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奴隷商人は嘘をつかない  作者: 狼子 由
第3章 Causing a Commotion
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5 一緒に連れてって

 サクヤに揺り起こされたときには、既に日が沈んでいた。

 窓の外が暗くなっているのを見て、ここしばらくの昼夜逆転状況に思いを馳せる。

 もともと、非常に健康的な生活リズムだった為に、一瞬、絶望とか、諦めに近い何かがあるが。

 この生活に合わせてやりたい、と思った。

 ……何故なのかは、自分でも良く分からない。


 何か、幸せな夢を見ていたような気がするのだが。

 例によって、内容は全く思い出せない。


 オレの表情を見ても、サクヤは何も言わなかった。

 ぼーっとしてて、寝起きが悪い奴、くらいに思っているのかな。


 ふと、部屋中に、美味しそうな匂いが充満していることに気付く。

 眠る前に結構な量を食べていたにも関わらず、匂いを嗅ぐと、やはり腹が鳴った。

 眼を擦りながら身体を起こすと、食卓についていたトラが、笑顔でおはようと声をかけてくる。その横では、アキラが仏頂面で配膳をしていた。

 トラの声が明るく響く。


「もうすぐ出発だろ。その前に、一緒にご飯を食べようか」


 時間としては晩飯に当たるのだろうか。

 簡単に身支度を整えて、食卓に向かうと、他の3名は皆、既に席に着いていた。

 アキラは、トラの荷物を持ってくるだけのはずだったそうだが、トラがオレ達と一緒に食事をするつもりなのを知って、トラの護衛として席は外せない、と言い出した。配膳した時に、ちゃっかり、手の届きやすいところに、好きなものを置いたのが見え見えだ。

 トラが、食事の前の祈りを捧げる。


「今日も1日の糧を得られたことを、ディファイの剣に感謝します」

「ディファイの剣に感謝します」


 唱和したのは、アキラだけだった。

 そもそもオレは、その祈りを知らないし。

 サクヤは、知ってはいても、付き合うつもりはないらしい。ただし、待つつもりはあるようで、祈りが終わった2人が、皿に手をつけるのを見守ってから、コーヒーに口を付けた。

 ディファイ族の礼儀を知らないオレも、それを見てから、自分の皿に取りかかる。


 この種族の伝統的な食事は肉食らしい。

 皮までカリカリに焼いた鶏肉は、味付けが塩コショウだけだったが、大変うまい。

 他にも、獣の肉を香りの強い葉で包んで蒸したものや、肉と野菜を一緒に長時間煮込んだスープのようなものや、多種の肉料理がテーブルに並んでいる。


 トラが取り分けて、オレの前に置いてくれるので、片っ端から平らげる。

 それでも、オレ以上に食べているのは、アキラだ。

 長老の視線を意識してか、最初は遠慮気味だったが、途中から自分でどんどん取り分けて、勝手に食っていた。


 対照的に、サクヤは、ほとんど食べていない。

 最初は自分が食べるのに一生懸命で気付かなかったのだが、よく見ると、サクヤはコーヒーを飲んでいるだけで、皿の料理には手を付けていないようだった。


 そう言えば、昨日の宴でも――いや、待て。


 よく考えると、もっと前から、サクヤが何か食べているところを、見たことがないような気がする。

 尋ねようとしたタイミングで、トラが口を開いた。


「ねぇ、サクヤ。アキラを一緒に連れて行ってくれないか?」


 トラの言葉に、オレは動きを止め、サクヤは訝しげに眉を上げ。

 当のアキラはびっくりし過ぎてむせている。


 ……おい、本人が驚いてるぞ?


 オレとサクヤは顔を見合わせると、そろってアキラの方を見た。

 アキラはおろおろしながら、トラを見ている。

 うろたえるアキラより先に、サクヤが答えた。


「俺はいいけど。本人はいいのか?」

「良くない! 何でおれが人間と!」


 予想通りの反応に、サクヤはうんざりした顔をする。

 嫌ではないが、面倒臭い、というところか。

 ついでに言うと、説得は手伝わない、という意思表明でもある。


 トラからすると、若いアキラにもっと世界を広げてほしい、くらいのつもりなのだろうが。本人にその気がないのでは、やりづらい。

 トラは、サクヤに小さくウインクすると、隣に座っているアキラに向き直り、その両肩を掴んだ。

 間近から敬愛する長老の視線を受けて、アキラが、びくりと頭上の耳を震わせる。


「サクヤに王都の状況を探って貰った後、その情報を、持って帰ってきてほしいんだ」

「そ、そんなの誰がやっても……」

「君に。やってほしい」


 その視線には有無を言わせぬ力があった。

 若いながらも、さすが、長老と呼ばれる立場にいるだけはある。

 サクヤが、感心したようにそちらを見やる。


 この状況で、あえてもう一度、何故と問う程には、アキラも幼くはない。長老から与えられた責務に、真剣な表情をして、大きく頷いた。

 その頷きを見届けると、トラが笑顔でこちらを見る。


「……ってことで、サクヤ、カイ、よろしくね」


 オレは飯を食いながら頷き、サクヤは無言で片手を上げた。

 三者の承諾を得て、トラは満足げにテーブルに向き直る。その姿を見届けると、サクヤは席を立ちながら、アキラに向かって質問した。


「イオリは、もう店を開けてたか?」

「え? さっき行きがけに見たときは、用意してるところだったけど……」

「じゃあ、今頃開いてるな。補充に行ってくる」


 どうやらイオリは、何屋か分からないが、店を経営しているらしい。

 旅の物資の補充か。1人、連れが増えると決まって、サクヤも色々足りないものに気付いたのだろう。

 ちらりとこちらに視線を向けたが、あえてオレに声はかけない。

 来なくてもいいということのようだ。


 オレは、素直に厚意に甘えて、黙って右手を振った。

 イオリの店に興味はあるが、こんなに美味しい食事を途中にして、買い物に行くのは残念すぎる。


 サクヤはオレの様子に少し表情を緩めると、そのまま部屋を出て行った。残った3人は、しばらく黙って飯を食う。

 適度に腹に溜まってきたところで、オレはようやく、これが、サクヤに与えられたチャンスなのだと気付いた。


「あの、ごめん、ちょっと教えてほしいんだけど。昨日、サクヤのことを、『リドルの姫巫女』って呼んでたよな?」

「うん?」

「『リドルの姫巫女』って何だ? サクヤは教えてくれなくて」

「――お前、そんなことも知らねーのかよ!?」


 トラに向かって尋ねたと言うのに、アキラが大げさに返してくる。

 驚きとともに、バカにした調子も混じっているので、温厚なオレも、少しむっとした。

 知らないのは事実なので、言い返しはしないが。あくまでトラに尋ねたのであって、アキラにバカにされる筋合いは、ない。


「そうか、サクヤは教えてないんだ。じゃあ、原初の五種については、聞いたことある?」

「……ごめん、全く知らない」

「うわ、ほんっと、バカだな!」


 もちろん、余計な茶々を入れるのはアキラだ。

 オレのイライラが限界を迎える前に、トラがたしなめる。


「アキラ、これからお世話になる人に、そういう言い方は止めなさい。ここに来て、イオリに教えてもらうまで、アキラも知らなかったでしょ。獣人ですらそんなものなんだから、人間なら知らないのが普通だよ」


 トラに叱られてしょんぼりしているアキラを見て、オレは溜飲を下げた。

 尻尾を足の間に巻き込んで、耳を伏せている。随分と素直な感情表現だが、こうやって、黙っていてくれる分には、文句はない。最初からこのくらい大人しければ、問題もないのだが。


「原初の五種っていうのは、獣人に伝わる神話だね。原初の神は、五匹の獣から、はじまりの獣人達を作ったと伝えられている」


 どうも、獣人の創世記の伝説らしい。

 オレが神殿で聞いた話とは違う。神殿では、唯一神が人間を作り、人間と獣の間から、呪われた獣人が生まれたと言っていた。

 考えてみれば、随分と一方的な言い方で、やはり人間と獣人とは、宗教も言い伝えも違うらしい。


「原初の五種の血族は、獣人の中でも特別な役目を担っている。それは神から与えられたもので、一族のみでなく、世界を守る責務だ」


 トラの言葉で、アキラが誇らしい表情を浮かべた。

 その表情を見るだけで、ディファイ族が原初の五種の血族であることが予想できた。

 そして、多分、話の流れから言うと、リドル族もそうなのだろう。

 トラは、オレの顔を見て、笑顔で頷く。


「その責務を負う5つの種族に、神は自らの身体を分け与えた。肺を我々ディファイ族に。腎をリドル族に。肺は切り裂く剣となり、敵を裁いた。腎はこんこんと湧き出る泉となり、波のない水面のように平和な暮らしを与えた。各々の一族は、『神の守り手』を決めて、その責務を忘れないようにしたのさ」


 アキラが我が事のように、胸を張ってその後を続ける。


「ディファイの剣を守るのが、『ディファイの長老』の役目だ。剣を守り、一族を守り、世界の均衡を守る大役だぞ」

「そうだね、それが僕。そして、リドルの泉を守るのが、君の連れだよ」


 それが、『リドルの姫巫女』なのか。

 サクヤ本人は、自分をリドルと言っていいのかどうか分からない、というようなことを言っていた。

 人間なのに、リドルの一族を守る姫巫女。

 それは、確かに分類が難しい。


 しかも、聞いた通りなら、一族は今、散り散りになり、奴隷の憂き目を見ているはずなのだから。

 当然、サクヤに反感を持つアキラは、その点を突いてくる。


「つっても、あの女は一族を守れなかったんだろ。姫巫女失格じゃん」

「あの強大な魔力を湛えた泉に認められてるんだから、十分に姫巫女だよ。本人は頷かないだろうけど、リドルの島が陥落したのは、彼女のせいだけじゃない」


 トラは、直接アキラを窘めることはしなかったが、明らかにサクヤの肩を持って、オレに解説をしていた。

 長老という立場につくモノとして、思うこともあるのだろう。

 ただ、トラの様子からは、それ以上にサクヤを思いやる気持ちの方が大きいのも伝わってきた。

 更に言うと、事実としても、リドル達が現在のような状況にあるのは、サクヤの力が足りないという以上に、何か理由があるに違いない。


 姫巫女の話とは別に。

 その事情は、本人に聞かなければいけないと、ふと思った。

2015/07/01 初回投稿

2015/08/06 校正――誤字脱字修正及び一部表現変更

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