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奴隷商人は嘘をつかない  作者: 狼子 由
第3章 Causing a Commotion
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1 獣人入国禁止

 この人、行く先々に、敵を作って歩いてるんじゃないか。

 人のいるところへ立ち寄る度に、何かが起こっているような気がする。


 アスハを宿に送り届けて、一泊したオレ達は、いつも通り夕方に出発した。

 朝になって、次の街に着いた頃には、サクヤの性別は男に戻っていた。怪我が治ったという意味ではいいことだ。ただし、オレ個人としては、綺麗な女と旅をしている方が楽しいので、その点については、割と残念。


 いつものように、街の門で、役人に通行証を差し出す。サクヤは相変わらず、目立ちたがらない。フードを被って、オレの後ろで黙っている。

 借りた通行証を、オレが、門を守る役人に渡した。

 通行証を見た役人の顔が曇る。


「奴隷商人? じゃあ、後ろは奴隷か?」

「そうだけど」


 このやり取りも、もう何度目か。

 例によって、サクヤは奴隷として申請しておく。

 ここまでは問題ない。今回の問題は、その後だった。

 役人は、フードを被ったサクヤをじろじろ見ながら、意外なことを言った。


「これは、獣人じゃないのか?」

「はあ? 人間だよ」

「嘘じゃないだろうな?」

「そもそも、獣人だからって、何か問題?」


 役人が何を言いたいのか、全く分からなかったので、素っ頓狂な声が出てしまった。


 サクヤが気にかけているリドル族や、町のオークションで見たグラプル族――あのときは本物ではなかったらしいが――などの獣人は、人間と獣の間の身体的特徴を持つ種族だ。人間と同じように、二足で歩き、言葉も喋るが、獣のような耳や牙や尻尾があるので、外見ではっきりと見分けがつく。

 獣人は、概して人間よりも身体能力が高い場合が多い。オレがもし獣人だったら、剣の扱い一つ、きっと師匠にあんなに怒られることもなかろうと、これはちょっとした妄想だ。


 色々と秘密があるらしいが、サクヤは、見た目は完全に人間に見える。

 今までのところ、その点を疑われたことはなかった。


 さらに言えば、奴隷が獣人だとしても、何か問題があると言うのか。獣人奴隷なら、むしろ人間より高値がつくくらいなのに。


 役人は、苦々しげに答える。


「この国は、獣人は入国できない。通行証がないなら、獣人でない証拠が必要だ」


 そんな国があるのか、と驚いてサクヤを見たが、フードごと小首を傾げている。

 やはり、珍しいことのようだ。サクヤが知らないのだから、ここ最近のことなのかもしれない。


 オレは、黙ってサクヤのフードを外した。

 サクヤは、鬱陶しそうに眉をしかめているが、顔を見せる必要性は理解しているのだろう。文句は言わない。


 ただ、その姿を見て、役人が俄然やる気を出したのが、オレには分かった。これは長くなりそうだと、心の中でため息をつく。


「証拠ね。見れば分かるように、耳なんてないけど」

「耳は目立つから、切り落としているかもしれんなぁ」

「耳と尻尾は獣人の誇りだから、そんなことするヤツいないって。そんなこと言われたら、どうやって証明すればいいんだよ?」

「通行証はないんだな?」

「奴隷にそんなもんないって」

「じゃあ、牙を抜いた跡が口の中にないか、確認するから、口を開けさせろ」


 役人の言葉を聞いたサクヤは、非常に嫌そうな顔をした。

 それでも、他に方法もないので、まあまあ、と視線で宥めておく。

 頭では分かっていて、ただ、生理的な嫌悪感があるだけのようだ。オレが顎に手をかけると、素直に口を開いた。

 その唇の隙間に、役人は、容赦なく指を突っ込む。

 太い指が舌に擦りつけられた瞬間に、サクヤの瞳に危険な色が浮かんだ気がして、オレは頭に手をのせた。


「――おい、噛むなよ」


 分かっていると思っていても、あえて声をかけたくなるくらい、今にも噛み付きそうな顔をしている。

 その表情すら、そそると言うのか、役人は、丹念にサクヤの口腔内を撫でているようだった。時折、えづくように喉が鳴っているのは、かなり深くまで突っ込まれているらしい。

 開きっぱなしの唇の端から、どうしようもなく、唾液が垂れた。

 さすがに、ここまでされると、見ているだけのオレだって癪に障る。


「……なあ、もういいだろ?」


 役人の腕を掴んで、引っ張ってやった。

 意外にも、さしたる抵抗もなく手を抜いたが、役人の顔が笑っているのを見て、胸騒ぎがした。


 そんなオレの胸中を知らないサクヤは、服の袖で自分の唾液を拭いながら、こちらを睨み付けてくる。

 いやいや、ちょっと待て。オレに怒ったって、どうしようもないって。


「牙はないようにも思えるが、はっきりとは分からんなぁ。今夜一晩貸してくれりゃ、しっかりと調べて、明日の朝には返してやれるんだが」


 ちくしょう。やっぱ、そう来るか。

 

 役人の言葉を聞いて、誰よりも早く反応したのは、サクヤだった。いつものように、ブーツで役人の脛を狙う。

 オレの反応は一瞬遅れたが、もうこうなったら、いつか蹴りが出ると予測はしていたので、何とかその足を自分の足でブロックした。


 結果として、オレの足に泣きそうな痛みが走る。ぶつかった瞬間に、サクヤが、軽く目を見開いた。誰にも気付かれないように、痛みを必死で我慢する。

 これ以上暴れないように、背中からサクヤの首に腕を回し、固定してから、役人に声をかけた。


「なあ、あんた。こいつ、どこに献上すると思う? ほら、こんな奴隷、今までに見たことないだろう? 納める先だって、それなりに予測がつくだろうが」


 中途半端に想像を煽るように、ぼやかして伝える。

 言われた役人は、思い当たる何かがあるのか、勝手に色々と勘繰ってくれているようだ。

 向こうが、多少、まともな顔に戻ったところで、ダメ押しをした。


「あんまり、時間がかかっちまうと、あんたの家族まで類が及ぶぞ。問題ないなら、さっさと済ませた方がいいんじゃないか?」


 役人の頭の中で、オレの言葉の真偽と、リスクと、色んな利害がぐるぐる回った果てに、オレ達にとっては、良い結果をはじき出したらしい。

 先ほどまでとは打って変わった早さで、書類の処理を進めてくれた。幸いなことに、この街には、それらしい取引をしそうな、思い当たりがあったようだ。


 オレはその様子を見ながら、ほっと一息つく。

 サクヤは、そんなオレを、何とも言えない表情で眺めていたが、目が合うと、はっとしたようにフードを被り直した。


●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○


 手頃な宿を見つけ、部屋に落ち着いた途端、サクヤは水差しごと水を持って、手洗いにこもってしまった。

 オレも喉は乾いているのだが、まあ、今回は仕方ない。全面的に譲ってやることにする。


 水音に混じって、時々、嘔吐する音や、咳き込む音が聞こえる。

 よほど、気持ちが悪かったのだろう。

 ようやく手洗いから出てきた時には、水差しはからっぽで、サクヤは顔だけでなく、シャツの胸元までびしょびしょに濡らしていた。


「あー、何て言うか、我慢させて悪かったな」


 オレが謝る筋でもないと思うのだが、気遣いを謝罪に差し替えて、声をかけておく。

 いつものように、高飛車に答えが返ってくるかと思ったが、サクヤは、濡れたシャツを脱ぎながら、意外なことを言った。


「……いや、お前がいて助かった。……悪い」


 最後の「悪い」は、水差しの水を使い果たしたことか。

 あ、蹴ったことか。

 どっちも、大したことでもなかったので、オレは軽く頷いておく。


「それにしても、意外だな。あんたは、ああいうことは慣れてるんだと思ってたんだけど」


 だって、これだけ綺麗なら、引く手あまただ。

 男だと明言していても、言い寄るヤツは多いはずだ。

 ましてや、本当は女の時もあるワケだから、そりゃあ、もう最強だ。

 そう言えば、双子執事にも、手を出されかけたようなことを言っていたな。


 それに、プライベートの経験だけでなく、奴隷商人なワケだから、業務上そういう場面にも良く遭遇するに違いない。

 奴隷を所有する目的なんて、所詮3つしかなくて、戦力か、労働か、性労働だ。

 性労働に従事する奴隷なら、そういう調教をしたりもするのかもしれない。

 きっと、オレの妄想では追いつかないような、すごいことをするんじゃないのか。


 だから、きっと、さっきのようなことは、日常茶飯事なのだろう。


 ――などと、ワクワクしながら、どこか寂しい気もしつつ、考えていたのだが。


「慣れる? 口に指を突っ込まれるのは、よくあることか?」


 聞き返された言葉に、怒らせたかと思って、思わずそちらをまじまじと見てしまった。

 その表情は、本気で何を言っているのか分からない顔をしている。


 ……何言ってんだ、この人。


「いや、指に限らず、あるだろ、ほら。き、キスとか……」


 恥ずかしながら、今までにそんな経験のないオレからすると、単語だけでも口にするのに苦労する。

 もっとすごい単語も思い付いたが、もうこっちは、口に出せない。

 この程度の言葉、堂々と言えばいいと自分でも思うが、やっぱり、無理。恥ずかしい。


 そう思っていたら、堂々としているヤツが、目の前にいた。


「キス? そんな経験はないな」


 ……いや、なくはないだろ。


 確かにこの人、外見は、オレより年下に見えるが、正直、見た目通りの年齢ではないと思う。

 今までに会った、サクヤとその知人とのやり取りを見ていると、オレより年上なのは確実だと感じた。

 具体的に、幾つ違うのかまでは分からないけど。


 獣人ではないように見えるが、何やらリドル族との関連もあるらしい。

 ハーフとか、クオーターとか、そういうことなのだろうか。いや、血は引いていないと言ってたから、違うのか。

 でも、リドル族は成長が遅いらしいので、何か影響があって、こんなに若く見えるのかもしれない。

 単純に、すごい童顔なのかも知れないけど。


 ――そして、オレより年上だとしたら。

 キスの経験がないことを、恥ずかしげもなく、あっさり言い切れる神経が分からん!


「嘘だろ?」

「こんなことで嘘なんかつかない。それとも、キスって言うのは、お互いに口でするんだと思っていたが、人間にとっては、ああいうものなのか? だとしたら、今日のをカウントすればいいのか? あれが唯一の経験と言うのは、何か虚しいものがあるような気もするが、どうだろう?」


 そんなワケないだろ!

 何考えてんだ、こいつ!?


 あれか、こっから、「だから、口直しに……」とか言って誘うつもりか?

 自分で自分のバカさ加減も大概だと思うが、もう、オレにはそういう、成人向けの読み物のような展開しか、思い付かないよ……。

 それならそれでいいから、純情ぶるのはやめてほしい。


「あのさ、普通、オレとかあんたくらいの年齢の男って、そういう経験――は、別にして、知識とか興味はあるもんじゃないの?」

「お前、俺の質問に答えろよ」


 ――あんたが言うな!


 いつも、人の質問を質問で返す、腹立たしい返答をするのは、あんたの方だろう。

 もう、オレはマジメに会話する気を失って、ベッドに寝転んだ。


 サクヤは、しばらくオレの方を見ていたが、特に話題としてはこだわりがないようで、あっさりと話を止めた。

 黙って、紙をめくる音だけが響く。


 何の音かとそちらに視線だけを向けると、手帳に視線を落として、何かを探していた。

 手帳は分厚い皮の表紙だが、ぼろぼろになっている。かなり長い期間、使い続けているもののようだ。

 そのページをめくる手が、途中で止まった。


「あった」

「……何探してたんだ?」

「獣人は国に入れないと言っていたが、この周辺には、元々住んでいる種族があったはずだ」


 少し興味が湧いたので、起き上がって、サクヤの隣に移動する。

 サクヤは、近寄ってきたオレをちらりと見て、すぐに手帳に視線を戻した。

 その指を追って、手帳を覗き込むが、書かれている文字が全く読めない。


「ああ、読めないと思う。リドル文字だから」


 あっさり言われた。

 良く分からないが、師匠に習った文字とは別の文字らしい。

 リドル文字と言うからには、リドルにしか読めないのだろう。暗号代わりに丁度いいので、手帳に使っているのか。

 もしかしたら、それ以上の精神的な意味があるのかも知れないけど。


「ディファイ族の集落か。そんなに時間の余裕がある旅じゃないが、気になるから、様子見くらいはしておきたい」


 手帳からこちらに視線を戻し、上目遣いに見上げてくる。

 どうも、オレの許可を求めているようだが、オレ自身は、特に予定があるワケでもない。

 基本的に、師匠と再び会えるまで、サクヤについて歩いているだけなので、そうしたいなら勝手にすればいい。


「オレは異論はないぞ」

「うん」


 サクヤの返事は簡素だったが、何とはなしに嬉しそうだった。

 思いつきのような言い方をしていて、その実、街に入った時から、気になっていたようだ。

 反対されなかったので、安心した様子だ。

 こういう顔をされると、非常に可愛いので、ある意味困る。

 こんなんだったら、ずっと、女でいたらいいのに、などと、危ないことを考えてしまう。


「まあ、それで、そのディファイ族っていうのは、どこにいるんだ?」

「この街から出て、街道のところで、少し逸れてやれば、集落がある」


 手帳を閉じたサクヤは、何だかそわそわしている。

 それが、いかにも早く出発したい様子だったので、苦笑して、その肩を掴んだ。


「もう1日歩き続けたんだぞ? これから行く気か?」

「いや、夜の方が都合がいい。日が沈む前に、出発しよう」


 夕方に目覚めて、朝に床に着く生活も、だいぶ慣れてきた。

 オレの今までの生活リズムとは違うけど。

 このことについては、反対しないことにしている。


 ――何故か、そうしてあげたいと、思ったから。

2015/06/23 初回投稿

2015/08/06 校正――誤字脱字修正及び一部表現変更

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