表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
奴隷商人は嘘をつかない  作者: 狼子 由
第2章 Secret
19/184

interlude3

新月の日は、太陽が怖い。

ただでさえ、魔力の薄れる昼間に。

月が出ないなんて、最悪だ。

せめて、夜になってから動けばいいのに。


(ああ、また、この人の夢だ……)

(いつもと同じで)

(目が覚めれば、忘れてしまうんだろうか)


「……夜に動いた方が良くないだろうか」

「何言ってんだ」

「あんたって本当に朝が弱いよね。夜更かしし過ぎー」


希望はあっさりと却下された。

双子が言うような。

夜更かしとか、朝に弱いとか。

そういうことではなくて。

もっと切実なことだと。

必死で説明する程の熱意も、なかった。


窓からのぞく『夜半の風亭』の看板を見ながら、黙った。

こちらを無視して、双子はあれこれ計画を立てている。

明日の昼間の計画を。

明日は、新月だと言うのに。


(何でだよ、言えばいいのに)

(こんなに)

(指が震える程、怖いなら)


王から指定された仲間達は。

その能力において信用はしているが。

信頼はしていない。


全てを打ち明ける気には、到底なれない。



●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○



「あとは何人?」

「後1人だろ。あの逃げてるヤツで終わりだ!」


駆け出す双子の背中に、声をかけた。


「……変な動きだ。深追いしない方がいい」

「ばかな」

「後1人だっつってんだろ。今更、出直しなんてしたくねーよ」


追い詰めた時ほど、こちらは落ち着くべきだ。

あからさまに誘うような動きを。

見落とす奴らと組んだのが、自分の運の尽きか。


案の定。

追い掛けた双子が、罠にかかった。

囲まれて、挟み撃ちにあう様子を、後方から眺める。


「こいつら」

「待ち伏せなんて、卑怯だろーが」


先行したお前たちが、愚かなだけ。

双子を、見捨てて帰ることも出来たが。

何度か、背中を預けて戦った記憶が。

足を、止めさせた。


(……あんた、意外に甘いんだな)


円の外から、双子のタイミングに合わせて斬り込んでやれば。

入り乱れる中で、敵の円陣は崩れていった。


「後ろに下がれ、そこから援護を。お前は向こうを抑えろ」


指示を出しながら。

乱戦の中で戦うだけなら、今までにも経験がある。

ただ、望めるならば、今こそ。

いつもの、持て余すほどの魔力が欲しかった。


(それさえあれば、もっと、楽に戦えるのに)

(守れるのに)

(新月の昼間には、魔力供給は望めない)



●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○



気付いた時には、刃を向けるべき相手は、全て地に伏していた。

自分の身体を見れば、あちらこちらが血に塗れている。

身体感覚を遮断して。

途中から、意識的に感じないようにした。

ようやく落ち着けば、酷い状態ではある。

それでも、仲間の命を落とさずに済んだことに安堵した。


(この……バカっ!)

(この状態、痛覚も共有されてるんだぞ)

(オレと同じ痛みを感じているなら)

(あんた、よくもこんな状態で動けるな)


右肩から袈裟がけに斬られた時。

余裕なくかわした分は、皮1枚を撫でていったらしい。

衣服の破れなどは、今更、どうでもいいか。


致命傷になりそうな突きを、避けるために。

右手を犠牲にした分が、一番深そうだが。

それも、まあ、動かせなくはない。


(動かせば、こんなに痛むのに)


戦闘中から始まった自動再生(・・・・)の為に。

ただでさえ乏しい魔力が次々に消費されていく。


(……自動再生?)


疲労と痛みと魔力切れで。

重く感じる身体を引き摺るようにして。

座り込む双子の傍へ歩いた。


双子の視線は、何故かこちらの胸元にあてられている。


「その身体」

「やっぱり、あんた、女だったのか!」


視線を追いかければ。

膨らんだ胸が、服の切れ目からあらわになっていた。

魔力消費のせいで、巫女の身体(・・・・・)になっていることに。

改めて気付いた。


(……巫女?)

(ダメだ。オレの知らない概念(・・・・・・)が多過ぎる)

(大量の情報が、一息に捩じ込まれて)

(理解しきれない)


どちらがどちらかも、そもそも覚えてないのだが。

双子の片割れが近寄ってきた。

唐突に。

裸の胸を押し潰すように握られた。


「……痛」


自分の声が、あまりにも弱々しいのに驚いた。


「前から、絶対おかしいって思ってたんだよな。男だなんて、よくもまあ、大嘘ついて、皆まとめて騙してくれてさぁ。これは、リョウ王の指示なのか?」


右腕を引かれて、痛みに息を止めた。

動きの止まった隙に。

力任せに、伸し掛かられる。


(痛ぇ……)

(おい、止めろ!)

(ふざけんな、こいつら……)


右腕が使えなくても。

魔力が底を突いていても。

この程度の相手に、負けるとは思えなかった。


それでも、押さえ付けられて、身体中を弄られれば。

一瞬、恐怖を感じたのは事実だった。


(当たり前だ。こんな……)


「以前から、常々誘われているのだと思っていた」

「いつだって、えらい無防備に寄って来やがって」

「今も、そんな恰好で」

「ほら、こうして欲しかったんだろうが」


口々に言われても、何を言っているのか分からない。

自分にない考えを理解も出来ず。

ただ、気持ち悪いと感じながらも、聞き流すしかない。


恐怖の次に身体を支配するのは、羞恥と、怒りだった。

巫女の身体は、一族のもの(・・・・・)だ。

これを汚すことは、絶対に許されない。

この身体に触れた、その汚い両手ごと。

この世から、消滅させてやる――。


はあはあと、荒い息がうるさい。

双子のどちらのものかと。

よくよく聞いてみれば――自分の。


魔力が足りないなら、物理的に潰してしまえばいい。

仕方なく、左手でナイフを振ろうとして――。

――右腕の傷に、ぐちゃりと。

指を突き込んで、広げられた。


(――痛い、痛い、痛い!)

(右腕が、燃えるように痛む)


自分でも、分からないままに、悲鳴をあげたらしい。

笑い声が聞こえたような気がするが。

双子のどちらものものか。


それとも、自分のものかも知れない。

痛みのあまりに、おかしくなってしまったか。


それでも、どれだけ苦痛があっても。

動くのなら、何とでも使える。


(おい、止めろ)

(本当に、使い物にならなくなるぞ)


自分から、右腕に体重をかけた。

息が詰まる程の痛みは、予想の範疇。

左足を跳ね上げて。

右半身を、沈めた。


双子の身体が、右足から少し浮いたので。

右足を抜いて。

双子の片割れの肩に引っ掛けて。

蹴り押した。


身体のバネを最大限に使って蹴れば。

片方が吹っ飛んでいった。


逆上した残りの両手が、首に回ってきた。

ブーツの踵に仕込んだ針を。

手探りで引き抜いて、相手の腕に突き刺す。


麻痺毒で弛緩した身体の下から、這い出すと。

先程蹴り飛ばした方が、戻ってきた。

背後から、腕を取られる。

捻り上げて、針を奪おうと。


馬鹿が。

こちらの戦法(・・・・・・)を、先程。

あれだけ見せてやったのに。


左手を取られたままで。

背後に、右足を蹴り上げた。

逃げるように、左腕をさらに持ち上げられたので、

自分から跳ねて、後ろへ回転しながら、

顎を蹴り飛ばしてやる。


左腕が自由になったので、1回転して。

前方から着地した時には。

片方は悶絶し、片方は麻痺で脱力し。


(……自業自得だろ)

(ああ、くそ、痛い)


息の根を止めることも、容易い。

ブーツには、致死毒の針も隠してある。

右手を動かすのが辛くなってきて、左手で。

抜こうとして。


(何故、手を止める?)


――幼い頃(・・・)の、双子の顔を思い出した。


(あどけない笑顔)

(でも、これは、もう10年も前(・・・・・)のことなんだろ)

(バカな)

(何であんた、そんなに甘いんだ)


転がる2人が、動けないことを確認したので。

そのまま、踵を返した。


重い身体を抱えて。

もう、とにかく。

――どこかで、ゆっくり眠りたいと思った。

2015/06/14 初回投稿

2015/06/26 言い回しを若干修正

2015/08/06 校正――誤字脱字修正及び一部表現変更

2017/02/12 サブタイトルの番号修正

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ