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奴隷商人は嘘をつかない  作者: 狼子 由
第3章 Causing a Commotion
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6 盛大な勘違い?

 それにしても、さっきから2人ともサクヤを指す代名詞がおかしい。

 あの女とか、彼女とか。

 それじゃまるで、サクヤが女だって言ってるみたいじゃないか。

 まあ、あんなコロコロ性別が変わるようなヤツは、半分くらい女だって言ってもいいかもしれないけど。


「ちょっと気になったんだけど。何で2人とも女の方を前提で話するワケ? サクヤはもともと男なんだろ。本人そう言ってたし」


 オレが問うと、2人とも怪訝な顔をした。


「女に決まってんじゃん。『姫巫女』だっつってんだろ。女じゃなきゃなれないんだから」

「そう、『神の守り手』は性別が決まってるんだよ。『ディファイの長老』は男性がなるとか。だから姫巫女って言えば女性がなるもので……サクヤが男だなんて考えたこともなかったけど……」


 ん? あれ?

 じゃあ、サクヤは女なのか?

 そう言われれば胸を触っただけで、下を確認したワケじゃ……いやいやいや、そういうことじゃない。

 そもそも胸が膨らんだりなくなったりするってことがおかしい。

 最初からずっとないまんまなら、そういう体型の女なのかもしれないけどさぁ。


「……待って、本人がそう言ってたって?」


 トラが考え込む様子を見せながら、オレに再度確認してきた。

 オレはちょっと慌てて頷き返す。


「うん。自分は男だけど、魔力を使うと女になる呪いがかかってる、って」

「うーん……信じがたいけど、じゃあそれが真実だね。『神の守り手』は神聖なる者だから、嘘をつくことを禁じられている。まあ、それ以外でも獣人は、人間と比べると欺瞞や詐称は得意じゃないけど……」


 どうやら、サクヤさんは嘘をつけないらしい。

 確かに今までのところ、答えなかったり内緒と言われたりはしたけれど、嘘をつかれたことはなかった。

 神職についているものらしく、そういう戒律のような……いや、戒律じゃなくて、誓約(・・)だったか――?

 あれ、その誓約って、どこかで聞いたことがあったような……。


 怪訝な顔のオレに、トラがわざわざ解説してくれた。


「『神の守り手』になるときに3つの誓約を立てるんだ。嘘をつかないこと、純潔を守ること、同胞を愛すること。破れば一族全体が神の加護を失うから、僕なんか口を開くのも怖くて仕方ないよ。いやあ、それにしても、あの人って男なんだね……」


 トラは何とも言えない表情をして、そのまま黙り込んでしまった。


 軽い口調に紛らわせていたけれど、喋るのが怖いって、気持ちとして何となく分かる。

 自分の一言に一族の命運がかかっているとしたら、それは喋りたくもなくなるだろう。

 もしかしたら、普段サクヤがひねくれた喋り方をするのは、そのせいもあるのかもしれない。


 アキラが納得できない顔で「いやいや、ちょっと待て」と食いついてくる。


「『姫巫女』は女じゃなきゃなれないんだって! なのに男だって、どういうことだよ!」


 それをオレに言われてもなぁ。

 返答に困っていると、トラが小声で呟いた。


「うん、そう言われると思い当たることがあるよ……。羞恥心とか妙に薄い人だと思ってたけど、その……おっぱ……いや、胸元のふ、膨らみとか気にせずに見せちゃうとかあったけど……あれ、見たのそう言えば魔法を使った直後だった」

「見たの!?」

「見たのかよ!」


 オレとアキラの突っ込みをダブルで受けたトラは、ちょっとだけ誇らしげにしてから、すぐに真面目な表情に戻った。


「きっとあれ、泉から魔力供給を受けると、影響が大き過ぎて性別が変わっちゃうってヤツだね。古い記録にちょうど逆のパターンがあったのを、ようやく思い出したよ。記録の方は、女性が『グロウスの騎士』になったって事例だったけど」

「それなら『呪い』なんて言い方おかしいじゃん。だって泉の力で身体が変わるんだろ? 祝福じゃん、すごいことじゃん」

「まあ、僕達は嘘はつけないから……サクヤの気持ちでは、性別が変化することを『呪い』だと感じてるんだろうね」


 誓約の「嘘をつかない」は、本人基準らしい。

 何となく、嘘をついた瞬間に雷がばしばしっ、となって裁かれる、みたいなのを予想していたんだけど。嘘をついているかどうかは、結局、自分でしか分からないということなのだろう。

 そうすると、例えば本人が、「これが真実だ」と固く信じていれば、間違ったことを言っていても、嘘とはカウントされないということになるのだろうか。


 リドルの女が務める神職を、人間で男のサクヤが継ぐなんて、それなりの事情があったのだと思う。

 かなり緊急の何かが。

 そしてそれはやはり前代未聞の代替わりだったに違いない。

 その場に居合わせたワケではないけれど、他に代わりがない状況だったのだと、何となく想像した(・・・・・・・・)


 そんな状況下で引継ぎをして、力を使う度に自分の性別が変わるなんて聞いたことがない変化が起これば、『呪い』だなんて思ってしまうのだろうか。

 神罰が下った、みたいに考えているのかもしれない。


「僕も長老になったときは、自分の身体にどんな変化があるか最初から全部知ってたけどショックを受けたよ。サクヤの場合は性別が変化するなんて知りもしなかっただろうし、驚くよね」

「まあ、そうかもな。なあ、過去の事例を色々調べてるって、原初の五種って他にも3種族いるんだっけ?」

「そうだぞ。グラプル族、グロウス族、ヴァリィ族な」


 悩み込んで少し反応が遅くなっているトラの代わりに、アキラが胸を張って答えた。

 オレの聞きたいのはトラが集めているその事例とやらであって、他の種族についてはそんな威張って教えて貰う程、知りたいワケでもないんだけど。

 一応、お礼は言っておこう。


「……うん、ありがと」

「おう! 後は何が知りたいんだ。何でも教えてやるぞ。グラプルは大樹を守る狼の末裔。グロウスは炎を守る赤鳥せきちょうの民だ」


 その勢い込んだ様子で、何となく気付いた。アキラらしくもない少し形式張った言い回しは、誰かから聞いたことをそのまま喋っているらしい。

 いわゆる聞きかじり、というヤツ。

 習ったばかりのことを人に教えるのが、楽しくて仕方ないんだろうなぁ。

 まあ、そういうことってあるよなと思ったので、興味のある風で尋ねてやった。


「ふーん、じゃあ最後のヴァリィ族ってのは何だ?」

「……それは禁断の種族だ……」


 ――禁断?


 途端にアキラの声に力がなくなった。

 それ以上答えないのは、それが禁断の話題だからかと思ったが。


 よくよく表情を見ていると、どうもそれ以上のことを知らないってことらしい。ここまで調子よく喋っておいて、知らないと答えるのが嫌なんだろう。

 ようやく話題の変化についてきたトラが、補足した。


「ヴァリィ族は、かつて神の加護を失ったとされる種族だ。『ヴァリィの魔術師』は、言い伝えでは生きとし生けるものを操ることが出来たらしいけど。原初の五種でありながら、今では一族の存在を誰も確認できない」

「誰も確認できないって?」

「そのまんま。どこにいるのか、いないのか。今もその血脈が続いているのか、途絶えているのか、誰も知らない」

「でも加護を失うってことは、『守り手』が誓約を破ったってことだろ?」

「いや、あくまで失ったとされる(・・・)種族だから。ヴァリィが突然、綺麗さっぱり姿を消したもんで、慌てた他の種族が、多分加護を失ったんじゃない? って推測してるだけだよ」


 ふーん。

 別に『神のお告げ』みたいなものがあったワケじゃないんだ。

 ヴァリィ族は誓約を破ったぞ! 加護を失ったぞ! みたいな。


「じゃあ、結局分かんないのか」

「そうそう。そもそもヴァリィ族が消えたのだって、500年は前だから。なーんにも分かんない。でもまあ、ヴァリィの二の舞はやだって、守り手達は皆気を付けてる訳」


 くすくす笑いながら、トラが答える。

 楽しそうな表情は、そんな曖昧な情報でも気を付けざるを得ない自分への自嘲のようなものが混じってる気がする。

 それと正反対の表情をしているのが、アキラ。

 さっき答えられなくて、失墜した権威を気にしているんだろう。


「……あのさ、お前そんな色々聞いてるけど、普通は人間にこんな片っ端から教えないんだからな。長老が優しい人だから、答えてくれてるんだぞ」

「まあ、僕が優しいと言うより君がサクヤの連れだからだね。一緒にいるなら知っておいた方がいい。知らぬ間に道を踏み外す前にね」


 道を踏み外すって――おい、それ、もしかして。

 2つ目の誓約のことを言ってるんじゃないだろうな。

 オレの視線を受けて、トラはますます面白そうに笑った。


「神の守り手は異性と通じることを禁じられているけど、こういう場合はどっちを異性って言うんだと思う? 『グロウスの騎士』の場合はどっちだったかなぁ。調べて教えてあげようか?」

「いらない……と思う、多分」


 男に手を出す趣味はありません。

 微妙に語尾が弱くなったのは、あれが本当に男だとオレの中で認識されているかどうか、ちょっと自信が持てなくなったからだけど。


 ……何せ、非常に可愛いので。

 あ、顔だけな、顔だけ。


 いやいや待て、何言ってるんだ。

 顔とかそういうのじゃなくて、ちゃんと認識しろ、自分。

 あれは男だったはず。

 だから絶対、手を出すなんてことには――。


 ――ならない、と言い切れないのは何故なんだ……。


 オレの表情の変化を楽しそうに見ていたトラが、ふと真剣な表情に戻り、遠くに視線を当てた。


「今まで僕、そういう趣味なかったんだけどさ。もしかしたらサクヤが男で良かったのかも。男同士だから異性じゃないって、誓約に引っかからない可能性が残る訳だし。まあ、調べてみないと分からないけど、それなら僕にもチャンスがあるかもしれない……」


 ――え。

 おいおい。何それ。

 同じ言葉を隣で聞いていたアキラが、わたわたとトラを見た。


「ちょ、長老!」

「だって『純潔』って、異性とは交わっちゃダメだけど、同性はオッケーなんだって。今代の『グラプルの女王』はハーレム作ってるらしいよ。女の子ばっかりの」

「……それ、ありなのか? 何か異性より同性の方が、『純潔』って言葉の響きからするとまずい気がするんだけど。誓約って随分アバウトだな」

「長老になって初めて分かったんだけどさ。誓約した本人も、何をどう守ればいいのか、具体的に指示される訳じゃないんだよね。誓約を破りそうになったからって、アラートがあがる訳でもないし。誓約した項目だけが厳密に重要なんだけど、どこからどこまでとか分からないの。だから過去のセーフの事例を蓄積して、調べるしかないんだよね。調べておくからまた聞きに来てよ。場合によっては君とライバルになるかもしれないけど」

「……何だよ。サクヤは姫巫女なんだから、異性って普通に男のことを指すかもしんないだろ」

「もしそうだったら2人ともアウトだね。その時は一緒に慰め合おう」

「いや、オレは全く残念でもなんでもないから。全然。これっぽっちも」


 言い切るオレの言葉を聞いて、トラはけらけら笑っている。

 さっきから何となく反応が遅かったのは、どうやらこのことを考えこんでいたらしい。吹っ切れたように笑うトラの笑顔は、本当に嬉しそうだった。


 きっとサクヤさんは、この年若い長老にとって、長い間憧れの対象だったんだろう。

 トラが長老になるより、サクヤが姫巫女になるのが先だったみたいだし、恋愛の相手とは思ってなかったはず、完全に諦めてたはずだ。

 今になって一縷の望みが出てくれば、嬉しいと……やっぱり思ったのかな。


 それにしても、性別をずっと勘違いしていたとは。

 嘘をつかないんだから、聞けばきちんと答えたに違いないので、聞くつもりもなく女だと思い込んでいたということか。

 サクヤが美人だから、おっぱいある時を見ちゃったからってのは大きいかもしれないけど、多分『リドルの姫巫女』は女だという前情報も影響してる。


 長老ですらこの調子じゃあ、ディファイの一族は皆サクヤの性別を誤解してるんじゃないか?

 言葉遣いやその低い声や、違和感は色々あるはずだけど、獣人の常識では『リドルの姫巫女』だと聞かされたら、そのまま女だと思ってしまう……って感じで。

 まあ、これに関してはオレが困るようなこともないので、特に問題はない。後でサクヤが勝手に困ればいいだけだ。


 今オレが困っているのは……トラから聞いた第2の誓約の話だ。


 今までは、サクヤが女の時って何となく嬉しかった。

 基本的にあいつの言動は性別によって変化しないので、くっつかれたり触られたりするなら、男より女のほうが圧倒的に良い。

 ……だけどこんな話聞いたら、単純に喜べないじゃないか。

 

 だってあいつ、意識もせずに人を煽るから。

 もしもオレが欲望に負けて、アレを押し倒したりなんかしたら。

 ――その時には、とある一族がまとめて消失する可能性があるってことで。


 思い返すと、いつかの時に変なことしてなくて、本当に良かった。

 そんな誓約があるなら、もうちょっと気を付けて行動して欲しいのだが、何を考えてるんだ、あいつは。

 ……多分、何も考えてないんだろうな。

 何で本人が考えないことを、オレが考えなきゃいけないんだよ。

 もっと警戒心を持てなんて、言ってもぜったい理解しないぞ、アレは。


 にこにこしているトラ。

 それを何とも言えない表情で見詰めるアキラ。

 そして、どうしようもなく悩むオレ。


 不在の癖に話題の中心だったヤツが、小屋の扉を開けた気配がした。

 しばらくは三者三様のオレ達の表情を不思議そうに首を傾げて見てたけど、3人とも口を開かないから、ためらいつつ声をかけてきた。


「……3人揃って何でそんな変な顔してるんだ?」


 サクヤさんのその、何にも分かってない表情を見ながら、ちょっとだけ推測した。

 色々な状況証拠以上に、こういう仕草が可愛いすぎるのが、トラ達の勘違いを助長してるんじゃないだろうか。

 誰も答えなかったので、サクヤもそのまま黙ってしまった。

 何となく4人とも無言になってしまったから、気を遣ったのだろう。トラが何かを言おうと口を開いた瞬間に、小屋の扉が開いた。


「長老、サクヤ! 大変よ」


 ばたばたと慌てて入ってきたのは、イオリだ。

 トラがその様子を見て目を丸くした。


「どうしたの、イオリ?」

「――人間達がまた攻めて来た!」


 ぴしり、と室内の空気が凍りつくように、一気に緊張した――。

2015/07/03 初回投稿

2015/08/06 校正――誤字脱字修正及び一部表現変更

2016/11/19 校正――誤用修正及び一部表現変更

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