノだ。


 無造作にそれを左手に構えて。

 サクヤは、「来いよ」と囁いた。

2015/07/27 初回投稿

2015/08/06 校正――誤字脱字修正及び一部表現変更

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