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奴隷商人は嘘をつかない  作者: 狼子 由
第4章 Rescue Me
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2 小一時間、問い詰めたい

 カスミはまだ笑いが時々込み上げてくるようだったが、口では一応「悪かったよ」と謝ってくれた。

 しゃがみこんでいるオレに手を差し出してくる。

 業腹ではあるが、怒っていても仕方がない。吐き気がおさまってきた頃合いで、その手を取って立ち上がった。


「まあ本当のところ、最後まではいってないだろうし。でも、あたしもあの子猫ちゃんも見てたワケじゃないから、どこまでやったかは本人に聞くのが一番だね」


 子猫ちゃん、というのが誰を指してるのか、しばらく考えた。

 そして該当しそうなのが1人しかいないことに気付いた。あれが子猫ちゃんなら、ずいぶんやさぐれた黒猫だと思うけど。

 今日のオレは残っているアルコール成分のせいか、頭の回転が遅い。人の言葉を理解するのに随分時間がかかることを自覚した。


 ……そうだよ、待ってくれ。

 最後までいってないって……途中まではいってるのかよ。

 何やってんだ、昨日のオレ。

 こんなんなら、もう絶対酒は飲まない……。


 何より記憶が定かでないことに一番落ち込んだ。

 カスミがくつくつ笑いながらも歩きだしたので、頭を垂れてその横を歩く。

 あまりに楽しそうな様子に一言言いたくなった。


「そんなに面白いかよ。あんたとサクヤは古い友達なんだろ。友達のゴシップなんてそうそう聞きたいモノか?」

「……おや、何でそう思った?」


 カスミの眼がきらりと光る。

 どうやらオレの言葉に興味を持ったようだが、何を問われているのか、酒漬けの頭ではうまく判断が出来なかった。

 黙っていると、にやにやしながら言葉を重ねてくる。


「あたしとサクヤが古い友達だなんて。さすがに良く観察してるねぇ。まあ、悪友か……いいとこ戦友かね。戦友なのはもう15年も前の話だけどさ」


 ああ、それが聞きたかったのか。

 ようやく理解したけど、さして面白い答えがあるワケではないから、オレは沈黙を貫いた。

 何でもくそもサクヤは身内とソレ以外の対応を明確に分ける。カスミが完全に身内の範疇に入ってることは、すぐに分かった。

 それだけのことだ。当たっても別にすごくもない。

 サクヤについて少し予備知識があれば、誰でも分かる。

 頭の鈍ってる今のオレでさえ、分かってしまうのだから。


 現在、オレの頭はマルチタスクを放棄している。

 言われた言葉を、大分遅れをとりながら、最初から順に噛み砕いている。

 だから、カスミの『さすがに』に込められた皮肉に気付いたのは、かなり時間が経ってからだった。

 その頃には、もう、言い返すようなタイミングでもなくなっている。頭の中だけで、文句を言った。


 ……くそ。そんな言われるほど、見てねぇよ。


 そして、更にその後に、『戦友』という言葉に辿り着いた。それについて聞こうと思ったときは、既に、町外れの墓地に到着したところだった。


 毎日通う、娘の墓だ。さすがにカスミは、目的の場所を完全に覚えていて、脇目もふらず、まっすぐに進む。

 しばらく歩くと、1つの小さな墓石の前に、墓の大きさにそぐわない大きな花束が置いてあった。花束はまだ新しく、来る途中にあった花屋のロゴの入ったリボンが巻かれている。

 その墓石の前で立ち止まって、カスミは首を振った。


「……あのバカ。そんな金があったら、宿に入れろって言ってんのに。あんたからも、言っておいて」


 その様子は、言葉とは裏腹に、少し嬉しそうに響いた。


 きっとこれは、サクヤが昨日置いたものなのだろう。

 花の種類も色もバラバラに包まれている為に、花束は全くまとまりがなかった。


 この感じだと、サクヤが自分で選んだんじゃないか。

 あまりにも、センスのない花の組み合わせだ。花屋の意見を少しでも聞けば、ここまでひどくはならないはずだ。


 その花束を見ながら、ふと。

 もしかすると、店の花を片っ端から、1本ずつ詰めていったのかもしれないな、と気付いた。


 あの白い指先で。

 1つ1つ。

 無器用に、丁寧に。

 花を手に取る姿が、目に浮かぶようだった。


 墓石には、『遠野とおの ゆき』と、彫られていた。

 ――12才。

 死ぬには、まだ幼い。


「ユキはさ、あたしが20才の時の子で」


 カスミが、墓にかかった一枚の葉っぱを拾いながら、呟いた。

 オレは無言で頷く。


「仕方ないから、傭兵団を止めてさ。宿の女将になって。生んで見たら、これが可愛くてさぁ。サクヤもそうだけど、昔の仲間はみんな、ユキにメロメロさ」


 ぽつり、ぽつりと話すのは、語り慣れていないからか。

 オレは、頷く。


「10才の時に、攫われた。1年かけて、サクヤが探してくれて。見つかった時には、ボロボロだった……」


 カスミの声が小さくなった。

 オレは、カスミの方を見ないままに、三度、頷く。


「それでも、『ママに会えて良かった』って。最後に1年過ごせたのは、良かったのかもしれないけど。結局、犯人は、傭兵時代のあたしを恨んでるヤツだった」


 声は小さいが、震えてはいない。

 手の先で、拾った落ち葉を弄びながら、続ける。


「そいつも、もう生きてるかどうか。さすが奴隷商人だよね。サクヤがどっかに売っぱらっちゃったらしいよ。こういうのを、因果応報って言うなら、またあたしにも回ってくるのかも知れないけどね……」


 オレは、ただ頷くだけだった。


 ――何が言えるというのか。

 子をなくす親の気持ちどころか、親を思う子の気持ちすら知りはしない。


 それでも、誰かを大切に思う気持ちは知っているから。

 だから、何も言いたくない、と思った。

 ――軽々しい慰めなどは。


「あんた、もしかしたら、心配してるかも知れないけど、別にサクヤはユキの父親じゃないからね? サクヤだけじゃなくて、あの頃の仲間はみんな、ユキの事が好きでさ、程度に差はあっても、どれもあんなもんだ」

「いや、そんな心配はしてねぇから」

「ひゅーぅ。信じてるんだね」


 ――違う。

 信じるとか、信じないとかそういうことじゃない。

 姫巫女にそんなことがあり得るはずがない、というだけだ。

 これも、サクヤについての知識の量によるものであって、信頼とか、そういうのは一切関係ない。

 断じて、そういうことじゃない。


 ……と、説明しようとして、心配する必要すらないことに気付いた。

 サクヤがどこで子ども作ろうが、オレが口を出すことじゃないんだった。


 オレの表情の変化が面白かったらしく、カスミがこちらをにやにやと見ている。

 オレは、ようやく、さっきの質問を思い出した。


「……あんたら、同じ傭兵団にいたのか」

「そうだよ。サクヤは、傭兵っていうのとはちょっと違うけど。それに、今は青葉の国がごたついてるから、しばらくは、あそこには行かないって言ってたなぁ」


 ――青葉の国。

 サクヤの近くで、その名が出てきたのは、これで3回目だ。

 1度目は、双子執事の、ケイタとコウタの口から。

 2度目は昨日。アサギは、青葉の国の神官だと言っていた。


「あんた、青葉の国の傭兵だったのか?」

「あたしはそうだけど、あんたが聞きたいのはサクヤのことだろう? サクヤは、王様の伝手でさ。あんた、サクヤの武器って見たかい?」


 武器? 思い当たるのは、針のことか、魔法のことか。

 どちらも知っているので、オレは、頷いた。


「じゃあ、言うけど。あいつの魔法は凄いよね。あたしも、何度も助けられた。あんななら、お抱えになればいいのに。他の奴には見せたがらなかった。そう、あんたは知ってるんだね……」


 知ってるだけだ。

 そんな、何かを期待するような眼は止めてくれ。


 カスミも。

 アスハの親父も。

 トラも。


 ――オレが、サクヤを大事にする前提で、話をするな。

 オレなんか、いつまでサクヤと一緒にいられるかも分からないのに。


「青葉の国の王様も知っててさ。あいつの本職は奴隷商人だろうけど、何かあると、王様に頼まれて参戦してたよ。うちでずっと働かないかって、何度もスカウトされたって」

「ふーん」


 ことさらに、興味ない風に返事をした。

 その様子を、カスミは勘違いをしたらしい。

 からかうような口調で、先を続ける。 


「ああ、最近は王様だけじゃなくて、王子様がうるさいって言ってたなぁ。そろそろ、継承戦に巻き込まれるから、あの国には近付かないって言うんだから。欲が無いって言うか、何て言うか」


 ふと、話の中に、以前聞いた単語が出てきたことに気付いた。

 あの、双子執事と戦った時に、サクヤが言った言葉だ。


「……継承戦……」

「そう、聞いた? 青葉の国はさ、王位継承者を試合で決めるんだ。王子様方が、腹心の部下をジャンルに分けて試合させるんだって。そんで、最終的に強い部下を多く抱えてる王子様が、次の王様になるって寸法さ。もう10年若ければ、あたしも王子様達のどれかに、声をかけられたかもね」

「別に、声をかけられるのは、美人だから、じゃないんだろ。お妃サマを探してるんじゃないんだから」

「おーや、言うねぇ、君ぃ!」


 いっそ、嬉しそうな位に明るく突っ込まれた。


 昨日、宿に行ったばかりの時は、何という愛想の悪さかと思ったくらいだったのに。

 今は、サクヤの話で、オレが不機嫌になるのが、楽しくて仕方がない、という様子だった。


 嫉妬とか、そういうモノじゃないんだ、と言いたい。

 でもきっと、言っても更にからかわれるだけなので、もう何も言わないことにした。


 それに多分、サクヤのこととは別に、自分の娘――ユキの話をしてしまったので、少し、興奮しているというのもあるのだろうと思ったし。


 でも、結局、カスミも。

 オレに期待しているんだろ?

 オレは、きっと、その期待に応えられないのに。


「あー、くだんないこと、いっぱい話しちゃったね。まあ、あたしは、サクヤには、割と恩があるってことが言いたかっただけ」


 黙っているオレを見て、さすがにからかい過ぎたと、多少は反省したらしい。

 カスミは、ぐるぐると肩を回しながら、「帰ろっかね」と呟いた。


「気分はどうよ?」

「身体的には、だいぶマシ」


 ――精神的には、さして変わらない。

 いっそ、起きたばっかの時の方が、考えるつもりもなくて、良かったかもな。


 墓地の入り口で、カスミが重ねて聞いた。


「じゃあさ、こっから、1人で帰れるかい?」

「帰れると思う」

「あたし、サクヤに頼まれた洗濯屋に寄っていくよ。これ。密封してあるけど、開ければあんたのゲロの匂いがすると思うから、先に帰ってな」


 カスミが肩にかけていたのは、オレが汚したサクヤのマントらしかった。

 親切で言ってくれてるのだろう。気分がマシになったと言っても、吐瀉物の匂いで、またダメになる可能性があると考えて。


 オレは、渡りに船とばかり、頷く。

 墓地の入り口で、カスミと別れ、その後ろ姿を見送った。


 カスミの背中が見えなくなってから、ポケットからペーパーバードを取り出した。

 くしゃくしゃのメモ用紙は、まるで、今のオレみたいだ。

 頭は痛いし、喉は痛いし、体中、だるくてぐしゃぐしゃな気分だ。


 迷いながら。

 深く考えられないのをいいことに。

 震える手で、書き込みをした。


『こんや、やかいで』


 拙い文字だが、師匠なら理解してくれるだろう。


 ぴり、と千切った紙を、投げるかどうするかで、また手が止まった。

 ところが、止めたはずの手は、二日酔いで力が入らなくて、指先から紙切れが勝手に落ちてしまった。

 地面に触れる直前で、紙切れは小鳥に変わり、高く飛び上がっていってしまった。


 その羽ばたく姿を見上げながら、思う。


 ――これで、終わりだ。


 何も、決めない内に。

 サクヤの誘いには、答えてないからって。


 自分の手も、汚さずに。

 紙切れは、勝手に落ちただなんて。


 ……言い訳がましくて、自分のことながら、嫌になる。


 とりあえず。

 これでオレの任務は終わった。

 後は、師匠と合流するだけだ。


 どうしても振り切れない、サクヤへの罪悪感を持て余しながら、オレは宿とは反対の方へ向かって歩く。

 宿で寝ているはずのアキラの顔を見る気にもならないし、何より、サクヤに会いたくなかった。


 勿論、サクヤを油断させる為には、最後まで、知らぬふりで一緒にいなければならない。

 でも、宿に戻るのは、もう少し気持ちが落ち着いてからにしようと思う。


 サクヤは既に、オレを、身内のカテゴリーに入れている。

 明らかにオレと2人でいるときは、リラックスしているし、聞けば大抵のことは教えてくれる。

 トラやカスミのように、サクヤの秘密を知っているヤツからも、色々と教えてもらえるのは、サクヤが口止めもしていないからだ。


 もともと、警戒心の薄いヤツではあった。

 でも最初の頃のそれは、オレが大して強くもなく、サクヤにとって脅威ではないからだ。


 ――今は、違う。


 これだけ情報があれば。

 オレは、サクヤを攻略することが出来る、と思う。

 サクヤをどうすれば無力化できるか、思い当たる方法も幾つかある。


 実際に試してみないと、はっきりとしたことは言えないが、隙を見て捕獲することも、二度と目覚めないようにすることも、出来る。

 サクヤにとって、逃げようのない手段で、その心を縛る方法もある。


 それなのに、サクヤは、オレを全く疑わない。

 これが、油断でないとしたら何だろう。


 ――信頼、とは、呼びたくなかった。


 オレは、師匠に恩を返すと決めていたのに。

 絶対服従なんて冗談混じりに言われてるのに。

 弟子として、ずっと側にいようと思っていたのに。


 何で、そんなに無防備なのか。

 許されるなら、小一時間、膝詰めでサクヤを問い詰めたい。


 そんなだから、オレなんかに、裏をかかれてしまうんだよ。


 思い悩みながら歩いていると、大通りが騒がしいことに気付いた。

 通りの中心付近に、人が集まっている。

 何事かと、人垣の端から覗くと、人だかりの中央にいたのは、サクヤだった。

 よりによって……一番会いたくない時に。

 どうしたって、この人は、目立って仕方ない人なのだと、溜息と共に理解した。

2015/07/19 初回投稿

2015/08/06 校正――誤字脱字修正及び一部表現変更

2015/11/15 校正――誤字脱字修正及び一部表現変更

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