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奴隷商人は嘘をつかない  作者: 狼子 由
第4章 Rescue Me
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3 その一瞬を切り取りたい

 あんたに会いたくないから、宿に戻らなかったのに。

 何で、結局見付けてしまうんだろう。


 いや、そもそも、あれだけ気を付けろと言ったのに、この人だかり。

 この人、本当にどこにいても、厄介事と切り離せないらしい。


 人垣の隙間から覗いて見ると、サクヤと対峙しているのは、人相の悪い1人の男だった。

 2人は何か話しているようだが、さすがにこの距離では、人が邪魔で声が聞こえてこない。


 オレは、近くの人に尋ねてみる。


「あのさ、これって、何の騒ぎなの?」

「おお、良く分かんねぇが、あの美人がさ、絡まれてるらしいぞ」

「いやいや、絡まれてるどころじゃねぇって。あの男は、この街の裏の人間だ。このままじゃ、お姉ちゃん、連れていかれちまうぞ」


 見た目だけで、サクヤが女に間違えられてるのは、デフォルトとして。

 ただ絡まれているだけなら、サクヤなら、こんな相手、万に一つも問題ないはずだ。

 一瞬、このまま放って置こうかという気も、しないではなかった。


 ――そもそも、会いたくないのだ。


 きっとサクヤは、オレが裏切ったなんて、事が進むまで気付かない。

 王宮で師匠が待ってるなんて、知らないままだ。


 だから、顔を合わせれば。

 いつものように、嬉しそうに笑うだろう。


 その顔を、見たくない。

 そうして、喜ばせて。

 その瞳が、今夜、どう変わるかなんて、知りたくない。


 オレは、踵を返しかけて――それでも足を、途中で止めた。


 今、一番見たくないその表情は。

 もしかしたら、明日には、例え望んでも、二度と見れないかもしれない。


 今夜の師匠の企みがうまく行こうが、行くまいが。

 サクヤだって、裏切り者の顔なんて、見たくないに違いない。

 だから、これが最後かも。

 あんたが、笑ってくれるなんてことは。


 ――それなら、覚えておかなくては、と思った。

 後から、それを、ひどく非難されることになったとしても。


 どこか、挑むように。

 オレは、人を押し退けながら、人垣の中央に近付いていった。

 近付くに連れて、サクヤの声がオレにも聞こえるようになってくる。


「……俺も、そんなに温厚な方じゃない。いい加減にしないと、叩きのめすぞ」


 ああ、サクヤさんったら、既にキレてらっしゃる。

 あんた、『温厚じゃない』どころの話じゃないぜ。

 怒った顔も美人だけどさ。


 フードを被っていないので、さすがに、こんな街中で魔法を使うことはないだろうが、既にサクヤの姿勢は戦闘モードに入っている。

 その顔は、無表情の内に、飛びかかる瞬間を計っているときの顔だ。


「ちょっと付き合ってくれ、って言ってるだけだろうが。こっちが優しく言ううちに、言うこと聞いときゃいいものを」

「――それは、こっちの台詞だ」


 男の言葉に、サクヤは長い息を吐いた。

 吐き切った息を、次に吸う瞬間。


 一気に踏み込んで、距離を詰めた。


 向こうは、まだ言葉で脅しをかけるつもりだったらしい。

 そんなスピードの突撃が、来るとは思っていないだろう。

 男にとっては、恐ろしい程の不意打ちだ。


 驚いた顔の男の胴に、踏み込みの勢いを使った、サクヤの回し蹴りが飛ぶ。

 突然の大技だが、男の方も、なかなか腕は立つらしい。

 予想外のタイミングでも素早く反応し、胴を腕でガードした。


 しかしサクヤは、それさえも、次の攻撃につなげる。

 ガードに左足がかかると、その足を土台にして、更に回転しながら跳ねる。

 男の顔が真横に来たところで、右足で、追い掛けるような回し蹴りをかけた。

 対応しきれなかった男は、例のブーツで顎を思い切り蹴られて、そのまま吹っ飛んだ。


 跳んできた男の身体に、何人かの観客が下敷きになっている。

 まあ、喧嘩の観戦をしようというようなヤツらだから、そこは覚悟してるだろう。

 すとん、とサクヤが地面に降りる。数秒遅れて、長い髪が、ふわりと落ち着いた。


 一瞬の静寂の後。

 開始数秒で片のついた立ち回りに、周囲から一斉に歓声が上がった。

 小柄な美人が、大柄で乱暴な男を倒したことで、観衆は湧き上がっている。周辺から、やんやの喝采があがる。


 サクヤは、観衆を無視して、始めたときと同じように、深い息をついて、残心している。

 ふとその視線が上がり、ようやく近くまで来れたオレと目が合った。


 ――予想通りの軌跡で。

 その唇が、緩く引き上げられるのを見て。

 胸が、痛んだ。


 興奮気味に、肩を叩こうとする観衆を無視して、サクヤは、オレに近付いてくる。


「おう、ねえちゃん、やるじゃねぇか!」

「よくやったぜ!」

「見事だな、すげぇぞ!」


 次々に求められるハイタッチの姿勢やら、声掛けを全て放置して、オレに尋ねた。


「気分はいいのか?」

「まあ、寝起きの時より、多少は」


 そんな会話の合間にも、知らないヤツがどんどんサクヤに声をかけてくる。

 祝い酒とばかりに、グラスを押し付けてきたおっさんの手を、容赦なく払いのけた辺りで、さすがにサクヤは眉をひそめた。


「少し場所を変えよう。ここは騒がしいから」


 ……誰のせいだよ。


 と、指摘したとしても、良い返事が戻ってくる気はしないので、オレは、黙って頷くことにした。


 サクヤが、観衆の隙間を縫うように、先を立って移動する。

 その背中で揺れる金髪を見ながら、オレは今のサクヤの動きを思い返す。


 やはりサクヤは、反応速度がずば抜けて早い。

 柔らかい身体をフルに使った、予想外の動きは、相手の対応に素早く反応できるからこそ、活きる。


 例えば、気配察知にしても。

 周辺の気配を感知するのは、実はオレも、そこそこ得意で。

 知覚するタイミング自体で言えば、サクヤと比較しても、オレの方が早い位かもしれない。


 それなのに、オレとサクヤで何故、動きに差が出るかと言うと。

 サクヤは、感知した後の対処が、恐ろしく早いのだ。


 それは、多分、単純な繰り返しの問題だ。

 あらゆるパターンに対して、訓練を重ねることで得られる、反射の速度向上。同じだけ練習すればオレにも出来ると、言ってしまえばそうなるが。

 同じだけの練習というのが、いかに膨大な量を指すことか。

 長い命を、サクヤが何に使ってきたか、そして、それがどれだけ大変なことかは、容易に推測できた。


 多分、やっぱり。

 オレには、同じことは出来ない。

 そこまでの、一途さは、オレにはない。


 マジメで、一途で、一生懸命で。

 口が悪くて、横暴で、自分勝手で。

 そして、人のことをすぐに信じて、身内に甘い。

 ――そういう人だと、もう知っている。


 サクヤは、道の脇に喫茶店を見付けると、オレの了承を待たずに、さっさと入って行った。

 一度も振り返らないのは、ついてくることを疑っていないからだろう。

 席に案内されるやいなや、勝手にコーヒーを2つ頼んで、ようやく落ち着いた。

 足を組んで、深く椅子に座り込む姿は、もう、しばらく立ち上がる必要はないと、安心しているようだ。


 勝手に、と言っても、コーヒーを頼んでもらったオレに否やはない。

 そもそも、全部サクヤの金だし。


 ちなみにオレは、もともとコーヒーなんてほとんど飲まなかったのに。

 サクヤと一緒にいるようになってから、摂取量が爆発的に増えている。

 コーヒー大好きっ子のサクヤさんのせいで。


 サクヤが、疲れたように小さく息を吐いた。

 落ち着いたところで、オレはさっきの相手について聞いてみる。


「お疲れさん。さっきのは、何だったんだ?」

「知らん。勝手に絡んできた」


 相変わらず、返答は大雑把だ。

 敵が多いので、面倒な相手は叩き伏せたらおしまい、というスタンス。


 肘掛けに、気怠そうに肘を突くサクヤは、絵のように綺麗で、まあ、絡まれるのも致し方ない、と少し思う。

 窓から差し込む日の光が、その金髪をきらきら輝かせるので。


 ただし、気怠いなんてのは、見てるこっちが勝手に美化しているだけで、どうも本人は、眠気を我慢しているだけのようだった。

 前回の就眠時刻からは、既に30時間を過ぎている。

 昨晩、精力的に活動していたので、それが祟っているというのもある。

 夜会の出席を取り付けるのが、こんなに疲れるくらい大変だったというのもあるだろう。


「そう言えば、今夜は夜会に行くって言ってたよな。何の集まりなんだ?」

「貴族の子女のお披露目みたいなものかな。若い世代が多いから、俺達が紛れていてもそう目立たない。商人も売り込みに行くのが普通だから、俺も嘘をつかなくてすむし。今夜は、上位の貴族も一応は来るらしい」


 運ばれてきたコーヒーに、早速口をつけながら、その合間に、答えが返ってきた。

 ふーん、と思いながら、オレも自分のコーヒーに手を伸ばした。


 しかしこいつ、本当にコーヒーばっかり、良く飲むなあ。

 モノを食べない分を、コーヒーで発散してるのか?


 じっと見つめているオレに気付いて、サクヤは、コーヒーカップ越しの視線で、言葉を促してきた。


「あんた、コーヒー好きだよな」

「……そう言われてみれば、良く飲んでるような気もしてきた」


 しかも、自分で気付いてないのかよ。

 気がするレベルではなく、本当にしょっちゅう飲んでいるのだが。


 飲まないのは、移動中くらいだ。

 一応、いつも持っている水筒には、コーヒーではなく、水が入っていることは確認済み。

 それでも、街に寄った時などで、コーヒーが飲めるタイミングがあれば、欠かさずに飲んでいると言っていい。


「いや、癖みたいなもんだよ。品質に違いがあるのを気にしなければ、どの町でも大体あるし。好きかと言われると……ちょっと、良く分からない。豆を選んだり、挽き方にこだわって飲む訳でもないし」

「そんだけ飲んでて、好きじゃないことはないから、大丈夫だろ」

「そんなもんだろうか」


 オレの言葉に、サクヤは、どこか安心したように、コーヒーに再び口をつけた。

 その様子は、やっぱり、コーヒーが好きなようにしか見えないので、オレは、何となく笑ってしまう。


 こんな時間は、もうこれが最後だと、分かっているのに。

 きっと、明日には、この人から軽蔑されるしかないだろうに。


 それでも、この姿、空気、全部覚えていたい。


 ――祈るような気持ちで、瞳を閉じた。

2015/07/21 初回投稿

2015/08/06 校正――誤字脱字修正及び一部表現変更

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