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奴隷商人は嘘をつかない  作者: 狼子 由
第2章 Secret
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7 寝ぼけてくっつくな

「……寒い」


 サクヤが耳元で小さく呟く声で、眼が覚めた。


 何だか、嫌な夢(・・・)を見ていた。

 勿論、この状況で、夢見が良いワケもないとは思うが。


 うとうとしていただけだったので、寝言に近い、小さな囁きで覚醒してしまったらしい。

 窓の外からは、朝焼けの光が差し込み始めていた。隣のサクヤを見ながら、昨晩のことを思い出す。


 街には戻るなと言う指示を守った結果、森の中をしばらく彷徨った。幸い、使われていない山小屋を見つけたので、そこで一夜を明かした。


 最初は、意識のないサクヤの様子が心配で、ずっと起きていたのだが。

 どうしようかと迷いながら、止血の布を何度か替えているうちに、何故か、傷が塞がってきていることに気付いた。

 夜明けが近付くにつれ、寝息も安定して、顔色が良くなり。その頃には、骨にも達していた傷に、肉が盛り上がっていた。


 とにかく、驚きよりも安心した。

 安心すると、一気に疲れを感じる。

 山小屋には古い毛布が一枚あったが、誰のモノともしれない毛布を使う気になれない。

 そうすると、掛けられるものは、サクヤのマントしかなかったので、サクヤの隣に転がりこんで、一眠りすることにした。


 ――そこで、今に至るのだが。


 布一枚では、夜は冷える。

 隣に体温があったので、無意識にくっついたのは、どちらからか。

 寒いとのたまったサクヤの声は高いままで、密着していると女性であることが、はっきりと分かる。


 柔らかい身体が、子猫のように、暖かい場所を探してすり寄ってきた。オレの背中に、左腕を回してくる。

 いやいや、そんなにぺったりとくっつかれると、色々と困る。

 慌てて肩を掴んで、その身体を揺すった。

 サクヤが、小さく呟く声が聞こえた。


「……ノゾミ?」


 ぼんやりと薄目を開けてはいるが、変わらず、オレの力のままに、揺すられている。瞳を覗き込むと、少し鬱陶しそうに眉をひそめた。

 瞳の色はいつも通りの紺碧。ところどころ血に染まって、乱れている髪も、朝の光を浴びて金色に輝いている。


「ノゾミって誰だよ? ちゃんと、起きてるのか、あんた?」


 オレの視線を受けて、サクヤはぼんやりしたまま、小さく小首を傾げた。

 まとまらない考えを必死でまとめて、一生懸命思い出している。

 数分かけて、ようやく、昨晩のやりとりに思いが至ったらしい。自分の右腕に、オレの巻いた止血の布がぐるぐるに巻き付けられていて、それで、ここまでの出来事を思い出せたのだろう。


「……ああ、なるほど」


 1人で納得すると、それ以上何も言わず、オレの胸元にもう一度、頭をもたせかけた。

 サクヤの髪の香りを鼻先に感じて、オレはどうしようもなくドキドキしてしまう。

 心臓が鳴るのをごまかすように、確認した。


「―――右手の調子はどうなんだよ?」


 サクヤは、まだオレにくっついたまま、少し身じろぎをして、右手を動かした。

 しばらくして、眼を閉じたままで、小さく呟く。


「悪くない。だいぶ戻ってきた」

「何もしてないのに、どういう魔法だ?」


 問うと、オレの胸に自分の耳を擦り付けるような仕草をした。

 だるそうな声で、返答する。


「俺の身体は、再生魔法が自動発動する仕組みになってる」


 ――再生魔法。

 著しい怪我や肉体の欠損を補う為の、神官の上位魔法だ。普通は魔法の難易度が非常に高く、上位の神官にしか使えないので、奇跡の一種として扱われることが多い。


 そう言えば、今まで、動きに不自然なところがなかったので、すっかり忘れていた。

 この奴隷商人は、昨日――いや、もう一昨日か、師匠が脇腹に怪我(・・・・・)を負わせたはずだった。

 オレから見ると、酷い怪我のように見えたが、師匠もエイジも、大したことない、すぐ治ると軽く言っていた。

 あれは、そういうことなんだろうか。つまり、師匠もエイジも知っていたのだろうか。


 サクヤは、眼を閉じたまま、オレの手を取った。

 繋いだ手にオレがどきどきしていることを、気付いているのかいないのか。オレの手ごと、自分のシャツの中に引き込んだ。

 滑らかな肌に手のひらが触れて、オレは驚いて手を引きそうになる。上から、軽く押さえ付けられて、大人しく手をそこで止めた。


「……バカ。何照れてるんだ、ノゾミ」


 胸元に、囁く声が当たる。

 いや、普通、恋人でもない異性の、服の下に手を入れるなんて、照れると思う。

 目が覚めているのだと思ったが、また、オレのことをノゾミと呼んだ。


 多分寝起きで、中途半端に寝ぼけているから、混同しているのだとは思うが。誰か、オレに似ている知り合いがいるのだろうか。


 サクヤの腹を撫でながら、自分は何を求められているのか、一瞬図りかねた。

 ノゾミというヤツは恋人なのか、と思ったが。

 どうやら、サクヤは自分の脇腹の傷に触れさせたいのだと、ようやく思い至った。

 いやむしろ、脇腹にない傷(・・・・・・)と言うべきか。その肌をなで回してみても、かさぶた1つ残っていない。


「再生魔法が発動している間は、常に魔法を使い続けているようなもんだ。身体は女のままだし、何かぴりぴりする感触があるし、魔力は消費されているし。……何より、眠い」

「あんた、魔法を使うと女になると言ってたけど……」

「魔力を放出するときに、その影響で身体が変化するんだ。出力をやめれば、戻る。自動再生は、魔力を延々垂れ流すことになるから、その間ずっと戻れない」


 一度魔法を使うと、しばらく女のままなのかと思っていたが、どうもそういうことではないようだ。

 肉体の変化は、あくまで、魔力消費のタイミングに限ってのこと。それが、自動再生魔法は長時間魔力消費があるために、変化が継続するらしい。

 つまり昨日も、傷が治りきったから、男に戻ったのだろう。

 しかも、魔力を消費し続けることで、多分、身体の負担があるのだ。それで疲れて眠くなるということか。


 ――しかし。

 隣に転がっているのは元は男だと言われても。

 実際には、身体は女なワケで。身体は柔らかいわ、いい匂いがするわ、ぼんやりしていると可愛いわで、オレとしては全く落ち着けない。


「再生魔法は俺の身体だけを対象に、自動発動するようになってる。俺は神官じゃないし、他人の治癒はできないから、お前が怪我しても、1ミリたりとも助けられん。当てにして自爆するのは止めとけよ」


 聞いてもいないことを、早々に釘を差された。当てにしてはないが、聞いておけば、今後こういうことに巻き込まれた時の、選択肢にはなるかも。


「つまり、何かあったら、あんたを盾にして、逃げればいいワケか?」

「……ぜひそうしてくれ」


 からかい半分の言葉に、眠そうな声で答えが返ってきた。

 返答が肯定だったので、その後にどんな皮肉が続くのか、少し身構えて待つ。

 しかし、答えはそれで終わりで、他に何も言いたいことはないらしい。


 サクヤは無言のまま、オレの手をシャツの中に置き去りにして、自分の左手だけ抜いた。そのまま、オレの首に左腕を回して、ぼんやりしている。

 右手の方は、治ってきたとは言っているが、動かし辛いのだろう。身体の上に置いたまま、ほとんど動かしていない。


 ちなみにこの、腕を首に回されている状態は、オレとしては非常に緊張する。

 そもそもオレは、自分の右手を、いつサクヤのシャツから抜けばいいのだろうか。すべすべのお腹を撫でていると、気持ちはいいが。……何とも言えず、困る。


「……なあ、あんた、本当に起きてるのか?」


 オレが尋ねると、サクヤは一度ゆっくりと眼を閉じた。

 そのまま、しばらく黙っているので、また眠るのかと思ったが、数秒後、突然両眼をぱっちりと開いて、勢いよく身体を起こす。


「何やってんだ、お前」


 言葉と同時に、左手でオレの胸を押して、向こうへ押しやろうとした。

 が、サクヤの力が足りないので、結果的にオレ達の距離はほとんど変わらない。一応、その気持ちを汲んで、シャツの中から右手を抜いてやったのは、武士の情けだ。


 そもそも、何やってる、とは、ずいぶんな言いぐさではないだろうか。

 こちらは夜通し心配して、でも誰かさんの言いつけを守った結果、こんなところで夜を明かすことになったと言うのに。

 大体、さっきから擦り寄ってきてるのは、オレじゃない、あんただ。


 何も言わなかったが、オレの表情で大体察したようだ。

 こちらを見て、ため息をつくと、サクヤは小さく呟いた。


「……悪かった」


 今までに見たことのない、反省した様子だったので、びっくりした。どうも、今のことだけではなく、心配させたことや、襲撃されたことなど、もろもろのことが含まれている口振りだ。だからと言って、この、いつだって傍若無人なサクヤ様が、素直に謝るとは思わなかった。

 驚きついでに、オレも身体を起こしながら、言い返しておいた。


「……本当に、ちゃんと起きたのか? まだ寝ぼけてないか?」

「どういう言い草だ。人が素直に謝ってるのに」


 憮然とした表情で、サクヤは立ち上がった。

 服の埃を払おうとして、右腕の部分が血でぐしゃぐしゃになっているのを見て、非常に嫌な顔をする。その表情から、身体のことではなく、スーツのことだと理解した。……高かったんだろうな、その服。


「……これ、直しに出せば、いけると思うか?」

「多分、無理じゃないか? ちょっと引っかけたとか、そういうレベルじゃないぞ、それ」


 全体的に血やら泥やら埃やらで、酷いことになっている。元の生地の色も薄いので、汚れがはっきり目立つ。専門の洗濯屋に出しても、落ちるものか分からない。


「こういうのって、仕立てなんだよな……面倒臭い」

「まあ、今日は採寸なんかできないだろうしな」

「ん?」

「だって、あんた女じゃん」


 言われて気付いたらしく、サクヤは更に落ち込んだ。

 落ち込んでいる様子は可愛い……いやいや、オレにはどうしてやりようもない。

 オレも立ち上がって、布団代わりにしていたマントをはたき、サクヤの頭から被せてやった。せめて力づけてやろう。


「あ、いいこと思いついた、あんた、次作るならさ――」

「ドレスとか言うなよ」


 話の落ちを先に言われてしまったので、両手を上げて降参のポーズを取る。

 サクヤは怪我のない左手で、軽くオレの肩先を小突くと、山小屋の扉を開けた。

 外に出てみると、寝落ちしていた時間は、そう長くないようだ。夜は明けているが、まだ太陽は昇りきっていない。


「今からならまだ、こっそり街壁を越えて戻れるか?」


 オレが尋ねると、サクヤは無言で首を傾げた。いつも通りフードを被ってしまったので、その表情は分からないが。多分、自分の今いる位置が分からないので、街までの距離を測りかねているのだと思う。

 そう言えば、ここまで連れてきたのはオレだった。


 オレが先を歩き出すと、何も言わず後をついてくる。

 サクヤに先導されることが多かったので、前に立つのは何とも新鮮だ。

 気分が良いので、手でも繋いでやろうかと思ったが、それを言うと、きっと非常に怒られると思って、止めた。


 昨日の双子との戦闘地点の近くまで戻った時、そこでは、街の役人と思しき人間が数人、抉れた地面の検分をしていた。

 まあ、あれだけ騒いだら、そりゃあ、役人達も犯人を探さざるを得ない。何しろ、数ヶ所の爆発の内、一カ所は街中で起こっているのだ。

 役人に見つからないように、木陰に隠れながら、街を目指す。


「そう言えば、あの双子執事、片方逃がしちまったけど、良かったのか?」


 歩きながら尋ねてみた。

 サクヤがフードの下から、小さく答える。


「俺とリドル族の関係を盗み聞いていたのは、魔法使いの方だ。だから、もういい」


 魔法使い――コウタだ。

 そう言えば、コウタを追って、駆け出した後は、サクヤは髪も瞳も、いつも通りフードの下に隠していた。

 だから、リドルの話を聞き、魔法を使うときに紅に光る瞳を見た、コウタを殺してしまえば、もう秘密は漏れないということか。


 乱暴な口封じだと思うが。

 ……何となく。

 あいつらは、それくらいされて当然だ、と思った。

 襲撃してきた相手に、好感を持つのは難しいと、自分でも思うが。

 初対面で、そこまで思う自分を、少し、意外に感じる。

 以前にも、ヤツらとサクヤの間に、何かがあったことを、オレは知っている(・・・・・)ような気がした。


 片割れを殺されたケイタも、あっさり引き下がりそうな感じでもないし、しばらくは要注意だな。


「ちなみに、あの2人とは、どういう関係なんだよ? 青葉の国がどうとか、人間爆弾がどうとか、カズキ様がどうとか」

「うん……」


 サクヤは、言いづらそうにしていたが、しばらく考えてから呟いた。


「……それは、後で、話し合ってから」

「話し合う? まあ、いいけど。じゃあ、昨日コウタが言ってた、魔法を2つ同時には使えないっていうのは?」

「それも後で」


 微妙な言い方だが、話すつもりがないワケではないらしい。

 サクヤの雰囲気は、喋りたくないと言うより、全部まとめて順を追って話したい様子だった。

 丁度、街壁まで到着したところでもあるので、周囲に人がいないことを確認すると、昨晩と同様にサクヤの魔法で外壁を越えた。

2015/06/15 初回投稿

2015/06/20 段落修正

2015/08/06 校正――誤字脱字修正及び一部表現変更

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