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奴隷商人は嘘をつかない  作者: 狼子 由
第3章 Causing a Commotion
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2 罠と見張り

 予定通り、日が沈む前に街を出た。

 街道を歩いているうちに夜が来て、月明かりだけを頼りに歩く。月が出ていて良かった。


 それでも、時々躓くオレと違って、サクヤはすたすたと歩いていく。単純に、夜道を歩く経験の多さなのか、それとも夜目が効くのか。


 相変わらずの昼夜逆転生活。

 怪我が治ったのもあって、サクヤは眠くないようだ。朝からずっとそわそわしていたので、そのディファイ族とやらが、余程、気になっているに違いない。

 理由が、リドル族と同じ獣人だからなのか、商売に関係しているからなのかまでは分からないが。


 あれ以来。

 ――あれ、と言うのは、先日、口説かれた朝のことなのだが。


 サクヤは、ずいぶんオレに、心を開いている様子だ。

 基本的に、色んなことを決める前に、オレに相談――というか、決めたことの報告というか、少なくとも一言かけるようになった。

 そもそもオレには、道中に何の目的もないので、相談されても「どうぞ」としか言いようがないのだが。

 まあ、この次に何をするつもりかが分かっているのは、ありがたい。


 荷物持ちから、旅の仲間らしきものに昇格したようだ。

 しかし、よく考えれば、オレはまだサクヤに何の返事もしていない。それなのに、勝手に仲間にされているというのは、結局はそんなに尊重されてないような気もする。

 どうも、行く先々でぼっち感を強調されるサクヤだが、1人旅の期間が長すぎて、何をどうしていいのか、分からないのかもしれない。こういう受け取り方は、少し好意的に取り過ぎだろうか。


 何となく。

 人間に心を開かない野良猫が、オレの手からだけ餌を食べるような。

 そういう感覚なのだろう、この気持ちは。

 こそばゆいような、嬉しいような。


 とにかく、サクヤが上機嫌であることだけは、伝わってくる。基本的に表情は変えないのだが、ふとした時に、頬が緩んだりしていることがある。


 一緒に歩いている時の扱いも、微妙に良くなった。

 行き先のないオレは、サクヤの後をついて歩いているだけだ。それでも、オレが遅れた時、先の方で、振り返って待っていることが増えた。そういう時に、ゆったり人を待たせられるようなオレではないので、少し小走りに近付いてやると、さっさと視線を戻して、また先に進んでしまうのだが。


 こうして2人で夜の街道を歩いている間も、特に何も喋らなくても、何となく柔らかい空気があるのが分かる。

 だいぶ、オレを受け入れているのだと思う。

 嬉しいと同時に、少し悔しいような、腹立たしいような気もする。何でこいつは、こんなに簡単に、人のことを信じてしまうのだろう。オレはまだ、返事してないんだってば。


 夜の街道に人通りがないことを確認すると、サクヤはマントを外して、こちらに預けてきた。

 荷物係としては、荷物が増えたと文句を言うべき所かもしれないが。何も言わないのは、オレも、マントを脱いでいる方が良いと思うから。

 折角、美人と一緒に旅をしているのだ。こうして、眺められるならその方がいい。


 サクヤは何も言わないが、いつか冗談半分に、2人きりのときはフードを外して欲しいと言ったのを、覚えているのかもしれない。

 もしそうなら、それも嬉しいけど。


 長い金髪が、月の光を透かして、きらきら輝いている。月明かりも美しいが、その髪の輝く様子は、また格別。こんな時間に、わざわざ出歩く甲斐もあるというものだ。

 横顔に見とれていると、サクヤが突然足を止めた。


「ここから、森に踏み込むんだ」


 指された先を見ても、特に何の目印があるとも思えない。何ということはない、藪だ。


 情報の真偽を疑うようなネタも、その必要も、オレにはない。その点については、すべてサクヤに任せることにしている。

 言うとおりに、サクヤの後をついて、藪の中へ入った。

 街道からは全く分からなかったが、しばらく歩くと、細い獣道のような道に出た。多分これが、ディファイ族の集落へ続く道なのだろう。


「……あれ……?」


 歩き続ける内に、ふと、空気に違和感のようなものを感じた。

 シャツを掴んで引っ張ってやると、歩みを止めたサクヤが、訝しげにこちらを見上げてくる。

 オレの言いたいことが伝わったのか、すぐに表情を引き締めて、辺りを見回し始めた。


 この感覚、サクヤも感じたらしい。

 何とも言えない違和感。

 暗い夜の森の中、人の手の入った跡がある。


「……ああ、これだな。落とし穴だ」


 オレより先に、決定的なそれを見つけたのはサクヤだった。

 見つけた罠に向かって、不用心に2、3歩進んだ瞬間、地面が崩れ、サクヤの身体が一瞬沈む。

 慌ててオレがその身体を支えると、サクヤは不思議そうな顔でこちらを見上げてきた。


「……魔法があるんだから、放っておいていいのに」

「あんたの魔法は制限が多過ぎて、信用できない」


 サクヤを引き上げて、穴の端に立たせたところで、手を離した。

 暗くて見づらいが、目を凝らして穴の底を見下ろすと、尖った木の枝が並んでいる。落ちれば、この木の枝に串刺しになる寸法だ。うまく致命傷を避けたにしても、著しい負傷は免れない。1人きりだったとしたら、穴から這い出ることができず、衰弱死することになるだろう。


 隣に立つサクヤにも、底に仕掛けられた罠が見えているようだった。

 サクヤの表情は、先程よりも沈んでいる。予想よりも、ディファイ族の状況はまずいらしい。


「割と本気っぽいな」

「ああ」

「サクヤは、どっちが仕掛けた罠だと思う?」

「ディファイだな。罠がうまく発動するように、生贄の野鼠を置いてある。ディファイのよくやる、まじないの一種だ」


 サクヤの指の示す先を良く見ると、確かに、小さな獣らしき影が、枝の先に刺さっている。自分達の集落に向かう道へ、こんな危険な罠を仕掛けなければいけない程、ディファイ族は追いつめられているのか。

 ただし、罠があるということは、一族郎党が追い出されたり、全滅させられたりしてはいないということだから、その点は良かったと言うべきか。


 落とし穴を迂回して、先に進む。

 しばし歩く間に、先程の落とし穴以外の、幾つかの罠を発見した。もう、罠を解除して、確認したりはしない。単純に引っかからないように遠回りして歩く。


 先を歩くサクヤが、こちらを振り向いて、声をかけてきた。


「お前、絶対俺の前に出るなよ」

「何だ? オレ、罠を見つけるのは意外と得意だぜ」

「そういう問題じゃない。万一、お前が引っかかったら死ぬだろうが」


 ――ああ、自分だったら自動再生があるから、いいってことか。

 そういう物言い、色々と納得行かない部分がある。

 言い返そうと思って、言葉を口に出す直前に、どこかで、こちらを見ている視線があることに気付いた。

 黙って、サクヤに視線を向けると、静かに頷き返された。


 ――どこからか、狙われている感覚。

 どこにいるのか、歩きながら、さり気なく周囲を見渡す。

 ふと、音がしたような気がして、上を見上げると、今まさにこちらに向かって矢を放とうとする男が、枝の上からオレ達を狙っていた。


 夜闇の中、まさか見つからないと思っていたのだろう。

 オレと目が合って、男は驚いた表情を見せる。

 その瞬間に、指が緩んだのか、それとも丁度射出のタイミングだったのか、弦が弾かれ、矢が飛んできた。

 オレはサクヤの身体を引き寄せて、後ろに下がる。


 足下に突き刺さる矢を見て、サクヤは男の位置を特定した。

 視線を向けると同時に、そちらに向かって、いつもの針を飛ばす。

 男は身をかわしながら、枝から飛び降りてきた。

 この高さで――と見ている内に、空中で一回転を入れる余裕まで見せて、綺麗に着地する。

 近くで見て初めて、その黒い髪の間から、尖った耳が2つ覗いていることに気付いた。


「おい、サクヤ、こいつ……」

「ディファイ族だな」


 断言するサクヤの言葉を聞いて、ディファイ族の男が、尻尾を逆立てた。

 牙を剥いて威嚇しながら、オレ達を睨んでいる。


「人間が何の用だ」


 髪と同じ、暗闇の色をした尻尾が、男の背中で大きく膨らんでいた。

 全身で敵意を向けられながら、サクヤは落ち着いて声をかける。


「俺は敵じゃない。長老のトモエに取り次いでくれ。サクヤと言ってもらえれば、分かると思うが……」


 さすが、サクヤさん。ディファイ族の長老と顔見知りらしい。

 一瞬ほっとしたが、当のディファイ族の男は、ますます警戒心を強めていた。


「トモエだ? そんな名前、聞いたこともねぇよ!」


 思わずサクヤに視線を移すと、きょとんとした顔をしている。


「……あれ?」

「さ、サクヤさん……?」

「……代替わりしたかな。誰かに譲ったなんて聞いてないが……」


 何だ、それ!

 中途半端な情報だな!?


 サクヤは、ため息を吐くと、両手を上げた。

 完全に降参のポーズだ。

 ちょ、サクヤさん……。頼りにならねぇ……。


「とにかく、長老に会わせてくれ。警戒するなら、縛ってくれてもいい。ディファイと事を構えるつもりはない」


 ディファイの男は、しばらく考えるように、無言で忙しなく尻尾を振っていたが、ふと、納得したように、「分かった」と呟いた。


「じゃあ。あんた、まず、剣をこっちに寄越せ」


 考えるまでもなく、剣を持っているのはオレだけだ。サクヤの方を見ると、小さく頷いている。

 ため息を吐いて、オレは剣を鞘ごと男の方に放り投げた。

 投げた剣を拾うと、代わりに男はサクヤにロープを投げつける。サクヤが受け取ったのを見て、オレの方を眼で示した。


「ねえちゃん、あんたは、そこのガキをそれで縛れ」

「……ねえちゃ……?」


 サクヤが、一瞬イラっとしたのが分かったので、オレは両手を前に出して、まあまあ、と合図してやる。無言のまま、その手を握られて、適当な手つきで縛られた。

 多分、もっとちゃんとした縛り方もできるはずだが、全くやる気がない。適当に、ぐるぐると巻いているだけだ。

 もともと、そんなに力もない上に、気合の入っていない拘束だ。本気を出して引っ張れば、抜けるのもそう難しくないと思う。


 本音を言えば、オレじゃなくてサクヤを縛った方がいいと思うのだが。……ああ、魔法使いを縛っても無駄か。


「よし。じゃあ、あんたらこっち来い」

「……俺は縛らなくていいのか?」

「ねえちゃんなんか、対して力もなさそうだし、何とでもなるだろ」


 再び、サクヤがイラっとした気配がするが、もうオレはフォローしなかった。

 このディファイの男、放っておくと、もっと墓穴を掘るような気がする。ここでフォローするなら、延々と続ける必要がありそうだし、見も知らない獣人が、どうなろうと知ったことか。


 サクヤと、両手を縛られたオレは、黙って男の後ろをついて歩く。

 男は黒く長い尻尾を左右に振りながら、罠を避けて進んでいた。

 道の向こうに集落が見えてきたところで、入り口を守っている影に、男が手を振る。


「おーい、イオリ!」

「ありゃ、どした、アキラ。……後ろのは誰?」


 高い声で、影から答えが返ってきた。

 暗闇の中、目をこらして、近づいてくる影は、黒い耳と尻尾を持った、正真正銘おねえさんだ。

 まだ、シルエットしか分からない状態からでも、おねえさんだって分かるのは……ほら、あの、胸部が……立派なので。

 サクヤが、イオリと呼ばれた影を見て、片手を上げた。


「元気そうだな、イオリ」

「……あんた、サクヤ? サクヤじゃないか! 久し振り!」


 黒い猫耳と黒い尻尾をピンと立てて、イオリが、途中から早足で駆け寄ってきた。

 満面の笑顔で、サクヤを抱きしめると、サクヤも片手でイオリの背中を叩いて、親愛の挨拶を交わす。


「大きくなったな、イオリ」

「あんたは、ほんと、変わんないねぇ。最後に顔を出したのはいつよ? 今回は、ずいぶん長いことご無沙汰だったじゃない」

「2年前かな。トモエはどうした、あの時はまだ、トモエが長老だっただろう?」

「ああ、聞いたの。トモエは去年……。ん? そう言えば、アキラとはこれが初対面じゃない?」

「そう。信じて貰うのに苦労した」


 サクヤがオレの方を指さすと、イオリは、オレの手の縄を見て目を見開いた。


「あんたの連れ? 悪いことしたわねぇ」

「カイ、もう外していいぞ」


 ここまで道案内してくれた男――アキラは、状況についていけない様子で、サクヤとイオリをキョロキョロと見ている。

 サクヤのお許しが出たので、オレは2、3度手首を動かして、縄をうまく緩める。

 簡単に外れた縄を見て、アキラが尻尾を大きく振りながら、声をあげた。


「なっ……騙したな!」

「オレじゃないぞ、サクヤの仕業だ。あんた、オレなんかより、あいつを警戒した方がいいよ。見た目で人を判断すると後悔する」


 教訓めいたことを付け加えると、アキラはますます尻尾を逆立てた。

 オレより年上に見えるのに、中身は単純らしい。

 イオリは、アキラからオレの剣を取り戻し、こちらに投げ返しながら、呆れた声でアキラをたしなめた。


「アキラ、それくらいにしときなさいよ。サクヤの連れなら、その人もお客人。長老を呼んできな」


 言われたアキラは、オレ達3人を順番に見ながら、尻尾をばたばた振って考えている。

 イオリがダメ押しで、「ほら、早く」と声をかけると、「うーっ」と一声唸って、ようやく駆けだして行った。

2015/06/25 初回投稿

2015/08/06 校正――誤字脱字修正及び一部表現変更

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