表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
奴隷商人は嘘をつかない  作者: 狼子 由
第2章 Secret
22/184

9 何でも叶えてやる

「俺と一緒に行こう。お前は、俺が役立ててやる」


 意外な言葉に驚いて、オレは更に後ずさった。

 サクヤは、開いた距離を詰めはせず、ただこちらを見詰めてくる。

 その、紺碧の瞳で。


「いや、ちょっと待て。オレ、そんなにあんたの役に立ったか? 思い当たるの、ツカサの件くらいなんだが」


 わざと砂の国の大臣のツカサにぶつかって、サクヤに2人きりで話すきっかけをやった。あれは明確に、サクヤにチャンスを与えてやろうと思ってしたことだ。


 だけどあの時は、偶然、状況が良かったのだ。ツカサもサクヤと話したがっている様子だったし、位置的にも申し分なかった。

 同じことをまたやれと言われても、困る。状況次第だ。


 しかも、その後のケイタ&コウタとの戦闘では、全く役に立ってない。

 むしろ、サクヤが負傷したのはオレのせいだ。オレがいなければ、足手まといなく、もっと簡単に勝てていたに違いない。あるいは、オレが師匠のように強ければ……。


 サクヤは、反省するオレを無視して、尋ねてきた。


「お前、何で俺がツカサと話したがっていると分かった?」

「は? 何でって言われても……」


 はっきりと説明できるような理由はない。

 何となく。

 そんな顔をしてたから。

 そんな気配を感じたから。


「……何か、そんな気がしたから?」

「それだ。お前は無意識なのかもしれないが、人の顔色読むのがうまいんだよ」

「……はあ? そうか?」


 そんなこと言われたことなかった。

 どちらかと言うと、一緒に育った仲間には、『お前はキョロキョロして集中力がない』というようなことを、よく言われたような気がする。


 そもそも、普通に生きてれば、多かれ少なかれ、誰かと関わらずには生きられない。お互いに楽しく生きるためには、顔色から感情を洞察しあうものではないのか。

 オレもその例に漏れず、ただ見ているモノを、自分の推測に当てはめているだけだ。

 今一つ納得できないが、オレの反対にあっても、サクヤの瞳は動じない。


「俺は、よく人に無表情と言われる」

「まあ……無表情って言うか、不機嫌そうな時が多いな」

「何で不機嫌だって分かる?」

「……いや、何でって……」

「俺とお前は、一昨日会ったばかりだぞ? これでも、感情が表に出ないように気を使ってるんだ。何で読める?」


 ついに、サクヤが、両手を地図のこちら側に突いた。

 四つん這いのまま、獣のように這い寄ってくる。

 真っ直ぐな視線に射抜かれるような気がして、オレはますます後ろに下がった。


 狭い部屋の中で、ベッドの突き当たりの壁に、すぐに背中が当たる。

 壁を背に座り込んでいるオレに、サクヤは更に詰め寄ってきた。


「俺だけじゃない。ツカサの気持ちはどうだ? レディ・アリアは?」


 これ以上は後ろに下がれないので、無意識に視線をそらそうとしたが、サクヤはそれを許さない。左手で衿元を掴まれ、無理矢理に目を合わされた。


「お前のその力は有効だ。なあ、俺と来い」


 肌が触れるほどの近くから、熱っぽくオレを見詰めてくる。

 一瞬も逸らさずに、じっとオレを見る瞳は、真夜中の空と同じ色をしているので、引き込まれそうな程、深く感じる。


 サクヤの吐息が唇に触れた。

 甘い、果物のような匂いが、鼻をくすぐる。

 頭がくらくらする。


「――そうすれば、お前の望みは、何でも叶えてやる」


 形の良い唇から、今まで聞いたこともないような、優しい口調で囁かれた。

 その声は、まるで、悪魔が囁いているようだった。理性ではなく、欲望に囁きかけるような。

 今、口を開けば、オレは多分――。


 ――「あんたが欲しい」と答えるだろう。


 正直に言えば、妙な歓びを感じていた。

 この、美しい生き物に、求められていること。与えたものに対する、見返りがあること。それは、きっと人間の根源的な欲望で――愛し合いたい、という感情に最も近い。


 オレが、はいと答えないのには、幾つもの理由があるが。

 その内の1つ――多分サクヤは、オレが何を欲しがっているのか、予想すらしていない、と分かっているからだ。オレが欲しがるのは、金か権力か、そんなもんだくらいにしか思ってないのだろう。


 少なくとも、自分に欲情しているとは、思いもしていない。だから、こんなに無防備に近寄ってくるのだ。さっき、自分の着替えを見て、オレがどんな反応をしたか、あまりまともに考えていない。


 もしもオレが、サクヤが言うとおり、人の心に敏感なのだとしたら。

 こいつは、常人の何倍も鈍感なのだろう。だから、考えていることを少し隠してやれば、全く読めもしない。


 今なら、油断しているところを、押し倒すのも簡単だ。この手を押さえこんで、オレの欲しいモノを答えるだけでいい。


 衿元に置かれた手を、オレが握ると、サクヤは、本当に嬉しそうに微笑んだ。

 こんなに手放しで笑う顔は、初めて見た。

 その笑顔を見ながら、心を引き裂かれるような思いで、声を出す。


「……いや、ちょっと待って。オレにも、色々しがらみと言うか、事情があるワケで、そんな簡単に、あちこち乗り換えるワケにはいかない」


 声を出してみると、自分の声が、随分かすれていることに気付く。

 サクヤに、声は届いているのだろうか。聞き返されないということは、聞こえているのだろうが――ほとんど、自分に言い聞かせているようなものだった。


 オレの言葉を聞いて、サクヤは、一瞬、悲しそうな顔をしたが、すぐに持ち直して再びその眼を輝かせた。


「まあ、そうかもしれない。いいよ。あいつらが追い付くまで、まだ時間はあるだろう。ゆっくり考えればいい」


 そして、あからさまな失望を隠して、あっさりと身体を引いた。

 オレとサクヤの間に物理的な距離が空き、オレは安堵の息をつく。

 サクヤは、広げていた地図を折り畳みながら、こちらに笑いかける。


「じゃあ、お前から色好い返事が聞けるまでは、諸々の事情は内緒だな」


 そっと、自分の唇に人差し指をあてた。

 その楽しそうな表情からは、オレが今、何を考えていたかなど、全く理解していないことが良く分かる。


 つまりサクヤは、誘惑ではなく、勧誘をしているだけなのだ。

 その姿態に、劣情を催すのは、こちらの都合だ。

 自分の欲望の汚さが煩わしくて、うまく返事が出来なかった。


 とにかく、話を打ち切りたくて、ベッドから腰を上げた。

 この部屋から出なければいけない。

 ――一刻も早く。


「……オレ、腹減ったから、朝飯食ってくる」

「これ使っていいぞ」


 サクヤが財布から、銀貨を数枚取り出した。

 その指に触れることさえ怖かった。サクヤの手を掴んで、引き寄せたい衝動を押さえながら、銀貨を受け取る。


 銀貨を握り込むと、オレは無言で部屋を出た。

 ありがとうでも、いってくるでも、余計な言葉を一言でも口に出そうとすれば、別のことを口走りそうだった。


 部屋を出たところに、ばったりと、宿の少女――アスハとぶつかりそうになる。

 思いがけず人がいて、オレもアスハもお互いに目を丸くした。


「あら、サクヤさんのお連れさんの……」

「――カイ。三之宮さんのみや かい


 アスハが思い出せないのも無理はない。オレの記憶が正しければ、そもそも、誰もこの少女に、オレの名前を教えてない。

 改めて名乗ると、アスハは、ぱっと笑顔になった。


「カイさんね。あたしは、小野田おのだ 明日葉あすは。ねぇ、朝ごはん食べる?」

「そう思って出てきたんだけど……何か食うものある?」

「通りの方に、朝ごはんの屋台があるの。買ってこようか? それとも、一緒に食べに行く?」


 明るい声は、朝日によく似合う。

 先程まで、夜の化身のような闇の深いシロモノを相手にしていたので、その明るさに、何となく救われたような気持ちになった。

 この少女に興味を感じたというのもあって、オレは一緒に飯を食いに行くことにした。


「散歩がてら、オレも行こうかな」

「じゃあ、一緒に行きましょ」


 笑顔が、お日さまのようだった。

 オレが女の子に期待しているのは、まさにこういうことだ。明るくて、可愛くて、きらきらしてる。


 サクヤは――あれは、何だろう。

 オレの想像してる女の子とは全く違う。

 いや、そもそも女の子じゃないのかもしれないが。

 それなのに何でオレは、こんなにあいつが気になるんだろう。


 宿の外に出ると、だいぶ日が高くなっていた。

 道の人通りも増えてきている。町人は店の開店準備に忙しく、旅人達は出立の準備をしていた。その旅人や、町人を目当てに、屋台は既に客を入れている。


「ねえ、カイさん、ちょっと気になったんだけど……」


 一緒に歩いていると、アスハがオレを見上げて来た。

 じっとオレの眼を見る。

 あまりに見つめてくるので、オレは少し引きながら答えた。


「……何だ?」

「何で、鼻に布詰めてるの?」

「っぶ――」


 慌てて、鼻に詰めっぱなしだった布を取り出した。

 オレの様子を見て、アスハが爆笑している。

 ……教えるなら、宿の外に出る前に教えてくれればいいのに。

 いや、良く考えると、そもそも部屋を出る前にサクヤが教えてくれてれば、問題なかったはずだ。


 ――あんなにオレがどきどきしている間、あいつは、鼻に詰め物をしたオレを見てたのかと思うと、非常に悔しい。


 オレの落ち込みをよそに、アスハは弾んだ声で屋台を指さす。


「ねぇ、あれ! あのお店が美味しいのよ!」


 服の袖を引っ張られて、オレは、アスハの示す通りに、一軒の屋台の椅子に座った。

 屋台のメニューは1品しかない。オレ達が注文するまでもなく、仏頂面のお姉さんは、2人分のスープをよそい、焼きたてのパンを出してきた。


「……旨い」


 アスハに勧められるままに、かじると、確かに旨かった。外側がカリカリと焦げているのに、かじると、中はしっとりとしたバターの味がする。昨日、サクヤが買ってきていたものより、数段上だ。この辺りが、旅人と地元民の情報量の差なのだろうか。


「でしょ。あたし最近、朝はもう、ここって決めてるの」


 アスハも、笑顔でパンにかぶりついている。笑顔のまま、オレを見て、少し悪戯っぽい声で尋ねてきた。


「ところで、カイさんは別に、奴隷じゃないんでしょ? 何でサクヤさんと一緒にいるの?」


 昨日も宿の親父に怒られていたが、やっぱり気になるらしい。

 別に隠すようなことでもないが、話すと長くなるので、面倒くさい。適当に答えておくことにした。


「まあ、あれだよ。友達ってヤツ」

「へぇ~。サクヤさんに友達がいるなんて、あたし、初めて見たよ!」


 …………。

 そう言えば、宿の親父もそんなこと言ってたな。

 まあ、なかなか、友達のできにくそうな性格ではある。

 アスハは、深く考えずに発言しているようだが、この娘、いつか口で身を滅ぼしそうな気がしてきた。


「アスハは、サクヤとは付き合い長いの?」


 定宿にしてるらしいので、何かきっかけがあったのだろうか。

 オレが水を向けると、アスハは笑顔で答えた。


「うん。あたしが、奴隷だった時からだからね」

「……ん?」


 さらっと答えたアスハの言葉は、聞いたこちらからすると、聞き流せる内容ではない。奴隷『だった』とは、一体どういうことか。


「サクヤさんからは、他人に言っちゃダメって言われてるけど、お友だちなら他人じゃないよね。あたし、奴隷だったんだよ。サクヤさんが買って、今のお父さんに売ってくれたの。お父さんが、サクヤさんと相談して、あたしの市民権を取ってくれたんだよ」


 どうも、何か、えらい事情があるらしい。とても気になる。気になるが、こんなところでさらっと話していい内容では、ない気がしてきた。


「待って、アスハ。とりあえず、飯を食おう。そんで、その話は長くなりそうだから、後でゆっくり……」


 喋るアスハの勢いを止めようと、オレはしどろもどろになりながら、声をかけた。

 アスハは、びっくりしたように眼を丸くして、周囲をきょろきょろと見渡す。

 慌ててパンの残りを食べ出した。

 店のお姉さんや、他の客がいることに、ようやく思いが至ったらしい。幸い、アスハの顔見知りはいないようだが、こういうのは、噂になると早い。


 奴隷が市民権を得る方法か。

 以前、師匠に聞いた方法を、幾つか思い出した。しかしどれも、特別な事情や特殊なコネのない、アスハのような普通の少女が、あっさりと得るのは非常に難しいと思う。

 サクヤがどんな裏技を使ったかは分からないが、口止めしている位だから、あまり言い触らさない方がよいのだろう。

 オレとアスハは、残りの朝飯をかきこむと、足早に店を後にした。


「あー、やばい! サクヤさんにバレたら怒られちゃうよ! カイさん、黙っておいてね」

「まあ、アスハがそう言うなら黙っておくけどさ、いいのか? 何か、屋台の中、変な空気になってたぞ」

「そりゃあ、いきなり、『あたし奴隷でした!』とか言うと、そうなっちゃうよね。お気に入りだったのに、行けなくなっちゃったよ~」


 オレの感覚では、そういうレベルの問題ではない。……まあ、本人がそれでいいならいいけど。何となく釈然としないものを感じるが、本人は気にしていないようなので、オレもそれ以上言わなかった。

 アスハとともに宿に戻ると、宿のカウンターに親父が座っていた。昨晩は徹夜していたはずなのに、スタミナのある親父だ。


「アスハ、帰ってきたか。新聞買ってきてくれ。今日は3部な」

「はーい! じゃあね、カイさん、またね!」


 親父の言いつけで、アスハは回れ右で、すぐに宿を出ていく。

 アスハの後ろにいたオレに、親父が気付いて、声をかけてきた。


「おや、お客さん。一緒だったのかい。サクヤはどうしてる?」

「サクヤは部屋にいるよ。オレだけ朝飯食ってきた」

「ああ、それでアスハと一緒になったのか。あいつ、また余計なこと言ってなかったか? 朝からうるさくして悪いね」


 アスハから口止めされてるオレは、あはは、と笑ってごまかしながら、部屋に戻る。

 扉を開けると、サクヤは、椅子に座ってコーヒーを飲んでいるところだった。

 眉をひそめているのは、コーヒーが熱いからだろう。比較的、機嫌は良さそうな感じがする。

 ……ああ、こういうのが、人の感情に敏感だと言いたいのか。


「……戻ったか」

「おう」


 オレが返事をすると、サクヤは小さく微笑んだ。

 何でもないときに、サクヤが笑うなんて、初めてだ。本当に機嫌がいいというか、リラックスしてるらしい。

 いつもこういう表情をしていればいいのに。

 微笑むサクヤを見ていると、その可愛さに改めて気付く。


 ――が、男だ。

 可愛く見えても、男。中身は、口が悪い、乱暴者の男。

 ブーツで蹴りを入れられたり、顎で使われたり、まさに踏んだり蹴ったりだ。

 今までの暴言と暴力の数々を思い出すと、ちょっと可愛いくらいで許してはいけない。


 あえて、サクヤの悪いところを思い出そうと、オレは一生懸命に、今までの2日間を思い返す。


 オレが悩んでいる間、サクヤは再びコーヒーに視線を落としていた。向こうは向こうで、何か考えているらしい。

 邪魔しないように、静かにベッドに腰をかけた。

 しばらく、鳥の囀りと、外からぱらぱらと聞こえる他人の声だけが、部屋に響く。


 ふと、サクヤが呟いた。


「アスハと一緒だったのか」

「……おう。良く分かったな」


 一瞬、答えに詰まったが、一緒にいたことまで否定する必要はないだろう。

 オレが肯定すると、サクヤは視線を窓の方に向けた。どうやら、窓から、オレとアスハが一緒に帰ってきたところを見ていたらしい。


「あの子は……幸せそうに見えるか?」


 おかしなことを聞く、と思ったが、サクヤなりに色々と感じるものがあるのだろう。

 アスハの話では、宿の親父にアスハを渡したのはサクヤだそうだ。

 多分、彼女の人生に責任のようなものを感じているのだ。

 オレから見ての、彼女の様子を知りたいのだろう。


 まさか、奴隷のままの方が良かったワケがないとは思う。

 幸せそうだと答えてやりたいところだが、アスハから経緯を聞いていることを隠すには、サクヤの質問に、あまり素直に答えることはできない。


「うん、まあ、楽しそうに働いてるな。宿屋の娘で、仕事が性に合ってるっていうのは、何よりだ」

「……そうだな」


 その答えに満足したのか、そのまま黙りこんだので、オレは肩をすくめて、会話を終えた。何とか、アスハの望み通りの対応が出来たようだ。

 しばらくコーヒーを見つめたままだったが、踏ん切りがついてカップに残った液体を一気に煽ると、サクヤはオレが使っていない方のベッドに転がった。


「寝るのか?」

「……まだ、治るまでしばらくかかりそうだ」


 声を聞けば分かるのだが、再生魔法は、絶賛発動中だ。

 今もリラックスしているというより、眠くてぼんやりしているのかもしれない。

 ……いや、眠くても、出会ったばかりのときは、もう少ししゃっきりしていたから、やはりオレに気を許しているのだろう。

 コーヒーを飲んでみたものの、全く眠気覚ましにならなかったらしい。小さく欠伸をすると、毛布も掛けないまま、眼を閉じてしまう。


「おい、風邪ひくぞ」

「……カイ」


 眼を開けず、オレの名前を呼ぶ。

 返事が欲しい様子ではなかったので、オレは黙っていた。

 一応、しばらく待っていたが、サクヤもそれ以上は何も言わない。寝ているサクヤを見つめているのもバカバカしいので、オレも寝ることにした。

 黙って自分のベッドに転がると、確かに眠気を感じる。


 師匠と一緒に旅していた間は、日が昇るとともに起きる、規則正しい生活だったはずだが。

 サクヤに連れ出されてからこっち、昼夜逆転も甚だしい。

 何でかな、と考えて、何となく、大事な理由があるはずだと思った。

 ――根拠もないのに。


 サクヤの方に眼をやると、既に、くうくうと寝息をたてていた。

 注意したのに、やはり何もかけないまま寝ている。毛布をかけるくらいしてやろうかと思って、身を起こした。


 ふと、扉の外の空気に違和感を感じて、立ち上がりがてら、部屋の外に顔を出す。がりがりと頭を掻きながら、表をうろうろしている宿の親父と、眼があった。


「どうしたんだ?」

「いや……アスハが、帰ってこないんだ……」


 まだ、アスハが出掛けて、そう長い時間が経っているワケではない。どこかで寄り道しているのかも。宿の親父もそう思っているから、慌てて探しに行ったりはしていないのだろう。


 ――しかし。

 ケイタのこと。

 先ほどの屋台でのこと。


 オレは、一旦部屋に戻ると、寝付いたばかりのサクヤを揺さぶる。

 サクヤはうっすらと眼を開けたが、意識ははっきりしていないようだ。引き続きその身体を揺すりながら、オレは声をかけた。


「おい、もしかしたらまずいかも。アスハが帰ってこない」


 当初、オレの言葉を理解するのに、時間がかかっていたが。

 内容を脳内で把握した途端、サクヤは眼を見開き、身体を起こした。

2015/06/19 初回投稿

2015/06/20 段落修正

2015/08/06 校正――誤字脱字修正及び一部表現変更

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ