interlude3
新月の日は、太陽が怖い。
ただでさえ、魔力の薄れる昼間に。
月が出ないなんて、最悪だ。
せめて、夜になってから動けばいいのに。
(ああ、また、この人の夢だ……)
(いつもと同じで)
(目が覚めれば、忘れてしまうんだろうか)
「……夜に動いた方が良くないだろうか」
「何言ってんだ」
「あんたって本当に朝が弱いよね。夜更かしし過ぎー」
希望はあっさりと却下された。
双子が言うような。
夜更かしとか、朝に弱いとか。
そういうことではなくて。
もっと切実なことだと。
必死で説明する程の熱意も、なかった。
窓からのぞく『夜半の風亭』の看板を見ながら、黙った。
こちらを無視して、双子はあれこれ計画を立てている。
明日の昼間の計画を。
明日は、新月だと言うのに。
(何でだよ、言えばいいのに)
(こんなに)
(指が震える程、怖いなら)
王から指定された仲間達は。
その能力において信用はしているが。
信頼はしていない。
全てを打ち明ける気には、到底なれない。
●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○
「あとは何人?」
「後1人だろ。あの逃げてるヤツで終わりだ!」
駆け出す双子の背中に、声をかけた。
「……変な動きだ。深追いしない方がいい」
「ばかな」
「後1人だっつってんだろ。今更、出直しなんてしたくねーよ」
追い詰めた時ほど、こちらは落ち着くべきだ。
あからさまに誘うような動きを。
見落とす奴らと組んだのが、自分の運の尽きか。
案の定。
追い掛けた双子が、罠にかかった。
囲まれて、挟み撃ちにあう様子を、後方から眺める。
「こいつら」
「待ち伏せなんて、卑怯だろーが」
先行したお前たちが、愚かなだけ。
双子を、見捨てて帰ることも出来たが。
何度か、背中を預けて戦った記憶が。
足を、止めさせた。
(……あんた、意外に甘いんだな)
円の外から、双子のタイミングに合わせて斬り込んでやれば。
入り乱れる中で、敵の円陣は崩れていった。
「後ろに下がれ、そこから援護を。お前は向こうを抑えろ」
指示を出しながら。
乱戦の中で戦うだけなら、今までにも経験がある。
ただ、望めるならば、今こそ。
いつもの、持て余すほどの魔力が欲しかった。
(それさえあれば、もっと、楽に戦えるのに)
(守れるのに)
(新月の昼間には、魔力供給は望めない)
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気付いた時には、刃を向けるべき相手は、全て地に伏していた。
自分の身体を見れば、あちらこちらが血に塗れている。
身体感覚を遮断して。
途中から、意識的に感じないようにした。
ようやく落ち着けば、酷い状態ではある。
それでも、仲間の命を落とさずに済んだことに安堵した。
(この……バカっ!)
(この状態、痛覚も共有されてるんだぞ)
(オレと同じ痛みを感じているなら)
(あんた、よくもこんな状態で動けるな)
右肩から袈裟がけに斬られた時。
余裕なくかわした分は、皮1枚を撫でていったらしい。
衣服の破れなどは、今更、どうでもいいか。
致命傷になりそうな突きを、避けるために。
右手を犠牲にした分が、一番深そうだが。
それも、まあ、動かせなくはない。
(動かせば、こんなに痛むのに)
戦闘中から始まった自動再生の為に。
ただでさえ乏しい魔力が次々に消費されていく。
(……自動再生?)
疲労と痛みと魔力切れで。
重く感じる身体を引き摺るようにして。
座り込む双子の傍へ歩いた。
双子の視線は、何故かこちらの胸元にあてられている。
「その身体」
「やっぱり、あんた、女だったのか!」
視線を追いかければ。
膨らんだ胸が、服の切れ目からあらわになっていた。
魔力消費のせいで、巫女の身体になっていることに。
改めて気付いた。
(……巫女?)
(ダメだ。オレの知らない概念が多過ぎる)
(大量の情報が、一息に捩じ込まれて)
(理解しきれない)
どちらがどちらかも、そもそも覚えてないのだが。
双子の片割れが近寄ってきた。
唐突に。
裸の胸を押し潰すように握られた。
「……痛」
自分の声が、あまりにも弱々しいのに驚いた。
「前から、絶対おかしいって思ってたんだよな。男だなんて、よくもまあ、大嘘ついて、皆まとめて騙してくれてさぁ。これは、リョウ王の指示なのか?」
右腕を引かれて、痛みに息を止めた。
動きの止まった隙に。
力任せに、伸し掛かられる。
(痛ぇ……)
(おい、止めろ!)
(ふざけんな、こいつら……)
右腕が使えなくても。
魔力が底を突いていても。
この程度の相手に、負けるとは思えなかった。
それでも、押さえ付けられて、身体中を弄られれば。
一瞬、恐怖を感じたのは事実だった。
(当たり前だ。こんな……)
「以前から、常々誘われているのだと思っていた」
「いつだって、えらい無防備に寄って来やがって」
「今も、そんな恰好で」
「ほら、こうして欲しかったんだろうが」
口々に言われても、何を言っているのか分からない。
自分にない考えを理解も出来ず。
ただ、気持ち悪いと感じながらも、聞き流すしかない。
恐怖の次に身体を支配するのは、羞恥と、怒りだった。
巫女の身体は、一族のものだ。
これを汚すことは、絶対に許されない。
この身体に触れた、その汚い両手ごと。
この世から、消滅させてやる――。
はあはあと、荒い息がうるさい。
双子のどちらのものかと。
よくよく聞いてみれば――自分の。
魔力が足りないなら、物理的に潰してしまえばいい。
仕方なく、左手でナイフを振ろうとして――。
――右腕の傷に、ぐちゃりと。
指を突き込んで、広げられた。
(――痛い、痛い、痛い!)
(右腕が、燃えるように痛む)
自分でも、分からないままに、悲鳴をあげたらしい。
笑い声が聞こえたような気がするが。
双子のどちらものものか。
それとも、自分のものかも知れない。
痛みのあまりに、おかしくなってしまったか。
それでも、どれだけ苦痛があっても。
動くのなら、何とでも使える。
(おい、止めろ)
(本当に、使い物にならなくなるぞ)
自分から、右腕に体重をかけた。
息が詰まる程の痛みは、予想の範疇。
左足を跳ね上げて。
右半身を、沈めた。
双子の身体が、右足から少し浮いたので。
右足を抜いて。
双子の片割れの肩に引っ掛けて。
蹴り押した。
身体のバネを最大限に使って蹴れば。
片方が吹っ飛んでいった。
逆上した残りの両手が、首に回ってきた。
ブーツの踵に仕込んだ針を。
手探りで引き抜いて、相手の腕に突き刺す。
麻痺毒で弛緩した身体の下から、這い出すと。
先程蹴り飛ばした方が、戻ってきた。
背後から、腕を取られる。
捻り上げて、針を奪おうと。
馬鹿が。
こちらの戦法を、先程。
あれだけ見せてやったのに。
左手を取られたままで。
背後に、右足を蹴り上げた。
逃げるように、左腕をさらに持ち上げられたので、
自分から跳ねて、後ろへ回転しながら、
顎を蹴り飛ばしてやる。
左腕が自由になったので、1回転して。
前方から着地した時には。
片方は悶絶し、片方は麻痺で脱力し。
(……自業自得だろ)
(ああ、くそ、痛い)
息の根を止めることも、容易い。
ブーツには、致死毒の針も隠してある。
右手を動かすのが辛くなってきて、左手で。
抜こうとして。
(何故、手を止める?)
――幼い頃の、双子の顔を思い出した。
(あどけない笑顔)
(でも、これは、もう10年も前のことなんだろ)
(バカな)
(何であんた、そんなに甘いんだ)
転がる2人が、動けないことを確認したので。
そのまま、踵を返した。
重い身体を抱えて。
もう、とにかく。
――どこかで、ゆっくり眠りたいと思った。
2015/06/14 初回投稿
2015/06/26 言い回しを若干修正
2015/08/06 校正――誤字脱字修正及び一部表現変更
2017/02/12 サブタイトルの番号修正