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奴隷商人は嘘をつかない  作者: 狼子 由
第3章 Causing a Commotion
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7 ライバルにもならない

「サクヤが店を出てすぐに、見張りから知らせが来たの。あいつら、集落の周りを包囲しようとしてるみたい。まだ向こうの数は分からないけど、先鋒は『狐の滝』を越えたって」


 エプロンをつけたまま、駆け込んできたイオリの言葉に、それぞれが無言のまま状況を把握しようと思案する。

 早々に意識を立て直して指示を出したのは、さすがと言うか、長老たるトラだ。


「『狐の滝』ね、――じゃあ、見張り以外の戦える人は、僕の家にみんな集まってって、伝えてくれる? 怪我人、病人は『剣の祠』へ」

「分かった、回ってくる!」


 トラの指示で、再びイオリが外へ飛び出て行った。

 トラは続けて、落ち着きなく尻尾をぶんぶん振っているアキラへも伝える。


「アキラ、物見の塔へ様子聞きに行って来て」

「行って来る!」

「……待て、地図持って行け」


 サクヤが、ポケットから抜き出した地図を、アキラに投げた。嫌そうな顔で受け取ったアキラに、トラが追い掛けで頷きかける。


「うん。それに、敵の情報を書き込んできて」

「……分かった」


 室内に3人だけになると、トラは小さく溜息をついた。

 サクヤが、その肩に手を置く。


「いい長老ぶりじゃないか。出発は遅らせるから、俺も作戦に組み込んでくれ。お前の役に立てるなら嬉しい」


 言葉だけ聞けば、皮肉にも聞こえるが、誓約ある身の姫巫女が、そんなことを言うワケもない。屈託なく微笑む表情は、まるきり本音で、ディファイ族の危機に自分が手助け出来ることが嬉しいようだ。

 その言葉を聞いたトラは、静かに耳を伏せた。一族を前に、動揺を隠していたのだろう。気遣うべき相手が周囲からいなくなって、ようやく素直に、思い詰めた表情を見せる。


「僕、……僕に代替わりしてすぐに、こんなことになるなんて。今までの小競り合いだってギリギリだったのに、集落を囲まれた攻城戦なんて、僕は経験したこともない……」


 つい先ほど、イオリとアキラに冷静に指示を出した『長老』と、同一人物とは思えない程、狼狽した様子だった。

 尻尾を丸め、指先さえ震えているトラを、サクヤは、正面からそっと抱き締める。


「良くやってるよ、お前は。同胞の前で落ち着いて見せるのは『長老』の責務で、まずはそれを果たしている。お前だけじゃない。今のディファイ族は、多分、誰もこんなの経験したことないけど。俺は何度か経験してるし、いるだけ、良いタイミングだったのかもな。リドルの力、今はディファイ族の為に貸すから、うまく使え」

「サクヤ……ありがとう」


 呟きながら、軽くサクヤの身体を抱き返す。


 それが多分、獣人の距離感なのだろうが……正直、オレには間に入ることは出来そうにもなかった。

 トラはさっき、オレのことをライバルだと言ったが、こんなの、ライバルにもならない。

 今だって、トラは別にオレに見せ付ける為にやってるんじゃない。

 ただ自然にサクヤが気遣って、自然にトラがそれを受け入れただけだ。

 それが当然なのが、この2人の関係で、獣人同士の距離なのだろう。


 こんなもん、勝てるか――。

 ――と、思ってから、勝つ必要がないことを、ようやく思い出した。

 どうも、トラの思考に毒されたらしい。


 別に、サクヤが誰とくっつこうが、知ったことじゃない。はずだ。

 そもそも、そういう対象じゃない。はずだってば。


 2人は、短い抱擁の後、身体を離す。

 その時には既に、トラはいつもの余裕ある表情に戻っていた。サクヤの目を一瞬見た後に、照れたようにオレの方を向いて、声をかけてくる。


「さあ、僕の家に行こう。女も子どもも、ディファイの一族は戦うからね。総力戦になるよ」

「そりゃ強そうだな」


 オレが答えを返すと、トラとサクヤが、目を合わせて小さく笑った。


 小屋から出ると、イオリの言葉を聞いた多くのディファイ族が、トラの家へ向かっているところだった。

 トラとサクヤに、道を譲りながら、声をかけている。


「長老、あいつら、叩き潰してやろうぜ!」

「リドルの姫巫女の力、見せてくれよ!」


 トラは微笑みで、サクヤは右手だけで返す。その姿は全くいつもと同じで、目論見通り、周囲を落ち着かせることに成功していた。


 大して時間も経っていないが、トラの家には、村中の一族が集まっていた。

 既に、イオリとアキラもそれぞれの用事を済ませて、戻ってきている。

 中に入りきれないディファイ達が、耳だけを室内にぴたりと向けて、入り口で団子になっていた。2人が来たことに気付くと、誰からともなく、左右に割れる。

 あまりの人だかりに、部外者のオレは外で待っていようかと思ったが、サクヤに手を引かれて中に連れ込まれた。


 部屋の中央に立ったトラは、集まっている一族に合図して、その場に座らせた。

 サクヤはその横に控えて、オレの手を左手で握っている。人混みの為に、誰にも見えてはいないと思うが、離して欲しい気持ちが半分くらい。残念ながら、残りの半分については……何とも、説明しづらいのだが。

 トラが、入り口の辺りで挟まっているアキラを手招きした。


「アキラ、地図を見せて」

「お、おう。……おい、通してくれ」


 皆に笑いながら押し出されて、何とかトラの前に到着すると、地図を広げた。


「やつらは、北から回ってきてるみたいだ。王都の方だな。地図の通り、ここから、こういう風に広がって、集落を囲むつもりだと思うって言ってた。後、ちょっと離れたこの辺に、別部隊が……」


 一生懸命、見張りの見たものを解説するアキラは、地図の書き込みと手元のメモを交互に読んでいる。地図を睨むトラの横から、サクヤが指を滑り込ませた。


「位置的に、別働隊の役目は、補給路の確保だな。周囲の地形を考慮すると、多分、ここから、こう……補給路があるんだろう。トラ、少し俺の考えを言ってもいいか?」

「聞くよ」


 2人は、一瞬視線を絡ませると、そろって、地図の上の指を見る。


「集落を囲まれれば、じわじわ詰められるだけだ。その前に、こちらから打って出た方が良いと思う。補給路も今の内に叩き潰した方がいい。ここと、ここ。正面で受け止めながら、この2ヶ所から攻め込んで、同時に補給路を詰めに行ってはどうだろう?」

「そうだね。では、正面の本隊とは別に、遊撃隊を3隊組もう。イオリ、ヨシ、ヤナギ、遊撃隊の指揮を」

「分かった。じゃあ、あたしが右翼に行くね」

「ああ。おれが左翼だな。ヤナギ、補給路を頼んだ」

「うん、頑張る」


 遊撃隊の指揮を任される程だ。頷いた3人が、一族でも信頼を受けている戦士なのだろう。イオリが右翼、ヨシというおっさんが左翼、ヤナギと呼ばれた少女が補給路に向かうことが、あっさりと決まった。


「3人とも、一族の中から、15人ずつ選んで、自由に連れて行って。でも遊撃隊は後方援護がつけられないから、覚悟が出来てる人だけに。メンバが決まったら、後で報告だけちょうだい。何かあれば、随時、伝令を送って」


 頷いた3人は、早速、自隊のメンバを選び始める。

 地図の横から、アキラが、イオリに向かってぶんぶん手を振っているが、黙殺されていた。

 足手まといだからなのか、それとも、覚悟がないと思われたのか。

 どちらにせよ、精鋭以外を連れて行く余裕はなさそうだ。


「サクヤは、僕と正面から殲滅を」

「ああ。カイ、俺の側を離れるなよ」


 サクヤがオレの方を振り向かないまま、左手に力を入れた。いつまでこうやって守られているのかと、自分の力不足にうんざりする。


「じゃあ、残りの人は、本隊へ。僕が指揮を取る。……ああ、本隊所属の人は、前方の敵は勿論だけど、背後からサクヤの魔法の餌食にならないように、くれぐれも気を付けてね」

「ひどいな」


 サクヤが唇を尖らせると、周囲からどっと笑いが沸き起こる。緊張で息の詰まりそうな空気が、少し緩んだところで、トラがぴしりと尻尾を振って、笑顔で告げた。


「夜を統べるディファイ族に、夜襲をかけるなんて、無知で蒙昧な哀れな人間達だ。僕達の力を存分に見せつけてあげようじゃないか」

「おう!」

「そうだ!」


 ディファイ族が口々に賛同の声を上げる。

 戦いの空気を引き締めてから、トラは静かに立ち上がった。


「僕は、『剣』を取りに行って来る。すぐに戻ってくるから、本隊の人は、15分後に、中央の広場で集合ね」


 『剣』の単語が出た途端、周囲に畏れとも安堵ともつかない、不思議な信頼の空気が広がった。

 サクヤは険しい表情をしているが、言葉に出しては、何も言わなかった。何かを考えているようだが、口に出すと、周囲の士気に関わる類のことなのだろう。さすがに空気を読んでいるらしいが、後で聞いてみたほうが良さそうだ。


 尻尾を立てたトラが退出すると、残ったディファイ族達は、お互いに声を掛け合いながら、ぱらぱらと散開して行った。

 イオリが、空いた隙間をするすると、オレとサクヤに向かって手を振りながら近付いてくる。


「引き止めたせいで、こんなことに巻き込んじゃって、悪かったわね」

「いや、居合わせられて良かった。手伝えなかったら、後悔したと思う」


 サクヤの心底の言葉を聞いて、イオリは爽やかに笑った。こんな時でも、イオリの微笑みはキレイで、本当に嬉しそうに笑うので、横で見ているオレもつい見惚れてしまう。


「カイくんもさ、ありがとうね」

「……あの、いや。だ、大丈夫」


 ぼんやりしていたところから、慌てて答えたら、ワケが分からない返事になったような気がする。隣のサクヤが、鼻で笑ったのが、非常に腹立たしい。


「イオリ、参考までに知りたいんだが、最初の襲撃はどのくらいの規模だった?」

「最初は、不意打ちだったから被害が出ただけで、人数はさほどでもなかったわ……。数えてないけど、200かそこらじゃない? ほぼ、一対一だから、殺れるわー、って思ってたから」

「その後は?」

「月に1回か2回のペースで、50人から多くても100人くらいかな。北の山を迂回して……あ、さっきの補給路のルートに近い気がする」

「じゃあ、それは、補給路の設営をやってたんだろうな。最初の襲撃がうまく行かなかったから、長期戦の体勢に入って。補給路が完成して、撃ってきたのが、今夜になったのか」

「それで人数も増やしてきたのね」


 先程、地図に書き込まれた人数は、全て足せば、500人やそこら。こちらの戦力は、300人に満たない一族の内、戦えないほど幼い子どもや怪我人・病人を除いて、200人程度。倍以上の戦力ということにはなる。


「まだまだ、甘く見てる感はあるな。ただ、これを押し返すと、次はもう、向こうも腹を括らざるを得ない。襲撃を諦めるか、圧倒的な戦力差でくるかのどちらかだ。補給路に向かうのはヤナギだったな」

「そうよ」

「本隊に合流するのは遅くなってもいいから、設備や道路は徹底的に破壊するように伝えてくれ。出来れば、道を塞ぐところまで出来れば最高だな。それで諦めてくれればいいし、もし次に襲撃されるにしても、せめて、俺が戻るまでは、時間を稼ぎたい」

「伝えとく。魔法使いの火力があるのとないのとだと、全然違うもんね」

「頼む」


 イオリは、にこりと笑って両手を広げると、サクヤの身体を強く抱き締めた。


「アキラは、遊撃隊には連れて行かない。あんたに頼むわ」

「アキラだけじゃないけどな。本隊のメンバには、俺もトラもついてる」

「――ディファイの剣の加護がありますように」

「――泉の水が、いつも、そなたとありますように」


 抱き合ったまま目を閉じて、それぞれの祈りの言葉を口にする2人を、周囲のディファイ族は黙って見守っていた。

 ぱちり、と目を開けたイオリが、サクヤから身体を離し、オレの方へ寄ってくる。


「カイくんも!」

「あ、いや、あの! オレはいいです!」


 必死に断ったが、気にせずに両手が伸びてくる。

 嫌じゃないんだ。

 決して嫌じゃないんだが、イオリって、だって、胸がすごいから……ちょっと、その……何かこう、反応しちゃうので。

 伸びやかな腕に両肩を掴まれ、緊張と期待の中で、抱き寄せられ――というところで、サクヤが、イオリの身体を後ろから止めた。

 一瞬、安堵と失望で、つい、サクヤの方を睨んだ。

 イオリも、背後を振り向いて問いかける。


「ん? どうしたの?」

「それには非常に悪いくせがあってな。女性の胸が当たると、すぐ興奮する」

「――な!?」


 思わず、変な声が出た。

 その言い方じゃあ、オレがおかしいみたいじゃないか!?

 人間の男なら、皆、オレとおんなじようなもんだって! オレだけじゃない!


「……あら。……ああ! えっと、あれか。邪魔しない方がいいってね」

「邪魔?」

「大丈夫よ、サクヤ! あたし、人のものに手を出すようなことしないって。プラトニックも楽しいわよね。じゃあ、カイくん。また後でね、怪我しないように」


 うふふ、と何か分かったような顔で笑って、イオリは手を振りながら去っていった。

 その表情が、非常に楽しそうだったので、これは……やっぱり、誤解されてるんだよな、多分。先程のトラとアキラの話からすると、サクヤの性別から、勘違いされてる可能性も高いし。

 サクヤが、不思議そうな顔でこちらを見ている。


「……お前が色々うるさいから、止めてやったんだが。邪魔って何だ?」

「あんたとオレの邪魔ってことだろ」


 そこまで言っても、サクヤの表情は変わらない。小首を傾げて、納得がいかない様子だ。

 そうか、あの過剰なスキンシップを止めてもらうにしても、サクヤが言ってしまうと、そういう意味にとられるのか。

 じゃあ、どうすりゃいいんだよ。


 ――何でオレ、こんなあちこちで勘違いされなきゃいけないんだ。


 開戦前だと言うのに、オレのテンションは微妙に伸び悩んでいた。

2015/07/05 初回投稿

2015/08/06 校正――誤字脱字修正及び一部表現変更

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