表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
奴隷商人は嘘をつかない  作者: 狼子 由
第3章 Causing a Commotion
35/184

9 一族の剣

「――サクヤっ!」

「……っは、大丈夫だ」


 サクヤの声を聞いて状況を理解した数人のディファイが、罵声を上げながら射手の元へ向かう。


「あいつら! おい、サクヤ待ってろよ」

「木の上だな、引きずり落としてやる!」


 追跡はディファイに任せて、オレはサクヤに駆け寄り、その身体を支えた。


 右手と腹、太もも。

 サクヤは右手の矢を無事な左手で掴んで、自分で引き抜こうとした。

 ところが痛みで左手が震えているのか、力が入っていない。

 困ったようにオレに視線を向けた。


 こういう時はきちんとした手当ができるまで、抜かない方がいいと聞いたことがあるのだけど。抜けと言うのだろうか。


「これ、抜いていいのか?」

「異物が身体に入っていると延々と自動再生が治し続けようとする。自動再生には異物を排除するような力はないから、怪我と再生を繰り返すだけだ。そのままだと永遠に痛む」


 その惨いイメージにオレは無言で顔をしかめた。

 サクヤの左手をどけさせて右手の矢を握り、一気に引き抜こうと力を入れる。

 矢尻の返しに肉が引っかかる感触が伝わった。どうやらサクヤもここで力が抜けたらしい。オレも一瞬脱力しそうになるが無理矢理に引っ張った。

 ぎり、とサクヤが奥歯を噛み締めている。悲鳴を押し殺しているのだが、それでも抜けた瞬間にその唇の隙間から声が漏れた。


「――ぐぅっ……」

「おい、声出していいから口開けとけよ。歯が折れるぞ」

「……馬鹿か。こんな時に……声をあげたら、あいつらが心配する――っああぁっ!」


 予告無しに太ももの矢を抜くと身体が跳ねた。

 夜空を切り裂くようなその高い声で、危惧通り数名のディファイ族がこちらを振り向く。


「おい、大丈夫か!?」

「療者を呼ぼうか?」

「……いや、大丈夫……外せば、治るから」


 次々に集まってくるディファイをサクヤが片手を振って散開させた。それでもまとわりついてくるヤツは左手で軽く押しやって戦場へ戻す。

 しばらくは周りをうろうろしていたヤツらも、オレが横についていることに気付いて、ちらちらとこちらを見ながら素直に散らばって行った。

 サクヤがはあはあと荒い息をしながら、恨めしそうにオレを見る。


「……ああ、もう……この。お前は――」

「何だよ。心配ぐらいですむなら、勝手にさせとけ」

「……もういい、自分で――っいあぁ!?」

「何? 終わったぞ」


 騙し討ちのように矢を抜いたのは、半分は八つ当たりだ。

 どうせ治るからと自分の身体を顧みないそのやり方が、腹立たしいので。


 事実として、どうせ治るんだろうけどさ。

 止血はした方がいいだろうと、自分のシャツを割いて傷口に巻いておいた。

 コウタと戦った後に買ったばかりのシャツだったのだが。また買い換えなければいけない。

 この人と一緒にいるとこんなのばっかりで、シャツが何枚あっても足りなくなる。もう、次からはちゃんと包帯を持ち歩くようにしよう。


 痛みに潤んだ眼がひたりとオレを見ている。

 魔法を使うのを止めたからか、紅から青に戻る瞬間を見ることになった。

 それは日没のように美しい変化だったので、オレはちょっとどきりとした。


「……ひどい」

「……何だよ。あんたが抜けって言ったんだろ」

「言ってない」


 いや、言ってはないけど。

 会話の流れから、それ以外に取り様がないだろが。

 ここで「抜いてほしくなかった」と言えば嘘になるのだろうが、「抜けとは言ってない」のは事実なので、誓約には何の問題もないらしい。本当にアバウトで厳密なものだと、ある意味感心する。


「……もういい。そんなことより戦況は?」

「自分で見ろよ」


 オレは身体をずらして、サクヤから眼下の戦場が見えるようにした。

 心配するまでもなく、既に人間達はそのほとんどが地に伏せ、残りは敗走を始めていた。


「みんな! あまり深追いしなくていいから! 分かる人は僕に怪我人と死人の報告を」


 剣をしまったトラが周囲の一族に声をかけている。

 戦場の端っこでイオリにどつかれているアキラの姿も見えた。


「……片付いたんだな」


 サクヤがぼそりと呟く。

 言葉と同時に身体の力を抜いて、オレに全体重を預けてきた。意識ははっきりしているようなので、単純に自力で立っているのが辛くなったのだろう。

 柔らかい身体を押し付けられて、オレはとにかく何かを言おうと焦った。


「……あの、あんた、何で右手ばっかり怪我するんだろうな?」

「わざと右手で避けてるんだ。利き手じゃないから」


 苦し紛れの質問に対して、それは予想外の答えだった。

 まさか理由があるとは思わなかった。

 ただの偶然だと思ってたのに。


 ここまで何も言わずにきて、溜まりに溜まった怒りが噴き出した。


「――あんた、何でいつもそうなんだよ!?」


 右手は利き手じゃないからいいとか、怪我しても治るから自分は構わないとか。

 今回だってそうだろ。

 自分を置いてアキラを助けることを優先した結果が、これだ。


「あんただって痛いんだろうが。こんなのもう止めろよ」


 傷付いた右手をわざと握ると、サクヤは眉を顰めた。

 それでもオレの言葉は、サクヤの覚悟には何の影響も及ぼさなかったらしい。一瞬の痛みが去ると、すぐに正面から睨み付けられる。


「馬鹿か、お前は。俺達は一族の剣であり、盾だ。トラだって最も危険な位置で戦う。守り手には自動再生があるからだ。何も知らないのに口を出すのは、お前のやり方だったか?」


 言外に、違うだろう、と言われて。

 そう言われてみれば、知らないことに口を出すのはオレのやり方じゃないと、珍しく踏み込み過ぎた自分に、自分で驚いた。


 自動再生なんて魔法を身に受けて戦うなら、それはそういう戦闘方法になるだろう。

 自分の身体を無視して、ただ勝利を求める。オ

 レがサクヤだったとしても、そうすべきだし、きっとそうする。

 だからサクヤのやり方は間違ってはいない。


「……悪い。勝手を言った」

「……分かれば、いい」


 ふい、と視線を逸らしたサクヤに向けて、遠くからトラが手を振っているのが見えた。

 サクヤは無表情のままで、軽く左手を振り返す。


 その姿を見ながらようやく自覚した。


 サクヤが間違ってるワケじゃない。


 多分オレは。

 単純に。

 傷付くサクヤの姿を見るのが、嫌なだけだ――。


●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○


「じゃあ、サクヤ。アキラを頼むね」


 微妙な表情でイオリがサクヤの肩に手を乗せた。

 戦闘直後で疲れているというのに、結構な人数のディファイ族がオレ達の見送りに集まってくれた。

 先程、長老からなされた重大発表の為に、それぞれがイオリと同じ様な表情をしている。


 そうです。

 発表の内容は、サクヤさんの性別について、です。


 危惧したとおり、ディファイ族は一族揃って勘違いしていたらしい。

 当初サクヤは何を今更、と、トラとアキラの勘違いに呆れていたが。

 ディファイ族の全員が同じ表情をするのを見て、怒りを通り越してちょっと泣きそうになっていた。さすがに泣かなかったけども。


 イオリの言葉にサクヤは黙って片手で答える。

 ここまでの経緯からして、サクヤの表情が浮かないのは、まあ仕方ないだろう。

 一方、変わらず元気なのはアキラだ。


「イオリは心配性だな。おれが何とかうまくやるからさ」


 さっき大規模な戦闘が終わったばかりで、ほとんど休みもせずその足で出発しようとしているのに、何故か元気なのだ、こいつは。

 長老から直々に仕事を与えられたことが、自信に繋がっているのだと思うが。まあ、もともと自信というか自惚れというか、無駄に態度はでかい。

 イオリはその姿を見て「そのうまく、が心配なんだって」とアキラの額に軽く拳をあてた。


「アキラ。外は今、獣人に厳しい状況だよ。くれぐれもサクヤの言うことを良く聞いてね」

「分かってる。頑張るよ」


 トラの言葉にも眼をきらきらさせて答えている。

 サクヤはため息を一つ吐くと、「出来るだけ早く戻るから」と短い挨拶をして踵を返した。

 オレも黙って一礼するとその後を追う。

 オレ達に向かって手を振るトラを見て、置いて行かれそうになっていることに気付いたアキラが慌てて駆け寄ってきた。


「ちょ、行くなら行くって声をかけろよ」


 まあ、そうしてくれるならありがたいんだけどさ。

 サクヤはオレがいようと誰がいようとあんな感じなので、そもそも誰かに声をかける必要性を理解してない可能性が高い。


 アキラに言われても、何を言っているのか分からない、という顔で小首を傾げている。

 悪意があるワケではなく、旅の仲間に声をかけるということの意味を分かっていないのだろう。


 オレはまあ大体予測もついているのでこっちで勝手に合わせているが、サクヤと同じかそれ以上に鈍感なアキラにそこまで求めるのは酷だろう。

 ディファイの集落も見えなくなってきた辺りで、アキラは小さくため息をついた。


「何だよ、ほんとに。これが『リドルの姫巫女』だなんて、何でリドル族もこんなの選んだんだか。それで自滅してりゃあ世話ないぜ」


 サクヤに対する悪口は今まで通りだが、今回はその内容が良くない。


 直後、アキラの尻の辺りで、ごす、という鈍い音がした。アキラが「ほぎゃ」というような悲鳴を上げつつ、前方に手を突いて地面に四つん這いになる。

 こちらからは死角ではっきり見えなかったが、どうもサクヤが例のブーツの底でアキラの尻を蹴り飛ばしたらしい。

 サクヤの方も傷の治っていない右足で蹴ったものだから、自分もかなり痛かったようで思い切り顔を顰めている。


「俺のことをどう言おうと勝手だが、一族に対する口の利き方には気を付けろ。今度リドルの意思を馬鹿にしたら、馬車に詰めてディファイの集落に送り返してやる」

「……っ、てめぇ……」

「おい、出発早々、2人とも止めろよ」


 一触即発の空気に慌ててオレが割って入った。

 2人はしばらく睨み合っていたが、言いたいことを言い切った為か、先に視線を逸らしたのはサクヤだった。

 そのままアキラを無視して再び歩き出す。


 オレは地面にしゃがんでいるアキラに向かって手を差し出した。

 アキラはサクヤの背中をしばらく睨みつけていたが、オレの手を叩いて自分で立ち上がる。

 ふん、と鼻を鳴らしながらもそれ以上何も言わないのは、獣人として共に戦った同士として、一族に対する誇りについては理解し合えるものがあるのかもしれない。


 まあ、悪くない兆候かな。

 オレは叩かれた手を振ってサクヤを追いかけた。


「サクヤ、王都までってどのくらいかかるんだ?」

「さっきの戦闘のせいでだいぶ出発が遅れたからな。途中で野宿して2日。もともとの予定より回り道になるし、そんなに時間の余裕のある旅でもない。王都にいられるのは一週間がいいところか……」


 サクヤはいつものようにフードを被りながら答えた。

 正確なところは教えてもらってないが、やはり期限と目的地のある旅らしい。

 後ろを歩いているアキラがついでに尋ねる。


「おれは王都には入れないよな? どうすりゃいいんだ?」

「チェックが厳しいのは入門の時だけだ。入ってしまえば耳と尻尾を隠すだけで何とでもなる」

「隠すってどうやって?」


 自分で考える気はないのか。

 完全に丸投げな様子に呆れつつもオレとサクヤは口々に答える。


「服の中にでも入れとけばいいんじゃないか?」

「俺みたいにマントを羽織っててもいいが……」

「こんな怪しいヤツ2人もいたら大目立ちだよ。止めてくれ」


 オレが慌てて止めると、サクヤはむっとした様子で黙り込んだ。

 正面切って怪しいと言われるのは腹立たしいようだが、それ以上言い返してこないということは、本人も多少は自覚があるのかもしれない。


「耳と尻尾を隠すなんて、獣人の誇りを何だと思ってんだよ、お前ら」

「じゃあ、街に入るな。街壁の外で待ってろ」


 苛立った様子のアキラに対してサクヤの返答はあっさりしていた。

 まあ、他にやりようもないし。そもそも、その獣人の誇りを隠さずに出歩けなくなってしまった為に調査が必要なワケで。

 サクヤはアキラを戦力と言うか、数に数えていないので、街の中にいようがいなかろうがどうでもいいのだろう。

 ……あ、戦力じゃないのはオレも同じか。


「そういう訳には行かないだろ。おれは長老からこの任務を預かったんだ」

「じゃあ、別の方法を勝手に考えろ」


 冷たい言葉のように聞こえるが、サクヤの声には特に含みはない。

 しばらく付き合ったオレの感覚だと、これがサクヤさんの平常運転だ。


 アキラはそうは捉えなかったらしい。イライラした表情でサクヤを睨みつけた。


「やっぱりお前は人間だな。獣人の誇りってものがさっぱり分かってない」


 一方的に話を打ち切ったアキラに対して、サクヤは何も言わなかった。


 集落を救った仲間に対して言う言葉ではないとは思うが、どうもアキラは最後の魔法を譲ってもらったのをイオリに教えられたらしい。

 おかげで出発前からひどくイライラしていた。

 サクヤの怪我はまだ治っていないので、それが自分のせいだと思えば責任を感じる部分があるんだろう。


 それならそれで優しくすればいいのだが、心理的にそういう結論には至らなかったらしい。

 もしくは結論に至る至らない以前に、何も考えていないのかもしれない。

 何となく腹が立つ奴に助けられてさらに腹が立つ――位のことしか。


 まあ、その単純なところがアキラのいいところかもしれないと、この考えは少しイオリに影響されたような気がする。


 逆にサクヤが答えないのは、考えていないからでも無視しているからでもない。

 きっとオレに答えた時と同じで、本当に自分は獣人なのかと問われれば答えられないのだろう。

 自らを一族の剣であり盾だと言い切った姫巫女は、今も傷付いた足と腹を庇いながら歩いている。


 傷付いた時、意識せずにその身体を支えていたオレが、今までのように近付けないのは。

 自分の気持ちが分からなくなったからだ。


 傷付く姿を見たくないなんて、そんな。

 それは、まるで――。


 ――オレがサクヤを、好きみたいじゃないか。

2015/07/09 初回投稿

2015/08/06 校正――誤字脱字修正及び一部表現変更

2016/02/11 校正――誤字脱字修正及び一部表現変更

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ