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奴隷商人は嘘をつかない  作者: 狼子 由
第3章 Causing a Commotion
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8 剣の一族

 見下ろせば、夜闇にまぎれて向かってくる多数の人影が見えた。

 この集落は小高い丘の上にあるから、広場ここからも森をちらつく人影はある程度見渡せる。

 逆に言えば、物見の塔でなくこの高さでさえ見えるほどに、人間達は近付いてきていると言うことだ。


 月光を背に、サクヤは静かにそれを見つめていた。

 今夜はいつものマントは羽織っていない。

 美しい金髪と白い頬がそのまま光を照り返している。


「マントはいいのか?」

「夜だし、こちらの顔なんて分からないだろう。向こうは獣人を相手にするつもりで来ているだろうし、リドル族が混じっていても問題ないはずだ。……そもそも、あいつらにリドル族とディファイ族の区別がつくかどうか」


 くす、と皮肉に笑った表情は、どこか凄惨な感じがした。

 ディファイ族の人混みの向こうから、いつものような笑顔でトラが近付いてくる。


「遅くなってごめん。相手の様子はどう?」

「ここからも見える。最前線があそこ、『大鹿の冠』まで来てるな。そろそろ始めてもいいか?」

「頼むよ。でも出来るだけ森に被害を与えないでくれるとありがたいね」

「奴らが森の端へ姿を見せた時を狙おう」


 サクヤが左手を前方へ突き出した。

 その指先から白い光が広がり、周囲に満ちる。


 トラとオレは静かに後退って、サクヤから距離を取った。

 あまり近くで見ていると、あの弾ける火花に傷付けられてしまう。

 サクヤの髪がゆっくりと白銀に変わり、その手元の光が渦巻き始めた。


「我が名は悠き夜の羽

 浮遊する器に注ぐ、紅の永遠に沈む

 黄金の鎖かけ、古の盟約に従う者


 泉の声を聞かぬ者、剣の鞘を持たぬ者

 大樹の果実を落とす者、炎の腕に焼かれる者

 其は大地に順わぬ者


 一の雫、二の糧、五の影に委ねよ

 汝、深淵を翔ける者よ


 水音に従い、今宵、隷従の命に踊れ

 その妙なる罪音を聞け――」


 呪文の途中から声が高くなった。

 魔力の渦にはためくシャツの隙間から膨らんだ胸元がのぞく。

 月光よりも輝く光を全身に受けて、サクヤが唇を歪めた。


「――月焔龍咆哮ルナティックロア!」


 夜空に朗々と響く呪文が終わった瞬間、正面から光の渦が放たれた。

 同時に、強大な魔力の反作用で術者の身体が後方へずり下がる。

 ざざっ、と靴跡を残して、サクヤは自分の身体を止めた。


 前方へ地面を削りながら進む光が、轟音をたてている。

 森の入り口で突撃のタイミングを待っていた人間達に光が直撃した。木々と共に、両手の数では数えられない人影が一瞬で消滅する。

 消滅を免れたものも、折れた枝の下敷きになったり吹き飛ばされたりで、被害はかなり大きいようだ。


 以前、双子執事に向けて放った時より威力が上がっているように見えるのは、万全の体調だからかもしれない。


 この爆音を開戦の合図に、狼狽える人間達に向けてディファイ族は突撃を始めた。

 先陣を切ったのは長老だ。

 トラが両手を頭上にかざすと、その手の中にぼんやりと透明な長い空気の棒のようなモノが現れた。

 誰よりも早く丘を駆け下りたトラは、名乗りを上げながら両腕を振りかぶる。


「愚かな人間共よ、私が剣の一族の長だ! 命が惜しくなければ向かってくるがいい! この剣の前に抗うことを後悔させてやる!」


 大きなモーションで、ぐんっ、と両手を振り切った。

 ぼんやりと見える棒のようなモノが手の動きに合わせて、周囲を一文字に薙ぐ。

 その棒に引っかかる端から全ての物体が両断されていった。

 木々も岩も、人間も、全て。


 あれがトラの言う『ディファイの剣』なのだろう。

 ぼんやりとした空気の歪みのようにしか見えなくて、その刀身の長さははっきりとは計れない。

 けど……異様に大きい。多分5メートルはある。


 最初は黙って見ていた人間達も周囲で真っ二つになる兵士が増えるに従って、その物体が何なのかおぼろげに予測がついたらしい。

 ある者は避けある者は剣を構えて、トラへと向かっていった。

 木々に隠れていても無駄だと分かったことで、ようやく覚悟が出来たようだ。森から一斉に姿を現し、ディファイの一族に向かって走り出している。


 標的になっているのは、ディファイの陣営の中で最も目立っている2人。

 先頭に立ち『剣』を振るうトラと、広場の入り口から全体に魔法を放つサクヤだ。


 特に長老の名乗りを上げ巨大な『剣』を振り回すトラは、傍から見ると隙だらけに見えた。

 『剣』は明確ではなくても一応刀身が見えるので、注意していれば避けることも難しくはない。

 振り切った瞬間を狙えばあっさりと近付けそうだ。

 あれを倒せば首級を上げることになる。


 そう考えて、トラの方へ多くの人間が向かっているらしい。

 だけど結局はほとんどがトラの傍に近付けず、地に伏すことになる。音もなく背後に忍び寄った他のディファイ達の刃に突き殺されているのだ。


 なるほど、これがこの一族の戦闘スタイルか。

 ディファイの長老は剣を掲げて分かりやすい囮になる。

 囮に釣られた敵を忍び寄った一族が殲滅していく。

 その為にトラは先陣を切り、わざわざ名乗りを上げ、全ての敵を一身に集めようとしたのだろう。

 一族の得意を最大限に活かして、気配なく圧倒的なスピードで近付き、背後から喉元を掻っ切る為に。


 一方もう1人、こちらも目立つ標的になっている後衛のサクヤは、自分の身は余り気にせず前衛の援護に意識を集中していた。


氷結槍フリージングジャベリン!」


 頭上に輝く5本の氷柱が、その指先に従って飛び進む。

 前方で戦うアキラの背後から丁度斬りかかろうとしていた敵に、氷柱が容赦なく突き刺さる。

 敵の気配に気付いていなかったのだろう。刺突音で背後を振り向いたアキラが、目を丸くした。


 その頃には既にサクヤは、戦場の別の箇所を見ている。


「――氷結槍フリージングジャベリン!」


 そしてまた1人、ディファイ族の窮地を救う。

 助けられたことに気付いたディファイの男はサクヤに向かって手を振ると、次の敵を倒す為にまた駆け出した。


 サクヤの方に向かってくる敵は、ほとんどが前衛からここに到達するまでにディファイ族の刃に倒れている。

 それを切り抜けて突撃をかける根性のあるヤツを、最後にオレが止める。

 と言っても、そう難しいことではない。

 向こうはサクヤの動きに集中しているので、その隙を突いてこっそり近付き横から斬り払うのだ。

 それでもここまで辿り着けるような人間はそう多くはない。

 まだ5人かそこらだろう。


 ふと、どこからかちりちりする感覚を覚えて、オレはサクヤに声をかけた。


「――サクヤ!」


 呼ばれて振り向いたサクヤが、一瞬顔色を変える。

 視線の先、森の奥から数十本の矢が一斉にこちらへ向かっていた。

 森に射手を隠していたのか。

 即座に魔法を組み立てたサクヤが、呪文を唱える。


「――爆風バーストウェーブ!」


 飛来した矢を暴風が撒き散らす。

 矢の元、居場所の知れた射手に向かって、ディファイ達が長い尻尾を立てたまま黒い影のように走っていった。


 目の前の危機を切り抜けて息をつくサクヤの背後に、音もなく黒い影が近寄ってくる。

 一瞬どきりとしたけれど、よく見ればそれは、血に塗れたイオリの姿だった。


「サクヤ、大体こっちは片付いたわよ」


 あっけらかんと言う様子からすると、全身の血は自分のものではなく返り血なのだろう。血塗れた剣を一振りして背中の鞘に納めてから、笑いかけている。

 右翼を抑えていたイオリの隊は、いつの間にか前進して本隊に合流していた。


「良くやった。イオリの隊から何人か、補給路のヤナギのサポートに向かわせられるか? 念の為、後方の見張りにも様子見にやってくれ。2人1組で」

「おっけー」

「後はあの辺りにアキラがいるから、残りのメンバーを率いて合流してやるといい」

「変なとこにいるわね、あいつ」

「これ以上突出されると魔法が届かなくなる。あいつだけだ、あんなとこにいるの。こちらに誘導してやってくれよ」


 軽く手を上げたイオリが、静かに闇に溶けるように走り去った。

 スピード。気配遮断。背後から敵を忍び撃つのが、ディファイの能力であることが、こうして一緒に戦うと良く分かる。

 その中で唯一前方へ出て敵を引き付ける長老は、やはり特異な存在であることも。


 人間達がもしも再戦を挑んでくるとしたら――きっと、その存在をいかにして攻略するか、計画を立ててくるはずだ。

 そして、もう1つ――。


「――氷結槍フリージングジャベリン!」


 また1人、ディファイ族に背後から斬りかかろうとした人間へ、サクヤが氷柱を突き込んだ。

 髪の色も性別も戻る間もなく、麗しいリドルの姿のままで次々に魔法を叩き込んでいく。


 今までのところ、ディファイ族にはほとんど死人が出ていない。

 こんなにも人数差があって、それでも死人を出さずにすむのは、種族の特性だけじゃなくバックアップするサクヤの力によるところも大きいだろう。


 敵からすれば、こちらの陣営に魔法使いがいるなんて予想外だったに違いない。

 こんな森の中では大型の兵器は運び込めない為に、人間側は大火力を使う事が出来ない。

 ところが、こちらはサクヤが1人で、砲台と防護壁と射手の役目を果たしている。標的への命中精度も、この距離からディファイ族を傷付けずに人間だけを狙い打てている。


 人間達は、今夜のことをどのように報告するだろう。

 そして、次の戦いで、ディファイの剣と魔法使いの対策をどうするだろう。

 物量を増やすか兵器を進歩させるか、それとも同じ魔法使いを投入してくるか。

 そうなったら、次もまたこちらに魔法使い(サクヤ)がいなければこの集落は守りきれない。


 サクヤが、補給路の破壊に拘る理由が分かった。

 魔法使いは国家レベルの兵器って本当なんだ。1人いるだけで、単純な戦力差では戦いが測れなくなる。

 だから、今の内に圧倒的な力を見せつけて、向こうにはしっかりと準備をさせる。


 そうして――次の襲撃までの時間を稼ぐつもりなんだろう。

 自分が参戦出来るようになるまでの。


「……カイ、悪い。このペースで撃ってると、さすがにそろそろ魔力たま切れするかもしれない」

「いいぜ。いざと言う時に備えてある程度温存しろよ」


 サクヤを退がらせてオレは前に出た。

 敵側の残りの兵士はもう多くない。その中にも反転して逃走している者もかなりいるようだ。

 こちらに向かってくる人間は少なくなっている。


 サクヤがオレの後ろで息を整えている間に、斬り込んで来たヤツはたった1人だ。

 一対一ならオレ1人で何とか斬り伏せられる。勿論、ディファイの攻撃を切り抜けて来たからには強い兵士だったんだろうけど、ここに辿り着いた時には既に満身創痍だ。

 これで負けるなんて、オレの恥としか言いようがない。

 こんなハンデのある勝負で、申し訳ない気持ちもなくはない。だけどオレにだって背中に背負ってるものはあるのだ。必死で叩き斬った。


 背後で、魔法を省エネバージョンに切り替えたサクヤが、先程よりも頻度を落としながらも援護を続けている。


氷刃グリーミングブレード!」


 きらきら輝く氷の刃がイオリの背後をとった人間に向けられた。

 氷結槍フリージングジャベリンよりも突き進む刃の速度は遅いし、多方面から差し込むような避けづらい攻撃ではない。だけど、敵が氷の刃を避けた時の隙を突いて、イオリの剣がその首を跳ね飛ばした。


 血飛沫の飛ぶ中、イオリはアキラの方へうまく近付きつつある。

 背後でサクヤが小さく呟いた。


「こういう時、弓兵エイジがいたら楽だろうな」

「それを言うなら、師匠だって役に立つだろうぜ。オレの代わりが師匠だったら、あんた、もっと安心して見てられるだろ」

「……言う通りだ」


 くす、と笑う声がする。

 エイジの弓の腕を知っるってことは、サクヤと師匠やエイジの付き合いはかなり深いものなのだろう。

 エイジはいつもへらへらして余り見せたがらないんだけど、実はその弓の腕は師匠も認めるレベルだ。

 そんな仲なのに、何で追っかけたり追っかけられたりしてるんだよ、あんたら。


 問う為に振り返ろうとして、ふと、森の方から嫌な気配を感じた。

 振り向いた瞬間にキラリと光る矢尻が見える。木々の上から一斉にこちらに向かってくる矢が。


 弓兵はかなり片付いたはずだが、まだ生き残っていたらしい。

 狙われているのは――サクヤだ。

 的として攻撃をその身に集める魔法使いは、先程退けたのと同じ攻撃を見て、唇の端を引き上げた。


バースト――」


 呪文の途中で、サクヤの声が一瞬止まる。

 その見据える視線の先に、アキラがいた。

 体勢を崩していて正面から振りかぶられている刃を、どうにも避けられないように見える。


 ――オレには、もう次の展開が予測できてしまった。


 本当は今すぐ飛び出して、サクヤの身体を覆ってやりたい。

 だけど、反応するオレの身体の動きが遅すぎて。

 もっと早く、駆け寄りたいのに――。


「――ウェーブ!」


 解放された呪文は、狙い通り(・・・・)アキラの正面で強力な風を起こした。風に押され、一瞬相手が怯んだ隙に、駆け寄ったイオリが正面から敵の心臓を貫く。


 そして、その一瞬を作る為に譲ってしまった魔法の合間を縫って、飛来した矢は狙いを外さずサクヤの身体を貫いた。

 あと一歩届かなかったオレの目と鼻の先で――。

2015/07/07 初回投稿

2018/03/11 校正――誤字脱字修正及び一部表現変更

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