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奴隷商人は嘘をつかない  作者: 狼子 由
第1章 Beautiful Stranger
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4 ちゃんと説明しろって

「……さて、バカ弟子にしては上出来でしたね」


 小さく呟いてこちらに向き直ったその表情は、いつも通りだった。

 いつも通りだったが……やっぱり怖い。


「帰ったらよーく誉めてあげましょう。さ、最後の一仕事お願いしますよ」


 サクヤの身体を置いてこちらに歩み寄ってくる師匠から、オレは――同じスピードで後退りする。


「おや、どうしました?」


 いつもと同じ、少し皮肉そうな笑い。

 メガネの奥で細めた赤い眼。

 振り向いて走り出すタイミングを測りながら、オレは師匠から眼を離せない。いつもと同じ顔をしているのに、全く知らない人に見えた。

 ずりずりと後進していた背中に、どん、と何かが当たって、オレは予想外の驚きに息を飲む。


「おーい、いつから少年は後ろ歩きする生き物になったんだ?」


 頭の上から能天気なくらい明るい声が聞こえてきて、オレは安堵に息を吐いた。


「――エイジ」


 オレが背後を見上げるのと、師匠が呼び掛けるのが同時だった。

 完全にいつも通りに戻った師匠は、早速エイジに憎まれ口を叩いている。


「あんまり遅いので、どこかでくたばってるのかと思っていましたが」

「まあそう言わないでよ。ナギもたまには楽しみたいかと思って、わざわざ寄り道してきてあげたんだから」


 エイジがオレの頭にぽん、と手を置いた。

 オレはこの場であった出来事を一からエイジに話そうとして、ふと気付く。


 エイジは全て理解しているのだ。


 この場で何があったか。

 師匠とサクヤが、どんな関係か。


 いや、この口ぶりだとエイジも第三者じゃなくて関係者のようだ。ワケが分からないのはオレだけだった。


「予想通りお楽しみだったようで……カイ坊やが怯えてるじゃん」

「怯えてねぇよ!」


 反射的に言い返す。

 言い返してから、さっきまで師匠への恐怖で息が詰まっていたことを思い出した。こうして何がしか声を出すと、少し落ち着いたような感じがする。

 頭の上にエイジのでかい手が乗っかったままになっていることにようやく気付いて、オレは手を払った。気を落ち着かせて見れば、色々口で言いはしたが結局師匠はサクヤを殺してないらしいし、戦闘中に軽口を叩くのもいつものことだ。


 今だって、いつも通りの表情をしている。

 思い直すと、正直、何があんなに怖かったのか分からない。

 高度な斬り合いだったから雰囲気に呑まれたのだろうか。


 ふと、どこからか女性用の香水の匂いがした。

 匂いは、オレの背後から。エイジがどこに「寄り道」してたのか、何となく理解した。

 どうせまた、酒場のお姉さんのとこにいたのだろう。

 金髪碧眼で高身長。整った顔をしているエイジは、女にモテる。オレからすると、いっつもにやにやしていて、こんなんのどこがいいのかさっぱり分からないんだけど。

 オレがエイジを睨み付けてると、エイジも面白そうにオレを見た。


 師匠がその様子を見ながら腕組みをする。


「俺の楽しみは否定しませんが、結局あなたがこんなど田舎まで一緒に来た意味は全くありませんでしたね。だから俺1人でいいと言ったのに」

「俺もそうしたかったんだけど、そういうわけにもいかないんだよね。大人の事情で」


 独り言のように呟きながら、エイジは倒れているサクヤに無造作に近寄り、その横にしゃがみこんだ。


「あーあ。まー、随分楽しんだようだね。サクヤちゃんも可哀想に」


 サクヤの脇腹の傷を検分している。


「死にはしないでしょうから大丈夫ですよ。ちゃんと手加減もしてます」

「ま、そういうことにしとく? ほらほら、少年もそんなとこに突っ立ってないで、こっちおいで」


 エイジにちょいちょいと手招きされて、恐る恐る近寄った。

 師匠が不思議そうな顔をする。


「さっきから何をびくびくしてるんですか、いつもは何も考えずに突進するしか能がない癖に」

「何となく予想はつくけどね。ほら、少年。ちょっとこれ持ってて」


 軽い口調で言われて何気なく手をだすと、どさりと、気絶しているサクヤの身体を腕に渡された。

 その身体はエイジが準備よく持ってきた大きな毛布のようなもので、ぐるぐるに巻き込まれている。

 予想していない荷物に一瞬よろめくが、すぐに踏みとどまった。幸い、小柄なサクヤが軽かったのだ。


「少年もきっと事情やら聞きたいだろうし、とりあえず宿に帰りますか」

「え、ちょっと。サクヤさんを運ぶなら俺が持ちますよ」

「そういう訳にもいかないでしょ。ナギに渡したらどうなるか、少年は察してよね」


 さっさとエイジが歩き出し、師匠はその後を追う。

 不満げな師匠を嗜めるエイジに、オレは背後から食って掛かった。


「師匠が持てねぇなら、あんたが持てばいいんじゃね?」

「あら、少年はちょっとマラソンしたくらいで、もうへばっちゃったの?」

「んなワケねぇだろ!」

「じゃあ、宿まで運ぶくらい軽いもんでしょ」

「おお、軽いもんだぜ! 実際軽いし」

「はい、よろしく」

「おー、やってやるよ! おら、さっさと行くぞ! 師匠もぼーっとしてると置いてくぞ」


 サクヤを肩に担ぎ直すと、走って2人を追い抜かす。

 オレの後をゆったりと師匠とエイジは並んでついてきた。

 その様子を見てふと気付いた。今のやり取り、乗せられたような気がする。


「カイ。問題です。最後にサクヤさんが投げたもの、見えましたか?」


 歩きながら師匠が唐突に問題を出してきた。ここ最近、抜き打ちで出されるようになった新しい修行だ。こんだけイレギュラーが入れば、今日はないかなと期待していたが、やっぱりあるらしい。

 日課の素振り・筋トレ・ランニングに加えて、師匠の出す問題が解けないと、逆立ちで宿の周り十周する決まりなのだった。でかい宿に泊まった日は、結構大変。


「それは戻って数を確認して来いってことか?」


 ぼんやりとしか見えなかったが、さっきの場所まで走って戻れば、実物が残っているはずだ。


「いえ、あくまで見えたかどうかで」

「はっきりじゃないけど、多分、針かな。そんな武器があるのか知らないけど」

「何本でした?」

「3……いや、4本」


 多分だけど、と付け足すと、師匠は、ふん、と鼻を鳴らした。


「サクヤさんが何か企んで、あえてカイを引きはなさかったのかと思っていましたが、どうやら多少は成長したようですね」

「おや、予想以上だったって? すごいじゃん、カイ坊や」

「エイジはうるせー、坊やじゃねーよ」


 師匠の言葉は分かりづらいが、どうやら褒めているようだ。予想よりもオレの足が速くなっていたらしい。

 ってことは、あんなにサクヤに肉薄するまで迫るのを、期待してはいなかったってことで。

 ……何だ。森の中、あんなに走らなくても、適当で良かったのか。全速力で走って損した。


「あ、それで思い出した! 師匠! さっき預けたオレの剣、どうした?」

「ああ、あのなまくら。あんなとこに置きっぱなしにして、帰り道に拾っていかないと、ますます錆びますよ」

「いや、置きっぱなしじゃなくて、師匠に渡したんだよ!」


 やっぱ、オレのだからって、道端に置いてきたのかよ……。


「まあ、少年には悪いけど、あんな棒切れ誰も拾わないだろうからいいんじゃない? 今さら少々錆びても問題ないし」

「おい、人の愛剣のことそんな風に言うなよ!」


 ……まあ、否定は出来ないけれども。

 オレのショートソードは、日々の特訓の成果で刃が潰れてしまって、ほとんど切れなくなってしまった。切れない剣は、まさしく鉄の棒と言って差し支えない様相だ。もともとが適当に拾ったものなので、まあ、練習用としては使えるだろうか、というレベル。


「どうせ通るんだから、途中で拾えばいいんですよ。持ちませんけど」

「あ、俺もそんな重たいもの持たないよ。俺ってば育ちが良くて、箸より重いものは持てなくてさ」

「誰の育ちがいいんだ、誰の!? 何だよ、皆、薄情だ……」


 師匠やエイジに優しさを期待したオレが間違ってた。仕方なく自分で運ぶ覚悟をしておくことにする。


「それと、師匠! 戻ったらサクヤのこと、ちゃんと全部話してもらうからな」


 オレが精一杯睨みつけると、師匠は、くくっ、と笑った。


「答えられなければ、逆立ち一周ですかね」


 ふざけたことを言っているが、その声は硬い。

 どこまで隠そうか迷っている、そんな声音だ。


 知ったことじゃない。

 ここまで巻き込んでくれたからには、何もかも全部聞き出してやる。


 オレは固く自分に誓いながら、森の中の道を一歩ずつ戻っていった。

2015/05/21 初回投稿

2015/06/12 サブタイトル作成

2015/06/20 段落修正

2015/08/07 校正――誤字脱字修正

2015/09/14 校正――誤字脱字修正

2018/03/11 校正――誤字脱字修正及び一部表現変更

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