11 絶対秘密
しばらく一緒にいて分かった。
サクヤは何だかんだでマジメなヤツだ。
王から引き受けた仕事も、それなりにマジメにやっていたのだろう。
そんなヤツだから、組めと言われた相手を人格的に受け入れられなかったとしても、仕事の間は仲間として信用したはずだ。
サクヤの普段の行状を考えれば。細かい部分を除いて大体予測はつく。
仲間として遇していた間は、きっとオレに対するように無防備だったに違いない。
その無防備さを、ケイタとコウタは勘違いした。
いや、普通する。その辺りがサクヤの感覚のおかしいところだ。
オレとしては同じ目に合っている同士として、多少は同情を感じなくもない。
オレがもっと大人で経験豊富なら、もしかすると双子と同じ結果になっていたかもしれないし……。
――いや、やっぱり。
ならなかったんだろうな。
勘違いしたとして、そこで絶縁に繋がるところまでやってしまうのは、双子の側の問題だ。
何があったのか、ぼんやりと想像がついたついでに。
無表情で言い放つサクヤの気持ちが、口ほど簡単ではないのも、オレには伝わってきた。
それなりに2人を信頼していた。
だから、一緒に仕事をしていた。
それなのに何故かうまくいかなくて、どこかでそれを後悔している。
だけど、何を反省すればいいのかも分かってないのだ。
――この鈍感は。
サクヤも、ケイタも。
もう話すことはないようだった。
それでも、どちらもタイミングを計りかねて動こうとしない。
牽制しあっているワケではなく。
何かきっかけがないと、自分からは仕掛けられない。
この期に及んでも、そのくらいの何かが残っている――。
「……んん……」
ケイタの足元に転がっていたアスハが、身を捩った。
全員の意識がそこに集中した瞬間に、ケイタがサクヤに駆け寄る。
サクヤもかなり速い方だが、踏み込みの良さはケイタの方が少し上回るか。
あっという間に距離を詰めて、拳を振り抜いた。
危うく避けたサクヤの右腕を、ケイタの拳が掠める。傷を負った腕に響いたらしく、サクヤが眉をしかめた。
「上手く避けるなぁ。次は、もうちょっと早くするか?」
「……余裕の口振りだな」
「今はな。そのクソガキを動かすなよ。この廃墟丸ごと、自爆しなきゃいけなくなるからな」
間合いを取る為にサクヤが後ろに退く。
その度にケイタはそれを上回るスピードで詰めてくる。
踏み込みが余りに早いので、サクヤは急所への攻撃を払うのが精一杯だ。
ケイタの拳がかする度に、サクヤの傷が増え血が吹き出している。
昨夜は持っていた剣を、どうして今日は構えないのか不思議に思っていたが。
拳だけで十分凶器になるようだ。
それならば、狭い室内で長い得物は逆に邪魔だろう。
オレは、そうしてサクヤが紙一重で避ける様子を、はらはらしながら見ているだけだ。
加勢してケイタに斬り込みたいのは山々なのだが、サクヤ自身が手出しを望んでいないようだった。
それは、ケイタの脅しのせいもあるのかもしれない。
放置されてはいても、アスハは人質なのだから。「自爆する」と言われれば、躊躇せざるを得ない。
ただ、それを本気にするなら、サクヤはそもそも避けることすらしないはずだ。実際に、ケイタはアスハのことなど忘れたように、拳だけでサクヤを追い詰めている。
それをチャンスと考えて、手を出そうとする度に、何度もサクヤに視線で止められた。
サクヤなりの懺悔なのかもしれないし、謝罪なのかもしれない。ただの自傷行為かもしれない。
考えがあるとはちょっと思えないんだ。
こんな無意味な傷に。
距離を詰められすぎて魔法を使い辛いと言ったって、こんなに正面から相手をする必要はない。サクヤには他に幾つも方法があるんだから。
心配ではあるけど。
人の事情に踏み込むのは、失礼なやり方だ。
だから、仕方なく助太刀を諦めて、アスハの安全を確かめることにした。
アスハに近付いても、ケイタはもうこちらを見向きもしない。
オレはアスハの横にしゃがみこんで、呼吸を確かめる。
眠っているのか、気を失っているのか。見た限り外傷もないし呼吸も正常だ。
軽く揺すると、小さな唸り声が返ってきた。
後は起こしてみないと確かめられないが、今起こせば無駄に怖がらせるかもしれない。片が付いてからにしよう。
身体に怪我がないのは分かったので、ひとまず良かった。
再び、ケイタとサクヤの方に視線を戻す。
ケイタは昨晩一度退いた後、徹夜で考えていたのだろう。良く見れば、その必死さを示すように眼が赤くなっている。
そこで、サクヤの名を出すアスハを偶然見つけたのか。ただ単に思い出して探したのか。もしくは、オレがアスハと一緒にいるところを見られたのが問題なのかもしれない。
あのとき屋台の空気がおかしいと思ったが、屋台の近くにいたのだろうか。それとも屋台にいた誰かがケイタの仲間なのだろうか。
大体の経緯は予測が付いたが、細かい部分は本人に聞かなければ分からない。
だけど、多分もう聞く機会はない。
どちらが勝つにしても、オレとケイタが会話することはない。
コウタを殺したのだ。ここから先は、サクヤかケイタかどちらかが死ぬしかない。
サクヤが死ぬときは、オレとアスハも同じ運命を辿るだけだ。
当のサクヤには自動再生なんて凶悪な魔法がかかっているらしいから、そんなヤツが死ぬことがあるのかどうかも知らないけど。
サクヤはこの追い詰められた状況からどうするつもりなのだろう。
あいつは足癖は悪いが力は強い方じゃない。単純な肉弾戦においては、ケイタの方がやや上回っているように見える。
魔法を使うなら早く使わないと、傷が増えるにつれ集中力が保てなくなるだけだ。
そんなことを考えている内に、サクヤの腹にケイタの右拳が思い切り叩き込まれた。
防戦一方とは言え、クリティカルな打撃をうまく除け続けていたサクヤが、初めてくらった強力な一撃だった。
「……っが……」
「あれ、入っちゃったなあ。どうしよう?」
痛みで動きの止まったサクヤの頬に、2発目が叩き込まれる。
悲鳴も上げられないまま、その身体が床に吹き飛んだ。口の中を切ったのか、喀血している。
それでも起き上がろうとした右肩を、ケイタに踏み抜かれて再び床に叩きつけられた。
「……コウタは、死体も残らなかった」
ぎりぎりと、その肩を踏みにじりながら、ケイタが囁く。
少しずつ体重をかけているようで、サクヤがその痛みに顔を歪めた。
「ねえ、コウタもいないのに、オレはどうすればいいの?」
圧倒的に、ケイタが勝っていた。
それなのに、泣きそうな顔をしているのもケイタだ。
踏みつけられているサクヤは顔を歪めてはいるが、それは怒りでも悲しみでもない。ただ、腫れた頬が喋りにくいだけに違いない。
その表情を動かさぬまま、サクヤが小さく呟いた。
「……れば、いい」
オレには聞こえなかった言葉が、ケイタには聞こえたらしい。
一瞬、ケイタは目を見開いて、何か言い返そうと、口を開いた。
そして。
――次の瞬間、そのままの表情で膝から崩れ落ちた。
サクヤの上に折り重なるように倒れた身体は、それ以上、ぴくりとも動かなかった。
一瞬の出来事にオレが驚いていると、ケイタの身体の下から、サクヤが左手をひらひら振ってオレを呼んだ。
慌てて駆け寄り、サクヤを引きずり出してやる。
近付いて確認すると、ケイタは完全に事切れていた。
「致死性の毒だ」
サクヤがケイタの足首を指差す。
そこにはいつもサクヤが隠し持っている針が一本差し込まれていた。
どうやら最初からこれを狙っていたようだ。
「……魔法で倒せば良かったのに」
「今は使えない」
あっさりとサクヤは答える。
――おい、そんなこと聞いてないぞ。
どんなにぼろぼろに負けてても、魔法があるから大丈夫だろうと思っていたのに。
こないだから聞いていると、どうもサクヤの魔法はえらく使用制限が多い。
――そう言えば。
今夜は新月とは言わないが、満月には程遠い。
あれ? 何かを思い出しそうな――
「――痛い」
サクヤの呟きが、オレの意識を引き戻す。
それはいつもの仏頂面だったが、きっと痛いのは身体だけではないのだろう。
オレは何も言わなかった。
本人の望んだことだ。
「アスハは?」
「身体は無事そうだよ」
オレが答えると、やっと少しだけ嬉しそうにした。
立ち上がるのに手を引っ張って起こしてやろうかと思ったが、どうやら右肩がさっきの踏みつけで外れているか折れているかしているらしい。もともと負傷していた右腕の傷も開いているのかもしれない。
触ると酷く痛そうにしたので、左腕の下に手を回して、抱き抱えるように立ち上がらせた。
身体が密着したところで、サクヤが耳元で囁く。
「痛いな」
2回言わなくても分かってるよ。
そりゃ痛いだろうさ。満身創痍だ。
だけど、言わせてもらえば。
見てるだけの方だって、辛いもんだ。
「何でオレに手を出すなって言ったの?」
「……言ってない」
「言ってはないかもしれないけど、そう思っただろ」
「俺はこの程度では死なないけど、お前は違うから」
その答えは予想していなかったので、少し驚いた。オレを気遣うなんて、そんな理由があるとは思っても見なかった。
勿論それが全てではないのも、オレには分かっている。
どうせ自分の手で最後まで片付けたかったのだ。
「まあ、オレが手伝ったところで、大した役には立たないだろうけど」
「そうだな」
「……ちょっとは否定してくれよ」
さすがに、即答されると悲しいものがある。
綺麗な女にはやはり頼りにされたいと思うよ。女なのは、今だけなのかも知れないけどさ。
そんなことを考えながらも、実はオレ、少し困ってる。
サクヤが離れてくれないのだ。
どうも1人で立っていることができないらしい。
仕方なく密着したままになってるけど、この体勢はそれはそれで問題がある。
だって、他から見たら、まるで抱き合ってるようじゃないか。
いつまでこのままなのかと、サクヤに対して声をかけた。
「なあ、あんた本当に大丈夫なのか?」
「痛いって言ってるだろ。でも内蔵は破裂してないようだし、肩と肋骨くらいじゃないか?」
「顔もな」
「……うん」
自動再生が当たり前になってるからか、こいつは自分の状態把握がアバウトだ。
良く言えば、客観的。
悪く言えば、大して痛がらないので、怪我の位置は分かっても、どの程度の状態なのか他人から理解しづらい。
しかし全身に力が入らないという今の状態からすると、結構手酷くいってると思うのだが……。
この状態でどうやって宿まで帰ろうか。
歩かせるのは結構辛そうだ。
アスハもまだ眼が覚めない、し……?
何となく嫌な気配を感じて、背後を振り向く。
そこでは、ぱっちりと眼を開いたアスハが、転がったままこちらを見ていた。
その瞳がキラキラと輝いている。
「あ、起きてたのか、アスハ。ちょっとサクヤが……」
「ああ! 大丈夫です、カイさん、サクヤさん! あたし絶対誰にも言いませんから! 絶対秘密にしますから!」
ぶんぶん首を振りながら、妙に嬉しそうな顔をしている。
その眼が何を見て、何を想像したのか。
上気した頬で「大丈夫」「絶対秘密」を繰り返す乙女思考をたどると、非常に嫌な答えが浮かんできた。
大体、この口は災いの元少女に、秘密なんてあるワケがない。
どう説明すれば納得させられるものか。
答えをもらおうとサクヤの方を見ると、サクヤは意外なことに片頬で笑っていた。
――あんた、笑い事じゃないって!
アスハの前で喋りたがらないサクヤに、オレの弁護をさせるのは至難の業だったので、結局オレが1人で弁解しまくったワケだが。
ドリーム満載の乙女思考がオレの言い分を信じてくれたとは、全くもって思えない。
妙な誤解をスピーカー娘に残したまま、この街を後にすることになったのが、今考えても大変悔やまれる。
2015/06/21 初回投稿
2015/06/21 言い回しを若干修正
2016/01/02 校正――誤字脱字修正及び一部表現変更